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第一章 四月四日:猫とゾンビ

 そして、翌朝起きると、「俺」こと佐藤譲二はゾンビになっていた。

 


 と言っても最初は気づかなかった。

 目覚めるとやけに静かだ。

 どうやらパニックは終わったらしい。ゾンビたちはどうなったのか。

 この日本は、世界は、どうなったのだろうか。

 部屋にゾンビがいるかもしれん。

 そっと押し入れのふすまを少しだけ開けて、細い隙間から目を見開いて、異変がないか部屋を確かめる。

 薄暗い部屋になにかいる気配はしない。

 いつもの通り万年床が置いてある、独身男のさびしい部屋だ。

 しかし、今まで見たほとんどのゾンビ映画だと、ゾンビがいないと見せかけて、突然襲ってくるのがお決まりの展開だ。

 ちょっとフェイントを入れて、しばらく押し入れでじっとしている。

 再び、ふすまの細い隙間から異変がないか、部屋を確かめた。

 やはりなにもいる気配がしない。

 押し入れからそ~っと出る。身体が重い。頭がぼんやりとする。

 金属バットを持って用心しながら、明かりを点けようとして、部屋の隅に置いてある机の角に足の親指を思いっきりぶつけてしまった。

「イテ!」と思わず叫ぼうとしたが、痛くない、というか感覚が鈍っている。

 電灯は点かない。停電だ。薄暗い中、ゾンビの出現に怯えつつ、用心しながら台所に行って調べると、ガスや水道も止まっていた。あのパニック状態でライフラインも壊滅状態になったんだろう。

 明かりが必要だ。

「かいちゅうでんとう、かいちゅうでんとう」と言いながら、懐中電灯を探す。洗面台の下に置いてあったことを思い出した。

 洗面台兼浴室をそっと開く。

 ゾンビがいた! と震えあがったら、鏡にうすぼんやりと映っている自分だった。

「驚かすなよ」と自分に言いつつ、懐中電灯を探し出し、点けてみる。

 電池は切れてないようだな。

 鏡に自分の顔が映る。

 いつものしょぼくれた、さえない自分の顔が映っているが、やけに肌が青白い。

 なんだか、体が冷たい感じがする。

 押し入れにこもっている間、このままでは餓死するのではと怯えていたが、三日飲まず食わずだったのに腹はへっていない。喉もかわいてない。

 なんだか生きている感じがしない。

「やばい、俺、ゾンビになったのか」と鏡を見ながら、朝からなんとなく感じていた体の違和感について想像をめぐらした。

 寝ているあいだにゾンビに襲われたようでもない。

 もしかして、飛沫感染とやらで、押し入れにこもる前にすでにウィルスに感染していたのかもしれん。

 それとも、空気感染とやらでゾンビになってしまったのだろうか。

 こんな安アパートでは外からの空気を完全に遮断することなんてできないぞ。

 空気感染だとすると、どこに隠れてもいつかは感染しておしまいだな。

 どこか完全にウィルスを遮断する気密状態にできる場所にいる人たち以外はと俺は思った。

 停電なのでテレビは点かない。ネットで情報を得ようと、部屋に戻って安物デスクトップパソコンを点けようとしたが、内臓バッテリーがないので起動しない。携帯電話は圏外、古いラジオを押し入れから出して点けたが、雑音が発するだけでどこも放送していないようだ。



 ゾンビになるとはどういうことなのか?



 一応、死んでいるのだ。

 死体なんだから冷たいだろう。

 確認してみようとタンスから体温計を出して測ってみる。

 二十度!

 何度測っても二十度。

「こんな体温ありえない。俺は死んでるぞ! けど動いている。ゾンビになっちまった!」と俺は思った。

 しかし、不思議とあまり動揺はしない。なぜか「どうでもいいや」という気分が頭を支配している。



 これがゾンビになるということなのか。



 なにもする気がいまいち起こらない。部屋の薄汚れた万年床で横になる。ゴロゴロと寝がえりをうつ。

 やれやれ、さえない人生を送った挙句の果てにゾンビかよ、と俺は思った。

 退屈だ。そして、孤独だ。

 しかし生きているときもこんな感じだったなあと、俺は自分の人生を振り返った。

 いつもぼんやりとしていて、要領の悪い、何事も先延ばしにする俺は、小学校、中学校、高校生時代は、同級生からいじめられ放題だった。

 大学は無名の私立大学で友人らしい友人もいない孤独な学生生活。

 就職活動は全然うまくいかず、やっと入った会社は典型的なブラック企業。俺はブラック企業のサービス残業、パワハラ、低賃金の波状攻撃をあびて、うつ病にかかり退職した。

 この数年は、生きてんだか死んでんだかわからない状態だった。

 再就職の面接は落ちまくり、バイトしても長続きしない。金に困って、ついにはやばい治験バイトまでやって糊口をしのぐ始末。

 貧すれば鈍する。

 何の目標も持たずに生きてこなかった挙句の果てがゾンビか。

 あおむけで万年床に寝ながら、パワハラ攻撃をしかけてきたブラック企業の上司の顔を思い出し、

「ざまあみろ、お前もゾンビに喰われて死ね!」と俺は思わず安アパートの部屋の天井に向かって怒鳴ってしまった。

 そこで、はたと気づく。



 あれ、本当に俺はゾンビになったのか?



 ゾンビって、すでに死んだ人間が何も考えずにただウロウロと徘徊しながら、生きた人間を見つけると襲いかかって喰いちらかすだけの存在ではなかったのか? 

 そもそも人間の意識があるというのはおかしいのではないだろうか? 

 いろいろな疑問が俺の頭に浮かんできた。

 むくりと起きた俺は、そっと窓のカーテンを少し開け、外の様子をうかがった。

 もう昼になっている。

「いるいる、ゾンビたちが」と俺はこわごわしながらも、一変した外の風景に見入った。

 燃えた家屋や塀に突っ込んで大破した自動車。横転してガソリンに火が点いたのか黒焦げになったパトカー。倒れた電柱。地面にはゴミやガラスの破片が散乱している。

 荒廃した街のなかにゾンビたちは、肌は土気色、呆けたような顔で、視線は定まらず、前方に両腕をダランと突き出し、のろのろと歩き回っている。

 ボロボロの服を着ているのもいれば、それほど汚れてないゾンビもいる。

 口の周りに血がこびりついているゾンビもいるが、あれは人を喰ったのかなと俺は想像し、少し気分が悪くなった。

 腕がないゾンビもいる。

 足がないゾンビは地面を這いずりまわっていた。

 あまり動かずじっとしているゾンビもいる。

 犬を散歩させているゾンビもいる。犬を散歩と言っても、死んだ犬を引きずっているだけだが。ジャージ姿のおばさんゾンビがよろよろしつつも、ちょっと早めに歩いていた。このおばさん、よくジョギングしているのを見かけたなあ。ゴルフのクラブを持ってる近所に住んでたおっさんゾンビもいる。確かこのおっさん、路上でゴルフの素振りをしていて迷惑だなあと思っていたもんだ。ベランダで洗濯物を干そうとしているゾンビがいる。ボロボロの服を乾かそうとしていた。自動車の周りでウロウロしているゾンビがいる。このゾンビの人、よく洗車をしているのを見かけたな。ゾンビにもきれい好きはいるのだろうか。

 ゾンビは生きていたころの行動を繰り返すと、ジョージ・A・ロメロ監督作品のゾンビ映画では描写されていたような憶えがある。

 倒れて原型をとどめておらず、動かないのはゾンビに喰われた人たちだろう。

 あんな風にはなりたくない。

 ゾンビを一人、二人、三人、と数えていくと二十人ほどいる。

 それにしても、ゾンビという生き物、というか死に物というか、この場合二十人なのか二十体なのか、それとも二十匹というのかわからない。

「一応、死体だから単位は『体』にするか」と独り言を言う。

 見ている限り、ゾンビは他のゾンビを襲わないようである。

「おっ! 猫だ」しばらく眺めていると黒猫が正面の道を横切った。しかし、ゾンビたちは無反応。

 ゾンビは動物には興味ないようだ。

 今の猫もゾンビ状態には見えなかった。ゾンビウィルスは人間にしか感染しないのだろうか。

 一体のゾンビと目が合う。

 「やばい!」と一瞬思ったが、そのゾンビは何事も無く、のそのそと離れて行ってしまった。



 俺は、自分がゾンビから『ゾンビ』と認識されているのだろうかと試したくなった。



 念のため金属バットを持ってビビりながら、玄関へ行く。

 扉の鍵は壊されていて、半開きになっている。

 そっと、扉から顔をだした。

 すると、突然、辺りにいたゾンビどもが豹変して襲いかかってきた! というよくある展開は全く起こらず、ゾンビたちはのんびりとただ歩き回っている。

 サンダルを履いて、扉を全開にしてみる。

 ゾンビが襲ってくる気配は全くない。

 荒廃しているとはいえ、拍子抜けになるぐらい平和で静かだ。

 動いているのはゾンビだけだ。

 これが世界の終わりだろうか。

 死体が徘徊する街。

 しばらく金属バットを持ったまま、玄関前にたたずんでいると横から突然ゾンビがあらわれた。

「うわ!」驚いて、後ずさって思わず金属バットをかまえたが、別に襲ってくるわけではない。

 よく見るとお隣の鈴木さんだ。生きてる頃はただの中年オヤジだったが、すっかりゾンビ化している。

「あの~こんにちは、鈴木さん」

 ちょっと怯えながら声をかけたが反応は無い。

 そのままふらふらと歩いている。

 やはり俺はゾンビたちからは同類と見なされているらしい。

 ただ、ゾンビの皆さん呆けた顔でウロウロしているだけで、人間としての意識があるようにはやはり見えない。

 それともこれから徐々にゾンビ化していくにしがって、俺も意識がうすれて徘徊するようになるのだろうか。

 ちょっと鈴木さんで実験してみることにした。

 鈴木さん生前は、というかゾンビ前はおとなしい人だったから怒らないだろう。

 もう一度声をかける。

 無反応。

 鈴木さんの耳もとに近づき某プロレスラー国会議員を真似て、

「元気デスカー!」と大声で怒鳴ってみた。

 無反応。

 頬を引っぱたくのはさすがに失礼なので、肩を手で叩いてみる。

 無反応。

 他のゾンビたちにも顔の前で手をヒラヒラしたり、変な踊りを踊ってみたり、金属バットでちょっと小突いたり、目の前で自分の鼻の両穴に指を突っ込んで変な顔をしてみたりといろいろとちょっかいをかけた。

 無反応。

 アパートの他の部屋にもまわってみたが、すでに逃亡したのか、ゾンビの鈴木さん以外は誰かいる気配はない。

 釈然としない気持になるも、とりあえずアパートの自分の部屋に戻る。

 いまのところ命の危険はなさそうだ。命の危険といっても、もうゾンビになっているわけだから、死んでるんだが。

 今後を考えると、とりあえず食料はいらないが、夜の電灯は必要だろう。俺はそう思い、ランタンを押し入れから取り出すが、電池が切れている。

「かんでんち、かんでんち」と言いながら部屋の中を探すが無い。

 仕方ないので、近くのコンビニへ向かうことにした。

 金属バットを持って、ちょっと部屋で素振りをした後、アパートを出る。

 おっかなびっくりゾンビたちの間を歩くが、相変わらずゾンビたちはウロウロしているだけで、俺には無関心だ。

 そこで、道すがら何体かの徘徊中のゾンビたちに話かけた。

「コンチワー!」

 無反応。

 金属バットで突いてみる。

 無反応。

 調子に乗って、足を引っかけてゾンビを倒してみる。しばらく路上でジタバタしたあと、ゾンビはゆっくりと起き上がり、ちょっとビビっている俺を無視して行ってしまった。

 相手がゾンビでもさすがにこれだけ完全にシカトされると、それはそれでさびしいぞ。

 小学生の頃、クラスメイト全員から無視されたこと思い出してしまった。

 暗くなる。

 コンビニに到着。

 店内は予想通りメチャクチャに荒らされている。

 薄暗い店内は品物やガラスの破片などが飛び散って床を覆っていた。パニックになった群衆が乱入して食い物を奪っていったんだろう。

 雑誌のラックの前に、コンビニの店長のおっさんがいた。すでにゾンビ化しているが、雑誌を整理しようとしているのか、ゆっくりと動きながら、雑誌をラックに置いている。

 このコンビニは売上があまりよくなかったようで、オーナー兼店長もバイトに逃げられ、ほとんど一日中バタバタと働いていることがよく見られた。

 ゾンビになってまで働くとはご苦労様と声をかけたいぐらいである。

 まあ、整理しているのかグチャグチャにしているのかわからない仕事ぶりだが。

 店長のおっさんゾンビが雑誌を落とした。いわゆる十八禁のエロ本だ。最近はネットで簡単にエロ画像を見ることができるので、置かないコンビニも増えてきたようだけど。

 拾って中をパラパラと見てみる。

 何も感じない。

 う~む、どうやらゾンビになると性欲もなくなるらしい。

 まあ、ゾンビになったからどうでもいいな。

 雑誌を捨てて、日用品のコーナーに行く。

 ここは多少品揃えがある。乾電池を発見。コンビニのビニール袋に入れて、店長に「すんませんが、万引きしま~す」と声をかけて、俺は店から出た。ゾンビ店長は何の反応もないまま、雑誌の整理を続けている。

 徘徊するゾンビたちをよけながらアパートに帰る途中、猫を見かけた。

 さっきの黒猫だ。

 こっちを見ている。どうも腹をすかしているようだ。エサがほしいらしい。

 猫は、ほかのゾンビには関心をしめさず、俺の方だけを見ている。動物たちにとってもゾンビは無害な存在なのだろうか。しかし、おれもすでにゾンビなのだが。

 コンビニへ引き返し、猫缶を探す。二つ残っていたので、ゾンビ店長に「また万引きしま~す」と声をかけて、猫のところに戻る。

 猫缶を開け路上に置くと、徘徊するゾンビは無視しながらも、猫は用心深く近寄ってきて食べている。

 猫がエサを食べるのを見ながら、

「そういや、猫を飼いたかったんだよなあ。アパートでは犬猫飼うのは禁止されていたけど」と俺は思い出した。

 食べ終えた猫のすきをついて首根っこを捕まえた。

 猫はギャーギャーと暴れている。

「おい、静かにするにゃ、危害をくわえるつもりはにゃいぞ」と猫に言う。

 ゾンビがにゃあにゃあと猫語を使うのは我ながらキモイと思った。

 周りのゾンビたちはやはり無反応。

 アパートに帰って、暴れる猫を放すと部屋の隅に逃げてこちらを警戒している。もう一個猫缶を空けて猫の前に置いてやると、用心しながら近づきまた食べはじめた。

「猫を見ていると癒されるなあ」

 ネットで猫動画を散々見たが、やはり実物が目の前にいるのとは違う。

 俺は猫を撫でようと手を伸ばした。

 猫はサッと逃げる。

 野良猫なので警戒心が強いのか、それともゾンビだからか、それとも俺がいやなのかはわからない。

 しかし、猫と一緒にまったりと暮らすことは、俺の理想の生活でもあった。

 それが実現したのだ。

 少しうれしい。

 ゾンビになったけど。

 しばらくすると、猫も少し安心したのか、部屋の中を歩き回っている。

 猫を眺めつつ、万年床で横になる。眠いわけではないし、眠れないという不眠症的不快感はない。ただ、横になってゴロゴロしている。

 本当に俺はゾンビになったのであろうか? 

 いつまで生きるのであろうか? 

 いや、いつまで死んでいるのであろうか? 

 いやいや、いつまでこんな中途半端な状態でいるのであろうか?

 


 だいたい、そもそも「生きる」とはどういうことなんだろうか?



 いろいろと考えるが答えが出るわけでもない。

 また猫に触ろうするが、逃げられる。

 エサをあげたんだから、すこしくらい撫でてもいいじゃないかよう!

 とブツクサ猫に言っても仕方がないか。


 いつのまにか夜になった。ランタンに電池を入れて点ける。

 ゾンビたちはどうしているのだろう。

 まさか夜になってアクティブになって襲ってくるのではないかと不安になり、そっと窓のカーテンを少し開けてみる。

 外は真っ暗でよく見えない。懐中電灯で外を照らしてみる。

 ゾンビたちは昼とかわらずのろのろと徘徊しているだけのようだ。

 どうやらゾンビは夜行性ではないみたいである。

 安心して、また万年床でゴロゴロする。

 それにしても、なぜ俺には人間としての意識が残っているのだろう。他にも俺のようなゾンビになったけど意識が残っている人たちはいるのだろうか。

 


 もしいればその人たちと何か共通点があるはずだ。


 

 ゴロゴロしながらとりとめもなく考える。

 猫が部屋に置いてある座布団の上で寝ている。けどこの猫、今まで何食って生きてたのかなあ。まさか人肉? ちょっと気持ち悪いな。

 すると猫が目を開けて「ゾンビに言われたくない」という顔をした。

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