花
「ムイせんせー、さよならあ」
「バイバイ」
「はい、また来週ね。みんな気をつけて帰ってね」
ムイが手を振ると、子どもたちは蜘蛛の子を散らしたように、それぞれの父親母親の元へと走っていった。
「今日でもうお花は完売です」
「ムイ、ありがとうね。あんたが先生になってくれて、本当に助かったよ」
マリアがニコッと笑う。それに呼応して、ムイも笑った。
「ニケにも会えるし、とても楽しいです」
「ああ、私の孫の中でニケが一番、甘えっ子なんだよ」
ムイせんせーといつも追いかけてくるまだ幼い男の子ニケを、ムイはとても可愛がっていた。
「それにしても、あんただよ。料理室でもソルベなんざ、夕飯作りながら、うちのムイはスゴイんだぞって、いつも威張っちゃって」
「アランがお城のバラを次々に咲かせてくれるお陰です」
「ああ、確かにあの子の手は魔法使いのようだ。それにしても、ムイ、お前も相当なもんだよ。こんな綺麗な首飾りまで作っちまうんだから」
「ふふ、こんな不出来なもの、マリアぐらいしかつけてはもらえません」
「なに言ってるんだい。上等な代物だよ。ミリアなんか、自分の店で売りさばいて一儲けするって息巻いてたよ」
「ミリアには、耳飾りを作ってくれと、頼まれています」
「あんたはお人好しが過ぎるよ。ちったあ、断ったらどうかね」
「ふふ、マリア。私はこうして押し花を子どもたちに教えることができれば、それで幸せなんです」
「そうだね。押し花教室の先生を断られちゃ、あたしも困るけどね」
じゃあねと、マリアがウィンクしたのを笑顔で返すと、ムイは小高い丘から伸びる坂道を歩き出した。
ここは、城から少し行ったところにある、マリアとマリアの家族が住む家だ。質素だが、敷地は広く、ちょっとした中庭もある。
ムイはその中庭で、一週間に一度ほど、押し花を子どもたちに教えていた。
ムイのセンスは相当なもので、リンデンバウムの城下町では、あっという間に評判になり、教室はいつも満員だ。
ムイが押し花を使って作るものは、カードや便箋のような筆記具から、首飾りや耳飾りのような女性が喜ぶ装飾品、そして額縁などに入れれば一枚の絵画にもなる作品だった。
ムイがリンデンバウムの城で咲き誇るバラの花びらを押し花にして、一枚の絵を作り上げた時、リューンを大層感心させた。
リューンが額縁に入れて城の廊下に飾ると、たちまち侍従たちのうわさとなり、こうしてマリアに頼まれて、子どもたちに教えることとなったのだ。
「リューン様、困ります。どうぞ、お待ちください」
「なぜだ。みなが良い出来だと、これをとても褒めているのだぞ」
額縁に入れられたムイの押し花で作った絵を脇に抱えて、リューンは廊下を歩いている。その後ろを追いかけるようにして、ムイは縋るように手を伸ばした。
「このようなもの、みな様のお目に届くような場所には……」
「いや、これは客間に飾るべきだ。アランも目を丸くしていたのだから間違いない」
「それは、アランたちが、甘く採点してくれているだけです」
ムイの手がリューンの腕を掴むと、リューンが足を止めてくるりと後ろへと回り込み、あっという間にムイを抱え込んでしまった。
「リューン様、どうかそれを廊下にお戻しください」
「いや、これは客間に飾るべきだ」
そんなやりとりをしていると、廊下の遠くの方から、ローウェンの声がした。
「昼間っから、何をいちゃいちゃしているんですか」
リューンが右手に額縁を、左手にムイを抱えながら、ずかずかと歩いていく。
「ローウェン、これがいちゃいちゃしているように見えるのか?」
ローウェンの大きな溜め息の横を通り過ぎて、リューンは客間へと入った。
「大切なお客様に、リューン様のセンスを疑われては困ります」
抱えていたムイを下ろすと、リューンは額縁を客間の壁に飾り、持っていた釘を打ちつけた。
「リューン様、どうぞご勘弁を……」
ムイがリューンの前へ出て、両手を広げ、身体で絵を隠す。そのムイの身体を、リューンはひょいっと抱えると、「ムイ、やはりローウェンの言う通りにしよう」
そしてそのまま自室へと連れ帰ってしまった。
ベッドの上にごろんとムイを下ろすと、リューンもその隣に転がった。
「リューン様、どうかあの絵を廊下に、お戻しください」
ムイが何度も懇願する。
「まったくお前ときたらこのような状況で、まだそれを言うか?」
リューンがムイの頬にそっと手を伸ばす。リューンの手の温度を感じると、その温かみを堪能するように、ムイは目を瞑った。
「早くお前を俺だけのものにしたい」
結婚の意向は、国王にも伝達済みだ。後は、国王から正式な許可を得て、式を挙げるのみとなっている。
リューンはムイの腰を引き寄せると、耳元で囁いた。
「ムイ、愛している」
結局、ムイの作った押し花の絵画は、そのまま客間に飾られた。




