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葬儀

「ううっ・・・。」



 ルークが涙を浮かべながら寄りそう棺にはある日の朝起き上がることなく安らかに息を引き取っていた祖母マーサが眠っている。両親が魔物に襲われ命を落としてからというもの、女手一つで育ててくれた最愛の家族であった。


 この世界には国ごとに様々な習慣がある。ユーテリア王国には亡くなった家族を送る際にとぎという習慣が存在し、3日3晩の間家族が持ち回りで棺のそばに付き夜通し寝ずに付き添うものである。末弟とはいえ長男であるルークが最初に伽を行うようだ。その後、荼毘に付して数日間故人を偲んだ後で葬儀を行い墓へ納骨という流れである。



 クラウドとタニアはルークが伽の間に泣き崩れないか心配したようであるがそれは無かったようだ。



「不思議だな・・・。」



 マーサが亡くなった朝は涙が止まらなかった。今も悲しいことに変わりは無い、しかし夜になれば自分でも不思議なくらい落ち着いていた。


 この世界では人の命は軽い。盗賊や魔物との戦闘等、日常に死が溢れているといえるほどに。


 それでも今まで自分を育ててくれたマーサの死をこれほど冷静に受け止めている自分が不思議だったようだ。


 最も、マーサの棺に寄り添い既に3時間が経過しているのだが、何も出来ずに呆けているルークは自分が思っているほど冷静では無いと言える。


 混乱しながらも必死にマーサの死を受け入れようとしているルーク。そんな彼を物陰から見ていたクラウドは未だ涙が止まらないようだ。



「(ル、ルークゥ・・・)」



 鼻をすすりながら必死に気配を消しているクラウド。既にどちらが保護者か分からなくなっている。



 その翌日、ミルトアの街にマーサの訃報が届けられた。貴族が平民の葬儀に出向くなど前例が無い話しである。しかしバダックは即座に出向くことを決めたようだ。アレックスの世話をエリスとドミニクに任せ報せを受けた当日にはトント村へと出発した。

 さらにその数日後、バダックの手配により同様の報せが王城にも届く。それを知ったアンドリューとエリックがその死を心から惜しんだ。

 なんせ非常識の塊のような魔法使いを頭ごなしに叱りつけることが出来た唯一の人物である。今後のクラウドの扱いは更に難しくなったと言えるのだ。



 結果、伽を終えて遺体を火葬した後、葬儀に入ったのは20日後。参加者は村人の他、ミルトアの街から領主バダックとその執事コーランが、王城からは王女リリーの代理人が参加している。リリー本人が参加したかったようだが、いくら何でも王族が平民の葬儀に出るのはまずいと止められたようだ。



 トント村史上ぶっちぎりとなる豪華な顔ぶれの葬儀が終わりそれぞれが挨拶へとやって来た。バダックやコーラン、リリーの手紙を託された代理人等が次々にやって来る。



 全てが終わる頃には既に日も暮れていた。



「ふう、やっと終わったわね。」



「ああ、結構な時間がかかっちゃったな。ルークは大丈夫か?」



「うん。少し疲れたけどね。」



 弔問客も帰りようやく自分達だけになれた3人が一息ついている。



「でも本当におばあちゃん居なくなっちゃったのね・・・」



 一息ついたことで不意にマーサが居ない事実を思い出したようだ。家族だけになったという状況でよりそれが感じられたのだろう。



「そうだねお姉ちゃん。でもだからって泣いてばかりは居られないや。おばあちゃんにもよく言われてたでしょ?自分が居なくなってもしっかりやっていけって。」



「うん・・・。でも、これからどうしよう。おばあちゃんはもう居ないし・・・」



 タニアが気にしているのはこれからの生活のようだ。そもそもルークもタニアも召喚の儀以降、無役となったルークのために村中から差別を受けていた。最も、それがより一層顕著になったのは村役人が来てからであるが。


 しかし大小の差はあれど人からさげすまれていたことに変わりは無い。最も多感とも言える5歳~11歳でそれを体験したルークとタニア。そしてそんな2人を守ってきたのは良くも悪くもマーサ婆さんである。


 だが、唯の老婆であるマーサ婆さんが村人からの差別の目から2人を守るために外との接触を最低限度にしたことを誰が責められるだろう。その結果、2人が村との接点を無くしてしまうことになったとしても。ルークとタニアにとってトント村とはマーサありきの世界、2人にとってのトント村という世界はいわばマーサの付属品と言える。


 仲直りしたいと言った同年代の子供やタニアの恋人に立候補した男達は確かに居た。クラウドが来てからルーク達の扱いは一変したとは言え、心に沁み込んだ考えはそう簡単には変わらない。更に言うなら、そのクラウドもまたマーサに頭が上がらなかったのだ。2人にとってどれ程マーサの存在が心強かったかは言うまでもない。

 そんなマーサが居なくなり2人は今これからの不安で一杯なのが見てとれた。



「心配しないでタニアちゃん。」



「クラウド?」



「そのマーサさんにあとを任されたのは俺だろう?どうとでもしてみせるよ。2人がこのままトント村で暮らしたいってんならそうするし、他の所に行ってみたいっていうんなら移っても良いしね。」



「「他の所?」」



 どうやら2人はトント村を出るという考えそのものが無かったようだ。



「ああ。そもそもルークは今戦闘訓練もしているしな。もしそれを生活に活かしたいならミルトアへ行けば冒険者ギルドがあるだろう?王都もそうだけど、大きな街へ行けば行くほど仕事なんていくらでもあるもんさ。・・・まぁ、しばらくはゆっくり過ごそう。時間ならいくらでもあるしな。」



「他の街・・・」

「冒険者ギルド・・・」



 マーサ婆さんは決してクラウドに「2人を養え」とは言わず「2人を任せる」と言っていた。その言葉を聞いていたクラウドは2人それぞれが自分の仕事を持ち自力で生きていける環境を作ろうとしている。誰かに縋って生きるのでは無く自分の力で生きていける人間になる、そうなってこそマーサさんに安心して2人を見ていられると言って貰えると考えて。




 小さな村でいつまでも続くと思われていたルーク達の日常は大きく変わろうとしているのであった。




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