零れ落ちて
「その……ムイは、元気がないようだが、」
書類を片しながら、リューンがローウェンに声を掛けた。
(そりゃ、あなたのせいですよ)
大きな声で言ってやりたいとは思うがそれでは大人気ない。ローウェンはぐっと我慢して、追加されてきた地方からの新しい書類を机の上に置いた。
「これは新たな租税の書類です。領主は領民を喜ばすために新法を作るわけではありませんから、そこのところを勘違いしないでください」
仕事上のことについては、こうも簡単にキツく言えるのに、そう思うと苦味しか湧いてこない。ローウェンは心の中で笑った。
「ローウェン、ムイは今日もマ、マリアのところへ?」
苦手部門の質問がまだまだ続くと確信したローウェンはさっさと諦めて、溜め息を吐きながら言った。
「収穫祭の手伝いもありますし、押し花の実演も頼まれていますので、その準備に出かけています。ちなみに今日、カイトさんは仲間と一緒に森へ木の切り出しに行っていますので、ムイと出会うことはないと思われますが」
「そ、そんなことまでは訊いていないっ」
書類をバシッと叩く。
「そうでしたか。訊きたそうなお顔をされていましたので」
「くそっ、お前は本当に忌々しい……」
「そんなことより、ユウリ様はいつまでいらっしゃるのですか?」
「え? ああ、収穫祭を見物したいと言っていたな」
「その後は?」
「それは聞いていない」
「ユウリ様が今日のお昼をご一緒したいと仰っています」
「ん、ああ。わかった」
ついにローウェンが声を荒げた。
「あなたがそんなだから、ムイも愛想を尽かしたのでしょうね」
書類を束ねて、綺麗に揃えていた手が止まる。
「……どういうことだ?」
低い声。
(……しまった)
ローウェンは、心の中で舌打ちした。
「ムイが、元気がないのは俺のせいだと言うのか?」
藪蛇だったな、思いながら頭を下げて、部屋から出た。
後ろ手に閉めたドアが、思いの外重かった。
(あっさり仲直りすると思っていたのに、ここまでこうもこじれるとはな)
ローウェンは重い足取りで、廊下を歩き出した。
✳︎✳︎✳︎
(どういうことだ、愛想を尽かしただと?)
ローウェンの言葉を反芻する。
(俺に愛想を尽かしたから、あの男を好きになったということか?)
リューンは立ち上がって、けれど再度腰を下ろして椅子に座った。
(……ではもう、あの男と両想い、なのか?)
立ち上がり、窓辺へ寄った。窓から見えるバラ園には、ユウリが佇んでいる姿が見えた。
(結婚の許可状を手に入れたというのに、確かにムイからは何も言ってこない)
そう考えれば、辻褄は合う。
ぞく、と身体が一気に冷えていく。窓にかける手が、カタと小さく震えた。
(あんなにも愛し合っていたのにどうして……どうしてこんなことになった?)
原因を探ろうと、頭の中は目まぐるしく混乱する。
バラ園にいるユウリがリューンを見つけ、控えめに手を振っている。
リューンはその姿を視界のふちで認め、軽く手を上げた。
すると、ユウリが極上の笑顔でそれに応えた。
(もう俺が嫌になったのか)
リューンは窓にかけていた手をじっと見つめた。
(手に入ったと思っていたのに……こんなにも呆気なく……)
指の隙間から滑り落ちていく。
リューンはその手をぐっと握ると、同じように目を強く閉じた。




