収穫祭
一年に一度の収穫祭が始まろうとしている。
リンデンバウム領地の領民は、みなこぞって準備に精を出していた。
収穫祭とは農作物の豊作を願って、収穫した穀物や野菜を奉納する祭りで、ここリンデンバウムの地では、一年に一度、秋口に入る頃に行われている。
「持ち寄った野菜を使って、大鍋でスープを作るんだよ」
マリアが抱えきれないほどの野菜を持って、中庭を何度も往復する。
「ムイ、お前さんも祭りに来るだろ?」
マリアに向かって頷くと、ムイは笑った。その顔を見て、マリアは野菜をどんっとその場に下ろすと、ムイの隣に座り込む。
「ムイ、そんな無理に笑いなさんな。あんたはちょっと悩みすぎだよ。リューン様があんたを手離すはずがないだろう」
「……私は、リューン様のお側にいられれば、」
「だからって、掃除や洗濯なんてやらなくても良いんだよ」
マリアは呆れた顔で言った。
「あんたはリューン様と結婚するんだろ? だから、国王さまにだって結婚の許可を貰ったわけだしね。そんな気が無かったら、そんな面倒なことをしないで、とっくにほっぽり出していらっしゃるよ」
「結婚なんて、恐れ多いのです。お側にいられるだけで私、」
「何を言ってるんだい。じゃああんたはもしリューン様が他の女と結婚しても、側にいるってのかい?」
「…………」
黙り込んでしまったムイを見てマリアは、余計なことを言ったね、悪かったよ、と言って、野菜のカゴを抱き上げて家の中へ入っていった。
(もし、リューン様がご結婚しても……)
ムイは目の前にある押し花の一つをそっと取った。ふわっと花の香りが微かに漂う。
(それでも側にいたい)
その覚悟も持っているつもりだ。リューンとリューンの妻や子供を見るのはきっと辛いだろう。けれど、それでもムイは側に置いて欲しいのだと心を決めていた。その為には、掃除や洗濯、料理の準備、できることを何でもするという気概でいるのだ。
「ムイ、収穫祭には参加するんだろ?」
シノとキノを相変わらず肩に抱えながら、カイトはムイの隣に腰を下ろした。
「はい、押し花の実演をして欲しいとミリアに頼まれているんです」
「ミリアはその時にムイの作った装飾品を商売をするんだろ。まったく商魂たくましいな、あいつは」
呆れた声で、カイトは言った。
「ムイ先生、僕と一緒にお祭り行こうよ」
シノがカイトの首に掴まったまま、ムイを誘う。
「僕たちと、だろ。ねえ、ムイ先生、僕も先生やミリア姉ちゃんのお手伝いするよ」
「そうね、たくさん買ってもらえるかしら」
「大丈夫だよっ。ムイ先生の押し花は世界一綺麗なんだからさっ」
「シノ、ありがとう」
ムイがにこっと笑うと、シノとキノとがきゃっきゃと笑った。
「世界一、綺麗だ」
その声でムイが顔を上げると、カイトの熱を帯びた視線と交わる。ムイは慌てて視線を逸らした。
「ムイ、四時にここに迎えに来るよ」
「あ、いえ。ミリアと三時に待ち合わせをしているのです。カイトさんはお仕事ですね」
「ああ、ではシノとキノを預かってもらえると助かるが。後で合流するよ」
「良いですよ」
わあっと、双子が歓声を上げる。
「ムイ先生、一緒にクルミ拾いやろお」
「ふふ、」
「僕、たくさん拾うー」
「たくさん拾って、マリアにクルミパンを焼いてもらいましょう」




