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第四話 第三図書室

(私は、どうしてこんなに馬鹿なんだろう……)


 黒板をノートに写しつつ、ヘレーネは内心うなだれていた。

 昨日、ラインハルトと別れた後の彼女は熱に浮かされたまま戻らず、一晩寝てもなお治まりそうになかった。

 だが、授業中ふと思ったのだ。そういえば、結局お礼ができていない、と。さらに言えば、あの時の自分は結構しつこかったような気がする、とも。

(せめて、せめてもう少しぐらい仲良くなっておかないと……)

 少なくともクラスメイトを紹介できるぐらいの距離までは近づいていないといけない。一年前、迷子になって道案内をしたらお礼をさせてくれとしつこく言ってきたけどその後なんの接点もなかった少女が突然クラスメイトを紹介してきた、なんてさすがに無いとヘレーネにもわかる。

 目標は、廊下で会ったら挨拶ぐらいはするし世間話もたまにする仲、である。高望みはいけない。現実を見なくては。

 では、どうやってそこまでの関係になればいいのか。

(……駄目だわ。どうしたらいいのかさっぱりわからない……)

 存在感をなくして空気のようになる方法はわかっても、人との距離を詰める方法なんてわからないヘレーネだ。当然いい案も浮かばない。

(やっぱり、『アレ』頼みだわ……)

 『アレ』

 いかにも秘策っぽい表現であるが、『本』のことである。要は、コミュニケーションに関する本を読んで学んでラインハルトとの距離を縮めようということなのだ。


 授業が終わった彼女は早速図書室に足を向けた。

 この学園には三つの図書室がある。

 そのどれもが広い面積を誇っているのだが、第一図書室がもっとも広く所蔵数も多い上に教室や寮からでも使い勝手のいいところにある。さらに名作傑作と呼ばれる書物も網羅していることから一番人気が高い。

 第二図書室は高度な学術書や様々な研究資料、最新の論文など専門的な書物が集められていて勉強したい者や将来の目標がはっきりしている者などが使っている。

 それに比べて、第三図書室は他二つに比べると狭く、並んでいる本も古いものや状態が悪くなったもの、人気がないものばかりで全体的に埃っぽくてカビ臭い。それ故に訪れる者も少ない。というか、ほぼいない。

 ヘレーネが向かったのはそんな第三図書室だ。理由は簡単。そこなら人の目を気にせずにすむからである。これから人と仲良くなる術を学ぼうというのになんとも情けない理由であるが、実家の事であれこれ言われている彼女はただ目線がこちらに向いてたり、ひそひそと話しているだけでまた自分のことかと勘ぐってしまう程度には被害妄想が酷くなっていて、人が大勢いるところでは一時も気が休まらなくなっていたのだ。

 足を踏み入れた第三図書室は日中にも関わらず、どことなく薄暗い。利用者がいないことは予想していたが、司書の姿さえも見えずこれなら盗むことも簡単にできてしまうだろうなとヘレーネは思った。おそらく、この部屋になくなって困るような本はないのだろう。

 ヘレーネは図書室を見て回り、目的の分野の本を見つけると何冊か抜いて、図書室の奥まったところにある人には気づかれにくい席に座り読み始めた。

 手にとった本にはそれぞれ『失敗しない人付き合い』『親友の作り方』『これであなたも人気者』など、なんともわかりやすい題名がつけられている。そして、出版からそれなりの年数が経っているのにやけに綺麗なままのその本にはありきたりというか、定番なことが書かれていた。

 著者曰く、待ってるだけでは駄目、自分から行動しましょう。人に心を開いてもらうには自分から心を開きましょう。周りの人皆に優しくしましょう。いつも明るく、笑顔でいましょう。

 こんなことヘレーネだってわかってる。わかっていてもできないから困っているのだ。

 ヘレーネはため息をついて本を閉じた。実のところ、ヘレーネだって本を読んだぐらいで社交性が身につくとは思っていない。むしろそれだけで身につくのなら、前世では多くの友人ができていただろう。しかしヘレーネには他に手段が思いつかない。彼女にもう少し行動力というか積極性でもあればとりあえずラインハルトと接触を試みてみようとするのだろうが、彼女の体は椅子に座ったままである。

 それからしばらくうだうだと考え込んでいたヘレーネであったが、それにも気が滅入ってきた為、気分転換に本を読むことにした。勿論、机に積み上がっているものとは別の本だ。

 近くの本棚に目を向けて、興味が惹かれた一冊を手に取る。それはこの世界に伝わる神話に関する本だった。


 今よりずっとずっと昔、まだこの国が生まれる前、世界は滅びに瀕していた。

 不吉なる赤い星が堕ちて、そこから悪魔たちが流れ込んできたのだ。

 人々は為すすべなく殺されていったが、これに心を痛めた神はこの地に住まう二人の兄妹に自らの力を分け与え、人々を守り導くように命じた。

 闇の力を与えられた兄の名はジードガルマ。光の力を与えられた妹の名はセーラティア。

 半神となった二人はその力をもって悪魔を滅し、争いを終結させることに成功したが、いざ世界を治める段階になった際、問題が起きた。

 セーラティアが慈愛をもって人々を導こうとしたのに対し、ジードガルマは力で人々を支配しようとしたのだ。二人は反発し合い、血を分けた肉親でありながら激しくぶつかった。そして、激闘の末セーラティアが戦いを制したのだ。これによりジードガルマは姿を消し、セーラティアの治世が始まった。


 この国に住むものなら小さな子供でも知っている神話であり、それを記す本も山ほどある。おそらくこの本もその内の一つなのだろう。本の傷み具合からみて、内容が酷いのではなく、むしろ多くの人に読まれた為にここに置かれているようだ。

 他にもいくつか神話が載っており、ヘレーネは気づけば夢中で読み込んでいた。

 本は良い。夢中になっている間は人の顔色を気にせずにすむし、独りであることを忘れられる。

 前世でも今世でも読書は彼女にとって心やすまる時間で、ふと顔を上げると窓から見える空は橙色に染まっていた。

(あ、もうこんな時間……)

 何の成果も得られなかったが、とりあえず今日のところはもう帰ろう。そう考えていると彼女の耳に足音が聞こえた。

 自分以外の存在を感じ取り、ヘレーネは体を強張らせる。

 自分を知らない相手ならいいが、知っている者なら彼女を見れば眉をひそめるなりして不快感を見せてくるかもしれない。

 とにかくここは気づかれぬよう息を潜めてやり過ごそうとしていると、その足音は次第に遠くなり、椅子を引く音がしたと思えばそのまま聞こえなくなった。どうやらどこかの席についたみたいだ。

 このままこっそり部屋から出ようと思ったヘレーネだったが、ふと好奇心が芽生える。

(一体誰がこんな場所を利用しているのかしら……)

 完全に自分のことを棚に上げてそんなことを思ったヘレーネはこっそりとその人物を伺うことにした。

 そっと、気づかれないように足音をたてないように探すと、これまた奥まったヘレーネと同じように人目がつかないような席に座っている人物を発見した。

 背中しか見えないが、彼女はそれが誰なのか理解し目を見開く。

(ら、ラインハルト様っ!)

 驚いた。まさか、彼のような人がこんな暗くてカビ臭いところにいるなんて。

 ヘレーネの胸は高鳴るが、先日の失態がある為声をかける気にはなれない。

 ラインハルトはヘレーネの存在に気づいていないようで読んでいる本から目を離さない。彼女はその背中を少しの間見つめていたが、音をたてないようにそっと立ち去った。

(ラインハルト様もあそこ使うことがあるんだ)

 廊下を歩く彼女の足取りはいつもより軽い。好きな人と自分の些細な共通点を見つけて気分が高揚しているのだ。

 前からラインハルトはいくら探しても見つからないことはあったが、そういう時は第三図書室を使っていたのかもしれない。多分一人になりたかったのだろう。ゲームにおけるラインハルトも社交性はあるが、本来は一人でいることを好む人物だった。

 だとすれば、やはりあそこでラインハルトと接触するのは止めておいたほうがいい。

 せっかく一人で過ごせる憩いの場を壊したくないということと、彼女自身も本をよく読む身として読書を邪魔されたら嫌だろうと思ったのだ。

(それにしても、ラインハルト様はどんな本を読んでいらっしゃるんだろう?)

 なんとなくイメージとしては伝記、歴史や、政治、経済などの学術書などを読んでいるような気がする。その反面、心温まる感動物や甘く切ない恋愛小説は読むどころか手にとっているのも想像つかない。

 逆にヘレーネはそういった話が好きである。例えどんなにありきたりで陳腐でご都合主義であろうとラストは皆が幸せになるようなそういうリアリティのない話が大好きなのだ。

 だから、ラインハルトとは本の趣味が合わないような気がする。

(ラインハルト様が読んだ本、私も読んでみたい……)

 それでも、それが「ラインハルトが読んだ本」なのであれば、ぜひ読んでみたいと思うのは恋をしている少女として当たり前の感覚だった。

 不意にヘレーネの足は立ち止まる。

(そうだ……ラインハルト様の読んでいる本を読めば、きっとラインハルト様の事を少しでも知ることが出来る。そうすれば、ラインハルト様と会話する糸口も見つかるかもしれない)

 それはとても良い考えに思えた。

 本を借りる時は本についている貸出カードに名前を書かなければいけない。それを地道に探していけばきっとラインハルトの名前も見つかるに違いない。

 ヘレーネはそう確信している。

 ラインハルトが本を借りていない、あるいは図書室についた時に自分が思ったように勝手に持ち出している可能性があることに全く気づかぬまま、我ながらいい考えだと珍しく自画自賛しながら彼女は寮に向かったのだった。


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