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ゼロ世界のGIRLs Jack  作者: はんげしょう
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この世界のこと


「…それで、レージさんはどうしてこの街へ?」

目の前の女性記者が、俺の発言について、さっきからメモを取っている。

やはり、日本地区というものを知らないし、俺という人物が珍しくてたまらないんだろう。


きっと今の俺と同じ、真新しいものに興味をそそられている。


「…俺の…、いや、日本地区を救うためにここに来た」

「にほん地区を救う?もしかして貧困が多発しているとか?」

「ひん…こん?」

「貧困というものはですねぇ…、人よりも、モノをあまり多く持たない人のことを指すんですよ」

「貧困…か。そんなことはないぞ、俺のいたところはすべての人が等しく食料を支給されていたし、そんなものはなかったと思う」


そう、俺のいた世界では、暁の血託団と呼ばれる慈善団体が食料を民間人へと支給していた。

彼らは化け物との戦闘から、人々への支援、土地の整備までこなす何でも屋だ。

生まれた子は皆、一度は血託団に憧れを持つと言われるくらいだ。

危険な仕事であるのにもかかわらず、人類は救済を目指して志願者が後を絶たない。


「貧困が、ないんですか…?平和ですね!!いつか私も行ってみたい!」

「来ないほうが、身のためだ…」

つい本音を漏らしてしまう。


「どうして?もしかして内戦が絶えないとか…?」

「…違う、化け物がいるんだよ。生身の人間じゃ、到底勝てないような、化け物がそこら中をうろついているような土地だ」


「…レージさんの力を持ってしても…?」

「俺はただの医者だ。そんな力はない」

「…そうですか、でも!きっと!いつか!大丈夫ですよ!」


…何を根拠にそう言っているのか、俺には到底理解できなかった。


「では今度はこちらから質問です!」

かりんが喫茶店の机に身を乗り出して質問してくる。

さっきからアンタばっかり質問してるよなぁ…。


「あなたは、この世界の人間ですか」


…俺の胸に図星が突き刺さる。


「……うーん、どうやら別の世界の人というわけでもないらしいですね」


…。そういうことか。

この女記者、人の心を読む術を持っている。

図星が刺さると、人はどうしても何か反応をしてしまうものだ。

だが俺は自分の体、いや人間の体のことはなんでも、大体は制御ができる。

不要な動きはカットすることすら可能なのだ。



「…どうしてそんなことを聞いた?」

「だって、貧困もお知りでないようでしたし…住む世界が違うのかと、でも別の世界というもの自体、おとぎ話のような話ですからねぇ」


たしかに、彼女の推測通り、俺は別の世界から来た。

だが、この事実を漏らしてしまうと、これからの行動に不都合が出てくる。

あまり目立たず、この世界の人間に混じり込んで調査を続けたい。


「しかし、日本地区というものは、聞いたことがありません、あなたは一体…?」

「…ただの医者だ。そうだな、旅をしている」


「…それで…!きゃぁっ!!!」

メモを取り、再び机に身を乗り出して何かを問おうと彼女は立ち上がった刹那、バランスを崩して彼女がこちらへ机を巻き込んで倒れ込んでくる。



「ぐふっ…!」

俺は彼女の下敷きになるような形で、仰向けで床に倒れ込んでいく…

次の瞬間、俺の目の前が真っ暗になった。


「お客様!大丈夫ですか!?」

別の声が聞こえる。


…なんだこの感触は…?


俺の顔が何かに埋められている。


これは、女記者の胸か。




「す、すいません…!きゃぁんっ…!!」

謝りながらも、起き上がろうとはせず、自分の体を揺さぶる女記者。

俺の顔に当たっている女の胸が俺の顔を撫で回すかのように動いていく。


「ぐもも…」

息がしにくい。


「ご、ごめんなさい、私…!」

ようやく起き上がってくれた。

俺の口と鼻が、胸からの呪縛から開放され、再び自由となる。


「すいません…私ったらつい…」

「あぁ、別に構わない」

悪気があったわけではないのだろう。

人は誰しも失敗する。


倒れた机と椅子をもとに戻し、再び質疑応答へと戻る。


「そろそろ、こちらからの質問に答えてもらっていいだろうか」

「えぇ!どうぞどうぞ」


「この街について、教えて欲しい。俺はここに来たばかりでな。何もわかっていない。生きていく上でここでの暮らしを教えてほしい」

「えーっと…どこから説明すればいいやら…、あなたがどこからわからないのかがわからないです」

「それじゃ、どういう人間が住んでるか」

「んー、普通の人も住んでますし、冒険者の方も住んでます。お城の兵士や騎士団の方も住んでますよ」

「普通の人というのは、どうやって生活しているんだ?」





…彼女は、俺に対して、1つずつ丁寧に教えてくれた。


まずこの世界において普通の人というのは、物を売り買いして生活しているらしい。

そのことを取引といい、木や草花、果実、布、紙、道具、生き物の血肉。

など、食料や道具などを売り買いして暮らしているのだそうだ。

その際に必要となるのがお金。

お金を取引の間に挟むことによって、物の価値などを取り決めることができる。

この世界は、お金を中心にどうやら動いているらしい。


普通の人以外の冒険者も、貴族という職種の人間も、皆お金に頼って生活している。

お金というものは、取引以外でも働いて手に入れるものだそうだ。

当然、食料を買っているうちに、お金は底を尽きてしまうからな。


この世界の人間というものには、どうやら職種というものがつきまとっているらしく。

これは俺の世界とよく似ている。

俺と同じ医者もいれば、俺の世界にもいた大工、警察官とよく似た立ち位置の騎士団。

俺の世界と違う点は、金を稼ぐために働いているということだ。

なるほど、たしかにこれならモチベーションは上がるかもしれない。


働いて、何かを得るわけでもなかった俺の世界では、皆助け合って、生きることに必死だったから、何かを得ようとは一度たりとも思ったことがなかった。


労働力、というものがお金に変わるというシステムは、この世界においては理にかなっていると思う。



そして、冒険者と言うものに、俺は興味を惹かれた。

冒険者という職業の人間は、町の酒場やギルドにて依頼を受け、魔物を退治したり、人物の護衛をしたり、ダンジョンの探索をするといったことで報酬を受け取るといった職業らしい。

彼らは命をかけて働いている。暁の血託団と同じだ。

だが冒険者の方は報酬を受け取ることができる点を考えれば、自分に見返りのあるこちらのほうが良い。

どうやら冒険者という職種の中に、さらに細かい職種があるようだ。

剣を使って戦う、「ソード」。斧を使って戦う「アックス」など、それぞれ武器の名称を取った職種となっていた。

ただ、その中でも例外はいくつか存在した。

魔法を得意とする人間は「メイジ」と呼ばれ、心術というものを得意とする人間は「マインダー」と呼ばれている。


魔法というものは実に便利なものらしい。

どの人間にもその力は備わっていて、鍛え上げればどんな人間でも使えるようになるらしいが、向き不向きが存在し、魔法が性に合わないという人間は、すぐに鍛錬を辞めてしまうという。

火や水といった、自然現象を召喚する魔法から、一瞬で場所を移動する魔法すら存在する。

空間転移ゲートとよく似ているが、魔法の方はどうやら電源なども必要なく、人が電池代わりになって作用するため、利便性が高いと俺は思った。


そして心術というものだが、これは生き物の感情を利用した指揮官のような職だそうだ。

特にこれと言ってすごい能力があるわけでもないが、人間を含め、生き物の考えを熟知し、その先を常に見ていると言われる職業だ。この職業、人数が極めて少ない。読心術というものを極めることができる人間は一握りしかいないそうだ。

マインダーが一人いれば、失敗することはないと言われるほど、頼もしい存在とのことらしい。


この世界の武器は俺の世界にあったものも、なかったものも存在した。

剣や斧、短剣や槍、刀などは俺の世界にも存在したが、鉄球や鞭、弓やチャクラム、フープといった武器は聞いたことすらなかった。

何よりもフープという武器が面白い。自分の体に取り付けた輪っかを回し、敵に回転する刃をぶつけて攻撃するのだそうだ。こんな馬鹿らしい武器、誰が考えたのだろうか。






「…それにしても、日本地区では取引も行われていない。完全に物資支給性というのは、戦時下…みたいですね」

「…そうだな、地上は生き地獄だったから」

「ちなみに、その日本地区というのは、どの辺りにあるんですか?」


女記者はポケットから丁寧に折りたたまれた紙を取り出す。

「…これは、地図?」

俺は、それがこの世界の世界地図であることを理解する。

「そうですよ?あれ、見たこともないんですか?」

「ああ、すまん、俺は土地勘が弱くてな。どこにあるかなんかはわからない……、よければその地図、もう一枚あったりとかしないだろうか」


土地勘が弱いというのは嘘だ。この世界の地図を見るのは初めてというだけ。

これからの異世界の探索に地図があれば便利だろう。

「あぁー、すいません、私これしか持ち合わせていませんが…。これと同じものなら道具屋に売ってますよ」

「ありがとう、助かる」


「そういえば、レージさんはどうして医者なんかを…?」

「うちの家系が医者だったから、ただそれだけ」

「なるほどなるほど」


「お客様…ご注文はお決まりでしょうか」

俺たちの席にいつの間にかヒラヒラした服の女の人が近づいて立っていた。

「…この人も、働いているのか?」

俺はこの人を指差す。

「ええ、彼女は雇われてここで働いちゃっているんですが、つまり…ここのオーナーがこの子にお給料を渡しちゃうという仕組みです」

「……」

…?どうしてこのヒラヒラした服の人は怒っているんだ?


「あの、ご注文を…」

「ん?何かしてくれるのか?」

「いや、違いますねぇ!個々の店は珈琲店だからコーヒーを頼まないと…」

「ジュースもケーキもあります!!!」


「…あぁー、ごめんなさい!メニュー読んですらなかったです。今決めちゃいます!」

「メニュー…。あぁ、この中から選ぶのか。それで、この横に書いているのが、値段だな」

「はい!この値段を支払えば、この物をもらえちゃうんですよ!」

「なるほど」

俺は初めての取引とやらを今から体験できるらしい。

先ほどもらったお金の袋をちら見する。


「…これで足りるのか?」

俺はずっしりとした方の袋を片手で持ち上げてみる。

「足ります足ります!たぶんコーヒー1000杯くらい飲めちゃいますね!」

「1000。じゃあコーヒーせ…」

「え…!」

店員が戸惑いを見せる。


「あぁ、すいません。一度にコーヒーは1000杯も飲むものじゃないです、1杯で十分ですよ」

なるほど、1杯で足りるほどの量なのか。

「では、このコーヒーというものを1つ」

「かしこまりました」

「私は…そうですね、オレンジジュースを一つ!」

「はい」


ヒラヒラ女は紙にペンで何かを書いた後、そのまま店の奥へと消えていった。


「あれが仕事なのか?」

「そうですねぇ、お客さんに注文を聞いたり、飲み物や食べ物をお客さんのところに持っていくのが仕事だったり」

「なんだ簡単じゃないか」

この世界の職業はやはり簡単に思えるし。それで見返りももらえるんだから良いに違いない。

「そうですか?たまに迷惑なお客さんとかもいちゃうんですよね、あぁいうのが来ると、ちょっといらっときたりしちゃうんじゃないですか?」

「なるほど、たしかにうちの院にもいちゃもんつけるような奴が来たりはしていたな…なるほど。それならたしかに少し腹が立つ」


周りの客の目線がこちらに集まっている。

なぜだろう。



「職業も色々ありますからね、先程の冒険者といい、ここみたいな店で働く労働者もいますし!」

トレイを持って立っている男がこちらを少し睨んできた。

おお怖い。


「人のため、だけではなく、自分のために働けるわけか。…すこぶる人間向きなシステムだ」

「逆に自分のためにならなくて、よく働けますねって感じです」

そうだ。

今になって思うが、俺は好きでもない医学を学ばされ、人を救うことだけを考えさせられてきた。

緑の大地を見たい、という私利私欲は抑えなければならなかった。

ただ当然のように押し付けられてきた医者という仕事をこなすために。
















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