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第三話 再会

 多くの生徒で賑わう教室でヘレーネは一人本を読んでいた。

 入学式から翌日、すでに友人関係になっている者がいる中で、ヘレーネはこの教室に入ってから誰とも口を利いていない。いや、教室に入ってからではなく朝起きてからずっと、である。

 自分が早くも孤立への道を歩んでいることはわかっているが、人付き合いが苦手なのは前世から引き続いているのでそう易々とは変えられそうにない。

「……ボルジアン家の……」

「あれが……」

 不意に聞こえた声にヘレーネの体は強張った。出来る限り周囲の声を聞かないように本に集中しようとするも、目は紙の上を滑るばかりだ。

 ボルジアン家が不正を働いていることは知られていない。しかし、その素行から両親は悪い意味で有名なのだ。

 そういうわけなので、貴族のクラスメイト達がヘレーネに向ける視線は冷ややかなものである。

 この視線に三年耐えなければいけないところを、一年ちょっとの我慢で済むのだから楽なものだと自虐的な言葉でヘレーネは自分を慰めた。

 そういえばゲームの中のヘレーネは腰巾着というか、取り巻きを何人も抱えていたことを思い出す。ということは、ゲーム内では姑息な小悪党でしかなかったが、対人スキルは今の自分とは比べ物にならないほど高かったということになる。例えそれが権力に物を言わせた関係だとしても、人と会話するだけでも一杯一杯な自分には羨ましい限りだ。

(それにしても……ゲームのヘレーネにできたことができないってことは……私は、ゲームのヘレーネ以下…………)

 表情一つ変えず静かにヘレーネが落ち込んでいると、教室に教師が入ってきた。

 黒に近い深緑色の長髪に、黄緑の瞳。眼鏡をかけて白衣をまとう男性の姿にヘレーネは既視感を覚えた。

「皆さん、席についてください」

 男性の声掛けで生徒は皆おしゃべりを止め、席に座る。

「私はこのクラスの担任になりましたユージーン・コールマンです。一年間、よろしくお願いします」

 その名前を聞いてヘレーネは確信した。彼は来年転入するヒロインが入るクラスの担任で、攻略対象の一人だ。研究者気質であり私生活はだらしがない面もあるが、年上らしく理知的で包容力があって生徒思いの人物だと記憶している。

 ユージーンは挨拶もそこそこに、早速授業を始めた。彼が教える科目は魔術。

 実技も行う授業だが、今回は初回ということもあり座学のみのようだ。入学するまで家で引きこもって本ばかり読んでいたヘレーネには全て復習の範囲であった。


 まず、魔術には火、風、水、土、光、闇の六つの属性があり、そして自分がどんな魔術が使えるかは生まれ持った適正属性というもので決まる。この適正属性というのは生涯変わることがなく、皆それに合った魔術のみを身につける事が多い。

 というのも、適正属性以外の魔術も使えないということはないのだが、習得するにも手間がかかるし、使うには自分の魔力をその属性に変換させなければならず、その上適正属性の魔術に比べると魔力の消費が激しく威力も弱まってしまうのだ。

 適正属性の魔術を一ヶ月で覚えたのに、適正属性以外の魔術には五年以上かかったという話もある。その中でも光と闇の魔術は適正属性を持っている者以外では何十年もかかってしまうこともあるらしい。

 この学園では全生徒に一年で適正属性の中級魔術までを教え、二年目からは選択科目で選ぶと指導されることになる。

 光と闇を適性属性に持つ者は少ないと言われているが、ヒロインは光、ラインハルトは闇が適性属性だ。流石は主人公とラスボスといったところだろう。

 ちなみにヘレーネの適性属性は水であり、珍しくもなんともなければ魔力自体も大した量がない。なので、強い魔術をどんどん使ったり、他に誰も持っていないような力を駆使することもできない。仮にできたとしても、ヘレーネにはそんなことをする度胸もないのだが。


 やがてユージーンの授業も終わり、同じようにいくつかの授業をこなした後、昼休みに入った。

 授業から解放され、楽しげに会話するクラスメイトたちを尻目にヘレーネは教室から出てラインハルトを探す。

 昨日、どうすればラインハルトを救えるか考えたのだが、浮かんだ案は一つしかなかった。

 そもそも、ラインハルトが死ぬ原因は決して事故や他殺ではない。彼を殺すのは他ならぬ彼自身なのだ。

 彼は特別な力を持つヒロインを自分の物にしようと考え、ヒロインに近づきなおかつその力をより高める為に謀略を巡らせるのだが、ヒロインは攻略対象の一人と心を通わせてしまう。そんなことを見逃すラインハルトではなく、攻略対象は勿論のこと、彼女と親しい者全てに危害を加えヒロインを追い詰めて支配しようとするのだ。だが、全てがラインハルトの仕業だと気づいたヒロイン達は彼に戦いを挑み、ラインハルトは敗れる。そしてヒロインが手に入らぬのならと、彼は自ら命を絶ってしまうのだ。

 これがラインハルト以外のルート全てで起きる。どうやって止めればいいのかヘレーネは悩みに悩んだ。

 「あなたは将来自殺するかもしれませんが、でもそんなこと止めてください」とでも言えばいいのか。いや、それは単に頭のおかしな人だ。

 だったら自殺する直前で身を挺して止めればいいのか。いや、彼と自分では圧倒的に差がありすぎて話にならない。というより、自分はそれより前に修道院に行っているので問題外。

 事情を話してヒロインを諦めてもらえばいいのか。いや、そんなことを素直に話しても受け入れられるわけがないし、もし仮に信じてもらえたとしてもゲームの記憶を利用されてしまう可能性が高い。ゲーム以上に上手く立ち回られてしまうと、ヒロインたちに勝ってしまうこともありえる。その場合、ラインハルトは助かっても、ヒロインたちが悲惨なことになってしまうので却下する。

 そこで考えたのはラインハルトルートに無理やりにでも突入させる、というものだ。

 まず、ラインハルトとヒロイン、双方と親しくなり、二人にお互いを紹介する。そして二人の仲を取り持ちつつ、その一方で他の攻略対象がヒロインと仲良くならないようにする、というやりかただ。

 なんとも行き当たりばったりというか、成り行き任せな策だが、あいにくとヘレーネにはこれ以外の策が思いつかなかったし、それにそう見込みが薄いわけでもない。なにせ二人はヒロインと攻略対象。惹かれ合うのが道理なのだから。

 その為にはまず、ラインハルトに近づかなければいけないが、幸い口実はある。

 迷子を助けて貰ったお礼を言いに来たといえばいい。それで、友人とはいかなくても、知人程度の関係になれれば万々歳だ。

 しかし、彼のクラスを覗いてみても姿はなく校内を探しまわっても結局、その日はラインハルトの姿を見つけることができなかった。二日目は見つけることができたが、おそらく友人なのだろう数人と話していて、話しかけられなかった。三日目、四日目も同じように過ぎ、とうとう七日目になってしまった。


「……どうしよう」

 流石にこのままではまずいとヘレーネは焦りを覚える。

 いっそ周囲に人がいても構わず話しかけてしまおうとも思ったが、いざ行動に移そうとするとつい尻込みしてしまう。前世から引き継ぎ、今世で悪化した人見知りはちょっとやそっとでは矯正できないのだ。

 そして今日もまた昼休みはそれまでと同様に過ぎてしまい、とうとう放課後になってしまった。

(ああ、どうしよう、このままだといつもと同じに……)

 ヘレーネは廊下を早足で進んでいく。

(今日こそ、今日こそは、絶対に、ラインハルト様に声をかけなきゃ……!)

 それができるまで寮には帰らないぞと何度も何度も自分にそう言い聞かせる。が、少しでも時間が経つとその決意も萎えてしまうのがヘレーネという少女。

 なので、自分の気が変わらないうちにと急いでラインハルトを探しているのだがなかなか見つからない。

(どこにいるんだろう……?)

 もしかしてもう寮に戻ってしまったのだろうか。そんな不安を胸に抱いていたヘレーネは自分が入学式当日迷い込んだあの場所にやってきたことに気づいた。

 生徒が通常授業で使っている教室から離れた場所にあるここには特別授業の際に使われる教室や教材などが置かれている準備室が並んでいる。授業でもなければ使う人間がいないのだろうか、あたりは静まり返り人の気配がしない。

 しかし、ヘレーネには逆にそこが心地よかった。迷い込んだ時は焦っていた為そこまで気が回らなかったが、時間がある時にでも見て回ってみたら楽しいかもしれない。

「あっ……」

 不意に視界の端に何かが見えて、慌ててその後を追った。

「ら、ラインハルト様っ」

 ヘレーネが声をかけると男が振り返る。その姿は間違いなくこの数日間ずっと目で追っていた相手だ。

「ああ、君は確か一年の」

 向けられた笑顔は愛想笑いだろうが、それでもヘレーネの胸は高鳴りを抑えきれなかった。

「は、はい、その節は本当に、あ、ありがとうございました」

「いや、気にしなくていい。当たり前のことをしたまでだ」

「そ、それで、その、お、お礼をしたくて……」

「お礼?」

 緊張による汗でベタベタする手を何度も握ったり開いたりしつつヘレーネは口を開く。

「あ、あの、何か困っていることやお手伝いできることはありませんか?なんでもします……わ、私にできることでしたら、ですけど……」

「え?」

「な、なんでもいいんです。なんでもしますからっ」

「いや、何もそこまでしなくていい。気持ちだけで十分だ。それじゃあ」

「ま、待ってくださいっ……本当に、本当になんでもいいんです」

 ヘレーネとしてはここでなんとかラインハルトの心象を良くしたくって去ろうとする彼に追いすがるが、ラインハルトのほうは僅かながら面倒くさそうな表情を浮かべる。それに気づかずヘレーネは再度「何でもいいんです」と言った。

 ヘレーネに聞こえないように小さく舌打ちをしたラインハルトは、すぐさま笑みを浮かべると彼女にぐいっと顔を寄せる。ヘレーネはラインハルトの突然の行動に顔を真っ赤にして体を硬直させてしまった。

「ヘレーネ、気持ちは嬉しいが女性がそう簡単に『なんでもする』と言うものではない。特に男に対しては危険だ。絶対に止めておいた方がいい」

「え……あっ……」

「返事は?」

「は、はい……」

「それでは、失礼する」

 ラインハルトはまたにっこりと笑うと、そのままヘレーネに背を向け去っていく。そのラインハルトの背中をヘレーネはいつかと同じように見つめることしかできなかった。

 相手からの好感度を上げるどころかどう見ても下げてしまった彼女が幸いにも「もしかして、自分は迷惑だったのでは?」と気づくのは翌日のことである。


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