番外編 ヘレーネクエスト
書籍発売記念その一
「……ここは、一体」
目を覚ますとヘレーネは見知らぬ部屋の中にいた。
寝る前は普通に自室で眠ったはずである。これはどうしたのかと部屋の中を調べてみると、テーブルの上に置かれた一冊のノートに気づいた。
「ヘレーネクエスト?」
表紙に書かれた文字に頭を傾げながらページをめくる。
「『ラインハルトの生存ルートを見つけて下さい。諦めなければ何度でもチャレンジできます』?」
これは一体どういうことだろう?
混乱するヘレーネだったが、ふいに気づいた。
「そっか。これ、夢なんだ」
それならこの不可解な状況が全て説明がつく。
気づけば後は気楽なものだ。先ほどまで胸にあった不安は消し飛び、ワクワクした気持ちでまた周囲を調べる。
その結果、自分が村娘で親とは別居していることを知った。
あらかた部屋を調べ終えたヘレーネは、ラインハルトを探す為に町に繰り出す。
しかし彼の姿はどこにも見つからない。
「ラインハルト様はどこにいるんだろう?」
彼の生存ルートを探すというなら彼は確実に存在しているはずなのに。
もしかして町の外だろうか。そんなことを考えていると近くの村人達の会話が聞こえてきた。
「おい聞いたか? 新しい魔王が誕生して、姫をよこせと言ってきたらしい」
「ええ、本当に?」
「姫様、おかわいそうに」
(……魔王?)
村人達曰く、山の向こう側は魔族の領土になっていて、こちら側とはお互いに不干渉となっている。しかし、魔王が代替わりしたらしく、その新しい魔王がこの国の姫を要求してきたというのだ。
姫は大変美しく、心優しい性格をしていて、国中から愛されており、そんな彼女が魔王に拐かされるのではないかと皆が心配していた。
「なんでも、新しい魔王はラインハルトとか言うらしい」
(ラインハルト様!?)
どこにもいないと思ったら、彼は山の向こうにいるらしい。
「これは、ラインハルト様に会いに行って、お姫様を連れて行かないで下さいって説得すればいいのかな?」
とにかく、ここにいてはラインハルトを助けることが出来ない。
ヘレーネは早速、山の向こうに行こうとしたのだが……
「私、弱すぎでは……?」
町から出ると、魔物が出てくるのだが攻撃を与えることも出来なかった。何とかやられる前に逃げて、町に戻ったのはいいものの、打開策が見つからない。武器があればいいのかと店に行ってみるも、高価で買えなかった。
それでも何とかしようとあがくも、いつの間にか時間が経過して姫が魔王のところに連れて行かれ、悲しんだ王が勇者を見つけ出し、彼に魔王を倒してくれるよう頼んでしまう。そして、魔王は勇者によって倒されたという噂話が聞こえたと思ったら時間が巻き戻り、あの部屋からやり直しになった。
「ど、どうすればいいんだろう……」
もう一度最初から始めてみるも、結果は同じ。為す術なく、ラインハルトは殺されてしまった。
「うーん……ラインハルト様を助けるにはどうしたら……」
何か手がかりはないかと、町中を探索しているとこの国の城へ行く馬車を見つけた。もしかしたらこれに乗れば別の場所に行けるのではないかと思い、騎士に話しかける。
「何? 城に行きたい? 理由は何だ?」
「……理由」
どうやら理由がなければ行けないらしい。夢の中なんだから、そこらへんはなあなあにして欲しかった。
「ええっと……姫を助けたいんですけど」
「姫を助けたい? 駄目だ駄目だそれでは乗せられない」
「う、うーん」
あえなく却下され、他にもいろいろ言ってみたが、うまくいかない。
「どうしよう……」
早くしないと、またラインハルトが殺されてしまう。とにかく片っ端から村人に話しかけていくと、意図せず姫の情報が集まってきた。
歳は十代後半。髪は長くて二つに分けており、瞳は紫色。
「……これって」
偶然か否か、ヘレーネはこの項目に該当する人物を知っている。
ヘレーネは固唾を呑んで、騎士にこう告げた。
「私が、姫の身代わりになります」
漆黒の城の中。絢爛ながらも禍々しく、人に不安感を与えるような装飾が施されたその場所にヘレーネは案内されていた。
そしてその最奥。城内にある他の扉よりもずっと重厚な扉を開けると、一人の男がいた。
間違いなく、ヘレーネが探し求めていた人物である。
「ご苦労。下がっていいぞ」
ラインハルトの言葉にヘレーネを連れてきた魔族は頭を下げて退室する。残されたのは二人のみ。
「遠路はるばるようこそいらっしゃった。慣れぬ旅路でお疲れでしょう。さあ、おかけください」
「は、はい、ありがとうございます」
ヘレーネは促されるまま、そこにあった椅子に腰掛ける。
だが、ラインハルトの方は座ろうとはせず、ゆったりとした足取りで彼女に近づく。
「さて、いろいろ話すべきことはあるが、まずは……お前は誰だ?」
いつの間にか首元に冷たい感触がして、それがナイフだと気づいたヘレーネは顔を青ざめていく。例え夢の中でも痛いのは嫌だ。
「あ、あの……私……」
「言っておくが、下手な誤魔化しは止めておいた方がいいぞ。こっちはお前を殺して、その首を持って向こうに出向いてもいいのだからな」
「……っ」
どうやら弁明の余地なく、自分が姫ではないことがバレているらしい。
それなら、正直に言ったほうがましだろう。
「わ、私は、姫の身代わりで……」
「ほう? 名前は?」
「へ、ヘレー、ネ……です」
「貴族の娘か?」
「いえ、その……ただの平民です」
「なるほど……娘を溺愛しているとは聞いたが、まさか身代わりをよこしてくるとはな……」
なめた真似をしてくれる、と呟いてラインハルトはヘレーネからナイフを離した。
「あ、あの、ラインハルト様……ち、違うんです。わ、たしが、身代わりを志願して……それで」
「自分から? 大した愛国心だな……いや、王族に対する忠誠心か?」
「……助けたい人がいるんです」
「そうか」
助けたい人物が自分とは気づかないラインハルトはどうでも良さそうに言葉を返す。
(こ、これでいいのかな……?)
いや、まだ気は抜けない。なんとか自分で妥協してもらって、姫のことは諦めて貰わなければ。
そう思ったヘレーネは椅子から降りて跪く。
「あ、あのっ」
「……何だ?」
「どうか……わ、私はどうなっても構いません。ですから、姫のことは諦めてはいただけませんか? こ、この通りです」
床に額を擦り付けて、必死に懇願する。
「…………」
それをじっと見下ろすラインハルト。
どれほど時間が流れただろう。
ヘレーネにはラインハルトがどんな顔をしているのか見えないが、頭上から大きなため息が聞こえて体が震える。
「おい、顔を上げろ」
「……は……い」
ヘレーネが言われた通り顔を上げるとラインハルトがしゃがんで彼女と目を合わせた。
「俺が何故、姫を娶ろうとしたのか、知っているか?」
「……いいえ」
「あちらの初代国王と数代前の魔王が盟約を交わしたんだ。普段は不干渉だが、魔王が代替わりした際には王族を差し出し、外部から侵略を受けそうになった時は守る、そういう内容だ」
「そうだったのですか」
「ああ、だから俺自身は姫に興味なんぞ無い。決まり事だから従っただけだ」
その言葉に、内心ほっとする。夢の中の出来事とはいえ、ラインハルトに誰か好きな相手がいるのは辛い。
「だから、姫の代わりを受け入れるのは構わない。まあ、あちらにはそれ相応の代償を支払ってもらうがな。君を妻として迎え入れよう……ただし」
ラインハルトが先程のナイフをちらつかせる。
「俺の言葉に服従し、決して裏切るような真似をしないと誓え。もし万が一、こちらの不利益になるようなことをすれば命は無いぞ」
「はい……肝に銘じます」
「よし」
ヘレーネの手をとり、立たせたラインハルトはそのままもう一度椅子に座らせた。
「では、お茶でも持ってこさせよう。そして、二人の今後についても話し合おうじゃないか。なあ、我が花嫁?」
「よ、よろしくおねがいします」
花嫁という言葉にヘレーネの顔は赤くなる。
それを見て笑みを深めたラインハルトはヘレーネの顎に触れ、上に向けさせた。そして、ゆっくりと顔を近づけ……
「……あれ?」
気づくとそこはヘレーネの寝室だった。
(それにしても、変な夢だったなぁ……)
朝食を終えラインハルトと食後のお茶を楽しみながら、ヘレーネは自分が見た夢を思い返す。
(どうしてラインハルト様が魔王なんだろう。そこは王子様だと思うけど……)
そんなことを考えているとラインハルトが「そういえば」と口にした。
「今日、奇妙な夢を見た」
「ラインハルト様もですか? 私もなんです」
自分だけではなく彼もおかしな夢を見るなんて、そんな偶然もあるのかと驚く。
「そうなのか? どんな夢だったんだ?」
「えぇっと……」
ヘレーネは夢の内容を、なるべくわかりやすいように細かいところは省きながら説明する。
すると、最初は興味深げだったラインハルトの表情が、徐々に驚愕へと変わっていく。
「あの、どうかなさいましたか?」
不審に思ったヘレーネが問いかけるとラインハルトは戸惑い気味に口を開いた。
「いや……こんなこともあるのかと驚いてな」
「え? 何かですか?」
「実は俺の夢では、俺はどこかの王様になっていて隣国の姫と結婚したんだが、しばらくすると勇者と名乗る連中がやってきて俺は殺されてしまう。それを二度ほど繰り返した後、また同じような展開になったんだが、今度は姫としてやってきたのがヘレーネだったんだ」
「……それって」
ヘレーネの脳裏に魔王として振る舞うラインハルトが浮かぶ。
あれは、本当にただの夢だったのだろうか?




