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第三十四話 ペンダント

「へレーネちゃん、誕生日おめでとう」

「ありがとう、エリカさん」

 エリカから手渡された可愛い包装用紙に包まれた箱をヘレーネは笑顔で受け取る。

 今日はこの学園に来てから二度目になるヘレーネの誕生日なのだ。こうして自分の誕生日を祝ってくれる人は二人目になる。

「中身はね、可愛い髪飾りなんだ。気に入ってくれると嬉しいな」

「そうなんですか? 楽しみです」

 普段、ヘレーネの髪を結っているのはシンプルな黒いリボンである。特にこだわりはなく、昔から使っているから今もなんとなく使っているだけなのだが、これを機にもっとおしゃれに気を使ってみるのもいいかもしれない。

(まさか、ラインハルト様以外からもこうして祝ってもらえるだなんて、去年からは想像もできなかったな)

 こうして誰かにおめでとうと言ってもらえるのは本当に嬉しいことだ。エリカの誕生日にはぜひ自分も良いプレゼントを用意しよう。それで卒業後もこうしてプレゼントを渡し合えたらどんなにいいだろう。

「ラインハルトさんからはこの後約束してるんだっけ?」

「はい。一緒に食事へ行こうと誘われているんです」

「へえ、よかったね。楽しんでおいでよ」

「はい!」

 エリカに見送られながらヘレーネはラインハルトとの待ち合わせ場所に急いだ。勿論、エリカからもらったプレゼントは大事にバッグにしまっておく。

 しかし、慌てていたヘレーネは曲がり角に差し掛かった時、誰かとぶつかりそうになってしまう。

「あ、ごめんなさい……あっ」

 謝罪したヘレーネだったが、相手の顔を見て思わず固まる。そこにいたのはカトリーヌだったのだ。

「……どこ見てるのです」

 カトリーヌは親の敵を見るような眼差しでヘレーネを睨みつけた。

「ご、ごめんなさい。その、失礼します」

 ヘレーネは何度も頭を下げその場から逃げるように走る。だが、彼女の突き刺すような視線はずっと背中から感じた。




 待ち合わせ場所につくとラインハルトはすでにそこで待っていた。

「ごめんなさい。遅くなりました」

「いや、俺もさっき来たところだ」

 肩で息をするヘレーネを落ち着かせるように微笑む。

「エリカ君から何かもらったのか?」

「はい、まだ中は見ていないんですけど、髪飾りだそうです」

 嬉しそうにバッグからプレゼントを見せるヘレーネにラインハルトは「よかったな」と言った。

「それじゃあ、行くか」

「はい」

 二人は連れだって街へ出る。こうして二人が街にでかけるのは去年の夏祭り以来だ。

「どこに食べに行くんですか? 去年、行ったところですか?」

 嫌でも高まる胸を抑えながらヘレーネは問いかける。

「いや、そことは別だ。あと、そこに行く前に寄っていく場所がある。来てくれるか?」

「はい」

 一体どこに行くのだろう?

 不思議に思いながらもヘレーネはラインハルトの後をついていった。




「ここ、ですか?」

「ああ」

 ついたのは高級感漂う服飾店であった。店先からして上品な佇まいをしていて、生まれは貴族でも性根は庶民のヘレーネにはいささか敷居の高い店であった。

 緊張気味にラインハルトと一緒に入ると、店員が二人に近寄る。

「いらっしゃいませ」

「予約していたラインハルト・カルヴァルスだ」

「はい。ご用件は承っております。こちらへ」

 店員に案内されたのは店の奥にある個室だった。そこにはいくつもドレスやアクセサリーが並んでおり、そのどれもが美しく、可憐でヘレーネは思わず目を奪われる。

「彼女を頼む」

「はい、かしこまりました」

「へ?」

 ラインハルトが室内にいた女性店員に告げると、彼女はヘレーネを鏡の前まで案内する。戸惑うヘレーネがラインハルトを見ても、彼は微笑むだけだった。

「ら、ラインハルト様?」

「いいから、大人しくしていろ」

 女性店員は室内にあるドレスからヘレーネに似合いそうなものをいくつか選んで持ってくる。

「お客様は好きな色などはございますか?」

「え? いえ、特には……」

「では、どういったドレスがお好みでしょうか?」

「え、えっと……」

 並べられるドレスはどれも素敵でその中から一つを選ぶなんてできそうにない。

「これとこれと、あとこれのもっと色の明るいものはあるか?」

 困惑するヘレーネの代わりにラインハルトが口を出す。

「はい、すぐご用意いたします」

 女性店員が一度室外に出るとヘレーネはラインハルトに詰め寄った。

「ラインハルト様っあの、このドレスは?」

「ああ、実はこれから食事に行くところはドレスコードがあるんだ。だからここで服を買っていく」

「そ、そんな、お金はっ……」

「心配するな。これぐらいは俺が出す」

「い、いえ、そういうわけには」

「君はろくにドレスを持っていないだろう。貴族として社交に出るには絶対に必要なものだ。いい機会だからいくつか買っておこう」

「でも……」

「今日は君の誕生日なんだ。これぐらい受け取っておけ」

 そう言われながらもヘレーネには受け入れがたく、だけれど彼女には自分で出せる金銭などない。

「どうしても気になるようなら、少しでも多く勉強して早く仕事を手伝ってくれないか」

「……はい、ありがとうございます」

 それから女性店員が戻ってきて、ドレスをいろいろ選んだ後アクセサリーや靴も購入し、ラインハルトも頼んでおいた服に着替え、二人は店をでた。


「大丈夫か? 歩きにくくないか?」

「はい、大丈夫です」

 履きなれない靴で歩いているのに足がもつれないのはラインハルトが彼女に合わせてゆっくり歩いているからだ。それにヘレーネたちが着ていた服はそのまま学園に持って行ってもらえるらしいので手荷物がほとんどないのも一因だろう。

 二人の目的地であるレストランは服飾店からそう離れていない場所にあり、そこは以前二人で食事した場所よりも格式高く、ヘレーネは服飾店の時以上の緊張を感じてしまった。

 ラインハルトはここでも予約を入れていたらしく、二人が特に待たされることなく案内されたのは夜景の美しい個室である。

 ここはコース料理を出すお店のようで、椅子に座って待っているとどんどん料理が運ばれてきた。美しく盛り付けられたそれらは、勿論のごとく味も素晴らしい。

「味はどうだ? 口に合えばいいんだが」

「とてもおいしいです」

「そうか。よかった」

 ラインハルトと二人きりで美しい夜景を見ながらおいしい食事に舌鼓を打つ。なんて素敵な時間なのだろう。

 噛み締めるように食事をすすめるヘレーネだったが、時間はあっという間に過ぎてしまい、ついにデザートがでてきて、もうすぐこの時間が終わることを告げていた。

「ヘレーネ」

 頃合いを見てラインハルトはこっそり持っておいた箱を渡す。

「誕生日おめでとう」

「え、あ、ありがとうございます」

 それを受け取ったヘレーネは驚いた。ドレスやこの食事が誕生日プレゼントだと思っていたからだ。

「開けてごらん」

 ラインハルトに促されるまま箱を開けてみるとそこにはペンダントが入っていた。花がモチーフになっているそれは中央に美しい宝石が飾られていて、ヘレーネ好みのデザインである。

「うわぁ、綺麗ですね」

「気に入ったか?」

「はい!」

 ラインハルトは椅子から立ち上がるとヘレーネの後ろに回り、そのペンダントを彼女の首につけた。

「うん、とてもよく似合っている」

「あ、ありがとう、ございます」

 ラインハルトとの距離が近く、顔が赤くなるのを感じたヘレーネは気づかれぬように顔をそっとうつむける。それに気づかぬふりをして、ラインハルトは囁く。

「このペンダントは、一見すると普通のアクセサリーなんだが、実際は魔具なんだ」

「魔具?」

「ああ。これでも、性能もいいらしい」

「へえ、すごいですね」

 ヘレーネはペンダントを手に取りまじまじと見つめる。それを見下ろしながら、ラインハルトは目を細めた。

 彼がこれをプレゼントした理由は、ヘレーネがもうすでに学ぶ必要のない魔術を未だにこっそりと練習しつつも、失敗しているのを目撃したからだ。上手くいかず肩を落とす彼女をシャインの瞳越しに見て、新しい魔具を贈ることを決めたのはいいものの、中々これだと思えるものが見つからず、職人に依頼して一から作らせたことは言うつもりはない。

「今度それを使って魔術を見せてくれ」

「はいっ」

 ヘレーネは頬を赤らめながら嬉しそうに微笑む。それをみて、ラインハルトの胸に言葉にできない感情が沸き上がったが、それが何なのかわからずグッと押し込める。

 一方のヘレーネはこの夢のようなひと時を満喫しつつ、こんなに幸せでいいのだろうかと割と真剣に悩んでいた。

(もしかして私、来世分の幸せまで使い込んでるんじゃないかしら……)

 そうだったとしてもおかしくないぐらい、今がとても幸せなのだ。そしてこの幸せは、ラインハルトによってもたらされたものである。

(この幸せの十分の一でも、私はラインハルト様に返せているのかな?)

 どう考えても返せていない。これは服飾店でも言われたように少しでも早くラインハルトの仕事を手伝えるようにならねばならないだろう。

「さて、そろそろ帰るか」

「はい……あの、ラインハルト様」

「ん? なんだ?」

「今日は本当にありがとうございました。私、もっと勉強を頑張ります」

「ああ、だが無理はしないようにな」

「はい」

 ラインハルトは今日にでも結婚のことを話そうかとも思っていたが、ヘレーネの様子を見て取りやめる。こんなに嬉しそうにしているのに水を差すような真似はしたくないと思ったのだ。彼女がこの話を喜ぶとは限らないのだから。

(……まあ、仮に嫌がったとしても、彼女には受け入れてもらうしかないのだがな)

 そんなことを考えているとヘレーネが「どうかしましたか?」と質問してきたので、なんでもないと笑ってごまかした。

 こうして、ヘレーネにとって至福の一日は終わったのだ。


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