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第三十一話 エリカとシリウスの事情

 エリカが医者を目指すきっかけとなったのは、数年前、まだ彼女が九歳だった時の話だ。

 あの時、彼女は両親と一緒に故郷とは遠く離れた街に観光へ来ていた。

 そこでは何もかもが目新しく、幼い彼女は目を輝かせていたのだが周りの物に気をとられすぎて、気が付けば両親とはぐれてしまった。

 右を見ても左を見ても見知らぬ建物と人ばかり。幼い彼女が泣いてしまったのは無理もないことだろう。

 そんな彼女に声をかけたのは一人の男である。彼は言った。

「可哀想に、一緒に親を探してあげよう」

 男はエリカの手を引いたがそのあまりの強さに痛みを覚え、彼女は咄嗟に振り払おうとしてもできなかった。

 ずるずると人通りの少ない路地裏に連れていかれた彼女は迷子になった時以上の恐怖心を覚え、大きな声で助けを呼んだ。しかしそれは男の手で容易に塞がれてしまう。

(たすけて、だれか……!)

 その時、大きな声が響いた。

「その子をはなせ!!」

 やってきたのはエリカと同じぐらいの少年だった。少年は手に持った棒で果敢に男へ挑むが、子供の力ではびくともしない。男が煩わし気に少年を足蹴りすると、少年の小さな体は吹っ飛んでしまう。

 それでも少年は諦めず、なんとかエリカを救おうとした。けれど、少年は立ち上がるたびにボロボロになっていく。

 それを見ていたエリカは少年に逃げてほしかったけれど、どうすることもできなかった。

 幸いなことに、騒ぎを聞きつけてきた大人のおかげで二人は助かり、男は捕まった。幸い少年は命の別状はなかったものの、怪我がひどく、骨折もしていた為に入院することになったという。

 少年は身をていしてでもエリカを助けようとしてくれたのに、そんな彼に何もできないのがエリカには悲しかった。もし今度、あの少年と出会ったら今度は自分が少年を助けたい。怪我や病気を治してあげたい。そう強く思った。

 色褪せながらも、エリカにとって大切な記憶だ。




 エリカは学園の中庭にあるベンチに腰掛け、手紙を読んでいた。それは彼女の友人であるヘレーネから送られてきたもので、それを読み進める彼女の表情は穏やかである。

(よかった、元気そうで……)

 彼女の両親が逮捕されたと聞いた時はどうなることかと思ったが、ラインハルトのおかげで大事には至っていないらしい。

 それに安堵していたが、物音がして顔を上げるとそこには見知った人物がいた。

「よう」

「……こんにちは」

 そこにいたのはシリウスだった。

 エリカと彼はクラスメイトで、授業でたまに同じグループになるし、そこそこ挨拶もするが、仲が良いかといわれるとそうでもない。しかし、険悪な仲というわけでもないので、どうしようかとエリカが悩んでいるとシリウスが先に口を開いた。

「その手紙、もしかしてヘレーネからか?」

「そうだけど……」

「どうなんだ? 大丈夫そうなのか?」

「うん、ラインハルトさんがいろいろ助けてくれてるみたいだよ」

「そっか、そりゃよかった」

 そのままシリウスは去るものと思ったが、意外なことに彼はエリカに近づいた。

「あんたは実家に帰らなかったのか? ほとんどの生徒は帰郷してるのに」

「そっちだって学園に残ってるじゃない」

「騎士になるには鍛練が欠かせないんだ。戻ってる暇なんてない」

 そういってシリウスは手に持っていた木刀を見せた。

「……私は、また魔力の暴走が起きたら不安だから……」

「魔力の暴走って、また起こりそうなのか?」

「ううん、ユージーン先生はそうそう起こらないって」

 ユージーン曰く、エリカの魔力は多すぎるらしい。魔力が急激に増幅したことにより本人の許容範囲を超え、外に漏れ出てしまったのが暴走の原因だというのだ。

 だから、今のように適度に外に放出していれば、暴走はそう起きないとは言われた。しかし、可能性はゼロではない。

「だったら、そんなに不安がらなくていいだろ」

「でも、二回目がないなんて保障はないじゃない」

 またあんなことが起きたら、そう思うとエリカの体は震えてしまう。

 あの日は、少し体の具合が悪かった。体が熱っぽくて眩暈を感じたものの、休むほどではないと感じたので学校に行った。ところが、体の熱はどんどんと高くなり、意識が朦朧としていき、それに気づいた友人が「どうしたの? 大丈夫?」と声をかけてきた時にはもう返事ができなくなっていた。そして、頭が真っ白になり、気づいたとき目の前に広がる光景は滅茶苦茶になった教室と倒れている友人の姿。

 もうあんなことは御免である。

 どうして魔力が増えたのか未だにわからない。魔力が増えるということ自体はある。しかしそれは、長い時間をかけて徐々に上昇するものであり、その量がいきなり変わるなんて、そんな現象は確認されていない。それがまた不安をより深くさせた。

「周りから距離をとろうとしてたのもそれが原因なのか?」

「……うん」

 また誰かを傷つけるのが怖くて、あんな思いをするぐらいなら誰かと仲良くなるのは止めようと思っていた。

 だけれど、やっぱり独りは寂しくて、辛くて。そんな中、周囲から遠巻きにされているのに声をかけてもらった時、本当に嬉しかった。もしかしたら、ヘレーネは噂のことを知らなかったのかもしれない。でもそのことを知った後でも、態度を変えなかった。

「シリウスは、その、怖くないの? 私の事……」

「別に、そんなこと思わない」

 きっぱりとシリウスは言い切る。

「次の瞬間にもまた魔力の暴走が起こるかもしれないのに?」

「そうしたら先生に知らせに行く」

「そこは自分がどうにかするって言うところじゃないの?」

「俺より先生の方が安全だろう」

「確かに」

 シリウスは魔術よりも武術を得手としている。そうでなくとも、魔力の暴走に対処できる者なんて限られているのだから、シリウスの言うことは実に正しい。

「実を言うとな、一度あんたとは話してみたいって思ってたんだ」

「へえ、どうして?」

「あんた、医者を目指してるんだろう?」

 一瞬、どうして知っているのかと思ったが、そういえば授業中にその話をしたことがあった。その時のことを覚えていたのだろうか。

「よく知ってるね。美術の授業の時、聞いてた?」

「まあ、たまたま耳に入ってたんだ。治癒術を修めるだけでも大変だろうに、医者の勉強までするんだから、立派だなって思ってな」

「あ、ありがとう」

 そう真っすぐに褒められると、エリカはなんだか照れくさくなってしまう。

「だけど、俺はあんまり人付き合いが上手くないから、なかなか自分から話しかけにくくてな。だから、今日あんたを見かけた時はいい機会だと思ったんだ」

「そ、そう」

「うん、それじゃあ。俺は鍛錬があるから」

「あ……」

 引き止める間もなくシリウスは去ってしまった。

(……もう少し、話していけばいいのに)

 夏休み中にまた話せる機会があるだろうかとエリカはシリウスが去っていったほうを見つめる。


 エリカは知らない。自分を庇ってくれた少年が、この時エリカを守れなかった悔しさから騎士を目指したことを。そしてそれが今まで話していたシリウスだということも。

 シリウスもまた、あの時の少女がエリカだと気づいていない。

 二人がお互いの本当の出会いを知るのは、もっとずっと先のことである。


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