第十五話 武術大会
セントラル学園には幾つもの施設が併設されている。闘技場もその一つだ。
ここで行われる一大イベントが武術大会である。
参加資格は在学している者なら誰でも可能。ただし、本戦に出るには予選を勝ち進めなければいけない。
武術大会はトーナメント制で、武器は木製の物を使用し、魔術は中級以下のみ使用できる。優勝者には学園より金一封が出るのだが、多くの出場者が目的としているのは、来賓として観戦に来る冒険者ギルドや騎士団に自分を売り込むことだ。その二つ以外にも各界のスカウトがこの大会を観に来ているので、出場者にとっては自分の将来がかかったとても重要な催しになる。
そして今、闘技場の広い客席は空席が見当たらないほど埋め尽くされ、周囲は熱気に包まれている。
ヘレーネは後方の席に座り、試合場を熱心に見つめていた。
正直、ラインハルト以外には興味が無かったヘレーネだったが、周囲の熱気にあてられたせいかすっかり試合に夢中になっていて、今も同窓の生徒を打ち破った三年生の男子に沢山の拍手を送っていた。
そして次の試合を行う生徒が入場してきたのだが、その片方を見た途端、彼女の目は釘付けになる。
「一年、シリウス・キーツ！」
進行役の言った言葉にやはりと確信する。
藍色の髪と瞳、そして剣を構えるその姿。間違いなく彼は攻略対象最後の一人にして、ヘレーネにとって最大の難関になるであろう人物である。
他の攻略対象はこの学園で初めてヒロインと会うのに対し、彼のみ幼少時に彼女と会ったことがあるのだ。
幸い、出会ったとしても互いにそのことに気付かず、イベントを進めないと発覚しないのだが、用心するに越したことはない相手である。
ヘレーネがそんなことを考えていると、シリウスの試合が始まった。
相手は二年生だが、それにシリウスは一歩も引くことなく応戦し、危なげなく勝利した。ゲームの設定通り、彼は随分と剣の腕が立つらしい。
（確か冒険者になるのが夢だって言ってたな……あ、違う。騎士だったっけ……？）
シリウスのことをよく思い出そうとするも、すでに思い出している分以上の物は出てきそうになかった。
こんなことならもっとゲームをやりこめばよかったともう何度目になるかもわからない後悔を感じているとにわかに周囲が騒がしくなる。
つられるように試合場へ目を向けるとそこにはラインハルトが立っていた。どうやら次は彼の試合らしい。
思わず姿勢を正して食い入るように見つめる。
試合が開始されると、対戦相手は様子を伺うようにラインハルトと距離をとってから魔術を放った。
隆起した土がラインハルトに襲い掛かるが、彼はそれを簡単に避けてみせた。しかし、その直後に地面が崩れ体勢が崩れてしまう。
そこへすかさず相手が斬り込む。先の魔術はフェイクで最初からこれを狙ったのだろう。
しかしラインハルトも負けてない。相手の一撃を防ぐとすぐに体勢を直して反撃に出た。
それからも対戦相手は魔術と剣の合わせ技で挑んでくるがラインハルトはそれを剣だけで相手取る。
いつまでも攻撃が当たらないことに焦ったのか、相手が剣を大きく振りかぶった。ラインハルトはその隙を見逃さず、剣を相手の体に叩き込み、さらにもう一撃加え、相手を沈ませた。
湧き上がる歓声の中、ヘレーネは夢中で拍手を送った。
「キャー！ ラインハルト様ー！！」
「素敵ー！」
「すごいな！」
「ああ、さすが前回優勝者だ！」
喝采の中から聞こえたその言葉に驚いて周りを見渡せば、他の生徒たちも同じようなことを話している。
ラインハルトが去年の優勝者とは知らなかった。
ラインハルトは自分からそんなことを言う人間ではないし、他にそういったことを話す人もいないので当たり前といえば当たり前かもしれない。
できればその勇姿も見てみたかった。さぞ恰好よかったに違いない。今だってしびれるほど恰好よかったのだから。
思い悩んでいたことなどすっかり忘れ、脳裏に浮かべたラインハルトにヘレーネはうっとりとした。
その後も試合は進んでいき、ラインハルトとシリウスは順調に勝ち進んだのだが、準決勝で二人は対戦することになった。
向かい合う二人をヘレーネは固唾を飲んで見守る。
試合の合図と共にシリウスがラインハルトに斬りかかる。それは難なく防がれるがシリウスは次々と攻撃を繰り出す。
ラインハルトもそれを防ぎ攻撃に転じるもシリウスもそれを受け流し剣を振るう。
二人とも魔術は使わず剣のみで戦っているが今までのどの試合よりも白熱した。
激しい攻防を制したのはラインハルトであった。
ラインハルトの剣がシリウスの体を捉え、場外に吹き飛ばしたのだ。
シリウスはかろうじて意識はあるようだが、立つことすらままならないようで担架で運ばれていく。
そして決勝戦。相手は三年生の手練れだったが、ラインハルトが勝ち彼の優勝が決まった。
優勝トロフィーを受け取ったラインハルトに客席中から割れんばかりの拍手が起こり、ヘレーネも涙をにじませながら彼を祝福した。
「優勝、おめでとうございます」
ヘレーネがラインハルトにそれを伝えたのは武術大会が終わって三日後のことだった。
本当はもっと早く、できれば大会が終わってすぐにでも言いたかったのだが、彼は多くの人に囲まれていた為にできなかったのだ。
そして今日、二人しかいない第三図書室でようやく伝えることができた。
「ああ、ありがとう」
もう何十回と言われているからか、ラインハルトの態度はさっぱりしたものだ。しかしヘレーネは言葉を続けずにはいられない。
「あと、聞いたのですがラインハルト様は去年も優勝されたんですよね。このままなら三連覇も狙えるってみんな言ってます」
「ふふ、そうだな。俺もできれば目指すつもりだが、そうやすやすといかないだろうな。俺から優勝をかっさらおうとする者は大勢いるから」
口ではそう言いながらも、ラインハルトには余裕が感じられた。
誰にも負けない自信があるのか、奥の手があるからか、それとも三連覇や優勝したことなどあまり興味がないのか。
ヘレーネにはその全てのような気がした。
ラインハルトは大会で魔術を全く使わなかった。これで彼が魔術が苦手だというのなら何ら不思議でもないのだが、カルヴァルスの若き当主が勉学や武術だけではなく魔術でも学年トップクラスであることはヘレーネ以外にもたくさんの人が知っている話だ。
もし彼が魔術も使って戦えばどれほど強くなるのか想像もできない。少なくとも、この学園で太刀打ちできる者はいないだろう。
誰もがそれを理解している。だからこそ誰もが彼を称賛する。しかし、彼はそのことをあまり意に介していないように見える。
例えるなら、なんとなく手に取った駄菓子に当たりクジが入っていた。その程度の価値しか見いだせないかのように。
（ラインハルト様って、何がお好きなのかしら）
本が好きなのは知っている。けれど、それも熱中や没頭という言葉とは程遠かった。
彼が何かに執着したりのめり込んだり、我を忘れてしまったりするような姿が想像できない。
もしかしたら、初めてそういう存在になるのがヒロインなのかもしれない。
その思うと、わずかに彼女の心に影を落とす。
ヘレーネはそんな気持ちを誤魔化すように口を開いた。
「ところで、彼、シリウスっていう人はどうでしたか？ 一番手強そうでしたけれど」
「ん、ああ彼か。そうだな、あの時戦った中では一番強かったと思うぞ。来年にはもっと強くなっているだろうな」
そういうラインハルトの表情は楽しげだが好戦的だ。ヘレーネにはよくわからないが、きっと戦い甲斐のある相手ができて嬉しいのだろう。
「それは楽しみですね」
「ああ、本当にな」
ラインハルトが嬉しそうにしているとヘレーネも嬉しくなってしまう。できればヒロインと結ばれる時もこういう気持ちでありたいものだ。
「そういえば、君は以前練習を見に来ていたな」
「え？」
「大会前、一度だけ俺の練習を見に来たことがあっただろう？」
その言葉で自分に手を振られたと勘違いした時だと気づく。できればあの時のことは恥ずかしくてたまらないから思い出したくなかった。
「き、気づいていらっしゃったんですか？」
「ああ、というか手を振っただろう」
「ええ！ あれって、クラスメイトの方たちに振っていたのでは？」
「いや？ 確かにあの場には同級生もいたが、あれは君に送ったものだぞ。なのに無視されてしまってな。柄にもなく落ち込んだぞ」
「そ、そうだったのですか！？ ご、ごめんなさいぃ！」
「はは、いや気にしなくていい」
慌てて謝るヘレーネにラインハルトは「それにしても」と続ける。
「一度しか来なかったのは意外だったな。てっきり一人が寂しくて連日押しかけてくるかと思っていたのに」
「ちょ、待ってください、私そんな、小さな子供じゃありませんっ」
顔を赤くするヘレーネにラインハルトはおかしそうに笑うのだった。
