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第十二話 ラインハルトの誤算

予約投稿の日付を間違えて二話更新してしまいました。

こちらから先にご覧ください。

「それで私、彼女に言いましたの。貴方のやっていることは看過できないって。そうしたらあの子は、そんなつもりないだなんて白々しいことを言ったのですよ」

「へえ、そうなのか……」

「ラインハルトもこれで目が覚めたでしょう? あんな人の忠告を無視するような子と関わるのは時間の無駄です。今後は距離を置いたほうがよろしいです」

 内心うんざりしながらそれを表には出さず、ラインハルトは「なるほど」と頷いてみせる。

 今日は部屋に帰って領地から届いた書類を読もうとしていたのだが、妙に鼻息が荒いカトリーヌに捕まり、こうして話を聞かされるはめになってしまった。

 それが勉強や学校の話ならまだいいのだが、ただの陰口なのだから始末に終えない。

 何度か適当に切り上げようとするも、カトリーヌは気付かず喋り続ける。ヘレーネがどんなに他人をないがしろにするか、人として間違っているか、それに対し自分がどんなに心を痛めているか、無下にされて傷ついたか、どれだけラインハルトのことを心配しているか、ひたすら訴え続けてくる。

(……鬱陶しいな)

 彼女のお喋りに付き合わされることなど初めてではないラインハルトだが、流石に苛立ちを覚えてきた。

 そもそもラインハルトにはカトリーヌに交流関係を口出しされるいわれはないのだ。クラスメイトであり、同じくクラスの中心的存在として他の者より一緒にいる時間は長いものの、それだけであって、ラインハルトからみれば、有象無象の一人に過ぎない。

 だがカトリーヌの方は違うようで、度々こうして過干渉してくることがある。それでも距離を取らなかったのは卒業までは同じ学舎で過ごすことになるのだから余計なトラブルは起こしたくなかったからと、彼女はともかく彼女の実家とは良好な関係でいたいからだ。

「カトリーヌ、君の気持ちは嬉しい。けれど、それはできないな」

「そんな、どうしてっ」

「実はここだけの話、今度のやろうとしている事業でボルジアン家にも協力してもらわなきゃいけないかもしれなくてな。ほら、うちの領地とあそこは近いだろう? それで話を通しやすいようにあの子を味方につけておこうと」

 勿論嘘だ。しかしカトリーヌにはそんなこと判別できないだろう。

「まあ、そうでしたの……」

「ああ。領主として好き嫌いだけで人付き合いを選べないんだ」

「なるほど、そういうことでしたのね」

「そうなんだ、本当に大変でな」

 納得した様子を見せるカトリーヌにラインハルトは内心ため息をつく。

「それでは仕方がありませんね。それにしても、ラインハルトが騙されていなくて本当によかったですわ」

「おいおい、俺はそんなに頼りなく見えるか?」

「いいえ、そうではないのですけれど、貴方は優しすぎるところがありますから心配で」

「……優しい」

「ええ、だって貴方は全く怒りませんし、誰にでも平等で差別なんてしませんから」

 確かにラインハルトはそういう感情を表に出すことはほとんどない。だがそれは、出さないというだけで感じていないわけではないのだ。そして平等でに見えるのも、わざわざ区別するほど他人に興味関心がないだけであって、決して優しいわけではない。

「あなたは本当に素晴らしい人ですわ。皆あなたのような人ならいいのですけど」

「買いかぶりすぎだな」

 しかしそんなことにも気づかず優しいと褒め称えるカトリーヌをラインハルトは冷めた気持ちで見下ろす。勿論、自分の気持ちを悟られぬよう表面上はあくまで友好的な笑みを浮かべながら。

「ところで、そろそろ行ってもいいか? 仕事があってな」

「あら、そうでしたの。引き止めてしまってごめんなさいね。それではまた明日」

「ああ、また明日」

 カトリーヌと別れ、ラインハルトは大きく息を吐いた。


 カトリーヌは貴族の中でも格式高いクレイトン家の末娘だ。

 そして彼女自身、その家名に恥じぬ才女であり、周囲の者をまとめて先導しようとする点に関しては立派な貴族と言えるし、ラインハルトも評価している。

 しかし反面、独善的で視野が狭く、押し付けがましいのも確かだ。そしてこういった所がラインハルトとは致命的に合わない。

 彼女は周りのすること成すことにいろいろ首を突っ込んでは口出ししてくる。本人に悪気はなく、純粋に手助けのつもりだし、それに救われて感謝する人もいるだろう。しかしラインハルトにとっては迷惑以外の何物でもなかった。

 以前から鬱陶しいと思うことは何度かあったが、最近その頻度が高くなっている。

 恐らく、比較対象ができたからだろう。

 ヘレーネは貴族でも疎まれるボルジアン家の一人娘で、彼女自身も決して賢くもなければ聡いわけでもない。むしろ、鈍くさくて気の回らない娘だ。根暗で卑屈で空気が読めず事なかれ主義なところもある。

 だが、彼女は自分のそういうところを自覚していた。

 祭りの日に、あんなことを聞いてきたのは自分が人から好かれないタイプだとわかっていたからだろう。とはいえ、どうして自分に優しくしてくれるのか、なんて聞いていいことではないが。

 あの時、適当に誤魔化さず本当のことを伝えたのは、そのほうが利用しやすいと判断したからなのと、秘密の共有を行うことで相手からの親密度を上げるためだ。

 しかし彼女に対する僅かながらの好意も含まれていた。

 一般的に評価され、多くの人から好かれるのはカトリーヌの方だろう。

 ただ、ラインハルトにとってはヘレーネの方が合っていたのだ。

 大人しくてやかましいお喋りはしないし、あまりこちらに踏み込んでこない。たまに距離感を間違えることがあるが、十分許容範囲だ。自分が教えることを真面目に学ぼうとする姿勢は素直に好ましかったし、同じ読書家として語らうのも楽しかった。

 正直言って、利用するために近づいたヘレーネにここまで親しみを覚えるとはラインハルトも思っていなかった。

 だが、だからといってやることは変わらない。元々、彼女はそれなりの扱いをするつもりだったし、そこに彼女に対する好意が含まれていないかいるかの違いだけだ。だから、大した問題ではない。


(……そういえば、来月には彼女の誕生日があるな)

 以前、話の流れで本人から聞いたことがある。自分は彼女から受け取ったのだから、ここは渡しておくべきだろう。

 何を渡そうか? あまり高価なものは負担になるだろうし、いらないものを貰っても邪魔になるだけだ。

(やはり、本人から直接聞こう)

 そっちのほうがお互いに助かる。

 そう判断したラインハルトが窓に目を向けると一匹の黒猫が歩いて行く姿が見えた。


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