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第四十二話 侵入者

「……何だ?」

 突然、聞こえたその音にラインハルトは眉を寄せる。

「少し、様子を見てくる」

「あ、ラインハルト様」

 不安げな表情を浮かべるヘレーネに彼は「すぐ戻る」と告げながら彼女に呪術をかけるか考えた。

 もしかしたら席を外した隙に逃げ出そうとするかもしれない。だったら、眠らせておいた方が安全だ。

 だが、しかし……

「……シャイン、ヘレーネを見ていろ」

 ずっと二人のやり取りを黙って見守っていた使い魔にそう命じてラインハルトは部屋から出て行った。




(ただ窓が壊されただけならいいが……盗賊や物取りだったら面倒だな)

 剣を片手に暗い廊下を進むラインハルトだったが、その胸に不安はなかった。

 今日は一年のうち最も力の弱まる神輝祭で、体調も万全ではないとはいえ魔術は問題なく使えるし剣の腕にも自信がある。

 正直、ただの賊が何人いようとも負ける気はないし、さっさと終わらせてヘレーネの元に帰るつもりだった。

 侵入者の手にある物、それを見るまでは。


「どこだ……どこにいるんだ、汚らわしき悪魔め」

 ぶつぶつ呟きながら扉を次々開けて何かを探し回る男を物陰から伺うラインハルトは内心で舌打ちする。

(まさか、聖職者様がわざわざお越しくださるとは……さぞありがたい説法を受けられそうだな)

 皮肉げな笑みを浮かべつつも、警戒心は高まっていく。

 マーロン自体は、おそらく大したことはない。

 だが、彼の持っている白い弓。何故かはわからないが、あれは危険だと本能が訴えている。

(下手に近づかず、魔術で拘束したほうが無難か……)

 ラインハルトは無詠唱で中級の闇魔術を発動させた。

 音もなく形成された黒い鎖はマーロンが背中を見せているうちに近づき、彼を拘束する……はずだった。

「なっ……」

 しかし、鎖はマーロンに近づいた途端、霧散して消えてしまう。こんなことは初めてでラインハルトは動揺を隠せない。

 だが、放心している暇はなかった。

「そこかぁ!」

 先ほどの攻撃でこちらに気づいたらしいマーロンが弓を引く。

「ちっ!」

 放たれる光の矢を避け、ラインハルトは身をひるがえした。

 あの弓矢が相手では真正面から戦うのは自殺行為だと確信したからだ。

「待て!」

 とにかく、距離をとろうと走るラインハルトとそれを追うマーロン。命を賭けた鬼ごっこが始まった。






「ラインハルト様……」

 シャインと共に残されたヘレーネはいつまで経っても戻ってこないラインハルトを心配していた。

 しかも時々聞こえてくる、何かが壊されるような音が不安を駆り立ててしょうがない。

(もしかして、危ない人が入ってきたのかな……どうしよう……どうしたら……)

 本来なら、このままここで大人しく待っていた方が良いのだろう。非力なヘレーネでは行った所で足手まといになるだけだ。

 しかし、そうはわかっていても、ラインハルトが危険な目にあっている可能性があるのにただ待っていることはできなかった。

「シャイン、お願い。誰か人を呼んできて。もしかしたら、エリカさんたちがまだ残っているかもしれない。エリカさんならシャインのことを知っているから、きっとすぐ来てくれるわ」

 ヘレーネの言葉を聞いたシャインは裾を噛んで、引っ張る。

 それが、自分も一緒に行こうと言っているのだと察したヘレーネだったが、首を横に振った。

「ごめんなさい。一緒にはいけないわ。もし、私が外に出たらラインハルト様は私が逃げ出したと思うかもしれない。そうしたら、きっとあの人は傷ついてしまう」

 自分をじっと見つめる金色の瞳を見つめ返し、安心させるように微笑みかける。

「それにね、決めたの。何があってもあの人の傍から離れないって……大丈夫、危なくないように気をつけるから」

 ヘレーネが決して考えを改めないことを悟ったのか、シャインは諦めたように口を離した。

「ありがとう……お願いね」

 窓を開けると、シャインは軽やかに木に飛び移り、危なげなく地面に降りる。

 こちらを見上げて「ニャア」と一鳴きした後、走り去るシャインを見送り、ヘレーネもまた部屋を後にした。





「死ね悪魔! セーラティア様の名のもとに、貴様を断罪する!!」

「くそっ……この頭のイカれた狂信者がっ」

 マーロンが放つ無数の光の矢をラインハルトは避けるか、剣で弾くか、闇属性以外の魔術で撃ち落としていく。

 端から見れば膠着状態とも言えるそれは、実際のところ自分が不利であることにラインハルトは気づいていた。

 恐らく、マーロンは武術に関しては完全な門外漢なのだろう。だが、あの白い弓の存在が素人を恐ろしい追跡者にしている。

 本来、弓というのは相手との身体能力の差を埋めるのに優れている反面、使うには長い訓練が必要な武器だ。それなのに、マーロンはそれなりに使えているのを見るに使い手を補整する機能でもついていると見ていいだろう。

 それに、闇属性の魔術は全て無効化されてしまう上に、弦を引くだけで光の矢が形成され、いくらでも連射できるのが非常に厄介だ。

(とにかく時間を稼いで、あの男が隙を見せたところを狙うしかない)

 だからその為にもできれば外に連れ出したい。隠れる場所や遮蔽物の少ない屋敷の中ではいい的だ。

 それに、ここにはヘレーネがいる。

(いっそ窓から飛び出すか? 幸い、ここは一階だ……しかし、あの男を目の前に一瞬でも無防備になるのは避けたい……一瞬でいい。なんとか目を逸らす方法を……)

 そう思考を動かしていたからか、迫り来る矢に反応が遅れた。

 とっさに躱すも、矢は足をかする。そう、かすっただけだ。

「あ、ああああああ!!」

 それなのにまるで足がえぐられたのかと錯覚するほどの痛みが襲い、思わず膝をついてしまう。

「しまっ!」

 顔をあげるとマーロンがこちらに狙いを定めているのが見えた。

「おしまいだ」

 絶好の好機にマーロンは口端を釣り上げる。

 ああ、これはきっと神が自分に授けた奇跡に違いない。やはり自分には神の加護が付いているのだ。

「見ていてくださいセーラティア様! このマーロンが貴方の使命を果たすところを!!」

 ラインハルトが立て直そうとするも、もう遅い。

 自分の勝利を確信してマーロンは弦から指を離した。

(……ヘレーネ)

 ラインハルトの脳裏に自分の手で閉じ込められているのにそれでも「愛している」と囁く少女の顔が浮かぶ。

 会いたい。

 死が目前まで迫っている状況で、そんなことを思った。

 そしてその願いは叶う。最悪な形で。


「ラインハルト様!」


 突然、何かが自分と矢の間に入り込んだ。

 それが何なのか、誰なのか気づいたラインハルトは衝動的に手を伸ばす。

 だが、その手は届くより前に、光の矢が彼女の体に突き刺さった。

「ヘレーネェ!!」

「あ、ぐぅ……」

 倒れ込むその体をラインハルトは間一髪で受け止める。

「な……な……」

 自分の放った矢が少女に刺さったことに対し、マーロンは狼狽し、体をわなわなと震わせた。

 しかし、それは決して罪悪感などではない。

「なんてことを、私の、神に選ばれた私の、崇高な使命の邪魔を……セーラティア様がくださった機会を……この、この、薄汚い売女め! 悪魔に足を開く魔女め!」

 セーラティアは素晴らしく、彼女が与えたもうた使命も素晴らしい。故にそんな使命を与えられた自分も素晴らしい。

 そんな思考に陥っているマーロンにとって自分の邪魔をしたヘレーネは許されざる存在だった。

 この女も殺さねばならない。

 迷わずヘレーネに弓引くマーロンだったが、彼は怒りのあまりラインハルトから意識を外していた。

 だから彼がこちらに何かを投げたことに気づくのが遅れた。

「うわっ!」

 投擲された剣に気づいたマーロンはとっさに身をよじる。

 その隙にラインハルトはヘレーネを抱え、窓硝子を割って飛び出す。そして、森の奥へとひたすらに逃げた。

「ヘレーネ、死ぬな……死なないでくれ」

 夜はまだ始まったばかりである。

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