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第七話 ラインハルトの思惑

「そのプレゼント、何が入ってるのでしょうね」


 同級生であるカトリーヌ・クレイトンの言葉にラインハルトは肩をすくめた。

「さあ、なんだろうな?」

「確かめてみたらいかが?」

「プレゼントをこんなところで?」

 廊下の真ん中で開けるものではないだろうと言外に含ませるが、彼女は意に介さない。

「そうですけれど、彼女はボルジアンの人間でしょう? 変なものを渡されたのかもしれませんわ……」

 もしそうだったとしてもお前には関係ないだろう、とラインハルトは内心思ったものの苦笑を浮かべるだけにとどめた。

 どうやらこのご令嬢は随分ご機嫌斜めなようだ。これはさっさと中身を見せたほうが面倒がないなとプレゼントの封を切る。

「……ほう」

 中に入っていたのは本が二冊とノート三冊だった。

 それを見てカトリーヌは露骨に眉を寄せる。

「……呆れますわね。仮にも貴族の当主の誕生日プレゼントにこんなみすぼらしい物を贈るなんて。あまりにも、常識知らずですわ。そうまでして人にお金を使うのが嫌なのね。信じられません」

「そうか? 俺は別に悪く無いと思うが」

「ラインハルトは人が良すぎますわ。あんまり人を甘やかしますと、ろくでもない連中はどんどんつけあがっていきますわよ。もっと厳しくしないと」

「わかった、気をつけよう」

「それに、あの子って周囲からなんて呼ばれているかご存知?」

 ラインハルトとしてはこの話を切り上げてさっさと中に入ってしまいたかったが、カトリーヌはまだまだ話し足りない様子で口を開く。内心溜息をついたもののラインハルトは、その話に付き合うことにした。

「いや、知らないな」

「『鉄仮面の女』ですわ。どんな時でも無表情で何も話さず、周りの人間を近づけさせまいと威圧しているそうです。きっと、自分は周囲より上の存在だと思っているに違いありませんわ。勘違いも甚だしい。全く、学園生活を何だと思っているのかしら……あんな者が同じ貴族の者だと思うと情けなくなります。ああいう恥さらしは自分の領地から一歩も出なければよろしいのです」

「鉄仮面?」

 そう陰口を叩かれているのは知っていたが、とぼけたふりをしておく。

「ええ、ラインハルトも見たでしょう。ふてぶてしそうなあの顔。性根がにじみ出ていますわ。両親に溺愛され、甘やかされてばかりいた証拠です」

「だが、それほど無表情には見えなかったが」

 実際、先ほどラインハルトを呼び止めた時も、髪を乱しながら鉄仮面とは似ても似つかぬ慌てた顔をしていた。

 しかし、カトリーヌはやれやれと首を振る。

「どうして男って騙されやすいのかしら……あんなもの、男に取り入る為の演技です」

「演技……ねえ」

「そうです。ラインハルトも気をつけてください。あんな子にくれぐれも絆されたりしないよう、お願いしますわ」

「ああ、肝に銘じておく」

 言いたいことを言ってすっきりしたらしい彼女は機嫌の良さそうな笑顔を見せる。

「余計な時間を過ごしましたわね。さ、中に入りましょう。皆きっと待ちくたびれてますわ」

「そうだな」

「ふふふ、期待していてくださいね。このパーティーは私が全て監督したんです。素敵な時間を保証しますわ」

「なるほど、それは楽しみだ」

 ラインハルトは形だけの笑みを作るとドアを開け、中に入った。






 誕生日パーティーは彼が思っていた通りだった。思っていた通り、酷く退屈で時間の無駄でしかなかった。

 派手さばかりが際立ってセンスを感じない装飾、上質な食材の良さを殺すような安っぽい味付けがされた料理の数々。なにより、自分を祝うという名目で普段より馴れ馴れしく接してくる馬鹿共と愛想笑いをしながら何も得るものがない会話は疲労感しかもたらさなかった。

(……はあ。これだからこの日は嫌いだ)

 寮室に戻ったラインハルトは貰ったプレゼントを無造作に放り投げる。割れ物があれば壊れているかもしれないが、そんなことに頓着しない。あんな連中が用意したものなどどれもくだらないものばかりだろう。今までだって贈られてきたプレゼントに気に入るようなものは一つだってなかった。

 部屋の中には彼が直接受け取ったもの以外にも直接部屋に運ばれてきたものが数多く存在している。いっその事このまま燃やしてやりたいがそうもいかない。もしプレゼントの感想を聞かれたら何かしらコメントする必要があるので、せめて誰がどれを贈ったか把握しておく必要がある。

「……来い、我が夜の下僕よ、暗がりの従者よ。この声を聞き、その使命を果たせ」

 呪文を唱えると、ベッドや椅子、テーブルなどあらゆる影から何かが出てきた。それらは人の形をしていたが、その体は黒いモヤのようなものでできていてゆらゆらと陽炎のように揺れている。

「そこにあるものを包み紙から取り出して持って来い。手紙がついていないか気をつけてな」

 人間どころか、生物ですらない存在に戸惑う様子もなく、ラインハルトは淡々と命じた。

 彼はこのように実体のある影を生み出し、手足のように使役することができる。

 闇属性の魔術の中でも上位に位置する『暗影の下僕』と呼ばれるものだ。これを使いこなせる者など世界中探してもそうはいないだろうに、若輩でありながら魔具を使用せずにやってのける彼の魔術の才能は推して知るべしだろう。

 『影』たちはラインハルトの命じたまま、袋に入っているものや部屋に送られた各プレゼントを開けていく。

 中身は案の定、箸にも棒にもかからないガラクタばかり。

 既成品、手作り問わず食べ物はまだいい。食べる気は一切無いが、何か聞かれても「美味しかった」ですむ。花束も処分が簡単なだけましである。

 逆に処分に困る物は厄介だ。

 手編みのセーターやマフラー、趣味の合わない置物に香水、やたらでかいぬいぐるみ、なんだかよくわからない雑貨、その他諸々。

 本当に頭が痛い。

(ふう……こんなものだな)

 あらかた片付け終わって、ラインハルトは肩を回した。

 メッセージカードにも目を通し終えたし、誰がどんなものを贈ってきたのかも記憶した。

 今日はもう疲れたし寝ようと立ち上がると足下に置いておいた鞄が倒れる。その時、中から何かが飛び出した。

「ああ……これはここに仕舞いっぱなしだったな」

 それはボルジアン家の令嬢が渡してきたプレゼントだ。開けた後、鞄にしまったことをすっかり忘れていた。

 手に取り中身を取り出す。

(さて、どんなものなのやら)

 ラインハルトは読書家であり、本は好きだ。しかし、いくら好きとはいえ何でもいいわけではなく、むしろ好きだからこそこだわりが強い。

(まさか、ラブロマンス物じゃないだろうな)

 そうでないことを祈りつつ、ページをめくった。

 そして驚く。

(……意外と面白そうだな)

 期待などしていなかったのだが、いい意味で裏切られた。

 これはあとでゆっくり読もう。ノートの方も予備がなくなりそうだったので丁度いい。

 珍しく気に入ったプレゼントを見つめ、考えるのはこれの贈り主のことである。

(『鉄仮面の女』とは、また面白いあだ名をつけられたものだ)

 ラインハルトは知っている。彼女が決して周囲に無関心な冷たい人間などではなく、自分の殻に閉じこもって外界を拒絶することで自分の身を守っているただ単に臆病な娘であるのだと。そして、自分に恋をしている、ということも。

 第一印象は、少しだけ目が気になっただけでこれといって好悪の感情も抱かなかった。二回目の時は多少鬱陶しく思った。三回目で第三図書室で見つかった時はもうここは使えなくなるのかと思ったのに、こちらに声をかけず遠ざかったので少し安心した。

 それから自分が読んだ本を探して読んでいることも知っている。これについても特に思うところはなかった。実害もないのにどうこうしようと思うほど、他人に興味がなかったという理由だが。

 これらの理由からラインハルトにとってヘレーネという少女は好ましいわけではないが、特に嫌ってもいない存在だった。強いて言うなら大人しくて騒がしくしないところが周囲の女よりましなぐらいか。

(それにしても、ボルジアンか……)

 彼女の実家はちょっとばかり有名だ。貴族の親が子に「ああは決してなるな」と教えるのに素晴らしい見本である。

 ラインハルトも彼らとは交流を持ちたいとは思わない。しかし、ボルジアン家が治める領地は素晴らしいのだ。ラインハルトが治める領地からほど近いそこは領地自体もそうだが、周囲の環境にも恵まれている。領地発展に努めなくとも一定の水準を保てているのはそのおかげだろう。

 故に自分ならもっと豊かにできるのにと歯がゆくも感じていた。

 そして思うに、あの少女は両親から良い扱いを受けていないのだろう。

 彼女は時々、冷たくて暗い湖底のように沈んだ目をすることがある。救いを求めて伸ばした手は振り払われ、助けを求めて張り上げた声は黙殺され、ありとあらゆるものから見捨てられたが故に、何もかもを諦めた、絶望に染まりきった目。

 ラインハルトには、それがわかる。

(……こうしてみると、なんとも謀に向いた状況だな)

 叩けば埃が出る両親、その両親から虐げられる娘は自分に恋心を抱いている。

 いかにも利用してくださいと言わんばかりではないか。意図せず出来上がったお膳立てを捨て置くのはあまりにもったいない。

 だが、そういった打算とは別の感情が心中にはあった。

 ラインハルトは決して正義漢などではない。人を騙したり陥れることにも抵抗がないし、自分を慕う者でも不利益になるなら容易く切り捨てる。

 しかし、あの哀れな少女の身の上には少しばかり思うところがあった。

 助けてあげたいなどとは思わないが、気まぐれに手を差し伸べてみるのも悪くない。ちゃんと自分の役に立ったならまともな生活を送れるよう面倒をみよう。それぐらいの甲斐性はある。

 そこまで考えて、ラインハルトは本を机に置いてベッドに向かった。


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