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番外編 ダフネの嫉心

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「まあ、あなたのそのドレス、とても美しいですわ」

「ありがとう、あなたのその首飾りも素敵よ」

「その靴、もしかして最近、新しく貿易を始めた異国のものでは?」

「あなたの髪飾り、ひょっとして特注品かしら? 羨ましいわ」

 少女たちは可憐な笑みを浮かべながら、互いの身につけているものを探り合う。口では褒め合いながら、けれどその瞳には優越感と羨望が渦巻いている。

 ダフネもそんな少女たちの輪にいた。

(はあ……疲れる)

 思わずため息が出そうになるが、ぐっと耐え、ひたすらに笑顔を作る。

 これだから舞踏会になんて出たくなかったのだ。とってつけたような白々しい賞賛などもらっても嬉しくないし、思ってもいないことを口にしてご機嫌取りをするのはただただ疲れる。

(こんなことをして、他の子は何が楽しいんだろう……)

 ダフネは冷めた気持ちで周りの少女たちを見渡す。

 これなら父に着いて一緒に他の領主たちの話を聞いていたほうがずっとましである。

 早く終わってくれないだろうか、そんなことをぼんやりと考えていると輪の中にいた一人の少女が「あっ」と声を上げた。

「ねえ、あそこにいるのはラインハルト様では?」

 彼女の言葉に他の少女たちは一斉に彼女の目線を追い、ダフネもそれに続く。

 そこには優秀と名高い若き貴族当主と彼と婚約して間もない少女が連れ立っている。

「ああ、やっぱりラインハルト様って素敵ね」

「ええ本当に。一度でも良いからあの方にエスコートされてみたいわ」

「こっちを向いてくださらないかしら」

 少女たちは好意と陶酔の眼差しをラインハルトと呼ばれる青年に向ける。

 見目麗しく人格者と謳われながらも才能豊かで権力や財力を持つ彼は当然のように異性から好かれ、ここにいる少女たちも皆一度は彼から愛を囁かれる自分を夢想した経験を持つ。

 だからこそ彼の隣にいる婚約者たる少女には冷たい視線を向ける。

「あの人がヘレーネさん?」

「なんというか、期待はずれですわね」

「そうね、ラインハルト様の婚約者と聞いたからどんな人かと思ったけれど……」

「なんだか陰気そうな人よね。一緒にいるだけでこっちまで暗い気分にさせられそう」

 好き勝手にそういう少女たちに呆れるダフネだったが、自分に飛び火する可能性があったので止めようとは思わなかった。

「ラインハルト様はお優しいから、可哀想で見捨てられなかったのでしょうね」

「でもあんな子じゃあ、心休まる時がなさそう」

「いっそ愛人でもいいからお傍にいて、ラインハルト様を支えてさしあげたいわ」

 その言葉に思わず吹き出しそうになる。

 だってあまりに夢見がちで世間知らずだったからだ。

 確かにラインハルトがあのヘレーネという少女と婚約したのは、不幸な彼女を哀れんでというのがよく言われる。しかし、少しでも頭の回る者はそんなこと信じない。

 いくら可哀そうでも、それだけで人生を添い遂げようとする者が貴族当主などやっていけるわけがないからだ。

 だから、ダフネを含め、そういった者は政略目的だと認識している。

 事実、ヘレーネと婚約したことで彼は多くの金を失ったが、代わりに質の良い領地を手に入れた。

 彼の手腕があれば数年で負債を回収し、利潤を出すことが可能だろう。

 「全く、上手くやったものだ」とダフネの父も賞賛していたし、ダフネも同意見である。

 だが、ダフネが吹き出しそうになった原因はそっちではない。

 例え冗談でも「愛人でもいい」なんて口にするとは、あの少女の頭の中は本当に生クリームが詰まっているんじゃないだろうか。

 この国では王族であっても伴侶以外の者と関係を持つのは好ましくない。

 昔のように直系男子を求められていた頃とは違い、今は女でも跡取りになれるし、子供がいなければ養子をとるのが一般的だ。

 それでも浮気や不倫をする者はいるが、その存在が露呈すれば多くの非難を受けてしまう。下手すれば一生、表舞台に出れなくなるのだ。

 この少女はそれをわかっているのだろうか?

(まあ、そんなはずないか……)

 気を取り直してもう一度ラインハルトに目を向ける。

 少なくとも、この少女たちと喋っているよりラインハルトを見ている方が目の保養になる分有益というものだ。

 そんな風に注目を浴びていることに気づいているのかいないのか、二人は舞踏会の主催者や他の貴族当主たちに挨拶を行う。

 堂に入っているラインハルトと違い、ヘレーネのほうはぎこちない。

 しかし、礼を欠くほどのものではないので、本来なら見逃される程度のものだろう。

 だが、少女たちはそう思わなかったようで、「なあに、あれ?」「全然なってないわ」と小さく笑い合っている。

 これはヘレーネがラインハルトから離れた瞬間には取り囲まれて、ちくちく攻撃されてしまうに違いない。

(まあ、それぐらいあっちだって覚悟してるだろうし)

 してなかったらしてなかったで別にどうでもいいことである。ダフネには関係ない。

 ただ、騒ぎは起こして欲しくないので行き過ぎない程度には注意するが、その程度だ。

(それにしても、随分と距離が近いわね)

 挨拶を終えた二人はその後、飲み物を片手に壁際に移動している。

 婚約者なのだからずっと一緒にいるのは不自然ではないのだが、それにしたってラインハルトがヘレーネの腰に手を回して離さないその姿はまるで本当に愛し合っているかのようだ。

(いや、まさか……そんなことあるはずがない)

 首を振って頭に浮かんだ言葉を打ち消す。

 きっと少女たちとずっと一緒にいて考えが引っ張られてしまったのだろう。もしくは疲れて頭が鈍くなっているか。

「ちょっと私、疲れたみたいなので夜風に当たってきますわ」

 仲睦まじく見える二人にまた何か言っている少女たちに申し訳程度に声をかけて開放されている庭に足を向ける。

 そこには彼女以外にも何組か男女がいた。

 恋人なのかなんなのか、二人だけの世界がいくつも出来上がっているその光景にげんなりしつつダフネは人影のない方に進んでいく。

 やがて周囲に人がいないのを確認すると彼女は大きくため息をついた。

「……疲れた」

 こんなことなら仮病を使ってでも休むべきだったかとそんなことを考える。

 脳裏にちらついて離れないのはさきほどまで少女たちが話題にしていた男女。

(ううん、そうよ……やっぱりあの二人は政略結婚なのよ……そうでなければ他でも言われているように憐れみだわ……)

 何度考えてもその結論にたどり着く。それ以外ありえない。そうでなければならない。

 自分で自分の思考を狭めていることに気づかず、ダフネはしばらく心身を休めていた。

 どれほどそうしていただろう。そろそろ会場に戻ろうとしたダフネだったが、誰かがやってきた気配に慌てて身を隠す。

(どうしよう……まさかカップルじゃないでしょうね)

 たまにいるのだ。こういう人影のない場所で盛り上がってしまう男女が。そうでなくともわざわざこんなところに来るなんて後ろ暗い理由がある可能性が高い。

 自分を棚に上げ、ダフネは様子をうかがう。

「大丈夫だったか? 疲れてないか?」

「はい、平気です。ラインハルト様」

 そして聞こえてきた名前に心臓が掴まれたようだった。

 こっそり木陰から顔を覗かせるとそこにいたのは確かにラインハルトとその婚約者であるヘレーネだった。

 どうしてこんなところにと混乱しながらも、より一層息を潜める。

「それにしても、嫌な思いをさせたな……あいつら、ヘレーネのこと何も知らないくせに好き勝手言いやがって……」

「大丈夫です、気にしていません」

「……本当にそうか? 無理していないか? やっぱり今日は早めに切り上げよう」

「もう、ラインハルト様ったら心配性なんですから」

 なんだあれは。目の前の光景がダフネには信じられなかった。

 ヘレーネを気遣うラインハルト、そんなラインハルトに微笑みかけるヘレーネ。

 どこからどう見ても想いを寄せ合う恋人たちの姿だ。

(嘘でしょ……だって、そんな……)

 体を硬直させるダフネだったが二人の顔が近づいていくのに気づくと、脱兎のごとく走り出した。

 当然、二人にも自分の存在がバレてしまっただろうが、そんなことに構ってはいられない。

 会場に戻るまで彼女の足が止まることはなかった。




 なんということはない。他の令嬢たちと同様、ダフネもラインハルトに好意を向けていたというだけの話である。

 ただ、他の少女たちと違って彼女にはその自覚がなかった。幼き頃より恋物語をくだらないと一蹴し、恋に燃え上がる人間を見れば冷めた視線を送ってきた彼女にとって自らがその立場になるというのは酷く屈辱的で受け入れ難いものがあったのだ。

 それでも、彼が婚約したという話はダフネにとっては衝撃的だったのだろう。だから二人は愛し合ってなどいないのだと自分に対して必死に言い聞かせていたのだ。

 ああ、なんと滑稽なことだろう。

 恋に夢見て他人の幸福を妬む少女たちを散々見下しておきながら、結局自分は彼女たちと同じ穴の狢だったのだ。

 いや、自分の気持ちを自覚しそれを素直に受け入れていただけ、彼女たちの方がましだろう。

 少女たちの輪に戻って適当に話していると少し遅れてラインハルト達もやってきた。

 視線を向けているとこちらに気づいたのか二人と目が合う。だけどそれは一瞬で、すぐに逸らされてしまう。

 気まずげなヘレーネとは違い、ラインハルトのほうは顔色一つ変えていない。

 覗いていたのが自分だとわかっているはずなのに、一切動揺を見せていないのはそう見せかけているだけだろうか。

(いいえ、多分……違うわ)

 きっと、彼にとってダフネという少女はどうでもいい存在だからに違いない。

 だって彼とダフネの間には何もなく、あちらにいたってはこちらの名前も知らない可能性だってある。

 憎らしい。そう思った。

 自分を歯牙にもかけない彼が。彼の隣にいることを許された彼女が。

 けれど、じゃあ何ができるかと言えば、何も出来ない。

 婚約関係にある二人の間に割って入ることも、すでに婚約者のいる男の気を引こうとすることも、その自尊心故に行えず、できるのはせいぜいこうして遠くから二人に恨めしげな視線を送ることぐらい。

 しかし、互いを見つめる二人には、もはやダフネのことなど頭にないのだろう。

 せめてあの二人の末路が、喜劇的か悲劇的なものでありますように。そうであれば、この胸の痛みも少しは報われる。

 けれど、きっとこの願いは神に届かないに違いない。




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