お金とはなんゾ
「無事に王都についたわね!」
「途中命の危険に晒された気がしたけど」
俺たちは大きな都市と思われる場所で馬車を降りた。
…大体の建物が石垣でできている。
あの屋根は…おそらくレンガだろう。
その都市には、俺がいた世界とは違い、活気にあふれていることがわかる。
たくさんの人々が道を行き交い、露店などが多く大通りに並べられている。
「お客さん、お代金を」
「第三騎士団につけておいて」
「は、はぁ…」
「なんだ?馬車というのは、ただ馬を走らせている人間に何かを払わないといけないのか?」
「そりゃ、あの人にも生活が懸かってるんでしょ」
「ふつうは馬に支払うべきなのでは…」
「馬はね、干し草と人参さえ食ってればいいの、その餌代を出すのがあの人なの!」
「…なるほど、理解した」
「はぁ…アンタ本当に…人間?昨日も奇妙な技使ったし…」
「俺は医者で、ただの人間だ。それ以外の肩書きはない」
「…ふん、そう」
「これは、なんだ」
「それはリンゴ、果物よ。食べたら、リンゴ味…いえ、甘いわ」
露店に並べられているものを手に取り、眺める。
「これ、うまいのか?」
「私は好きだけど」
一口食べてみよう。
…ガブッ
「あ、アンタ、それまだ買ってない」
「お客さん!お代金を…!」
「…はぁ、あたしあいにくお金今もってないのよね…」
「…すまない」
店主に一口かじったリンゴを返す。
「これじゃあ商品にならないよ!…もういいからさっさといきな、一文無しには用はないよ!」
かじったリンゴを突き返され、困惑する。
「…はやくいくよ、ここにいたら迷惑」
「あ、あぁ」
「はぁ…アンタ、お店ってなんだかわかる?」
「…あまり知らない。そもそも代金というのは、何を渡せばいいんだ」
「お、か、ね」
お金…?
「なんだそれは」
「店で売ってるものとなら、必要な量を持っていればなんでも変えられるものよ」
「…お金、か。ではそれがないと、何も買えないのだな」
「そういうこと、これがないと生きていけない」
どうやらお金というものがこの世界で生きていくためには必要らしい。
あいにく俺たちの世界にはそういったものは存在しない。
お金がないと生きられない世界なら、ここでは俺たちのいた世界の人間は生きることはできないのではないか…?
「これは…?」
俺は、露店に並べられた石や木の…なんといえばいいのだろうか
「それは、アクセサリーね。左から順に、ブレスレット、指輪、イヤリング、ネックレス…」
「そんな名前なのか、これはダイヤモンドだな、それでこれはサファイア」
「へぇ、アンタ宝石の名前はわかるんだ」
「あぁ、俺たちの世界にも同じものはあったからな」
「意外。そういうのはあるんだ」
「まぁ、持っていても何の価値もないけどな」
「失礼な…!これらは運気を高めるアイテム、何の価値もないというのは心外ですな!」
店主が俺に対して怒りをぶつけてきた。
運気…?運がよくなるとでもいうのか?こんな、ただ存在するだけのものが。
「…さ、いくよ」
「…?あぁ」
セーナに手を引かれて、その場を後にした。
「ほら、ここが酒場よ、早く入りなさい」
「ここが酒場か、確かに中が騒がしいな」
俺とセーナは、街をしばらく歩いて大通りにある酒場の前に来ていた。
中からはいろいろな声が聞こえる。
「アンタとはここでお別れね」
「おい、なんだよそれ…」
「うるさいわね…、アンタは自由に生きればいいと思うわ、…これ以上私に関わらないほうがいいわ」
…?急に、何を言い出すんだ…。
「俺を部下にするって言ったのは、お前じゃないか…!」
「助けてくれたことは感謝するわ…じゃあね」
俺は、一人酒場の前に取り残される。
…俺はここからどうしたらいいんだ。
「よう兄ちゃん、入るなら早く入ってくれ」
後ろから屈強な大男二人組が俺に口を出す。
二人とも特徴的な武器らしきものを担いでいたが…?
「…邪魔だったか、すまない」
俺は酒場の入り口から退き、道を譲る。
そして、大男二人は酒場の中へと消えていった。
「大ビール2杯!それにビッグハンバーグも2つだ!」
中から威勢のいい声が聞こえる。きっとさっきの大男だろう。
「あら…?入らないんですか…?」
再び誰かに声をかけられた。
布という素材で作られたであろう、やたらひらひらとした服を着ている少女に声を掛けられる。
「…俺?」
「はい、そんなところでなんで突っ立っているのかなって」
「…その、ここはもしかしてお金がいるのか?」
「そりゃあ、飲食店ですからね…お兄さん、もしかしてお金が…ないんですか?」
「あぁ、そのお金とやらがなくてだな…、それに、その、いんしょくてんとはなんなんだ?」
「いんしょくてん、ってのは、食べ物や飲み物を買ってそこで飲み食いできるお店です」
「なるほど」
「お兄さん…もしかして、記憶喪失…なんですか…?」
小さな女の子がかわいそうな者を見るような目で見つめてくる。
…ひどい勘違いだ
「え…?俺はそんな…」
「…いいんです、お辛いでしょうに…よければ今日は私のおごりで…」
「お、ご、り?」
「私が代わりに、お金を出すので、お腹がすいているでしょう、食べていってください」
おごりというのは、代わりにお金を出してくれることを言うんだろうか?
…いや、だが明らかに10歳くらいの少女に俺がおごられるのは…
「ぜひ、おねがいします」
「お茶と、鮭の煮つけです」
俺の前に、さっきの少女が何かを運んで持ってきた。
これがこの世界での食べ物らしい。
「私、ここで働いているんですよ」
「なるほど、そういう職業なんだ」
「はい、私、実は記憶喪失で…3年前にここのマスターさんに拾われてから、ずっとここでお手伝いをしてきたんです」
「まだまだ若いのに、働くんだな」
「そりゃ、私のことを育ててくれるマスターさんに恩返しですよ」
マスターというのはおそらく向こうでグラスを拭いている男のことだろう。
それにしても、店内を見回しても、見たことのないものが多い。
棚にはガラス瓶がずらーっと並べられており、木でできた内装。
客の服装も俺から見れば奇天烈なものが多い。
女性の露出は高めだし、男の露出も高い。どいつもこいつも、筋肉や肌を見せることにこだわっているようにしか見えない。
「どうしましたか?」
少女が不思議そうに俺の顔を覗く。
「いや、見たことがないものがいっぱいだなって」
「…記憶喪失って、大変ですよね」
「いや、違うんだ、俺は……かなり田舎からやってきたんだ」
「その割には木でできたテーブルとかも、じっくり見ていたようですが…田舎には木もないんですか?」
「あぁ、俺の住んでいたところは…生き物がいなかった」
「えぇ…まさか火山にでも住んでいたんですか?…いや、でもあそこにも一応魔物がいるんでした」
「魔物…?」
「え、まさか魔物も知らないでこの街にやって来れたんですか!?」
「悪い、まだ人間と馬以外の動物は見たことがない」
「魔物というのは、人間に攻撃的な動物のことなんですよ…それによって亡くなる人もいたりして…」
なるほど、邪竜や、セーナも魔物に含まれるんだな。
「魔物を狩るのが、腕っぷしの冒険者の皆さんの仕事なんですよ」
「冒険者…?」
「はい、あっ、そうですね、お兄さん、冒険者やってみません?」
「冒険者ってのは、なんなんだ?職業か?それなら俺はもう医者をやっている」
「医者って、お兄さんお医者さんなんですか、すごい…!でもお金はない…と」
「え、医者ってお金をもらえるものなのか?」
「当り前じゃないですか。人を助けるんですから、感謝されてお金をもらうのは当然ですよ!」
今まで、多少なりとも感謝はされたことがあったが、それ以上に礼を受け取ることはなかったな…。
なんだか、今までのこと、損した気分だ。
今まで医者を仕方なくやっていたのだが、礼がもらえるのならモチベーションが上がるってものだ。
「…お、お金もらえるのか…!」
「知らないでまさか今までやってきたんですか…?」
「あぁ…それで、お金というのは、何なんだ、まだよくわかってなくてな」
「そうですね、例えば、ここにある鮭の煮つけ、300サファするんです」
「300サファ?」
「はい、サファというのはお金の単位、つまりは数ですね…それで…」
少女は自分のポケットから金属の…コインを取り出した。
「これが1サファ、そしてこれが10サファ、そしてこれが100サファですね」
次々とコインの説明をしていく少女。
「なるほど、つまり、最後に紹介してくれた100サファが3枚あればこれが買えるってことだね」
鮭の煮つけを指さして確認をとる。
「はい、他にもコインの種類には1000サファとか、10000サファとか、あります」
「なるほどね…、ありがとう、勉強になった」
俺は、鮭の煮つけとやらを一口、口にする。
「なんだこれ…!…!」
「く、口に合いませんでしたか?!」
「い、いや、こんなもの初めて食べたからな、舌が驚いてしまった…これが味か」
なんだこれ…!
食べ物というものには、味があるとセーナに聞いたが、こういうことだったか…!
俺は舌というものの在り方について無知だった。
ただ、食料を食べやすくするための器官の一つだと思っていたが、どうやら本当の役割は、味を感じるためのものだったらしい。
それに、この味というものには、中毒性がある。
食べるための手が止まらない…!
「…!」
「…こういうときは、うまいっていうんですよ、お兄さん」
「…うまい!」
「ふふっ、よかった、お茶もどうぞ」
「このお茶、緑色の水だな…?」
「これはですね、お茶の葉から出汁をとった飲み物ですよ、お茶というのは植物からできるんです」
植物…。葉というのは木とか草の仲間ということだな。
一口、グラスを口にしてみる。
「…!」
なんだこの、のどに引っかかる感じは。
ただ水のようなものを飲んでいるはずなのに、イガイガというか、口に残る感じだ。
「ジパン茶という種類のお茶なんですけどね、ちょっと苦いのが特徴なんですよ」
「…苦い、というのか?この口に残る感覚は」
「はい、それを苦いっていうんです」
「ちなみに、こっちはどうやって作ったんだ?」
俺は鮭の煮つけの方を指さす。
「これは、鮭という魚をスープに付け込んで煮込んだものです」
「さかな?」
「え、魚、ご存じない?」
「すまない」
「魚はですね…水の中に住んでいる生き物です、手足はないですが、水の中を泳ぐヒレがあります」
「…ありがとう、また勉強になった」
スープというのは携帯食料にもあるような、液体状のものなのだろう。
鮭の煮つけとやらは、スープに鮭とやらを入れて煮込んだものらしい。
「あっちの人間が食べてる、あれは?」
向こうのテーブルに座っている大男が食べている食べ物からは、おいしそうな香りが煙に乗って漂ってくる。
「あぁ、ビッグハンバーグですか」
「あれ、食べてみたいな」
「うっ…!」
「…ダメなのか…?…そうか残n」
「い、いえ…(私の財布じゃ…きつい…!)、だ、大丈夫です、すぐにお持ちしますね」
俺は、ビッグハンバーグとやらの到着を心待ちにしながら、鮭の煮つけとお茶を平らげた。
「…これは!!!!」
フォークとナイフとやらでそれを食べる。
口に入った途端、熱い、濃厚な汁があふれ出てくる…!
噛みしめるたび、さらに濃厚な汁が口の中を満たす…!
「…うまい、ですよ」
「うまい!!…こんなうまい!ものハフ、初めてハフ、食べた」
「…あは、あはは、それはよかった(今月…どうしよう…ッ!)」
「…うま、…!これは、何の料理なんだ?」
「牛肉…という、牛の肉です」
「牛は、動物か?」
「はい、動物です、人間の家畜して飼われている生き物です」
「食われるために、飼われているのか…」
「はい、おいしいですから」
…人は、食うために他の生き物を育てるのか。
人のために犠牲になるのは、人以外でもいいわけか。
…いいんだろうか、…。
「……なぁ、家畜ってのは、幸せなんだろうか」
「……私は、かわいそうだと、思います」
「そうか…すまない」
「今日はご馳走になった、礼を言う」
俺は、店の外に出て、世話になった少女に別れを告げる
「いえいえ…、また来てくださいね」
「あぁ、今度は金を持っていく」
「…(当たり前なんだけどなぁ)、はい、いつでもお待ちしておりますっ」
さて、行く当てがなくなったわけだが、どうやらこの世界では医者というものはお金を稼げるらしい。
俺のいた世界ではお金というものは存在しない。
毎日「暁の血託団」という団体が食料や生活に必要なものは支給してくれる。
そもそも取引ということすら珍しいことだ。
「…とりあえず、路傍で仕事でもするか」
俺は、持ってきていたビニールシートを、多くの露店が並ぶ町の広場の一角に広げ、そこに座る。
「…客はなかなか来ないもんだな」
待っていれば患者は勝手に来るものだろう。
もうしばらく待ってみるか。
「…やめた」
周りの店は繁盛しているのにも関わらず、俺の店には誰一人として来ない。
なぜだ…?
周りの店と俺の店の違いを考える。
やはり店の規模が違う。
俺の店はただビニールシートを広げただけなのに対して、他の店は木で作られている。
やはり、店として成立するには木で店を作らないといけないのだろうか?
「おい!てめぇ!何俺の顔じろじろ見てやがる!!」
「み、見てないです!ただ僕は普通に…!」
「あ?俺の顔になんか付いてるっていうのか?あぁ?」
「ご、誤解です!そんなこと…!」
広場の別の場所から男の怒声が聞こえる。
それに反応するかのように人が集まりだし、すぐに人だかりができた。
人だかりの中心では、若い男が酔ったスキンヘッドの大男に喧嘩を売っていた。
「お前、ちょっと面かせや」
「ひっ…!」
酔った大男は若い男の胸ぐらをつかみ、軽々と持ち上げた。
「ぐっ…放せ!」
「おらよっ!!!!」
バキッ!!
酔った大男は若い男の顔面目掛けてストレートパンチをお見舞いする。
若い男は殴られて吹っ飛び、俺の店の隣の露店へと突っ込む。
ガシャァンッ!
という音を鳴らして露店はバラバラと崩れていった。
露店の木片があたりに散らばり、露店があった場所には若い男が顔面から血を流してもがき苦しんでいる。
…この世界では、人間が人間を傷つけるのか。
ギャグでなら俺の世界にもしばくとかはあったけども、これはやりすぎだ。
まさかこの世界にきて2日目でこんな現場を見かけることになるとは思わなかった。
それに理由がしょうもない。
「またあの男か…」
「そろそろ誰か止めたほうがいいんじゃない?」
「アンタ、大丈夫かい?」
俺の隣の露店の小太りの店主が吹っ飛んできた若い男を心配する。
「ぐっ…、だ、大丈夫です…こちらこそすいません…お店…」
バタッ…。
若い男はその場で気絶してしまった。
「いいんだ、あの男にきっちり払ってもらう」
そう言って店主は若い男の元を離れ、酔った大男の方へとずかずかと歩みを寄せていく。
歩きながら、店の制服であろうエプロンを脱ぎ捨て、ズボンとシャツ一枚の姿になった。
「アンタ、うちの店をよくも壊してくれたな」
「あ?知らねぇよ、あいつが勝手に突っ込んだ、俺は関係ねぇ、それともなんだ?やろうってんのか?」
「…私は昔冒険者をやっていてね、腕には自信があるんだよ」
「おらよっ!」
バキィッ!!
大男が殴る!店主が宙を舞う!
「ほげいぇげげげげげげげげげげぇぇぇ!!!!!!!!」
露店の店主は回転し、そのまま頭蓋を地面へ強打。
「…あがっ!!!!!」
「はん、雑魚が」
倒れて血を流している店主を哀れんだ目で見ながら大男は次の獲物を探す。
「おい、そこのお前、俺は今機嫌がわりぃんだ、ちょっとこいや」
「青いシートのお前だよ!お前!」
どうやら俺のことらしい。
「…なんだ?俺は医者の仕事探しで忙しいんだが」
俺は面倒ごとに巻き込まれたくない。
「医者ァ?医者なんぞがこんなとこで仕事探しだぁ?ははは、笑わせんじゃねぇ」
腹を抱えて笑う大男。
なんだ、機嫌はいいじゃないか。
よく見ると、こいつはさっき俺がいた酒場に先に入っていった奴じゃないか。
見た限り、アルコールで酔っているわけだな…。これは面倒だ。
「医者なら、こいつを治してやれよ、ほれっ!」
大男は近くで倒れていた店主を軽々と掴み上げ、俺の方へと投げてきた。
「…」
スッ
俺は無言でそれを避ける。
後ろを振り返ると店主は広場の壁へ再び顔面を強打していた。
「うげええええええっ!!!」
大丈夫、まだ生きている。
「…ちっ、…よく見りゃお前、酒場にいたやつじゃねぇか」
「…それがどうした」
「こいつ、酒場の小さな女の子に飯奢られてやがんのよ!よくそんなことできるよなァ」
「…それがどうした、彼女のほうから言ってきた、問題はないだろう」
「…お前、正気か?それとも、金も持たない田舎の芋人間か、そうだ、芋人間だろ、ははははははははははは!」
芋人間の意味は分かりかねるが、とにかくこいつは俺を煽っているようだ。
「芋人間にはこの町のルールってもんを教えてやるよ」
なんだかよくわからんが、こういう人間ってすぐに身を滅ぼす気がする。
「悪く思うなよォッ!!!」
大男がこちらに向かって一直線に走り、突っ込んできた。
うーん、どうしよう…
走りながら拳を振り上げる大男。しかしその足取りはふらついており、安定性を保てない。
アルコールが効いているのであろう。
避けていいのか、これは。
足取りが安定しない相手のストレートパンチなど避けるのは容易い。
スっと身を反らし、大男の拳を避ける。
殴るはずの人間によけられ、勢いを殺しきれない大男。
そのままバランスを崩し、地面へ倒れこむ。
「おお…!」
「あいつが倒れたぞ!」
「よくもやりやがったな…!」
避けただけです。
顔中泥まみれの大男が、鼻血を垂らしながら俺を睨みつける。
「お前は絶対許さん…!ぶっ殺してやる!」
立ち上がり、地面を蹴り、再びダッシュで俺の方へと近づいてくる大男。
俺は再びそれを避けようと、体を反らそうとするが…
「…そこまでだ」
酒場にいたもう一人の大男が突然割って入ってき、俺と大男の腕をつかむ。
「あぁ?グレイズ、何で止める、こいつは俺のことを…!」
だから何もしてねぇって。
「両者そこまでだ。喧嘩なんてこんなとこでやるんじゃねぇ」
止めに入った金髪ロングの大男は、どうやら酔っていないらしいが。
こいつは確かこのスキンヘッドの大男と一緒に酒場にいた…。
「おい!兄ちゃん、そいつから離れろ!」
人だかりの中から大声が聞こえた…時には遅かった。
ズガッ!!!!
「ぐっ…!」
俺は、金髪の大男に突然腹部を殴られ、人だかりの方へと吹き飛ばされる。
俺は人だかりの中に突っ込む前に、地面に着地し、何とか滑りながら勢いを殺して止まった。
突然割って入ってきたやつが殴ってくるのは予想外だった。
「おい、グレイズ、そいつは俺の獲物だ、横取りすんじゃねぇ」
「エイドス、お前はもう少し頭を使うんだ」
「ちっ、そんなのわかってらァ」
「大丈夫かい?医者のお兄さん」
人だかりから、俺を心配する声が上がる。
「大丈夫だ、問題ない」
俺は腹部を抑え、大きく息を吸い、呼吸を整え、立ち上がった。
「おい、あいつ…お前の腹パン食らってもなんもこたえてねぇぞ…まさか手抜きでやったか?」
「それであんなに吹っ飛ぶかよ…あいつ…やり手だぜ」
「…よくも騙したな…」
「騙されるほうが悪い、それはお前の不注意にすぎない」
「…アンタらには麻酔が必要らしい」
「…ッ!」
金髪の大男が構えたころには遅かった。
金髪の大男の右腕から血しぶきが上がる。
「ぐああああああああああっ!!!!!!」
金髪の大男は突然のことに何も理解できず、患部である右腕を抑え、必死に止血しようとしている。
突然のことに回りで見ていた人々も驚きを隠せない。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
「うわあああああああああああああああ!!!!!」
「おい、グレイズ!どうした!何がああった!」
スキンヘッドのエイドスが金髪のグレイズに問う。
しかし、グレイズは痛みをこらえるのに必死で返答ができない。
「ぐっ…!あぁッ!!!!!!!!」
返事ができないグレイズの代わりに、おそらくこの所業の犯人候補である俺へと質問を投げかける。
「おい!…何をした!言え!」
「…答える義理はないんだがな。これも医者として、ちょっと特別なことをしたまでだ」
「…さっさとそいつを連れて消えな、血で鉄臭くなる」
「ちっ…グレイズ、行くぞ」
「がぁっ…覚えてろよ…!」
大男二人組が広場から退散すると、今度は俺の周りに人だかりができていた。
「お前さんスゲーよ!どんなトリックを使ったんだ?」
「あのグレイズをあんな目に合わせるだなんて、アンタ本当に医者?」
「すげー、ちょーかっこよかった!」
こんな大勢の人間に囲まれたのは初めてだった。
医者としての知識は生かしたが、これは医療行為ではない、他傷行為だ。
他傷行為で人間にちやほやされるだなんて、聞いたことがないことだが…。
「アンタ、見ない顔だが、どこから来たんだい?」
「…日本地区という場所から」
「聞いたことない地名だ」
「俺もわからん」
「にほんちく?なんだいそりゃあ」
「あの大男を追っ払ってくれて助かったよ。今日もおかげで平和に商売できる」
「ほんと!ありがとう!」
「…あの大男は、以前にもここを荒らしたりしていたのか?」
「あぁ、あいつら、ここに店を出している人や、通りすがりの買い物客にも見境なく手を出すんだ。それも、この町に来たてホヤホヤの冒険者を狙って…」
「ほんと、あいつらときたらうちの野菜を毎日のようにぐちゃぐちゃにつぶしていくんだよ!」
「毎日は言いすぎだろ、3日に一回くらい。酔ったあいつらを止められる奴は騎士団と歴戦の冒険者くらいだよ」
「騎士団?」
この騎士団という言葉に耳が反応する。セーナの所属する、あれなのか。
「あぁ、アンタこの国に初めて来たのかえ?騎士団っちゅーのは、この国の王様直属の騎士様たちのことだべ。全員が精鋭で、この町の治安を守ったり、してくれるべ」
「そうそう、いつもは騎士団の人が止めに入ってくれるんだけどね、…どうやら今日はいないみたいだし…」
「そうか…」
「そうだ、アンタ医者だったよな、そこに転がっている二人、見てくんねぇか」
「…そうだな」
俺は、殴られた二人の治療を開始する。
二人を安静状態にさせ、広場の石畳の上に寝かせる。
俺は、殴られた店主と若者の顔面にそっと触れる。
「…、とりあえずこれで止血は完了した、あとは傷の自然治癒を待つように」
俺は立ち上がり、その場を去ろうとする。
あまり人に目立ちたくはない性分だからな。
「はぁ!?それで治ったとでもいうのか?」
人だかりから声が聞こえた。
「…逆に、これで治らないのか?」
「う…うーん」
「あれ…痛くない」
二人が同時に意識を取り戻し、起き上がり、患部を触る。血が止まっているらしい。
「う…嘘だろ…?」
「回復魔法…?だが、詠唱もなく触れただけでどうして…」
「これが医者だ、じゃあな」
俺は、手早くビニールシートを片付け、自分の持ってきたリュックサックに入れなおし、撤収する。
「ちょっと待ってくれ!」
「…?」
「お代は…?」
「お代?…あぁ、金をくれるのか」
「そりゃあ、助けていただいたんですから、当たり前でしょう!」
店主の男が近寄ってきて俺に金属のかけらがいっぱい詰まったような布袋を渡してきた。
「…こんなにくれるのか?」
「えぇ、私からの気持ちとして、少し多めにどうぞ、受け取ってください」
思ったより、ずっしりとした袋だ。
体感でも1㎏くらいあるんじゃないか。
「僕も…、これで足りるかはわかりませんが…足りなければまた持っていきます」
若い男のほうも、一回り小さな布袋を俺に手渡してきた。こちらは少しささやかだが。
「…あぁ、別にこれで構わない。礼を言う」
俺は受け取った金の入った袋を、大きな方にまとめ、その場を立ち去る。
「あの…お名前は…?」
「レージだ。レージ・アントワルド」
「ありがとうございました!」
「助かった、ありがとう」
周囲の人間からの歓声に見送られ、俺は、広場を立ち去った。
「レージさんはにほん地区というところからいらしたそうですが、どんなところなんですか?」
「…」
「レージさんは普段どこで働いておられるのですか?」
「…」
「レージさんはどうやってこの国へ?」
「…」
「あの!さっきの技はなにをしたんですか?」
…俺の後ろを広場から一人つけている奴がいる。
「…誰」
「やっと、相手をしてもらえました!私、感謝感激しちゃいます!」
俺の後ろにいたのは、ミニスカートの女性だ。きっと俺と同い年くらいの。
「…」
「そんなぁ…!でも続けちゃいますね、私は新聞記者をやっております、かりんと申しちゃいます!」
「新聞記者…?」
あ、新聞記者の意味くらいは俺もわかるぞ。新聞ももちろん知ってる。
まぁおれの世界では電子媒体なんだが、はるか昔は紙という素材でできていたということも知ってる。
「あら、ご存じない?この国全土に向けて発信される、大手新聞社である、クロンシスカタイムズのことを!」
「知らんな」
「そ、そうですか…!それはびっくりしちゃいます!」
「馬鹿にしてんのか」
「めめめめっそうもない!、おほん、話を変えまして、私の独占インタビューを受けていただきたく」
「…あまり目立つの好きじゃないんだが」
「いやいやいやいやいやいやいやいや!あなたはもう広場のスーパースターですよ!あなたがもう、世界を救ったといっても過言じゃありませんよ!うん!そうそう!」
「言いすぎだろ…」
「いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ!!!!!かの有名な悪党二人組を退却させるだなんて、普通できませんから。それに、負傷者二人をも一瞬ですくって見せたのですから、これは特ダネになること間違いなし!」
「それはアンタが得するだけじゃ…」
「いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ!もちろん、謝礼はさせていただきます!…ささやかですが」
「お金をくれるのか」
「おぉう、ドストレートに聞いちゃいますか!まぁ、そうですね、お金あげちゃいます!」
「…お金はいい、アンタならいろいろこの土地のこと知ってそうだし、いろいろ教えてもらいたい」
「ふむ、情報交換というやつですね!わかりましたわかりましたわかりました!そーれでいきましょう!」
さっきから何なんだこの女のテンションは。
俺は、彼女に連れられて、喫茶店という店に入った。
「喫茶店、初めてですか?」
「飲食店自体が2回目だ。ここにも鮭の煮つけとか、ビッグハンバーグがあるのか?」
「あはははは!それ、酒場の名物メニューですね、残念ながらここにはありませんよ。ここは、コーヒーとか、ケーキとか、そういうのを出すお店です」
「コーヒー?…?ケーキ…?」
「まさかお尻じゃない…?じゃなかった、お知りじゃない?」
なんで言い直したんだこの人…。
「あぁ…俺は食べ物とか、生き物に関しては疎くてな…」
「ここまでの方は初めて見ましたよ、それも私と同い年で…。にほん地区というのはそんなに田舎なんですか?」
「こことは全然違う場所でな、ここは空気もきれいで、建物も自然も美しい。いい場所だ」
「えへへ、私?てれますなぁ…」
お前じゃねぇよ!