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第二十八話 アンリとニコラスの雑談

「ニコラス、ニコラス」

 机に突っ伏して眠る年下のクラスメイトの肩をアンリは優しく揺する。

「ん、んん?」

「こんなところで寝たら風邪を引くよ」

 ゆっくり目を開けたニコラスは体を大きく伸ばし、あくびをするとアンリの顔を驚いたように見つめた。

「ん~? あれ、アンリ? 何でここにいるの?」

「ドアがちょっと開いてたから覗いてみたら君が寝てたんだ。駄目じゃないか、机に座ったまま寝ちゃ」

 アンリの注意にニコラスはヘラリと笑って、「ごめんね」と謝る。

 その様子に、何を言っても無駄だなとアンリはため息をつく。彼には何度もこの注意をしているが、一向に直る気配がない。

 これだけではない。お風呂から上がってもちゃんと髪を拭かないし、食事もほっとくと甘いものばかり食べている。

 魔術の天才と言われるが、マイペースというかのんびりやな性格で、実年齢より幼く見えるニコラスをアンリはほっとくことができず、ついついあれこれ世話を焼いてしまうのだ。

「ほら、一緒にご飯を食べに行こう。お腹が減っただろう?」

「うん、ペコペコだよ。シリウスは誘わないの?」

「シリウスは剣の特訓があるからいらないんだってさ」

「そっかぁ」

 二人と同じクラスにいるシリウスは、アンリにとってニコラスとは別の意味でほっとけない友人である。

 とても真面目で優しい性格なのだが、ぶっきらぼうで無口なところもあり、それ故に誤解を受けやすい男なのだ。さらに騎士になる夢を最優先にしているため、人付き合いも決していいとは言えず、それがまた孤立に拍車をかけている。

 アンリとしてはひたむきに夢へ進む彼を好ましいと思っているのだが、そう感じる人間が少ないのが現状なのだ。

「それでね、今度ユージーン先生に資料を貸してもらえることになったんだ」

「へえ、それはよかったな。汚したり折ったりしないように気をつけるんだぞ?」

「うん」

 そんな話をしながら廊下を歩いていると、不意にニコラスがアンリの袖を引っ張った。

「ねえ、ヘレーネとエリカがいるよ」

 ニコラスの視線を辿り、窓の外を見ればそこには確かにクラスメイトのエリカとヘレーネの姿が見える。

 ここからでは聞こえないが何かを話しているらしい二人は楽しそうに笑っているところだ。挨拶はするし、それなりに喋りもするが友人と呼ぶには一歩足りないアンリには見慣れない笑顔である。

(こうしてみると、本当に普通の女の子だよなぁ)

 どちらも、この学園では悪い意味で少々目立っている存在だ。

 ヘレーネは入学当初から評判がよろしくないボルジアン家の一人娘ということで周囲から浮いていたようだし、転校生のエリカも前の学校で大きな事故を起こしたという噂が流れているせいで距離を置かれている。

 その影響があってか、二人とも人に心を閉ざし気味だ。

 アンリとしてはそんな二人のことが気になっていたのだが、二人とも、特にヘレーネの方は自分が近づくと、警戒というか緊張するように見える。

 そんな相手の気持ちを無視するほどアンリは厚かましい男ではない。今のところ、二人とも困っている様子もないし、何かあったら力を貸そうという気持ちで見守っている状態だ。

「この前ね、エリカがユージーン先生に魔術を教わってるところ見かけたんだ」

「そうなんだ」

「うん。でね、その時気づいたんだけど、あの子の魔力って他の人とちょっと違う」

「違う?」

「うーん、うまく言えないけど、こう……温かくて眩しく感じる」

「温かいの?」

 魔力を多い少ないと言うことはあっても、温かいや眩しいとは初めて聞く表現だ。

 ニコラス自身うまく言えていない自覚があるのか、「うーん」と眉を寄せている。

「……駄目だ。うまい言葉が思いつかない。でも、僕は好き。心地いいの」

「ふぅん。他にはそういう人はいるの?」

「……いる。三年のラインハルトっていう人。あの人も他の人と、違う」

 アンリは驚いた。出てきた名前が意外だったから、ではない。ニコラスの目に、少し怯えが潜んでいるからだ。

「あの人のはね、エリカとは全然違う。冷たくて、暗くて……エリカの魔力が上へ引き上げてくれるものだとすれば、あの人の魔力は、下に引きずり込もうとする感じ……僕、あの人のこと嫌いじゃないけど苦手」

「……闇属性だから、とか?」

 アンリは思いついたことを口に出してみたが、ニコラスは首を横に振る。

「ううん。闇属性の人と会ったことがあるけど、あの人とは全然違うよ。普通だった」

「そう……」

 これ以上ニコラスの暗い顔を見たくなくて、頭を撫でてやるとニコラスは嬉しそうに笑った。

 その笑顔に安心したアンリはもう一度ヘレーネたちを見る。

(ラインハルト様といえば……ヘレーネさんは今でもあの人と交流してるのかな?)

 去年、一度だけヘレーネと話したことがある。その時知ったのだが、彼女は一つ上の学年にいるラインハルトと交流があるらしい。そのせいでカトリーヌに目を付けられもしたが、今はどうなっているのか知らなかった。

 アンリはラインハルトと同じ貴族という共通点があるが、だからと言って特別接点があるわけではない。挨拶ぐらいはしたことがあるものの、若くして当主の席に座る彼はむしろ父親のほうと面識があり、その父曰く、大変優秀でよくできた人物らしい。

 確かにその認識は間違っていないと思う。

 学力が高く武術に秀で魔術にも高い才能を有し、さらに若輩の身でありながら立派な当主を務めている。その上、容姿端麗で公明正大と外面内面ともに優れているとなれば、まさしく非の打ち所がない完璧な君子だ。彼を尊敬し、慕う者はとても多い。

 だけれど、アンリにはそう思えなかった。

 先ほどニコラスが言っていたように、実は彼もまたラインハルトに対し少しばかり苦手意識を持っている。別に大した理由などない。ただなんとなく近づきたくないと感じていたのだ。

 もしかしたら、優秀すぎる彼を妬んでいるのかと自分でも思ったが、ニコラスの話を聞いてそれは違うのだとはっきり自覚した。

 ラインハルトを避けているのはもっと単純に、身の危険を感じるからだ。危ないものから遠ざかりたい、獰猛な獣に近づきたくない、そんな魂に根差す本能がアンリに訴えていたのだ。

 そしてそれと同時に惹かれもしていた。絶対的強者である彼にどこまでもついていきたいという気持ちも確かに存在している。

 それもまた恐ろしいからこそ、アンリはラインハルトを避けているのだ。

 これを馬鹿馬鹿しいと切り捨てるのは簡単だ。しかし、ニコラスの言葉を聞いてしまった今ではとてもではないがそんな気になれない。

 だから、そんな彼に近づこうとしていたヘレーネが今は彼とどんな関係を築いているのか少し気がかりである。

「アンリって優しいよね」

 今度ヘレーネにちょっと聞いてみようか、そう考えていたアンリの耳にニコラスのそんな言葉が入ってきた。

「え? なに? どうしたんだ、突然」

「ヘレーネのことが気になるんでしょ?」

「ん、まあ」

「そういうところが優しいっていうんだよ」

「そうか?」

「放っておけば楽なのに、無視できなくてついつい面倒見ちゃうところとか特に」

 そこは確かに否定できないなとアンリも思った。

 「お人よし」「お節介焼き」そう評されたことは何度もあるし、「自分から貧乏くじを引きに行っている」と言われたこともあった。

 とばっちりを受けたことは一度や二度では済まされないし、自分でも損な性分だとは思っているが、これはもう直しようがないことだ。

「僕ね、シリウスやユージーン先生やヘレーネやエリカのことも好きだけれど、一番好きなのはアンリだよ。優しいアンリのことが一番好きなんだ」

 何の含みのない純真な好意。

 それを真っすぐに向けられることがなんとなく気恥ずかしくってアンリは「……そう」と顔をそむける。

「ふふふ、顔赤いよ?」

「うるさい」

 ニヤニヤ笑うニコラスに軽いチョップをお見舞いして、「ほら、もう行こう」と食堂に促す。

 二人で歩きながら、横目でちらりとヘレーネを見た。

(そういえば、最近ボルジアン家が以前に増してきな臭くなったって聞いたな……)

 アンリの胸に生まれた不安は、そう遠くない日に明確な形になるのを彼は知らない。


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