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第八話 接近

 ラインハルトにプレゼントを渡すという大仕事を終え、ヘレーネはまたそれまでの日常に戻った。

 今日もまた第三図書室に通う。最近はラインハルトが読んだ本を探して読むよりも自分が興味関心があるものや、以前ラインハルトと話す際に役立つかもしれないと考えた領地関連の本を読んでる。

 とはいえ、あの時は建前があったからなんとか話しかけられたものの、理由もなく声なんてかけられないので、またラインハルトと話せる機会が訪れるのは随分先になるだろう。

 そう、思っていたのだが……。


「やあ」


 目の前で笑顔を見せるのは紛れも無く想い人。

「今日も読書か? せいが出るな」

「は、はい、ありがとうございます」

 なんとか返事をすると彼は「それじゃあ」と去っていく。

 実は最近、ラインハルトとたまに話すようになったのだ。話すといっても、挨拶とちょっとした世間話程度なのだが、それでもヘレーネには十分過ぎる。

 始まりは誕生日を数日過ぎてから、いつも通り遠くからラインハルトを見てると向こうがこっちに気づいて近づいてきて、「この前は素敵な本をありがとう。とても面白かった」と言ってきたのだ。

 あの時は心臓が止まるかと思った。

(それにしても、こんなに声をかけてくださるなんて……本当に気に入ってくださったのね……)

 本当に嬉しい。幸せなことだ。

 この分なら、ヒロインを紹介できそうだと考えながら、図書室に足を向けた。






「さて、みなさん。今まで魔術について勉強してきましたが、今日はいよいよ魔術を実践してみようと思います」

 ユージーンの言葉にクラスはにわかに沸き立つ。ヘレーネもまた興奮を抑えることが出来ない。

「前の授業でも説明しましたが、魔術を使う時は魔晶石が使われた魔具を用います。呪文を唱えながら魔具に魔力を流しこむことで魔術を発現させるのです。呪文や魔具がなくとも魔術が使える人もいますが、それは歴史や本に名前を残しているような一部の人だけです。普通は上手く行きませんし、下手すると暴走してしまう可能性があるので絶対にしないでください」

 『暴走』という単語を聞いて、ヘレーネは持っている杖を掴み直した。

 魔力の暴走は、小さいものなら魔力を使いすぎて気持ちが悪くなる程度なのだが、酷いものだと人を死に至らしめることもあると本で読んだからだ。といっても、暴走するにも魔力が必要なため、普通の人間ならまずそんなことにならないのだが、気を引き締めなければならないだろう。

「それでは皆さん、さっき教えた自分の適性属性の呪文を唱えてください」

 クラス全員が呪文を唱える。しかし、その殆どが何も起こらず、残りの一部は火花のようなものを出しただけだった。勿論、ヘレーネは何も起こらなかった側である。

 がっかりした顔をしている生徒たちにユージーンは微笑む。

「最初から上手くいく人などいません。さあ、もう一度」

 それからも授業が終わるまで呪文を唱え続けたのだが、結局魔術が発現することはなかった。


「うーん……」

 第三図書室で、ヘレーネはコップを見下ろしながら唸っていた。

(よし、もう一度)

 水属性の下級魔術である水を生み出す呪文を唱えるも、コップには水滴一つつかない。

(……やっぱり、駄目ね)

 ヘレーネは小さな溜息をつく。

 ユージーンは魔術というのは覚えるにも使いこなすにも時間がかかるものだから焦る必要はないと言っていた。

 しかし、魔術がない世界を知っている為に魔術に対する憧れが強いヘレーネは少しでも早く使ってみたかったのだ。

 物語の主人公のような派手ですごいものを使いたいとは言わないから、せめて簡単なものをと思っていても、現状ではそれすらままならない。

「……もう一回だけ」

「ちょっと待て」

 それでも諦めきれず、杖を振り上げるとそれを静止する声がかかった。聞き覚えのあるそれに慌てて振り向くといつからいたのかはわからないが、ラインハルトがそこにいるではないか。

「え、あっ、い、いつからそこに!?」

 ヘレーネが驚きの声をあげるとラインハルトはおかしそうに笑う。

「ああすまない。あまりに真剣な様子だったから、声をかけづらくてな」

 ラインハルトはコップを覗き込みながら「魔術の練習か?」と問いかける。

「そ、そうです。今日習ったんですけど、上手くいかなくって」

「最初は誰でもそんなものだ。だが、君は真面目に練習しているから、きっとすぐ使えるようになる」

「そんな、ことは……」

 褒められて赤くなる顔を隠すように俯くヘレーネにラインハルトは「ただ」と続けた。

「あまり根を詰め過ぎるとかえって上手くいかなくなるぞ。自覚がないだろうが、随分と魔力を消費している」

「……そうでしょうか?」

 確かにいつもより体がだるいような気がする。

「ああ、今日はもう止めたほうがいい。体を壊しては元も子もないからな」

「わかりました」

 素直に頷くと、ラインハルトの目線がヘレーネの手に移った。

「ところで、その杖は君のものかな?」

「……そうです」

 その視線がいたたまれなくて、言葉尻を小さくなる。

 魔具と一言いっても、その性能と価格はピンからキリまである。ヘレーネが使っているのは安物の粗悪品だ。見た目だけは綺麗で立派にこしらえてあるが、わかる人にはわかってしまうかもしれない。

「ああ、すまない。あまり見たことのないものだったからついじろじろと見てしまった。不躾だったな」

「いえ、そんな。謝るようなことじゃありませんから」

 どうやら気づかれなかったようで安堵の息を漏らす。別に何も悪いことをしているわけではないが、こんなものを使っているのかと思われるのは、なんとなく惨めだ。

「ところで、君がよければたまに魔術の練習を見ようか?」

 突然の申し出にヘレーネはギョッとした。

「え、いえ、そこまでしてもらうなんて」

「遠慮しなくていい……それとも迷惑だったか?」

「そ、そんなことはありません」

 ヘレーネは何度も首を横に振る。もとより戸惑いはしたもののヘレーネとしては嬉しくてたまらない話だ。

 それでも、「本当にいいのか?」という疑念は未だ拭えない。しかしラインハルトが「ならよかった」と笑っているのを見れば、今更断ることもできなかった。

「それじゃあ、これからよろしく」

 そう言って手が差し出される。

「よ、よろしくお願いします」

 迷いながらもその手に応じると彼は力強く握り返した。

(どうしよう……早まったかもしれない……)

 体中の熱が高くなるのを感じながら、自分の心臓が保つか、少し不安になった。


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