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第十話 夏休み(後)

 パレードが終わり、空はすっかり茜色になっていた。

 名残惜しいがそろそろ帰らねばと思っていたヘレーネだったが、それを止めたのはラインハルトだ。

 曰く、最後に連れて行きたい場所があるとのことなのでついていくとそこは料亭であった。

「せっかくだ。花火も楽しまねば損だろう」

 驚くヘレーネにラインハルトはそう言って笑う。

 ウェイターに案内されたのは窓から王都が一望できる個室だった。

 キョロキョロと周囲を見渡すヘレーネに、ラインハルトは椅子を引いて座るように促した。

「ここは俺のおすすめでな。味は保証するぞ」

「は、はい……」

 手渡されたメニューを開いてみるとずらりと並んだ料理名にどれにするべきか頭を悩ませる。

「決まったか?」

「いえ、どれがいいか迷ってて……」

「それなら……これなんてどうだ? 女性に人気らしい」

 そう言ってラインハルトが勧めたのはシーフードのドリアだった。

「はい、それじゃあこれにします」

「デザートはどうする? この苺のジェラートなんていいんじゃないか?」

「え、あ、はい、それで」

「よし」

 きっとここでもお金を払わせてはくれないだろうからデザートまで頼むつもりはなかったが、やや強引に決められてしまった。

 ラインハルトがウェイターに注文しているのを聞きながら窓に目を向ければ、太陽が沈みかけているところだった。オレンジに染まる街並みに、懐かしくも切ない気持ちにさせられる。

 やがて空が藍色に変わると、何かが打ち上がる音がして、破裂音と共に現れたのは花火だった。

 それを皮切りに、いくつもの花火が打ち上がっては夜空を飾っていく。

「わあ……」

 感嘆の声をあげ、ヘレーネは花火に見入る。

「ラインハルト様、綺麗ですね」

「ああ、そうだな」

 ラインハルトを見れば彼も笑って応じてくれる。

 ああ、なんて幸せなのだろうとヘレーネは思った

(ラインハルト様とこんなにも素敵な時間を送れるなんて、本当に夢のようだわ。一緒に出かけてご飯を食べるなんて、まるでデートみたい)

 そこまで思って、ヘレーネの冷静な部分が囁いた。

 何を言っている? そんなわけないだろう、と。

(……そうだわ。何を考えているのかしら、私は……)

 ラインハルトがどうしてここまでよくしてくれるのかはわからない。けれど、よりにもよってデートみたいだなどと、思い上がりも甚だしい。

 自分が、人から好かれない人間だということは、よくよくわかっているはずなのに。

 ヘレーネは目線だけは花火に向け続けていたが、それでも先程までのように楽しめる気にはなれなかった。


「あの、ラインハルト様はどうして私に優しくしてくれるんですか?」

 花火も終わり、運ばれてきた料理に手を付けようとする前にヘレーネはラインハルトに疑問をぶつけた。

 自分が好かれているとは思わない。思わないがそれでも、「もしかしたら」と思ってしまう往生際の悪さが彼女にはあった。

 だから、彼にはっきりと言って欲しかったのだ。

「どうしてって、何故そんなことを聞くんだ?」

「えっと、ラインハルト様は私にとても優しくしてくれます。勉強を教えてくれますし、こうして美味しいものを食べさせてくれます。でも、どうしてそこまでしてくれるのか、私にはわからないんです。前にプレゼントが気に入ったと言ってくれましたが、それだけでここまでしてくれるとも思えなくて……」

 口に出してから後悔する。どうかんがえても失礼な言葉だ。だが、言ったことは取り消せない。

 内心、戦々恐々としたヘレーネだったが、意外にもそれに気分を害した様子もなく、ラインハルトは少し考える仕草をして口を開いた。

「そうだな……俺はな、君の実家の領地に興味があるんだ」

「領地……」

「ああ、あそこはいいところだ。これからもっと発展していくだろう……領主にやる気と能力があればの話だが」

「……」

「なあ、ヘレーネ」

 ラインハルトが優しげな声色と表情を彼女に向ける。

「はっきり言って、俺は君の両親をどうにかしてやろうと思っている。だから君にも協力して欲しいんだ。もし、協力してくれるのなら、君は悪いようにしない」

「……わ、私、は……」

 なんと答えるべきかヘレーネにはわからなかった。

 ラインハルトがボルジアン家の領地を狙っているのはわかった。そのために自分に近づいてきたということも。

 それは別にいい。哀れみや同情心ではないというだけよかったとも思う。

 だが、ゲームではヘレーネとラインハルトに協力関係などなかった。いや、もしかしたらゲームで明言されていないだけで何かあったのかもしれない。

 でもそれなら、ゲームのヘレーネはどうして修道女になったのだろう。ラインハルトの助力があればもっと他の道を歩めたはずだ。

 だったらこれはやっぱりゲームにはなかったイレギュラーということになる。それならこれ以上ゲームの本筋から外れないよう断るべきか。

 いや、そもそも自分の末路がどうなろうと、ヒロインたちには影響が無いだろうから受け入れたほうがいいのか。

「ヘレーネ」

 名前を呼ばれ、ヘレーネは我に返る。

「な、なんでしょう?」

「君の悩む気持ちもわかる。だが、このまま両親が健在だと君は両親から支配される一生を送るだけだ。それでいいのか? 一矢報いたいとは、思わないか?」

 ラインハルトの言葉にヘレーネは拳を強く握った。

 頭に浮かぶのは今まで受けてきた仕打ちの数々。人格否定をされ、少しでも言うことに背けば手をあげられ、外にもろくに出してもらえず、理不尽な言いがかりをつけられては暗くて狭い屋根裏部屋に閉じ込められてきた。

 ヘレーネは両親が嫌いではない。今まで彼らのことを徹底的に考えないようにしてきたからだ。特にゲームでの末路を思い出してからは、どうせ来年には消える存在だからと捨ておいてきたが、今彼女の胸に僅かながら灯ったもの、それは確かに憎しみと呼べるものだった。

(あの人達に一矢報いる……私が、私の意思で……)

 この決断に意味は無いのかもしれない。ヘレーネが断ったところで、ラインハルトかあるいは他の誰かがあの二人に鉄槌を降ろすだろう。

 でも、いやだからこそ、彼女は選んだ。自分を虐げてきた存在に、報復することを。

「わかり、ました……私にできることでしたら、何でもお手伝いします」

 ヘレーネの言葉にラインハルトはニィと笑みを浮かべる。

「そうか、それはよかった。それじゃあ、食事をしながら話をしようか」

「はい」

 食事の合間、ヘレーネは持っている情報を全てラインハルトに伝えた。これらが少しでも彼の役に立つことを願うばかりだ。


 食事も終わり、二人は店を後にした。お金はいつの間にかラインハルトが払っていて案の定、受け取ってはくれなかった。

「味はどうだった? 口にあったか?」

「はい、とても美味しかったです」

「それはよかった。それならまた今度」

「え、ラインハルト!?」

 声をかけられ振り向いてみるとそこにはラインハルトの同級生であるカトリーヌの姿があった。

「カトリーヌ、君か」

「どうしてこんなところに? 貴方、ずっと領地にいるって言ってましたわよね?」

 学校にいる時よりも着飾っている彼女はラインハルトに駆け寄って問いかける。

「ちょっと野暮用があって、王都まで出てきたんだ」

「そんなことなら言ってくださればよかったのに……あら、そちらの子は?」

 最初から隣にいたのにさも今気づいたという様子でカトリーヌはヘレーネに目を向けた。

「さっき偶然会ったんだ」

 ラインハルトがさらりとついた嘘に合わせてヘレーネも相槌を打つ。

 この人に、今日一日一緒にいたなんて言わないほうがいいことは流石に察した。

「まあ、そうでしたの」

「こ、こんにちは」

「ええ、どうも。それよりもこれから時間はありますの? 少しお茶をいたしませんか。丁度そこに私の家族もおりますのよ」

 ヘレーネの挨拶をおざなりに返してカトリーヌはラインハルトに言い募るものの、彼は首を横に振った。

「その誘いは嬉しいが、俺は明日の早朝ここから発たなければいけないんだ。悪いが、またの機会にしてくれ」

「あら、それは仕方がありませんね」

「ああ。それじゃあ、俺は彼女を送るので、これで失礼する」

「……それぐらい彼女一人で平気ではないですか?」

「そういうわけにはいかない。夜道は何があるかわからないからな……さあ、行こう」

「は、はい」

 ラインハルトと共に歩き出したヘレーネだったが、背中に痛いほどの視線を感じそっと振り返るとカトリーヌが美しい顔を歪ませ鋭い眼光で自分を睨みつけているのに気づき、背中を震わせる。

「……すまない、怖い思いをさせたな」

 申し訳なさ気に謝罪するラインハルトにヘレーネは「大丈夫です」と返事をした。

 やがて学園まで戻ってきた二人は待ち合わせ場所でもある校門で別れることになった。

「それじゃあ、お休み」

「おやすみなさい、ラインハルト様」

 去っていくラインハルトにヘレーネは手を降って見送った後、寮に戻ったのだった。


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