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ゼロ世界のGIRLs Jack  作者: はんげしょう
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ゼロ世界のGIRLs Jack:ゼロ

前日譚です。見なくても楽しめます


草木一つ生えない荒野…

いや、この世界では草木という概念は存在しない。

正しくは、かつては存在したであろうもの。


―この世界は、既に滅んだ。

この世界のありとあらゆる生き物が根絶やしにされ、消えていった。

…これも神のご意向か。

そう悟り、滅びを受け入れる民もいた。


「おい、クソジジィ、さっさとこっちを手伝ってくれ」

「悪い、今こっちで手が離せない」


滅びの世界にも声がある。

人類は完全には消えていない。

しぶとい生き物だ。

たとえ、人類以外の生き物が根絶やしにされようとも、人はこうして生きている。

なんとも生に縋るのを諦めない、愚かな生き物だろう。


「よし、終わった、そっちのケガ人は…?…これは重症じゃないか」

「だから呼んだんだろ?見習いの俺には荷が重すぎる」

「…そんなんだからいつまでも見習いなんだろ」

「…知るかよ」


金属。

鉄や銅の板を張り合わせた掘っ立て小屋に、声がこだまする。

そのうちの大きな声は、恐らくケガ人の叫び声だろう。

「ぐはぁっ…!」

「もう少しの辛抱じゃ、我慢せい」

「し…死なせてくれ…!あぁっ…!痛い!痛い痛い痛い!」

そのケガ人の男は、腹部の半分近くを何かに噛み砕かれた形跡がある。

骨が体の表面に出てきている。ひどい怪我だ。


「…くっ…。」

ふさふさと長い白髪が特徴の白衣の老人が貧相なベッドに横たわっているケガ人の目を見つめる。


「ぐっ…」

…さっきまで悲鳴を上げていたケガ人が、静かになった。

その代わりに、白衣の老人の方が、力が抜けたかのように、その場に座り込む。


「じいさん、大丈夫か…?」

「あぁ……慣れているからな…」

青年の呼びかけに応じたのは、老人ではなく、ケガ人のほうだった。



…俺たち、医者は、ケガ人の痛みを代わりに引き受ける、鎮痛剤の役割だ。

…といっても、俺たちが少し特殊すぎるのだ。

俺の家系は、先祖代々、ある特殊能力を受け継ぎ、それを医療へ役立てている。

その内容は、他人の体と自分の体をリンクさせたり、意識を移したり、するものだった。

薬などという高価な代物に頼ることなく、人の体を治癒することができる。

そういう職業だ。

そして、ここはアントワルド病院。

俺と祖父の二人で切り盛りしている。

この特殊能力を持つのは、先祖代々だといったが、俺にもその血は流れている。

だが、俺が使用した場合、大きな欠点が存在する。

だから、祖父が主にこの仕事を担当することになっていて、俺はアシスタントだ。


「この者、おそらく内臓をやられておる…げはっ……そう長くはもたんぞ…」

「わかった。再生細胞を作る」


人の体というのは、プログラムされたものだ。

それは、機械にも似て非なるもの。

人は、自分自身の能力に限界がある。

だが、その能力のすべてに気づかないまま生を終えるのが、人間の一生である。


俺は、患者の再生細胞を作るため、患者の口から粘液を取り出す。

そこに含まれる細胞から、体のどんな部分にでも化ける、再生細胞と呼ばれるものを作ることができるのだ。

これは、世界が滅びる少し前に見つかった技術。

これがなければ、本当に人類は絶滅していただろう。


だからといって、人間が不死になれたというわけではない。

外には、人を喰らう化け物がうろついている。

体丸ごとが食われてしまうと、助かりようはない。


それに、寿命を延ばすだなんてことはできない。

ただ、失われた体のパーツを取り戻すだけ。


体を毎日新しいものに取り換え続ければいい…と考えた人もいた。

ただ一つ、作れないのが、心臓というパーツだ。

心臓が老朽化すれば、人は死に至る。


「早くせんか…!あと4分、あと4分じゃ」

「あぁ…」


俺は培養液に患者の粘液を漬け込む。

すると、見る見るうちに、それは膨れ上がり、肉片へと変化する。

そして、その肉片は胎児のような形へと変貌する。


「…うっ…!あと2分が限界じゃ!」


くっ…1分早まったか…。

再生細胞が患者の男と同等の形、大きさに変貌した時を見計らい、培養液から引き上げる。


「キシああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

培養液から出たその肉片は、生まれたての赤ん坊のように突然叫びだす。


「ごめんな」


その肉片を、俺は白い手術台の上に乗せ…。

患者の失われた腹部部分にあたる場所を肉片から切り取る。


「あぁ…っあああああああああ!!!!」


断末魔を上げる肉片。


こいつには心臓はない。

だから生きているとは言わないんだそうだ。

培養液を出たその後は、放っておけば呼吸ができずに死ぬ。


「あと…1…」

「すまない、もうすぐだ」


俺は、この仕事が苦手だ。

こうして、毎日のように、患者と同じ姿をしたなにかを殺し続けなければならない。


肉片を切り終えた俺は、手際よく、患者の幹部に移植して縫い合わせる。

ぴったりとピースがはまったかのように、接続された部分は修復されていく。

そして、傷跡も残らずに、患部は治る。


「…ふぅ…もう少しでこの者は出血多量で死んでいたぞ…」


さっきまで床に座り込んでいた老人が、どっこいせ、っと立ち上がる。

「…何とか間に合ったようでよかった」

「…残りの肉片の掃除も、任せたぞ」

「…あぁ」


俺は、手術台に残された肉片に触れる。

…どうやらもう死んでいるようだ。


俺は肉片を担ぎ出し、掘っ立て小屋の外にある焼却炉へと放り込む。


「…」


俺は無言で祈りを済ませ、手術室へと戻った。

…なぜ祈るかもあやふやのまま。俺は祈った。


「患者は眠ったよ…、あとは他に急患でも来ない限り、仕事は終わりじゃな」

「…あぁ」

今日の仕事はおそらく、これで終わり。

俺と祖父は、掘っ立て小屋の、狭い休憩室に座って、水を飲む。


「…レージよ、この病院を継いではくれぬか」

祖父は、毎日のようにこの小さな病院を継いでほしいと頼んでくる。

俺には祖父のように医者としての力をうまく使えるわけでもない。

それに…。


「俺は、藪医者と呼ばれている。病院の名前に泥を塗るだけだ」

「それはお前さんが不愛想だからじゃろ。ワシはお前を認めておるし、一人前に育て上げたつもりじゃ」

「だが…、俺には荷が重すぎる。肉片を切ったり、人の痛みを背負ったりだなんて、俺にはできない」

「じゃがお前さんはワシよりも体のつくり方をわかっているはず、そうじゃろ…?」

「それは…ただたまたまできただけで…」

「それに、お前さんならたくさんの人間を救える。人間を救うことが、この世界の救済になるのではないのか?」

「…」

「お前さん、以前から旅に出たいと言っていたな。緑の土地を探すとかなんとか」

「それがどうした」

「そんなものはありゃしない。幻想だ。そりゃあ遥か昔にはあったかもしれないが、今はこの通りだ。世界中が炎に包まれておる」

「…」

「これが現実じゃ、レージ。お前さんは、ただ目の前で苦しんでいるやつを救っとればいい」


祖父は携帯食料の包みを取り出し、それをひょいと口に入れた。


この携帯食料というのは、人間に必要な栄養素を過不足なくとることができる、支給品だ。

俺たちの世界にも、食品を作って配布するという事業団は存在する。

「暁の血託団」。…俺も少しそいつらとは面識がある。この病院にケガ人を送ってくるのも、こいつらだ。

彼らは、化け物との戦闘、民間人の非難、食料の配布など、人々が生きるために活動する。

彼らはいったい何のために、自らの危険を冒しても、そこまでするのか。わからないが。

その彼らが、毎日のように支給品を各自宅の空間転移ゲートを通して送ってくれる。


その携帯食料を祖父は一口で飲み込むと、話の続きを始めた。

「それに、外に出ても化け物の餌にされるだけじゃ、無駄なことはするな」

「…だが…」

「わかってくれ…」

両手を握られ、祖父に懇願される俺。

正直、迷っていた。

こうして祖父の下で、医者を続けるか、旅に出て緑の土地を見つけるか。


俺は、古本屋の友人に一冊の本を借りたことがあった。

それは、この世界が滅びる前の画集。

そこには、今では見たこともないような緑の大地が広がっていたということが印象に強く残っている。

他にも、真っ白な大地に、黒や白の生き物。ごつごつとした丸い柱の上にたくさんの緑が乗せられている写真。

これは、本当に俺が生まれた世界なんだろうか。

もし、そうだとしたら、…もしかすると、あるかもしれない。


ドンドンッ!!


小屋のドアをたたく音がする。

「…やれやれ…また急患か…?」

祖父がドアを開けると、大きな包みを台車に乗せて運んできた老婆がいた。


「おや、お前さんは…」

「話はあとじゃ、とりあえずこれをいれとくれ」

老婆の言うとおりに、祖父は大きな包みをぎりぎり掘っ立て小屋に通し、老婆を小屋の中に入れて、ドアを閉じた。


「…誰?」

祖父に耳打ちで、老婆の素性を聞く。

「あれはわしの古い友人での、同じ師の下で共に学んだ仲間じゃよ…」


「久しいな、藪医者」

「お前さんも、老けたな、クソババァ」

じぃさん…お前も藪医者呼ばわりされていたのか…。


「何年ぶりじゃて」

「30年ぶりくらいじゃろ」

「ほぉ、結構立つもんじゃのう」

「…藪医者、お前さんに頼みたいことがある」

「なんじゃ、言うてみ」

「これを、匿ってくれ」

老婆が指をさしたのは、台車に乗っている大きな包み。

中身は形状からして機械が入っているのだろう。

「…これはなんじゃ」

「…別の世界への扉を開く、夢の機械じゃ」

「…なんと」

「…緑を目指していたお前さんに託すしかないと思っての」


「今、なんて」

…聞き間違えるはずがない、今、俺の祖父のことを、緑を目指していたって…。

「…なんじゃ、こやつは、この病院のスタッフか?」

「こいつはワシの孫じゃよ」

「…レージといいます」

「あたしゃ、ベルン。皆にはベルン博士と呼ばれておるよ」

「ベルン博士って…あの空間論の…?」

空間論とは、説明すると長くなるが、とにかく、時間とか空間とかの理論的な話で、科学者にとっては大発見となった論文だ。

食料などの物資の輸送をノーリスクでこなすことができるようになったのも、彼女の研究の産物だ。

「そうとも、かの有名なベルン博士様とは、あたしのことだよ」

…雑誌で見た写真とは違って老けているような…?

見た目はどう見ても、白衣の、…おばさまだ。


「そりゃ、顔は知らんだろうな、何せよお前さんが読んでた雑誌、30年前のだからな」

「俺が生まれる前のじゃないか」

くっ…30年も前の理論だったのか…!

自分に時代の遅れを感じ、少し戸惑ってしまう。


「それで、お前の息子、あれはどこいったんだい?」

「あいつは死んだよ、こいつを残して」


俺の両親は、死んだ。

…死因は普通に化け物に食われたから。

だが、それは俺が物心つく前の話。

俺も両親のことなんか知らない。

この祖父に男手一つで育てられてきたのが、ここに立っている俺だ。


「…そうか、それはお気の毒に」

ベルン博士は手を合わせ、祈った。


「…で、だ。アイダス先生、ここからが本題じゃ」

「やめろやい、照れてしまうじゃろ」

「じゃあ藪医者」

「はい」

ベルン博士は真面目に話を切り出す。

「これを使って別世界へ探索へ行ってほしい」

「…ワシに…か?」

「お前さんが研究者時代にどれだけ過去の文献をあさっておったか、ワシなら知っている。その文献も今や残されてはおらぬ。頼れるのはお主だけじゃ…!」

「…別世界ともなると、かなり変わってくるのではないのか…?」

「おい、じぃさん、なんだよそれ…自分だけ、緑の世界を目指しておいて、よくあんなこと言えたな」

俺は腹の底から煮え立っていた。

あれだけ、緑の大地を探すことを「無駄だ」「無駄だ」と罵ってきた人間が、緑の大地を探し求めていただなんて…。

「…お前は少し黙っておれ、これは大人の話だ」

「俺だって、もう大人だ…!今年で18だ」


沈黙。



「…続けるよ、…この発明は、どこかの異世界にゲートをつなぐものなんだ。だが、どんな世界につながるかはわからん。藪医者、あんたなら、引き受けてくれると思って今日はここに来た」

「……ワシは医者の仕事がある、悪いが他の奴にあたってくれ」

…緑の土地が、他の世界が、見れるのか…?

「…俺が!」

「…お前は………いや、言うだけ言ってみろ」

「俺が、別世界に探索に行く!」

「お前さんは、いいのか?藪医者。大事な手伝いがいなくなるんじゃぞ?」

「………本当に、緑の土地があるならば、…行ってこい」

「いいのか…!?」

「あぁ、かまわん。だが、その先に、滅びがあったのなら、すぐに戻ってこい」

「…決まりじゃな、藪医者の孫、レージといったか?」

「はい」

「お前さんが異世界に探索に行くことになるのじゃが、少し複雑な事情があってな」

「…?」

ベルン博士は少し暗い顔つきで、こう言った。

「あたしの研究所ね、これを開発したとたんに、襲われたんじゃよ」

「襲われた…?」

「ババァの寝床を襲うとは趣味の悪い奴じゃ」

「藪医者はだまっとれい!!!」

「はい」

「あぁ、あたし達の開発した機械を盗もうと目論む者がな…、あれは悪用されると何が起きるかわからん、その上に誰もまだ行ったことのない異世界への門を開くものじゃ…容易に開けると、危険が及ぼすかもしれん」

「…」

「それで、命からがらこの機械を持って逃げ延びてきたわけよ」

「…事情は大体わかった、じゃが…異世界への門の機械、なぜ発表をした?内に秘めていれば良かったものを」

「…誰も発表しただなんて言っておらん、内に秘めておくつもりじゃったが…誰かがばらしたんじゃろな」

「…内通者か」

「そういうこと。それで、他に行く当てもなくてな。ここに来たというわけ」

「…この機械、隠した方がいいのじゃな…?」

「あぁ、出来ればそうしてもらいたいが…この小屋じゃいかんせん無理じゃな」

「…ついてきなさい」

祖父はそういうと、床の金属板を持ち上げ、何かのカギを外した。

「こんなところに鍵が…?」

俺も10年以上住んでいても知らなかった。

こんなところに、地下空間があるだなんて。

「ほ、ほう、隠し部屋とはこれまた驚いた、さらに地上よりも広い」

感嘆の声を漏らすベルン博士。

あたりを見回してみると、古びた本がずらーっと並べられており、研究施設のような実験台なども置かれている。

「ここはワシが…ずっと隠してきた部屋じゃ。過去の文献を、学校から全部盗み出してきたのもワシじゃ」

「お、お前さん、貴重な文献になんてことを…!」

「……若気の至りじゃ…許してくれ」

このじぃさん、盗みを働いていたのか、最低だな。

「でも、きっともう時効じゃろ、安心せい、捕まりはせん」

「まぁ、盗みごときで捕まる世の中ではなくなってきたしのう、昔は捕まっていたが、最近はそれどころじゃない」

…この世界の滅びは、徐々に進んできている。

人口も減り、天から降り注ぐフレアの頻度も上がった。

…フレアというのは、空から地上へと降ってくる火球で、これが大地を燃やしている原因だ。

太陽から降り注ぐフレアは、地上にいる人を焼き払い、焦土へと変える。滅びの象徴だ。

そして、突如として現れた謎の化け物。

こいつらはフレアはものともせず、生き続ける。

人を見つけては食らい、年々数を増やし続けている。

大きさは種類にもよるが、5mくらいだろうか。

真っ黒な毛皮をまとい、焦土を自分の縄張りのごとく踏み荒らす。

家などの建物内まではわざわざ追ってこないが、機嫌が悪いと家を蹴りつぶし、中の人間を取って食う。


「あたしゃね、別の世界に希望があると思ってるんだ」

「…緑の大地」

「そう、私たちの間で謳われてきた、緑の大地。これは救いの象徴として信じられてきた空想の土地」

…空想、…そんな言葉は、聞きたくなかった。

「緑の大地があることを信じて、それを見つけるために旅立ったもの、緑の大地を作ろうと励む科学者…。色々な者が夢見たものじゃったな…ワシもその一人だった…」

「じぃさん、アンタは何で、緑の大地を…諦めたんだ」

俺は、祖父に緑の大地をあきらめた真意を問う。

俺よりも、熱心に緑の大地を求めていたことが、この部屋に並べられた文献の量から言わずともわかる。

「…ワシも現実を見ろと、父親に言われてな。夢半場に閉ざされたのじゃよ」

「…あんたも、その父親と変わんないんだな」

祖父は俯き、こう言った。

「…そうかもしれんな…じゃが、どちらも間違いだとは思えんかった。お前さんも、そうじゃろう」

「…」

確かに、ないものを探し続けるよりも、そこにある、命を救い続けたほうが結果として残るものがある。…そうなんだ。


「…だが、今は違う、俺は異世界に行く権利がある」

「……異世界は、どんな所かわからん。それでも、いくのか?」

「そうじゃ、もしかすると、もう戻ってこられないかもしれない、本当に、いいのか?」

祖父とベルン博士が念を押してくる。


「…あぁ、俺が緑の大地を見つけて見せる」


俺は、珍しく、はっきりとした宣言をした。

「…緑の大地を見つけたら一度戻ってきておくれ、移住の準備を進める」

この機械は、人間が滅びゆくこの世界から逃れるための移住地を探す機械だ。

俺の役割は、異世界に乗り込み、そこの探索をある程度したらこの世界に戻ってくる。

人が十分に住める世界なら、人類大移動計画の始まり。とのこと。

「この機械の使い方は簡単、ここに適当な数字を入れたら、ゲートが開く。そこから異世界へと移動する、簡単じゃろ?」

ベルン博士が持ってきた機械は、大きな台座と、その下に数字キーを入れるタッチパネルがある。

どうやら6桁の番号で異世界の座標指定のようなものをするらしい。

ところどころむき出しにされた配線が心配だが…?

「あと、その世界から帰るときは、このミニチュア版を持っているといい。押した瞬間に瞬時にここに戻ってこれるじゃろ」

俺はベルン博士に小さなスイッチのようなものを渡された。


カチッ

「今押しても意味ないぞ…」

ついつい押してしまった。ポケットの中に入れていると暇な時にカチカチさせてしまいそうで怖い。


「一つ質問いいですか」

「なんじゃい」

「異世界の移動先が、炎の中とか、ありえるんですか?」

俺が異世界に行った途端に炎で焼け死ぬなんて御免だ。

「いい質問じゃ、安心せい、それはない。ちゃんと空気がある場所で、害のない場所。つまり人間が生きていられる場所に飛ぶように設計してある」

意外とちゃんとできてるんだ…。



「…とまぁ、使い方はこんな感じじゃ、猿でもわかる説明じゃったろ?」

「ばぁさんや、もし、こやつが帰ってこなかったら、どうするつもりじゃ」

「…そん時はお前さんが行け」

「いや、だからここの病院が」

「…そん時は、この機械は破壊するわい」

「…そうか…まぁ、それがいいじゃろな」

…なんで破壊するんだろうか…公開して調査を進めたほうがいいんじゃないのか…?

「お前さん、今なんで破壊するのか不思議に思ったじゃろ」

「…え、ま、まぁ、はい」

ベルン博士に図星を突かれた。

「…お前さんが向かう世界にもまた、滅びがあるのなら、他の幾多の世界にも同じように滅びがあると考えていい。無論、お前さんのいく世界がまた滅びであるとしたならば、割合として滅びの割合は高くなるわけで、この機械を公に出した場合、さらに滅びを進ませる恐れがあるということじゃ」

「…」

…?俺のいく世界に滅びがあるのならば、他の世界にも滅びがある可能性が高くて、それを公にすると、さらに滅びが…?

…よくわからん理論だな。

「いまいちよくわかっとらん顔をしとるな…まぁよい、とにかく、お前さんの生存確認はこちらでもできるようになっておる、そのスイッチが生存確認に使う機械じゃ。お前さんが死んだとなれば、それは危険な世界なんじゃろう」

「ばぁさんや、お主、これからどうするつもり…」

「もちろん、ここに世話になるぞい、ここで観測もしなければならんしな」

「…そうかえ」


「出発は、明日の早朝、一度ホムンクルスを異世界に飛ばして、転送自体は成功しておるから人体も大丈夫であろう、問題ない」

「あの、ホムンクルスって…?」

聞きなれない単語に疑問を投げかける。

「お前さんが今日も使った、再生細胞から作る肉塊のことじゃよ、科学者の間では、ホムンクルスだとか、クローン人間だとか言われておる」

「そうじゃ。人間と材質は同じじゃからな、そちらを送って問題なかったら、大丈夫じゃろう」

こんなところでも、使われているのか…。

便利なものとはいえ、残酷な技術だ。

人を生かすために、人ならざるものを作り、殺し、人を生かす。

…その概念は俺にはよく理解できない。

なぜ、人を生かすために、他者を犠牲にしなければならなかったのか…?



わからない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ん、どうした、眠れないのか」

俺は、その日の夜、どうも寝付けなかった。

狭い掘立小屋の寝心地が悪いわけじゃない。もう慣れたものだ。

異世界という緑の大地の兆しを見た俺は、楽しみで眠れなかった…というのもあるかもしれない。

祖父が、俺が異世界に行くことを許しくれた嬉しさで眠れなかったのかもしれない…。

…それもあるんだ、いろいろあるんだ、だが、俺が口にしたのは。

「…肉塊のことを考えていた、医者はどうしてあんなことをするのか」

「…愚問だな、人を助けるためだ」

「肉塊も、人のような声で鳴く。あれも人と言って…」

「…あれには心臓はない、ゆえに死んでいるただの便利な細胞に過ぎない」

「…じぃさん、あんたも嫌なんだろ、いっつも、切るときに謝ってるの、知ってる」

俺が肉塊を切るときに言った「すまない」という言葉は、もともとは祖父がやりはじめたことだ。

「…あれは、…いや、じゃあお前に問う、もし、目の前に人間が2人いて、どちらも空腹で死にそうになっている。そこに食べ物はない。じゃあ、どうする」

「……そんなの、終わりを待つだけしかないじゃないか」

「…そうか、知らないのか、お前は、人間の本質を。…人は、人を食べれるんじゃぞ」

「…!」

人は、人を食べれる。

確かに、そうだ。人間に必要な栄養は人間には備わっている。

これは医学の基礎常識だが…なぜそれが思い浮かばなかった…。

人がもう一人の人を食べれば、その分空腹を逃れ、生きながらえることができる。

「確かに…人が人を食べれば、長く生きれるな…」

「そうじゃ。しかし、そのためにどっちかは犠牲にならないといけない。…その意味が分かるか?」

「……あぁ、わかった、ありがとう。なんだかわかった気がした」

…俺は無言で



…犠牲の上に、成り立つ正義があるんだ。


肉塊は、人が生きるために生み出したもの。それを人と考えたら、ダメなんだ。道具だと思わないと、人殺しの重みに押しつぶされてしまう。

…それが、じぃさんの隠してきた…。


俺が医者として、医者の目を持つ人間として生を受けた時点で、俺は犠牲になる、背負う側の人間だったんだ。


俺は、医者という重みを背負わされ、幾多の命を救って見せた。

これは俺自身がしたいと思ってやっているわけではない。誰かがやらなきゃダメなんだ。

俺しかできない、俺にしかできない。


こう思うこともできた。


もしこの結論に至るのがもう少し前だったら、俺は緑の大地を目指すことはあきらめていただろう。


…この結論に至って、俺は医者として…。

祖父も、本当は緑の大地を見つけたかったのかもしれない。

でも、自分が犠牲にならなければ、誰かの命は奪い去られていく。


…。


……。


………。


「勘違いしてはいけない、人を救う方法は、それだけじゃない」

そう、祖父はつぶやいた。

「…それは」

「お前が緑の大地を見つけることによって、もっと大勢の命が助かるかもしれない、ということさ」

「……………………、ありがとう」



俺は、異世界へ行くことを、改めて決心した。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

次の日の朝、俺は出発の時を迎えた。

「おはよう、一応カバンに食料と…大きな水筒、入れておいたぞい」

「ありがとう、じぃさん」

「こっちは準備ばっちりじゃ、いつでもいけるぞい」

「あぁ、俺もいつでもOKだ、緑の大地、見つけてくる」


「では…スイッチ、オン!!」

数字を適当に6つ打ち込み、ベルン博士は起動スイッチを押す。

すると、大きな起動音とともに、機械から大量の空気があふれ出る、その空気によって生み出された強い風が吹きつけ、地下室の本や紙などがあたりを飛び回っている。

「す、すごい風だな…」

「空間をつなぎ合わせているからな…圧力でこうなる」

「ぬおおおおおおっ…!」

あははっ、じいさんの髪ぐしゃぐしゃだ。



「まずは、120105世界、ここに行ってもらう」

ベルン博士曰く、俺が行く世界は120105世界と呼ばれる世界らしい。

「な、なんでそこなんですか?」

強風で唇が震える中、問いかける

「適当だよ、適当、ほら、早くゲートの先に行きな、そっから先は異世界だ」

「…博士たちは…来ないんですか…?ちょっとだけでも…」

「ぬおおおっ!!!風が強すぎて腰がやられる!!!」

叫ぶ祖父。

「見ての通り、老いぼれにはきついんじゃ、さ、はやくいってこい」


「では、行ってきます」


俺は、ゲートの先へ、足を踏み入れた。



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