第四十六話 めでたしめでたし
「あ、見て。新入生たちだ」
「本当だ。なんだか初々しいですね」
「ねー」
今日から自分たちの後輩になる学生たちをヘレーネとエリカはベンチから眺めていた。
「今年の担任もユージーン先生だったよね」
「ええ、シリウスさんもアンリさんもニコラスさんも一緒です」
「皆とバラバラなのは寂しいけど、ちょっと変わり映えしなさすぎだと思わない?」
「そう言って、シリウスさんと一緒で嬉しいんでしょう?」
「え、いや、まあ、ちょっとだけね!」
「ふふ」
こんな風に誰かとのんびりお喋りするだなんて、入学当時では想像もできないなとヘレーネは新入生たちを見ながら思った。
思えば、入学してからのこの二年間、それまで生きてきた十五年を遥かに上回る充実した日々だった。
きっと自分の人生はラインハルトと出会ってから本当の意味で始まったのだろう。
「けど、なんだかあっという間の一年間だったね。この分だと卒業がすぐ来ちゃいそう」
「その前に卒業試験がありますよ」
「あー、そっかー……今から気が重いなー」
大きくため息をつくエリカを尻目にヘレーネは膝に乗っかっているシャインを撫でている。
もうこの学園にラインハルトはいない。理由は勿論、卒業したからだ。今は自分の屋敷で領主としての仕事を行っているだろう。
ラインハルトのいない学園生活に不安がないわけではない。しかし、一人でも頑張って、一回り大きく成長した姿をラインハルトに見てもらうのだ。
「それじゃあ、そろそろ入学式の時間だし、行こうか」
「そうですね」
見れば他学年の生徒も講堂に集まっている。二人もそろそろ向かったほうが良いだろう。
先に行くエリカに続く為、シャインを膝から下ろそうとするヘレーネだったが、ふとシャインの瞳を見つめる。
そこには婚約者と同じ、金色の瞳がヘレーネの微笑みを写していた。
「少しだけ、待っててね。必ず、貴方のもとに帰りますから」
ヘレーネの言葉にシャインは何の反応も示さない。
けれど、ヘレーネは笑みを深めた。まるでその瞳の向こう側で想い人が聞いているのを確信しているかのようだ。
まだ追いかけてこないヘレーネに焦れた様子でエリカが「ヘレーネちゃん、早く!」と声をかける。
ヘレーネは今度こそシャインを下ろして「今行きます」と言ってエリカの元に急いだ。
後に残された黒猫はその背中が見えなくなるのを待ってから茂みの奥へと進んでいった。




