第二十五話 将来の夢
ラインハルトとエリカを引き合わせて後日、ラインハルトにエリカにも勉強を教えてくれないかと頼んだところ驚きながらも了承してくれた。
こうして、ヘレーネとエリカは共に彼から指導を受けることとなったのだ。
とはいえ、魔術に関してはエリカは本人が言っていたように高すぎる魔力と、ラインハルトの闇属性とエリカの光属性の相性が悪いことが理由で実際、実施するのはなし。あくまで知識を深めるのみで、あとは他の教科を学ぶことになった。
一緒に机を並べ始めてから日は浅いものの、ヘレーネにはエリカについて少しずつわかってきたことがある。
まず、どこか人を拒絶した雰囲気を出しているが、本来の彼女は明るく人当たりのいい性格であること。これには彼女が転校する前の学校で起きた出来事が関係しているらしい。魔力が暴走したとのことだが、噂に疎いヘレーネには詳しいことはわからないし、本人に直接聞くのは躊躇われる。
だからヘレーネはエリカが、魔力の暴走の末何を起こしたのか知らない。けれど、別に無理して知る必要はないと思う。少なくともそのおかげで誰に邪魔されることなくエリカと距離を縮められたし、あれこれ余計な詮索をして彼女の気分を害したくなかった。
それから彼女は、人と接するのに慣れていなくて一緒にいてもつまらないであろうヘレーネの、オチもないグダグダな話をちゃんと聞いてくれるし、授業でわからないところがあったら何度でも説明してくれる。それに努力家で毎日予習復習を欠かさない。
それはラインハルトの指導でも変わらず、意欲的に取り組んでいる。彼の方も、真面目で呑み込みの早い彼女の勉強をみるのは、楽しそうに見えた。それに対して、喜ばしいと思った反面、嫉妬もした。もちろん、表には出さないようにしたが。
ゲームにおいて、エリカは恋愛物のゲームにありがちな無個性な設定だった。スチルにも顔が載らず、転校に関しても『魔力が高いため、こちらの学校で学んだ方が為になるから』という説明しかされていない。
だからヘレーネもゲームのエリカにはこれといった思い入れがなかったのだが、実在のエリカと共に過ごしているうちに彼女に対して友愛を抱くようになっていた。
「では、今日の授業はスケッチをしてもらいます。ここにある物を貸しますが、数に限りがあるので、四人から六人ぐらいのグループで一つ描いてくださいね」
美術講師の言葉に、ヘレーネは軽い絶望感を覚えた。
『仲のいい人と組んでください』という言葉は、前世からの鬼門である。
だが、今は隣にエリカがいてくれる。それだけでヘレーネは非常に心強かった。
とはいえ、どちらにしろ二人だけでは駄目だ。他のグループに入れてもらわなければならない。
「ど、どうしよう?」
「そうだね、どこか人数の少ないところに入れてもらおう」
二人がそう話していると不意に声をかけられた。
「ねえ、もしかして君たち二人だけなの?」
振り向くとそこには人好きそうな笑みを浮かべているアンリと、同じようににっこりと笑うニコラスに仏頂面なシリウスが立っている。
「よかったら俺たちと一緒に描かない。俺たちも人数が足りなくて困ってたんだ」
アンリの申し出はまさに渡りに船であった。
「ええ、よろしくお願いします」
ほっとしたようなエリカとは裏腹にヘレーネは複雑である。
できればエリカにはあまり攻略対象と接触してほしくないのだが、ここで断るのは不自然であるし、他にグループに入れてくれる充てもない。
せめてもの悪あがきとしてエリカと攻略対象たちの間の席に座る。
しかし、いざ始まってみるとエリカはヘレーネと、アンリたち三人は三人で話すことの方が多かった。
(そうか、そうだよね。近くに友達がいるなら、親しくない人より友達と喋ってるほうが楽しいものね)
同じグループ故、そこそこ話すがその程度だ。
これならそう気に病むほどではないだろうと判断したヘレーネは肩の力を抜き、スケッチに集中することにした。
ヘレーネたちが被写体として選んだのは可愛らしい天使の銅像だ。複雑な造形や装飾はされていないのに、実際に描いてみるとこれがなかなか難しい。
可愛らしい天使が、スケッチブックの中では頭でっかちで、なんとなく不細工に見えてしまう。直したいのだが、どこをどう直せばいいのかわからず、ヘレーネの鉛筆は止まる。
どうしたものかと悩んでいると隣に座っているエリカはどんどん筆を滑らせていることに気づき、彼女の絵がどんなものか興味がわいた。
「ねえエリカさん、いまどこまで描けました?」
「一応、ここまでかな」
そう言ってエリカが見せてくれたスケッチブックには繊細なタッチで描かれている天使がいた。
「わあ、すごく綺麗」
「そ、そんなことないよ」
ヘレーネの褒め言葉に、エリカは顔を赤くして照れる。
「もしかして、エリカさんは将来、画家を目指してるの?」
「ううん、絵を描くのは好きだけど、画家になろうとは思ってないかな」
「そうなんですか? せっかく上手なのに、もったいない」
「ありがとう。でも、私の夢は決まってるから」
エリカの言葉に好奇心が刺激されて、「どんな夢ですか?」と聞くと、彼女はにっこりと笑って、けれども真剣な目で口を開いた。
「私ね、医者になりたいの」
「医者に?」
「そう。治癒術は怪我とかは治せるけど、病気は治せないじゃない? だから、医者になって、治癒術も勉強して、怪我人も病人も助けられるような人になりたいんだ」
すごいな、とヘレーネは素直に思った。
彼女がこと勉強に関しては熱心なことは知っていた。けれど、医者になりたいからだとは知らなかった。ゲームでそういう描写もあったかもしれないが、覚えていない。
「エリカさんならきっとなれます」
これは世辞で出た言葉ではない。
「ありがとう。ヘレーネちゃんの夢は?」
「え?」
「だから、ヘレーネちゃんの夢は何?」
言葉に詰まった。
将来の夢。そんなもの考えたこともなかった。
(だって、私は……)
両親の不正が発覚して修道院行きが決まっているからだ。だけど、それを言うことはできない。
けれどもし、もし、だ。それ以外に道があるのなら、それ以外に未来があるのなら、もし、望むことを許されるのなら……
「私は、好きな人と結婚することかな……」
それだけ。それ以上はなにも望まない。
エリカと比べれば、あまりにも小さすぎる夢である。けれど、エリカは笑わなかった。
「へえ、いいね。ヘレーネちゃんならきっと素敵なお嫁さんになれるよ」
「……ありがとう」
ヘレーネはエリカを優しい人だと思っているし、友達だとも思っている。
だからこそ後ろめたく、心苦しい。
ヘレーネがエリカに近づいたのは彼女を利用するためだ。ラインハルトを生き残らせるためだ。
もし、エリカとラインハルト、どちらか優先させなければいけないなら、ラインハルトを選ぶ。例え、ラインハルトと結ばれた為に、エリカの夢が潰れることになろうとも、それでも変わらない。
いつの日か、エリカはヘレーネを恨むかもしれない。そう思うと背筋が冷たくなる。
都合のいい話だ。自分のいいように利用するくせに、嫌われるのが怖いだなんて。
「ヘレーネちゃん? どうかした?」
「ううん、なんでもありません。早く絵を仕上げちゃいましょう」
「あ、そうだね。もうそんなに時間がない」
お喋りを中断し絵に集中するも、やっぱりヘレーネの天使は可愛くならなかった。
まるで、ヘレーネの心を表しているかのようだった。




