第四十話 静寂の中に
4/4 四十話以降を書き換えました。
古いものは活動報告とブログに載せます。
冬休みが始まり、多くの生徒が学園から出ていくことになる。
だからその前に、学友たちとの別れを惜しんだり、冬休みの予定で盛り上がったり、親睦を深めていた。
ヘレーネとエリカもその中にいる。
「手紙、絶対に出すから返事ちょうだいね?」
「ええ、エリカさんも」
冬休み中、ヘレーネはラインハルトの屋敷で、エリカは学園で過ごすことになっており、二人がまた顔を合わせるのは冬休みが明けてからになるだろう。
でも、あんまりしんみりしたくなくて、エリカは明るい話題を口にする。
「それにしても王都の神輝祭ってどんな風なんだろう」
「いろんな飾り付けがされててとても綺麗でしたよ。夏のお祭りとは違う趣があるというか」
「へえ、そうなんだ」
エリカはまだ見ぬ光景に、ヘレーネは去年見た景色にそれぞれ思いを馳せた。
「あ、そういえば貴族の人も神輝祭ではパーティーを開いたり、御馳走を食べたりするんでしょう? ヘレーネちゃんもラインハルトさんとそんな風に過ごすの?」
そう質問すると、どうしてだかヘレーネの顔が暗くなる。正確にはラインハルトの名前が出た時だ。
まさかそんな反応されるとは思わず、エリカも戸惑う。
「エリカさん、実は相談が……」
「相談?」
「ええ、最近ラインハルト様の様子がおかしいんです」
「おかしい?」
勉強を教えてもらわなくなってからは没交渉となっているとはいえ、同じ学舎で過ごしていれば見かけることぐらいはある。少なくとも変わった様子は見られなかったが、彼と親密なヘレーネには感じるものがあったのだろう。
詳しく聞こうとしたエリカだったが、それは叶わなかった。
渦中の人がヘレーネを迎えに来たからだ。
「ヘレーネ」
周囲に人はたくさんいるのに、その声ははっきりと二人の耳に届いた。
「あ、ラインハルト様」
「こ、こんにちは」
先ほどまでの会話が会話なだけに二人はややぎこちなく彼と応対するも、ラインハルトはそれを気にする様子もなくヘレーネの傍による。
「馬車の用意ができた。行くぞ」
「は、はい。それじゃあ、エリカさん、またね」
「うん、元気でね!」
慌ただしく別れの挨拶を済ませたヘレーネは先を行くラインハルトを追いかけて行く。
それを見送りつつ、エリカはヘレーネの言った言葉を少しだけ理解する。
普段のラインハルトであれば、ヘレーネと一緒にいた自分に挨拶ぐらいはするはず。それなのにさっきはまるでエリカの存在が無いものかのように無視をした。
(なんだか……嫌な予感がする)
早く手紙を書いて詳しい事情を聞こうと決めたエリカだったが、いくら待っても返事がくることはなかった。
「…………」
馬車に揺られるヘレーネとラインハルトだったが、二人の間に会話はなく、沈黙だけが広がっていた。
ヘレーネはこっそり連れ込んだシャインを撫でつつ横目でラインハルトの様子を伺うも彼は馬車の外を眺めていて、どんな顔をしているのかわからない。
「あ、の……ラインハルト様」
「……何だ?」
意を決して声をかけるも、返ってくる言葉はなんとなく冷たくてそれだけでヘレーネの心は挫きそうになる。
それでも引いては駄目だと思い、頑張って言葉を続ける。
「え、えっと、その……き、今日はいい天気ですね?」
「ああ」
「あし、明日も、いい天気でしょうか?」
「さあな」
「そ、そうですよね、わかりませんよね……えっと」
「ヘレーネ」
「は、はいっ!」
「少し静かにしていろ」
「……はい」
顔を俯けるヘレーネを慰めるようにシャインが指先を舐める。その愛らしさに目を細めて首元を軽くくすぐるとシャインは気持ちよさそうに鳴いた。
あの日、ヘレーネが婚約を断ってからずっとラインハルトは素っ気なく、その上、決してヘレーネと目を合わせようとしない。
それに関しては、しょうがないと思っている。彼の気遣いを無下にしたのだから、嫌われるのも当然のことだ。
けれど、それだけならヘレーネはエリカに相談しようとしなかっただろう。
上手く言えないが、あれ以来彼の雰囲気が危うい物になったように感じるのだ。まるで自らの足で破滅の道を歩んでいるかのような。
それが、ヘレーネにはとても心配だった。
(……ラインハルト様)
自分が嫌われるだけならそれで構わない。冷たくされても素気無くされても、ラインハルトが幸せならそれでいい。
だけど、ラインハルトが不幸になるというのなら、それはなんとしてでも防がなければいけない。
(なんとかしなきゃ……)
本来ならもっと早くから行動に起こすべきだったが、あの日以来ラインハルトと過ごす時間はほとんどなかった。近づこうにも忙しさを理由に遠ざけられていたのだ。
だが、幸いに今日から冬休み。時間はたくさんある。
自分に何ができるかはわからないが、それでもできる限りのことをするしかない。
やがてラインハルトの屋敷に到着し、下車した二人は荷物を持って中に入った。
まだ数か月しか過ごしていないが、この屋敷にはすでに生家以上に愛着が芽生えていて帰ってくるとほっとしたような気持になる。
とりあえず自分の部屋に荷物を持っていこうとしたヘレーネだったが、歩き出すより先に世界が歪んだ。
(あ、れ……?)
突然の目眩。
そのまま体は傾き、床に倒れそうになったところを支えられる。
「……すまない」
誰かからの謝罪。それは紛れもなくラインハルトのものだった。
けれど、どうしてだろう。何故だか、その声は泣いているように感じた。
(ん、ん……?)
どれくらい時間がたっただろうか。ヘレーネの意識が浮上する。
(あ、そうか……私、急に目眩がして)
温かくて柔らかい感触がするに、自分が寝かされているのはベッドだろう。
(どうしたんだろう……疲れていたのかな?)
自覚していなかったが、もしかしたら体調を崩していたのかもしれない。
とにかく、自分がここにいるということは、ラインハルトが自分を運んでくれたということだ。
早く起きてお礼を言わなくては。
そう思って起き上がろうとしたヘレーネだったが、なぜかその体は全く動かない。目蓋すら開かない。
(あ、あれ? え? どうして!?)
いくら力を入れようとしても、僅かにも動かない体。異常事態に狼狽する彼女の耳に、近づいてくる足音が聞こえた。
「……ヘレーネ」
(ラインハルト様!)
愛しい人の存在にヘレーネは安堵を覚える。彼が傍にいる。それだけでとても心強い。
どうにかして自分の状況を伝えなければと思ったヘレーネだったが、その必要はなかった。
「体、動かないのだろう」
(え……)
あまりにも正確に自分の状態を言い当てられ、ヘレーネは驚愕を感じる。
「それはそうだ。俺がそうしたのだからな」
呟くように、囁くように告げられた言葉。
どうして、と問いかけたくとも口を開くことすらできず、ヘレーネは戸惑うばかりだ。
「……大丈夫だ。そのうち、少しの間だけなら動けるようにしてやる」
そう言って、足音は遠ざかる。
「仕事を片付けてくる……終わったら、また来る」
(ラインハルト様……待ってください、ラインハルト様!)
いくら引き止めようともそれは声にならず、やがて扉が閉まる音と共にヘレーネは静寂に取り残された。




