初めての異世界with女騎士
「ここが…、異世界」
俺は、異世界へと足を踏み入れた。
目の前に広がる緑の大地。
俺の眼前には、見たこともない光景が広がっていた。
俺は、レージ・アントワルド。
ある世界で藪医者と呼ばれていた、見習いの医者である。
俺は、この世界に救いを求めてやってきた。
俺の故郷である世界はすでに滅びているからだ。
世界は滅びた。ただ、人間という生き物を残して。
人間というのは、勝手な生き物だ。
他者を犠牲にして、成り立っている生き物だ。
そうでなければ、生きてはいけない。
大地は荒廃し、焦土と化した世界に、黒い毛並みの人食い化け物が地表をうろついている。
そこは死の世界といっても過言ではない。
人はひっそりと隠れ住むだけしかできない世界だった。
そんな世界で医者をやっていたのである。毎日が大変だった。
病院も、祖父に任せて出てきたので、ちょっぴり心配だが、…うまくやってくれるだろう。
俺は、異世界探索という重要な任を任された。
俺が異世界に向かい、そこが人が移住するのに適した場所であるかを調査するためだ。
ベルン博士という、俺の祖父の古い研究仲間から託された異世界へ転移するゲートを使い、ここに来た。
そして、小さなスイッチのような機械も持たされている。名前を「ミニゲーター」と言ったかな。
こちらは、スイッチを押したとたんに瞬時に元居た世界に戻れるというものだ。
ピンチになればこれを押して逃げてしまえば良い。
俺が生きているかどうかはこのミニゲーターを通じて向こうの世界に伝わっているらしい。
向こうではベルン博士が俺のことを見守ってくれているはず。きっと大丈夫だ。
俺はミニゲーターをポケットにしまい、あたりを改めて見回す。
一面に広がるのは炎が包む台地ではなく、緑豊かな大地。
なにが大地を緑にしているかは知らないが、俺たちの世界が滅びる前の文献にあった写真とよく似ている。
風がなびくと同時にそれらはうごめき、心地よい音を鳴らす。
それに、空気もきれいだ。
俺たちの世界の濁り切った空気とは違い、鼻をスーッと通り抜けるような感じがする。
ドサッ。
心地よい風の音を味わっていると、それとは違う何か別の音が混じった気がした。
それは、俺の背後から聞こえた。
何かが…いる…!
とっさにふり返り、警戒する。
もしかすると、俺の世界にいた化け物かもしれない。
護身用に持ってきたメスを持ち、身構える…。
「…人?」
そこには、人が倒れていた。
いや、人と認識するのにも時間がかかった。なにせ、見慣れない服装だったからだ。
「異世界にも、人がいるわけか」
近寄ってみる…。
こいつ、右手に巨大な刀身の刃物を持っている。
「何者だ…!」
「…」
返事がない、気絶しているようだ。
どうしたものかと考えた。
人だったら、もしかすると何かいい情報が聞き出せるかもしれないし…
よく見ると、この人は、女の人だ。
鉄でできた服を身にまとい、ひらひらとした…なんだこれは。
やわらかい手触りのぺらぺらのものを身に着けている。
「なんなんだ、この素材は…初めて見る素材だ」
俺の世界には鉄とか石とかはあるが、こんなペラペラした軽い素材は見たことがない。
紙と呼ばれる古代の書物に使われていた素材に近いような気がするが、ちぎろうとしても、簡単にはちぎれない。
よく見ると、細い線のようなもので編み合わされていることがわかる。
それに、この子、ケガしてるじゃないか。
「…医者として、助けるべきか…?いや…だがしかし…」
俺は迷っていた。自分の力を使うべきか。
一度、トラブルを起こしてから使ったことがないあの力を。
うちの家系は代々、医者をやっている家系だ。
世界が滅びる前からも続く名門一家らしいが、今では掘っ立て小屋一つで切り盛りしている。
その中でも、長男、長女に当たる人間にだけ、「魔眼」と呼ばれる特殊能力が生まれつき備わっている。
世界中に他にも魔眼使いの一族はいたようだが、そのほとんどが消息を絶っている。
うちの家系以外の魔眼使いには、会ったことがない。うちのじぃさんは一度だけあるみたいだが…。
うちの家系の魔眼は、他者と自分の心、いや、体をリンクさせることができる。
魔眼を通して見つめ合った相手に効果を発揮する。
じぃさんの魔眼は、相手の目を見て、自分の意識を乗り移らせることができるそうだ。
それを使って、患者の痛みを取り除き、順調に手術を執り行うのが俺たちの仕事なのだが、その患者の痛みを背負うのは、魔眼をつかう本人だ。その体に宿っているじいさんが、患者の痛みをすべて全部背負うことになる。
「……あまり使いたくなかったが…この際仕方ない…」
うつ伏せに倒れている女の子のまぶたを指で押し上げ、目を合わせる。
「『我療転生』…!!」
俺は、魔眼を発動させると、その場に倒れこんだ。
「…久々に使ってみたが、うまくいったようだ」
女の子の方が口を開く。
「…くっ、体のあちこちが骨折してるな…」
俺にはわかる。
体の隅々まで、異常がないか、一瞬にしてわかる。
なぜなら、俺が、その女の子になっているからだ。
「はぁ…やっぱりおちつかねぇな」
「う…うーん」
俺の体が一人でに何かを声に出す。
「やべ、起きちまったか…」
俺の体の中には、俺が今入っている女の子が入っている。
つまり、今、俺たちの体は取り換えられているのだ。
祖父の魔眼とは違い、俺の魔眼は自分が相手に入り込むだけではなく、対象の相手の精神を俺の体に入れてしまうという不便極まりない性質を持っているのだ。
「…あ、あれ。え、え、ええええええええええええええええ!!」
…俺の顔でそんなに驚くな。
「……お、落ち着け、まずは話そう」
「ええええええええ!!ちょ、私に諭されたんですけど!どういうこと!?」
どうやら言葉は通じるようだが…?
「待て待て、俺は怪しいものではない」
「いやいや、そりゃ、私だし…ってあれ、私はそこにいるし、なんで俺だなんてしゃべってるの!?」
…これは無理やりにでも落ち着いてもらうしかないようだ…。
「…」
俺は無言で魔眼を強制解除する。
瞼を閉じれば、俺は元の自分の体に戻っていた。
「いだああああああああああああ!!!!!!!ああああ!!!…うっ…!」
「冷静になってもらえたかな?」
「これのどこが冷静に見えるのよ!おかしいでしょ!ってかあんた何者!何年生!?」
「なんねんせい…というものはわかりかねるが、俺は他の世界から来た、レージ・アントワルドという」
「いだだだだだだだだ!!!!はぁ?ほかの世界?」
「そうだ、他の世界から来た」
目的はあえて伝えないほうがいいだろう。相手がどんな人かも知れないで言うのはまずいだろう。
「冗談はあいただだだだだだだだだだだ!!!!!!!」
「アンタは骨を折ってるな、右腕と、腰と、背中」
「…なんでわかんの…?ひょっとして変態…?」
「俺はこれでも医者でな」
「アンタ、どうせ藪医者かなんかでしょ?」
「ブーッ!!!!!!!!!!!!!」
俺はジェット級エア・ウォーターを噴出した。
「この世界でも藪医者呼ばわりされるとは…」
…ちょっと悲しい予想外だ。
「えっ、まさか図星ィ???えっ、えっ?藪医者なの?」
「ちげーよ!」
俺が藪医者呼ばわりされるのは、愛想がないことと、魔眼を使わないことからだ。
患者が亡くなった時に、遺族の人に、お前が魔眼を使わないから死んだんだ。と責められることもよくあった。…もう藪医者といわれるのも慣れたものだ。
「…ま、アンタ悪い奴じゃなさそうだし、私も特別に名乗ってあげる。光栄に思いなさい、私の名は、セーナ・クリスフォード。王国直属の第三騎士団長よ!あーだだだだだだだだだだだ!!!!!!」
かっこよく決めたかったんだろうなぁ…
かわいそうに…あぁ、かわいそうに…。
「おうこく…?ちょくぞくきしだん…?なんだそれ」
「アンタ、王国も知らないの?クロンシスカ王国の名前を?」
「知らない、なんだそれは…?」
「アンタ、ほんとにどこの田舎からきたのよ、あははっあああああいだだだだだだだだ!」
「笑ったら気管を使ってしまう。背中の骨折れてるんだから痛むにきまってるだろ」
「いだい、いだいいだいよああああああ!!」
…見苦しいな…このままでは話が進まなさそうだし…。
「先に治療しよう…」
「治療?アンタが?」
「あぁ、俺は医者だと言ったろ、俺にかかればそんな怪我、すぐ治せる」
「……いだっ…!」
「俺は体を入れ替えることができるんだ、…それでしばらくアンタの体を借りて治療に専念させてほしい」
「…くっ…このまま動けないんじゃ何もできないものね…仕方ないわ…はやく、はやくしなさい!」
「…だえだ、構えすぎだ、もっと落ち着いて」
「はぁ?落ち着いてるじゃない」
相手が落ち着かないことには俺の魔眼は効果を発揮しない。相手が俺の魔眼を受け入れようとする、または意識がない状態でないと、俺は相手の体に入り込むことはできないのだ。つまりは強制的に相手の体を奪うことは不可能。相手をその気にさせて、落ち着かせなければいけない。
「ほら、深呼吸して」
「すーはぁいだだだだだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!やりやがったああああああなああああああ」
「ごめん、気管刺激しちゃったね」
今のは普通にミスった、わざとじゃないよ。たぶん。
「…はぁ、これでどう」
「いける…『我療転生』…!」
俺は魔眼を発動させ、目の前の彼女の眼を見る。
瞼を閉じ、再び視界が開けると、体が入れ替わったことが感覚で伝わる。
「え…っ、まさかほんとに…?」
「だからいったろ、俺は医者だって」
「こんな医者聞いたことないんだけど…」
そりゃまぁ、世界が違うからじゃないかな…。うちの世界のほかの医者でも魔眼は持ってないし、俺たちが違うだけなのかもしれないな。
俺は、全意識を集中させ、細胞に命令をかける。そして、患部を修復することを最優先に神経を動かす。理論上、俺は通常の数百倍の速度で、自然治癒ができるのだ。
俺は、体の使い方を、徹底的に祖父に叩き込まれた。それも感覚として。
人によってその体の構造は違う。だけどその違いは俺の前では無に等しい。
俺は俺の体はもちろん、ほかの体でも細胞の一つ一つに命令することができるのである。その体を支配している限りは。
これを言ってしまうと自画自賛になるかもしれないが、アントワルド家は体のスペシャリストだ。
いや、ほんとに。
「終わったぞ」
「え、はやっ」
俺は瞼を閉じ、魔眼を解除する。
再び目を開けると、俺は元の体に戻った感覚を手にする。
「…っ!う、うそ…いたくない…!それに疲れも…!」
立ち上がり、服についた土を払いのけていた。
「アンタ……すごいわね、藪医者って言ったの、撤回するわ」
そこはごめんなさいしてほしかったな。
「わかってくれればいい」
「…ところでアンタ、私の部下になりなさい」
「部下…?スタッフのことか?」
「…スタッフ?…うーん、まぁ、そんなもんかな」
「まぁ、行く当てもないし、そうさせてもらうか」
こいつについていけば、また何か新たな情報が引き出せるかもしれないし。
「じゃあ、決まりね!一緒に王都に行くわよ!」
「王都?」
「国よ国!アンタのいたところには、なかったの?」
「国…か、国というか、俺は日本地区というところに住んでいる」
俺が住んでいるのは日本地区という土地だ。どうやら世界が滅びる前の地名に由来しているとか。
「に、ほんちく?」
「あぁ。聞いたことないだろうな、この世界には存在しないだろうし」
「…ふーん」
そうだ、この辺り一面に広がる…緑。
これは、写真で見たものとよく似ている。もしかしたら、この女は知っているかもしれないな。
「なぁ、この緑のって何なんだ?」
「緑の…?え、あはっ、まさかアンタ、草も知らないの?」
「く、さ?」
「えっ…あはははははははっ、やばい!やばすぎるっ!あは、あはははははっ!く、くさもしらはははははははっ!ないなんて…!」
この、緑色の、腰ほどまで生えているこの長いピラピラ。それが地面からいっぱい生えているのだ。
焦土しか見たことがない俺にとって、それは衝撃的だった。
「あのね、草ってのは、植物の中の草って言う部類なの」
「しょく、ぶつ?」
「あー、植物はね、生き物だよ、目も口も花も足も手も持たない生き物」
「人間以外にも、生き物がいるのか…?」
「あったりまえじゃん、君、今まで何喰ってきたの?え?土とか食べてそうな顔してる」
「さすがに土は食わんぞ」
「じゃあ何食べてたの」
俺は、異世界に持ち込んだリュックサックの中身を取り出す。
「これ」
「なにこれ、何の包み?」
「このなかに食料がある」
俺の世界では一般食。栄養が過不足なくとれることで定評の、「テブーラ」という食品だ。
これが、毎日空間転移機によって決められた量が支給される。
俺らの世界ではこれで食に特に困ったことはない。
「ねぇ、1個ちょうだいよ」
「別に構わんが…」
一袋開け、彼女に中に入っていた固形の塊を一つ分け与えた。
「うわ、なにこれ、どろっどろな…かたまり」
テブーラというのは、そういうもんだ。ドロドロのとろみがあるスープに、かたまった脂肪分と炭水化物を混ぜたものをいくつか入れたものだ。
「うぇぇ、味がしない」
さっそく彼女が感想を吐いた。あじ…?
「味…?味とはなんだ?」
「え…アンタそういうのは詳しいかと思ったけど…もう、アンタが知らないことが多すぎて、話にならないよ!」
「…すまない」
「よくこんなもの食えるわね…いいよ、王都についたら、私がおいしい料理屋に連れてってあげる」
「りょうり…や?」
「あぁ、もう、行ったほうが早い、馬は今いないけど、歩いて、いこっ」
「…王都にか?…それに、うまとは…?」
「馬は乗り物になる生き物。乗れば早く移動できるし便利だよ。まぁ王都に行くんだけど、馬なしじゃ一日じゃ無理。だから宿に1日泊まってから行くよ」
乗り物になる生き物…機械みたいに変形するんだろうか…?
「宿…?ホテルのことだな、聞いたことがある」
「へぇ、そこは知ってるんだ」
「元居た世界にも似たようなのがあったからな」
うちの世界にあるホテルも、種類によれば旅館だとか、宿とかに名前を変えるらしい。
といっても、客は緑の大地を探し求める旅人だけだが…。
「さて、あっちの方角に宿があるはずだから、行くよ」
「…おう」
「あれ、こっちじゃなかったみたい、引き返すよ!」
「はぁ?」
さすがの俺も4時間歩かされてこれはキレる。
「お前さ、それはないわ」
「えぇ?まさかもう疲れたの?男なのに?」
「俺は疲れは感じない、体中の感覚をコントロールできるからな。足もまだまだいける」
「じゃあ問題ない!引き返す!」
「はぁ…」
ここから俺は8時間歩かされ、ようやく宿へとついた。
辺りはもう真っ暗。真夜中だ。
「ここが宿」
彼女が指さした建物は、石のようで、石でない、未知の素材でできていた。
「これは、何でできてるんだ?」
「この宿?…木だよ。草と同じ植物」
「…これも植物なのか?ずいぶん形も色も違うようだが」
「はぁ…説明に疲れるわ…」
どうやらこれは木という素材らしく、石より柔らかく、燃えやすいらしい。
「燃えやすい素材なんだったら、フレアが降ってきたとき、どうするんだ」
「フレア?なにそれ」
え、フレアを知らない?嘘だろ?
「ほら、空から降ってくる火の玉、あれが町とか大地を燃やすんだ」
「…なんだかよくわからないけど、隕石のこと?そんなの、めったに落ちないから大丈夫」
「そうなのか」
「いらっしゃいませ、お二人様ですね、新婚旅行ですか?」
「「違う!」」
俺たちは宿に泊まる手続きをしている。
ちょっと太った宿の女将が受付をしていた。
「そ…そうでしたか…ですが、あいにく一部屋しか開いておりません故…」
「ふ、ふん、アンタ、野宿しなさい」
「は?俺は譲らんぞ、この世界に慣れたお前が外で…」
「女の子を外で一人寝かせるつもり?アンタそれでも人間!?いや、宇宙人?」
…はぁ、これ以上議論しても無駄だ。
「はぁ…わかったy」
「ベッドなら二つ用意できますよ」
宿の女将曰く、部屋は一つしかないが、ベッドは用意できるようだ。
「ふん、じゃあ仕方ないわね、ベッドが別なら部屋に入れてあげてもいいわよ」
「…じゃあお言葉に甘えて」
俺たちは、宿に入ると、空いている部屋が一つしかないので、同じ部屋で寝ることになった。
部屋には見たこともない素材に加え、おそらく木でできたベッドがある。(ちゃんとベッドは2つある)
その見たことのない素材は、ふわふわしていて、手触りが心地よい。
聞いてみると、これは、「ウモー」というものらしい。
鳥という動物の羽を使ったものらしい。
こうして周りを見てみると、この部屋は生き物の死骸だらけだということに気づく。
木でできた床、壁、天井、机。それにウモー。他にもおそらく生き物の死骸から作られたものがあるのだろう。
俺の世界のベッドはアルミホイルという軽い金属を薄くのばし、それを人が入れる寝袋の形状にして使用する。入ったばかりは冷たいが、あったまると、心地よいものだ。
それに比べてこのウモーという素材は、触り心地が良い上に、少しぬくもりを感じる。
「はぁ…なんでアンタみたいなのを部下にしたのかしら…」
「…」
そういえば、この子の名前、なんだっけ。
いろいろなことがあったから忘れてしまった。
多分優先順度は低かったんじゃないかな。
「なぁ、名前なんだっけ」
「はぁ?主人の名前くらい覚えなさいよ、セーナ・クリスフォード、そういやあんたはユージだっけ」
「レージだよ!!」
向こうにとっても俺の名前などどうでも良いものだったらしい。
「そう、忘れるまで覚えとくわ」
「………うん?」
…?何か言ってほしそうにしているが…?
「…何か言いなさいよ!」
「あ…、あぁ、忘れるまで覚えておくって…忘れるってことね」
言われてから気づいた。うまいこと考えるなぁ。
「…もう、調子狂うわね…」
それは俺のセリフだ。
「…ところで、昼間のあの傷。なんであんなことになっていたんだ?」
彼女のあのケガの具合は尋常じゃない。きっと何かと争ったのだろうか。
「…邪竜退治よ…。あたしたちは、この地を荒らす悪い竜を退治しに来たの」
竜というのは伝説上の生き物だな…。本当に実在するとは…。
「あたしたち…?他にも仲間がいたのか?」
「…いたわよ、…私の下で働いてくれる部下が」
「仲間はどうしたんだ、それに邪竜は…?」
「仲間は……私を逃がすために囮になって……あいつらっ…」
セーナの瞳から涙が零れ落ちる。
「お、おい……、置いてきたんだな」
「……」
泣きじゃくりながら、頷くセーナ。
「…もう戻っても、助からない。あの邪竜ヒュドラは、毒を吐くの…たくさんの人が殺されたわ。…かの勇者様までも…」
「勇者…?」
「えぇ…私たちの世界を一度救った英雄。でも、復活したヒュドラに毒をうたれて死んでしまったの」
「…そうか」
「あたし、実はその勇者様の妹なの…」
…。
英雄の、妹か。
またまたたいそうな人と突然知り合ってしまったものだ。
運命とは、こういうものを指すのだろうか。
「兄を失ったわけか…」
「…そんなに会ったことはないんだけどね。でも会ったときは、やさしく、頭をなでてくれたの…今でも覚えてるわ…ひっく…あぁ、兄さま…!」
ポロポロと零れ落ちる涙。
その雫が不思議とベッドにシミを作っていく。
「…」
まだ会って間もないが、この子の力になってあげたい。
…そう思ってしまう自分がいた。
「…きっといつか、邪竜を倒せるさ、君の手で」
「………ぐすっ…あ、当たり前じゃない…っ、私は勇者の妹にして、騎士団長なのだから…!」
「あぁ、がんばれよ」
…やっぱり、こっちのセーナのほうが……落ち着くかな。
だが、こんなことがあってまで、なぜこの子は今までこんなに明るく振舞えたのだろう。
…異世界人の心はわかりかねる。
「今日は、もう寝ろよ」
泣き疲れたセーナは、すぐに眠りへ落ちた。
「さて、王都に行くわよ…!」
「王都行きの馬車、間もなく出るよー!」
「ちょうどいい、ユージ、あれに乗るわよ!走って」
「レージだ…っ!」
俺たちは宿を出て、王都まで馬車に乗って向かっていた。
「この乗り物は何だ?それに前を走るあの生き物は?」
俺たちが乗っている馬車という荷車。これは人間ではない、生き物が引っ張っているようだが…?
「あれが馬よ、乗り物になるって言ったでしょ?あれの背中に乗ることもできるし、こうやって荷車を運ばせることもできるのよ」
あれが馬か。初めて見るがずいぶん体つきがたくましい生き物だ。
「…あいつらは、そんな仕事嫌じゃないのか?」
人間以外の動物を生まれて初めて見る、いや、化け物も入れれば二番目か。
そんな俺からすると、人間と違って、彼らをどう扱っていいのかわからない。
「…それはわからないわ、でも、人間様に飼われてちゃんとご飯にありつけるんだから、いいんじゃない?」
…馬。馬とはその程度の存在ということなのか。
人間より格下だから、こうして扱われているわけか。
「ほら、見えた!あれが王都!大きな建物でしょう」
セーナが指をさした先には、石垣の見たことのない形状の大きな建物があった。
「あれが、クロンシスカ城。この国で一番偉い王様達が住んでるの」
「王様といえば、権力者のことだな。その王様は複数いるのか?」
「あは…あははっ、なわけないじゃない、王様と、従者と、姫様とか、王子様、…とか色々な方が住んでいらっしゃるのよ」
「なるほど、親族も住んでいるわけか、ところでその王様に会うことは可能か?」
「そう簡単に一般人が会えるわけないじゃない…でも本当にこの人が異世界から来ていたとしたら…?」
「…城とやらに潜り込むか」
「やめなさい!それを止めるのが騎士団の仕事。アンタなんかすぐに捕まって投獄よ」
「あぁ、じゃあやめておこう」
異世界で囚人生活は嫌だしな。
「あぁ…ところで、その王都とやらで、この世界の情報は集められないか?」
「情報…?なら、酒場がいいかもね」
「…酒場?」
「そう、酒飲みと冒険者、それに情報屋が集まる場所よ、アンタはそこに行くといいわ」
「ん?お前は来ないのか」
「お前はやめて、…セーナ」
「…すまん、セーナはどうするんだ?」
「私は王様に報告しないといけないの、アンタと違って忙しいの、わかる?」
「…そうか、それは残念だ。セーナは王様に会えるんだな」
「…そうだけど?でもただでさえ怪しいアンタを王様に合わせることはできない」
「なんでだよ、昨日名前教えてくれたじゃないか」
「あ、あ、あれは、私個人が思っただけ…!調子に乗ったらたたき切るわよ…!」
馬車の中でセーナは突然立ち上がり、その手に大きな鉄の刃物を持っている。
「おいおい、なんでそんな物騒なものを構える」
「お客さん!馬車での乱闘はやめてくれ!」
「ぎっ……!シャーラップ!!!!!」
「あ、あぶねぇ!!」
セーナが振りかざした大きな鉄の刃物は木でできた馬車の床に突き刺さる。
何かが彼女の琴線に触れたらしい。
「…はぁ、ごめん、手が滑った」
落ち着いたのか、再び馬車の床に座るセーナ。馬車の人もほっと溜息をついた。
「手が滑ったで済むわけないだろ…あやうく足を失いそうになった」
この異世界は豊かな大地だと見せかけて、割と危ない生き物がいる世界なのかもしれない。
…異世界人はよくわからん。