第二十六話 プレゼント探し
「ねえ、エリカさん。今日は一緒に買い物に行きませんか?」
「買い物?」
「ええ、実は明日、ラインハルト様の誕生日なので、一緒にプレゼントを選んでほしいんです」
「あ、そうなんだ。いいよ、私もラインハルトさんにはお世話になってるから」
そんな会話をしたのが午前中の出来事。
授業を終えたヘレーネとエリカは二人で街に出ていた。勿論、約束した通りラインハルトの誕生日プレゼントを買う為だ。
「ねえ、何を買うかは決めてるの?」
「はい、本にしようと思います」
「ああ、ラインハルトさん、読書とか好きそうだもんね」
昨年と同じでは芸がないとかもしれないが、下手なものを選んで困らせるよりマシだろう。
「でも、私ラインハルトさんの好みとかいまいちよくわからないな」
「それなら大丈夫です。以前、ラインハルト様が欲しいって言っていた本ですから」
嘘である。実を言うと、プレゼント探しは一週間前から始めていて目星をつけておいたのだ。
それなのにわざわざこうして、エリカと一緒に買いに行くのは彼女とラインハルトの距離を縮めるためである。
二人の仲はお世辞にも親密とは言い難い。おそらく、いつもヘレーネが傍にいるからだろう。
その反面、美術の授業で同じグループになってから、エリカはシリウスたちと、少しずつ仲良くなっている。これは危険な兆候だ。
なので、誕生日という男女が親しくなるのにうってつけなこの日に、ヘレーネは二人の仲を進展させようと考えたのだ。
「あ、これです」
書店にたどり着いたヘレーネはお目当ての本を見つけ出し、手に取る。
「ねえ、それってどんな内容なの?」
「登場人物たちが懺悔室で自分の罪や悪徳を告白してるっていう設定の短編集です。物悲しい話や面白い話、それに後味の悪い話や気持ち悪い話とかいろいろあるんですよ」
「……後味の悪い話や気持ち悪い話?」
「はい」
例えば、仇だと思って殺した相手が探し回っていた自分の親だったり、男が恋人の死体をベッドに寝かせたまま腐り落ちる様子を克明に観察したり、そういう話だ。
「……面白いの?」
「面白いですよ」
ヘレーネもそういう話は苦手だったけれど、ラインハルトが読んだ本を追っているうちにすっかり慣れてしまった。
今となってはむしろ、読み終わった後の忘れたくとも脳裏にこびりついて離れない感覚が癖になってる。
とはいえ、万人受けしないことは百も承知。だから、「私には合いそうにないな」と零すエリカに無理に薦めることはしなかった。
他にも数冊、ラインハルトが好きそうな本をピックアップして会計を済ませる。
「それでおしまい?」
「ええ。あとは包装紙かリボンを買いに行こうかと」
「あ、それなら私、いい雑貨屋さんを知ってるよ」
こっち、と案内するエリカについていくと、こじんまりだが品揃えが豊富な雑貨屋にたどり着いた。
そこに並べられる品々に、つい目を奪われてしまう。
「わあ、これ可愛い」
「ね? 素敵でしょ」
動物モチーフのクリップやメモ帳、おしゃれなポーチを物色し、ひとしきり満足してから目的の物を探し始める。
「あ、これなんていいんじゃない?」
「でも、ラインハルト様ならこっちの落ち着いた色の方が好きだと思います」
「それだとちょっと暗すぎないかな? 誕生日なんだからもっと明るい色がいいよ。ほら、これなんてどう?」
「本当だ、これならラインハルト様の趣味にも……あ、待ってください。これ骸骨が書かれてます」
「え? あ、本当だ。誕生日なのに、これは合わないか」
「ねえ、これとかどうですか?」
ああでもないこうでもないと話しながら、満足いくものを見つけることができた。
同じようにリボンとカードを見繕い、二人は店を出る。
「ありがとうございます、エリカさん。おかげでいいものが買えました」
「私も楽しかったよ。明日の放課後渡すの?」
「はい、誕生会の前に第三図書室に寄ってくれるそうなんです」
「そっか。喜んでくれるといいね」
「はい」
エリカと別れたヘレーネはさっそく準備に取り掛かった。
カードに祝福の言葉と自分とエリカの名前を書いて、包装紙と一緒に包装紙に包み、リボンをつける。言葉にしてしまえばそれだけだが、一つ一つの作業を、心を込めて丁寧に行う。
「……できたっ」
そうしてできあがったプレゼントは我ながら綺麗にできたと思った。
あとはこれをラインハルトに渡すだけである。
ラインハルトは少しでも喜んでくれるだろうか、笑ってくれるだろうか。
もしそうであったなら嬉しいが、仮にそうだとしてもヘレーネはそんな彼の姿を見ることはできない。
何故なら……
「え?」
「ですから、私は今日用事があるので、エリカさんがラインハルト様にプレゼントを渡して欲しいのです」
翌日の放課後、さっそく第三図書室に行こうと誘うエリカに、ヘレーネは自分は行けないと告げ、持ってきていたプレゼントを渡した。
「で、でも、今日はラインハルトさんの誕生日なんでしょ?」
「そうなんです。でも、どうしても今日は抜けられない用事が出来てしまったんです」
「用事って?」
「家の事情で、その……詳しいことは言えないんですけど」
「なら、また今度渡せば……」
「いいえ、ラインハルト様のお誕生日は今日なんです。絶対に今日、渡したいんです」
取り合う様子のないヘレーネにエリカは戸惑いの表情を浮かべる。
それはそうだろう。プレゼント選びに誘った本人が、翌日になって突然渡すのを押し付けてきたのだ。
しかも行けない理由は家の事情だという。そんなもの昨日の時点でわかっていたはずなのに、何も言わなかった。
これで不審に思わない方がおかしい。
しかし、ヘレーネとて引けないのだ。
「お願いします。エリカさんにしか頼めないんです。どうか、ラインハルト様にこれを渡してください」
ヘレーネの必死な姿に折れたのか、エリカは困惑した様子のまま頷いてくれた。
「うん、わかった……ラインハルトさんには、ちゃんと伝えておくから」
「……ありがとうございます」
了承の言葉にヘレーネは安堵の笑みを浮かべる。それを見て、エリカはまた何か言おうとしたが、口から声が出る前にヘレーネは背中を向けてしまう。
「このお礼は必ずします。それでは失礼しますね」
「あっ」
そのままヘレーネは走り去る。目的地は当然、家族との待ち合わせ場所などではなく、寮室だ。
(ちょっと強引だったよね……でも、ラインハルト様とエリカさんを二人きりにするにはこうするしかなかったし……)
本当なら、二人の関係がうまくいくか見守りたかったが万が一自分の存在に気づかれたら元も子もない。けど、きっとうまくいく。
ラインハルトはとても要領がよくて人付き合いもうまい。そんな彼が気になる異性と初めて二人きりになれたのだから、何かしらの行動を起こすはず。
お茶の約束ぐらいはするかもしれない。
寮室に戻ったヘレーネはベッドに腰掛ける。
「ふう……」
足元に寄ってきたシャインを一撫でするも、その心は重たいままだった。
(私、嫉妬してるのね……自分で仕掛けたことなのに、エリカさんとラインハルト様が二人きりだと思うと邪魔したくてしょうがない)
実際、うっすらと今から行けば間に合うだろうかと考えてしまっている。
「……そうだ、勉強しよう」
そんな思考をヘレーネは無理やり停止させ、落ち着かない精神を紛らわせるため、ヘレーネは机に向かった。
次の日、教室にやってきたヘレーネは真っすぐにエリカの元に向かい、昨日のことを伺うことにした。
「おはようございます、エリカさん」
「あ、ヘレーネちゃん、おはよう」
「その……昨日は、どうでしたか?」
「ああ、ラインハルトさん、ヘレーネちゃんがいなくて寂しがってたよ。今日の放課後、プレゼントのお礼が言いたいから来てくれって」
「そ、そうなんですか? あ、いや、そうではなく……」
自分に会いたがってくれたのかと喜びかけたが、ヘレーネが聞きたいのはそこではない。
「ん?」
「例えば、思いのほか話がはずんだとか、仲良くなったとか、そういうことは……」
「え? いや、別に普通だったよ。ラインハルトさん、すぐ誕生会に行っちゃったし」
「そ、そうですか」
ヘレーネは内心首を傾げた。
エリカの言っていることが本当なら、二人は特に何の進展もなかったということだ。
(ラインハルト様、何もしなかったのかしら? いや、でも、エリカさんが自覚してないだけでなにかしら行動に移したのかも……)
とにかく、これ以上彼女に聞いても返ってくる答えは変わらなそうだ。
(まあ、いいか。放課後、ラインハルト様に会った時にちょっとお話を聞いてみよう)
楽観的にそう考えたヘレーネはこのことについて考えるのを止めてしまった。
放課後、第三図書室に足を運ぶと、そこにはラインハルトがすでに待っていた。
「ごめんなさい。遅くなりました」
「別に待っていない」
「ラインハルト様、一日遅くなりましたがお誕生日おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
ラインハルトに近づいて、ヘレーネは彼の様子が少しおかしいことに気づく。
(なんだか、ちょっと不機嫌……?)
一見すると普段とそう変わらないように見えるが、彼のまとう空気が少々冷たいような気がするのだ。
(もしかして、プレゼントが気に入らなかったのかしら……)
指先を唇に持っていき、不安げな眼差しを向けるヘレーネにラインハルトはゆっくりと口を開いた。
「一体、何を考えているんだ」




