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第二章 四月五日:犬と山田さん

 眠らないまま朝になった。

 徹夜したときのような疲労感はあまりない。

 猫がこちらを見ている。エサが欲しいようだ。

 コンビニには猫缶はもうないので、少し遠くの明寺通り沿いに面したスーパーマーケットまで行くことにした。

 一応金属バットと懐中電灯を持って、アパートを出る。

 ゾンビたちにもなんだか慣れてしまった。

 呆け老人たちが徘徊しているようなもんだ。

 今やただの通行人と変わらない。

 映画のエキストラみたいなもんである。

 途中で広い庭がある屋敷の近くを通ると、中で犬がウロウロしているのが見えた。ゴールデンリトリバーという犬種みたいだ。

 よく生きていたなと、庭に侵入すると、俺に近寄ってきて尻尾を振っている。

 番犬としては失格だな。

 家の中に入ってみると、居間にじいさんゾンビがあぐらをかいて、両手を腹の前でだらんとしている。

「オハヨウゴザイマース!」と声をかけるが、当然、反応無し。

 ほとんど動かない。

 一見すると、座禅を組んでいるように見える。

 まるで即身仏のようだ。

 実際、死んでるけど。

 犬は腹をすかしているようだった。家の台所にいって、ドッグフードを探し出す。

 庭に戻り、犬にやると、ものすごい勢いで食べている。相当、空腹だったようだ。

 俺は、帰りにこの犬も引き取ることにした。

 一旦、屋敷を出て、大通りに出ると、ひっくり返された車や、黒焦げのバスなどが何台も道路に放置されている。歩道にはゾンビが喰いちらかした死体が散乱していた。銀行のATMは破壊されて、金が盗まれているが、ゾンビに金は必要ないだろう。

 ゾンビたちは何事も無く徘徊を続けている。

 スーパーを目指す途中に、大通りに面した十四階建てのマンションがある。

 俺は、ちょっと寄り道をして、高い場所から東京の風景を見たくなった。

 東京はどうなったのだろう。

 俺はマンションの玄関に入った。管理人室には老人ゾンビがいる。椅子に座って、呆けた顔でたたずんでいる。来訪者リストに名前を書いた。

 中に入り、階段をのぼる。

 さすがに十四階もあると途中で疲れてきた。

 階段の途中でゾンビに会うが、やはり無反応。

 屋上へのドアは鍵が壊されていて、すんなりと入れた。

 屋上にも、二、三体のゾンビがいた。

 ここに逃げ込んでゾンビに変身したのか、それともここに逃げ込んだ人を追いかけてきたのかはわからない。

 屋上から東京の風景を眺める。

 晴天の中、遠くでは、黒煙をあげてまだ燃えているビルなどが何棟か見えた。東京スカイツリーは健在だが、中はゾンビだらけだろう。ヘリコプターが突っ込んでいるビルがあった。報道中継でもしていたら、途中で乗組員がゾンビになって墜落したのだろうか。

 荒廃した風景が広がっている。

 だが、静かだ。

 カラスが元気に飛び回っているが、ゴミを出す人間がいなくなったから、いずれエサに困るだろうな。

 下を見ると、動いてるのはゾンビだけだ。

 しばらく、ゾンビに占領された東京を眺めて、感慨にひたる。

 死の都。

 あっけない終末だな。

 それにしても、人間がいなくなったわけだし、いろんな施設の管理とかはどうなっているのだろうか。原子力発電所なんかはもう爆発していてもおかしくはないな。東京の周りには原発はないけど。

 遠くには富士山がかすかに見えた。山登りするゾンビもいるのだろうか。



 それにしても、俺は生きているのか死んでいるのか?



 死の都になった東京を眺めながら、再び俺は考える。

 まあ、もうゾンビだからどうでもいいかとも思ったりした。

 俺はマンションを降り、再び大通りを歩く。

 目的のスーパーマーケットについた。スーパーもコンビニ同様荒らされ放題だった。ほとんど品物がない。

 レジには何度か見かけたことのあるパートのネーチャンが、ゾンビになって呆けた顔で立っている。交代を待ってでもいるのだろうか。

 薄暗い店内を懐中電灯で照らしながらペットフードコーナーに行く。他の食料品と違って多少残されている。ドッグフードや猫缶を全部いただいた。

 レジに持って行き「一回払いでお願いします」とパートのゾンビネーチャンにクレジットカードを渡すと、レジに差し込もうとガチャガチャやっている。電気が通じてないのでうまくいくはずもない。「リボ払いに変更よろしく」と言って俺はスーパーを出た。

 カードはもういらないだろう。使い道がない。



 それにしても、俺のような人間、じゃなくてゾンビ、じゃなくて「人間ゾンビ」は本当にほかにいるのだろうか。



 そう考えつつ、ゾンビが徘徊するなか、アパートへ帰る。

 さきほどの屋敷に寄って、犬を連れていく。ずいぶん人懐っこい犬だな。首輪無しでもついてくる。

 歩道の自販機が倒されていて、飲料メーカーの制服姿のゾンビが周りでウロウロしている。

 自販機の補給をしたいのだろうか。

 仕方がない。

 重たい自販機を何とか起こしてやると、背中に視線を感じた。

 近所の家の窓に人が立っている。

 中年女性がこちらを怪訝そうに見ていた。

 表情がゾンビっぽくない。

 俺が見ているのに気づくとカーテンを閉めた。

 もしかして、人間ゾンビか。

 表札を見ると『山田』とある。

 呼び鈴を押す。

 ピンポーン♪

 電池式なのかちゃんと鳴る。

「……どなたでしょうか」インターフォンから声が聞こえた。

 安心させようと「コンチワー!」と明るくあいさつする。

「スミマセーン! この近所に住んでいる佐藤というものです。決して怪しい者ではありません」

 ゾンビが怪しくなかったらいったい何が怪しいのかと思ったりした。

 玄関から五十代くらいの大人しそうな女性が出てきた。顔は青白いが意識ははっきりしているようだ。

「どうも、あらためまして、佐藤譲二と言います。ゾンビになりましたが元気です。山田さんはどうですか」

「わたしは山田英子と申します。なんだかよくわからないけど生きてます」

「いやあ、もう死んでるんですよ、俺たち」

「……やっぱり、そうなんですか」山田さんも自分の体の異変に気づいているようだ。

「あの、ゾンビの人たちって襲ってはこないんですか」と山田さんに聞かれた。

「どうも我々を同類と思っている、というか本能的に感じているのかわかりませんが、全く襲ってきませんね」

「じゃあ、外に出ても大丈夫ですね」

「ええ」

 山田さんは家に招きいれてくれた。

 犬を庭で遊ばせて、居間のちゃぶ台をはさんで、しばし山田さんのお話を聞く。

「わたし、つい最近、夫に先立たれて落ち込んでいたんですよ」

「……そうでしたか、それはご愁傷様です」

 部屋の隅を見ると仏壇が置いてある。

「そんな時にこの大騒動が起きて、私は一人でこの家に住んでいて、もう何が何だかわからず怖くて押し入れの中で震えて隠れていました。そして、疲れて寝てしまったんです」

「どれくらい隠れていましたか」

「三日三晩です。いつのまにか寝入ってしまって、気がつくと体がおかしくなってたんです」

 山田さんは身体をさすりながら話している。

 頭はしっかりとしているようだ。

「起きてから、食欲とかありますか」

「いや全然ありません。何も食べていないし、水すら飲んでいないんですよ」

「俺も同じですよ、昨日は眠れましたか」

「夫に先立たれた後は、心労で不眠症になり睡眠薬に頼っていたんですけど、あまりよく眠れずつらい日々が続いてたんです。けど昨日はなぜか眠れなくてもそう不快じゃなかった」

 共通点は、睡眠薬を飲んでいることか。俺もうつ病治療のため、抗うつ薬や精神安定剤、睡眠薬を飲んでいる。

 しかし、そんな人いくらでもいるだろう。

 後は、三日三晩押し入れの中で震えて隠れていたことぐらいだ。

 そんなのが人間ゾンビになる要件とは思えん。

「夫がいない生活がこんなに寂しいとは思いませんでした」と暗い顔をしている山田さん。

 ゾンビなのでなおさら暗い顔になる。

 元気なさそうだ。

 元気なゾンビというのもおかしいけど。

「あの~よろしければご主人様にお線香をあげさせてもらってもよろしいでしょうか」

「あ、はい、どうぞ、どうぞ」

 俺は山田さんに案内され、仏壇の前に正座して手を合わせた。仏壇の横の小机に旦那さんの遺影写真が飾ってあった。やさしげに微笑んでいる。

 それにしても、死人であるゾンビに供養されたら成仏できないんじゃないかと思ったりした。

 礼を行って、山田さん宅を辞することにした。

「また、時間のある時来てくださいな、一人だと不安で」と山田さん。

「もし、よかったら、この犬を飼いませんか」

「よろしいんですか」

「番犬代わりにならないけど、さびしさを紛らわせのにはいいでしょう」

「じゃあ、せっかくなので貰います。ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ」

 ドッグフードと一緒に犬を山田さんにあげて、家を出る。

 それにしても、特別な共通点はなかったな。

 そうだ、俺と山田さんだけ特異体質だったのだ!

「それはあまりにもご都合主義だろ!」とひとりツッコミをいれる。

 徘徊するゾンビたちは当然のことながら無関心だ。

 アパートの玄関前でのろのろしている、隣のゾンビの鈴木さんの肩をつかんでそっと横にずらし、扉を開けて部屋に入った。

 猫缶を空けて猫にエサをやる。

 しかし、久々に人と話した。

 相手はおばさんでも嬉しいぞ。

 たとえゾンビでも。

 人間だったときは、どこか南の無人島で一人気楽に暮らしたいと思ったもんだ。

 何のしがらみもない暮らし。

 実際は、一人で暮らしていける生活力も精神力も俺にはないだろう。

 人間社会は、お互いの人間関係によって成り立っているんだなあと俺は思った。

 ゾンビたちが集まって会話をしているなんてのは見たことない。

「やっぱり人は一人では生きていけないのだよ、猫くん」と猫に語りかける。

 猫はエサを食べながら、こちらを見て「わたしは一匹でも生きていける」という顔をした。

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