月の光のもとで
(結婚の許可も……泡と消えてしまった)
暗闇の中、リューンは空を見上げた。見えるのは薄っすらとした白い屋根。この夜、リューンはガゼボに引き寄せられるように歩いてきた。
(……では、どうすれば良いのだ。もう何も確かなものはない。国王の許可だって……)
見上げたまま、はっと、息を吐く。自嘲が混じる、腑抜けた笑い。
(いや、わかっている。国王の許可にムイを縛る効力など、最初から……)
無いにも等しい。
リューンは首を伸ばして、ガゼボの屋根より顔を出して、夜空を見上げた。ちかちかと光が瞬いて、星々がその存在を指し示す。
「月が、」
雲が少しでもかかっていると、ぼんやりとした顔をするが、今夜のように晴れた空では、煌煌として透明な光を放っている。
(その透明さが、ムイの肌に似ている。ムイの肌は、月の光のような美しさで、)
「……綺麗だ」
呟くと、首の後ろにつきんと痛みがあり、顔を元に戻す。そして、もう一度深いため息を吐いた。
その時、サクサクと背後で草を踏む音がして、リューンの胸が鳴った。
「ム、ムイか?」
このガゼボは、ムイとの思い出が溢れている。その思いと淡い月の光がリューンをそれがムイ本人であることの確信へと導いた。
「ムイっ」
リューンは立ち上がり振り返ると、ガゼボを回り出て、人影に近づいた。
「……リューン様、わたくしでございます」
リューンが手にしていたランタンを掲げ、その灯火に照らし出されたのは、ムイではなく、ユウリだった。
ユウリに対しては昼間のこともあり、国王の許可状を持ってきたというだけで友好的だった気持ちが、今はもう正反対へと傾いている。
「どうしてここへ来た?」
冷たい声。リューンは自分の耳に入ったその声に、驚かない。それはリューンの気持ちを代弁するかのように、嫌悪の意を含んでいたからだ。
「何をしに来た?」
冷ややかに言い放つ。
ずいっと前へユウリが出て、リューンとの距離が縮まった。ランタンに照らされるユウリの身体は、薄い絹衣、一枚だった。
薄く透ける肌。身体の線が艶めかしく動く。
「リューン様、取引きをさせてください」
顎を上げて、自信に満ち溢れた表情。
そのユウリの迫力に呑まれ、リューンは一歩、後ろへと退がった。
「わたくしが国王陛下のサインをいただいてきましょう」
「なに、それは本当か」
「そのかわり、わたくしを一度だけ……」
絹衣がまとわった両の腕が、すうっと伸びた。それはリューンの頬を掠めて、首の後ろへと柔らかく回された。
「リューン様のものに」
バラの香りがふわりとたつ。押しつけられた身体は、弾力があって柔らかい。
リューンは黙った。そして、回ってきた腕をそのままにさせ、解かなかった。




