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第十七話 神輝祭

「さむい……」

 ヘレーネは目を覚ましてもなかなか起きられずにいた。

 しかしいつまでもベッドの中にいることはできず、意を決して起き上がるもあまりの寒さに体が震える。

 カーテンと少し開けて覗けばそこに広がるのは銀世界。

「うわぁ、積もってる……」

 昨晩から降っていたがここまで積もるとは思わなかった。

 雪ではしゃぐ年齢などとっくに超えているヘレーネはため息をついて着替えを始める。

 今日は神輝祭。光の女神・セーラティアが闇の神・ジードガルマに打ち勝った日とされている祝日で、誰もが家族と、あるいは友人と共に祝うのだ。生憎、ヘレーネにはそういう相手がいないが。

 食堂に向かう途中、偶然ユージーンと出くわした。

「あ、おはようございます、先生」

「ああ、おはようございます。ちょうどよかった。君に手紙が届いていましたよ」

 そう言って渡された手紙の宛名を見て目を疑った。そこにはラインハルトの名前が書かれていたのだ。

「あ、ありがとうございますっ」

「ふふ、どういたしまして……ところで君は夏休みも学校に残ってましたが、何か帰れない理由でもあるのですか?」

「え? い、いえ。別に何も……」

 ユージーンからされたそんな質問に、ヘレーネは首を横に振る。

 今までもたびたびユージーンから家のことを聞かれることが何度もあったが、毎回適当に誤魔化してばかり。

 気にかけてもらうのは嬉しいが、ラインハルトのしようとしていることを考えると正直に話していいのかわからないのだ。

「……わかりました。それでは、これで失礼しますが、何かあったら相談してください」

「あ、ありがとうございます」

 去っていくユージーンを見送りながら、ヘレーネは手元にある手紙に目を落とす。

「……何が書いてあるのかしら」

 今すぐここで封を切りたい衝動に駆られるが、自室で落ち着いて読むべきだろうと考えを改め、懐にしまい込むと食堂に急いだ。


 食事を終え、自室に戻ってきたヘレーネは机に座って手紙を見つめる。

 そこには何度見てもラインハルトの名前が書かれている。

 丁寧に封を切ると、中に入っていたのはカードだった。神輝祭には親しい者にカードを送る習慣があるが、誰かが自分に送ってくれるとは思わなかった。

 カードには綺麗な花と可愛らしい天使が描かれていて、その下には手書きで『君にセーラティア様の祝福がありますように』と書かれていた。

 これは神輝祭における常套句である。

 ちなみにヘレーネの方もラインハルトにカードを送っている。

 『あなたの未来が幸福で満たされますように』

 これもよくある系統のメッセージだ。

(ふふ、嬉しい……)

 生まれて初めて贈られたカード。それもラインハルトから。

 他にもらえる当てなどなく、ラインハルトからも来年もらえるかどうかわからない。もしかしたら、これが最初で最後の一枚かもしれない。

「大事にしなきゃ。ね、シャイン」

 ベッドでまるまって動かない愛猫にそう告げて、カードを机にしまいこんだ。




 ヘレーネはコートを羽織って街に出た。

 寒いしお金もないが、こんな特別な日に一日引きこもっているのはもったいなく思えたのだ。

 今日という日を祝うように街中があちこち飾り付けられている。

 夏の時とは違い、お祭り騒ぎというわけではないが、祝賀ムードは変わらず街行く人々には笑顔が絶えなかった。

 出店を冷やかしつつ歩いていると、ふと教会のことが頭に浮かんだ。

 今日はセーラティア教にとっても特別な日。教会でも何かやっているのだろうかと向かってみると、以前よりも多くの人が集まっており、聖歌隊が歌っていた。

 その美しい讃美歌に引き寄せられるまま教会内に入る。にぎやかな街から隔絶されたように中は落ち着いた雰囲気で、以前訪れたときよりも神聖な気持ちになった。

 後方に座り、讃美歌に耳を傾けていると後から一人の老婆が入ってきた。

 彼女はヘレーネの前に座り、しわくしゃなその手を合わせた。

「セーラティア様、孫の病気がすっかり良くなりました。ありがとうございます、ありがとうございます」

 その声は小さく震え、こっそり伺うと目じりには涙がたまっている。

 光の神であるセーラティアは医学や医療を司る神の側面も持つ。それは、魔術の各属性において唯一光属性のみが治癒魔術を使えるからだ。

 そしてその治癒魔術が使える光属性の魔術師たちはその多くが自分たちを手厚く庇護してくれるセーラティア教に入り、自らの治癒術で人々を救ってきた。

 そのおかげでセーラティア教は多くの人々に慕われ、勢力を伸ばしてきたのだ。

 だが、多くの人々を救ってきたセーラティア教にも負の部分というのは存在する。

 セーラティアを崇める彼らは彼女の敵であり兄でもあるジードガルマを邪神としている。そして、その彼と同じように闇属性の魔術師を悪しき存在として虐げてきたのだ。

 適性属性が闇であるというだけで家族から縁を切られたり、職にありつけない、そんなもの可愛いもので、ひどい時代には冤罪にかけたり、拷問にかけたり、殺されることもあったという。

 今でこそこういった差別は禁止されているものの、一部では色濃く残っているのも現状だ。それ故に闇属性の魔術師は未だに表舞台から身を隠そうとする傾向がある。

(ラインハルト様も何かそういう嫌な思いをしたことがあるのかな……)

 そんなことをぼんやりと考えていた彼女は隣に人が来たことに気づかなかった。

「おや、ヘレーネさん。久しぶりですね」

「え、あ、こんにちは……」

 若き司祭は彼女ににこりと笑いかけ、ヘレーネの横に腰掛ける。

「お元気そうで何よりです」

「はい、マーロン司祭のほうもお変わりないようで」

 たった一回会ったきりだったので覚えられているとは思わなかった。ヘレーネとは違って彼の交友関係は広いようだから自分のことなどすっかり忘れていると思ったのだ。

 しかもこうやって挨拶に来てくれるとは、こういうマメなところが人から好かれるのかとヘレーネは感心する。

「あなたはもしかしてセントラル学園の学生さんなのですか?」

「はい、そうです」

「学校生活はいかがですか?」

「えっと、まあまあですね」

「そうですか……ところで」

 なんてことはない世間話をしていたのに、ふいにマーロンが声を潜めた。

「セントラル学園で武術大会があったそうですが、その優勝者がラインハルトという若者とは本当ですか?」

「え、はい、そうですけど……」

「ああ、やはりそうなのですか。なんということでしょう……」

 マーロンは顔を曇らせ、憂苦をにじませた声で言う。

「怪我人は出ませんでしたか? 様子がおかしくなった方は?」

「怪我した人はいますが、ちゃんと治療されましたし……様子がおかしいとはどういったことでしょうか?」

「ああこれは失礼。つまり、精神に異常をきたしてしまったような人です」

「…………そんな人いませんけど……」

 武器は木製で防具もきちんとつけていたとはいえ、誰もが無傷とはいかない。しかしそれで入院した者はいなかった。ましてや、精神をおかしくするだなんて。

(怪我の心配ならわかるけれど、どういうことなのかしら……?)

 いぶかしげなヘレーネにマーロンはほっとしたような表情を浮かべる。

「ああ、よかった、被害に遭われた方はいないんですね。それは何より」

「……どうしてそんなこと、聞かれるのですか?」

「そのラインハルトという者は闇魔術の相当な使い手なのでしょう? 闇属性の魔術は大変危険なのです。呪術など用いれば簡単に人の命と尊厳を奪ってしまう。本来ならああいった試合に闇属性の者は出ない方がいいですし、彼の優勝も見直されるべきなのですが……」

 マーロンの言う通り、闇属性の魔術には非常に危険なものがある。

 呪術などその代表例で、術者に何らかの反動があるが、その分効力が絶大で、中には人の体や意識を支配する術が存在するらしい。これが闇属性の魔術師の差別を助長したともいわれている。

 しかし、彼の言葉にはそれだけで看過できない部分があった。

「ラインハルト様は大会中も一度だって魔術を使いませんでしたし、実力で優勝したのにそれを取り上げるなんておかしいのでは」

「なるほど。ヘレーネ、あなたの気持ちはよくわかります。しかし、警戒と自衛は必要なことなのです。特に闇属性の者には気を緩ませず毅然とした態度をとらなければいけません」

「……何がおっしゃりたいんです?」

 目を鋭くするヘレーネにマーロンは小さな子供を相手にするように優しく諭した。

「よいですか、邪神の力をその身に宿す者はその力によって蝕まれているのです。中にはそれに耐え、清く正しく生きる者もおります。そう言った者には慈悲を与えるべきでしょう。しかし、そんな者は決して多くはないのです。残念ながら、邪神の力というのは人の体には強すぎる。だからこそ我々がセーラティア様に代わって罪深き彼らを断罪せねばなりません。その為にも、下手に情を移して正しい判断ができなくなるなどあってはいけないのです」

「…………あなたは、自分がおっしゃっていることがわかっているの?」

 マーロンの言っていることはおかしい。

 適性属性が闇である。それだけで、人を罪人扱いする彼にヘレーネは呆然とし、強い不快感を覚えた。

「闇属性だというだけでそのような偏った見方をするなんて、おかしいです。それこそ、正しい判断なんてできませんよ」

「……ふう、あなたもそのように毒された考えをしているのですね」

 マーロンは肩を落とし、悲し気に呟く。

「セーラティア様が命をかけて邪神を倒し、この世界をお救いくださったというのに、多くの人々はその時の教訓を忘れてしまった。邪神が決して復活しない為にも、我々は邪神の力を見過ごすわけにはいかないのに」

「私には難しいことはわかりません……でも、そんな差別的な考えが、間違ってることぐらいはわかります」

「確かに君の意見も正しい。けれど、人の皮を被った悪魔というのはこちらの善意を利用してきます。君はとても善良ですが、少々ラインハルトという者に肩入れしすぎているように見えます」

 マーロンはヘレーネに案じるような眼差しを向けた。

「気をつけてください。何かありましたら、相談にのりますから」

 彼は心の底からヘレーネを気にかけているようだった。だからこそヘレーネには不気味に見える。

 このマーロンという男は、さっきから全くヘレーネの話を聞き入れてくれない。

 彼と同じように自分の話を聞いてくれないカトリーヌという少女がいたが、彼女はヘレーネを嫌っていた。だから話など聞いてくれないし、何を言っても信じなかった。

 だが彼は違う。ヘレーネに対しなんの悪感情も抱いていない。それどころか善良と称し、相談にものると気に掛ける。

 それなのに、ヘレーネの意思を無視して自分の意見を押し付けてくるのだ。

(この人、自分が間違ってるなんて、少しも思っていないんだわ……)

 間違いを犯している可能性を万分の一も考えていない。いっそ純粋無垢なほど、自分が正しいと思っている。

 彼の価値観では闇属性のラインハルトは「悪者」で、彼の言葉に反発する自分は「間違って」いる。

 だからこちらの意見など聞き入れないし、考えを改めない。だって、自分のほうが正しいのだから。

 けれど、それでも、言わなければ気が済まない言葉がある。

「……ラインハルト様を、そんな風におっしゃらないでください」

 これ以上彼と会話したくなくてヘレーネは腰を上げる。

「そろそろ、失礼させていただきます」

「そうですか。またいつでもいらしてくださいね」

 マーロンの言葉に何も答えず、ヘレーネは教会を出た。

 距離をとった後、振り返って教会を眺める。

 きっともう、ここに来ることはない。居心地のよかった場所なだけに少々残念だが、それ以上にマーロンと顔を合わせたくなかった。

「……もう、帰ろう」

 ヘレーネは帰路につく。教会に行くまで、いやマーロンと話すまではいい気分だったのに、今はもう真逆の気持ちだ。

 ため息をつきながらも校門につくと、白い雪の上で黒いものが座り込んでいるのが見えた。シャインだ。

「シャイン、どうしたの? ここは寒いでしょ? おいで」

 部屋の中で寛いでいると思っていた黒猫の登場に少なからず驚いたヘレーネは急いで抱き上げた。

 やはり寒かったのかシャインは腕の中で彼女にすり寄ってくる。

「ふふ、散歩にでも出てたの? 今日は寒いから中に入ろうね」

 シャインが自由に出入りできるように窓の鍵はいつでも開けてあったのでここにいるのは不自然ではない。とはいえ、こんな雪が積もっている日に外に出るとは思わなかった。

 部屋に戻ったら毛布か何かで温めようと思いつつ周囲に誰も見てないか確認してから学園に入る。

 胸の不快感はいつの間にか消えていた。


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