因縁決着
「ふっふっふっ。さぁて、どうしてくれようか?」
ニヤけた顔でそう言うのはハンクである。エリスを人質にバダックに降参を迫ったハンクであるが、まだこの場にエリスが居る訳でも無ければ誘拐が成功したという確証がある訳でも無い。バダックの「エリスを助けて欲しい」という返事を聞いて、現状は自分が有利であると思いつつも決して楽観視出来る状態では無いことは理解している。
「まずは剣を捨てろ!」
「ぐっ・・・」
ハンクの言葉に身体が固まる。今手に持つ剣は自身の友人である魔法使いから貰った魔剣である。その性能を使いこなす域にまで達したバダックにはその剣の危険性が誰よりも理解出来る。
間違っても国に仇なす相手の手に渡っていいものでは無い。
「(ここまでか・・・)」
ユーテリア王国に仕えるバダックにとって選べる選択肢は既に一択になっていた。エリスの命と王国の危機を天秤にかけられればそれも仕方がないというものである。しかしただバダックの戦力を無力化したかったただけのハンクにとってはその言葉は何よりの悪手となったようである。
確かにユーテリア王国への復讐も考えていたが、バダックとエリスへの復讐の機会が巡って来たことに興奮したハンクの頭はそこまでは回っていないようだ。
ハンクにとって誤算だったことはバダックの持つ魔剣の力であった。戦闘時にその力の一旦を目の当たりにしているハンクである。決して軽く見た訳では無い、寧ろ脅威と考えたからこそ最初に手放すよう迫ったのだから。しかしそうなった結果、バダックが『それが誰の手に渡るか?それを持った者がどう使うか?』を警戒することが分かっていない。
ハンクにとってはあくまでもバダックが持つ武器。しかしバダックにとっては手に入れた者が王国に敵対する場合、国を揺るがす一大事に発展する代物。最も、もしバダックがその魔剣を全力で振るえばどれほどの威力を発揮するかなど知る由も無いハンクにとっては仕方が無い話しであるが。
「どうしたっ!さっさと剣を捨てろ!」
再度ハンクが剣を手放すように迫る。
「(すまんエリス。結局私はお前を幸せにしてはやれなかったな。この件が全て終われば私からお前のところへ詫びに行こう。アレックスと一緒に待っていてくれ・・・)」
無言で手に握る剣を見つめながら心の中で愛する家族に詫びる。家族を失おうともユーテリア王国への脅威は排除すると決めたようだ。今まで自分に良くしてくれた王国のためならばと頭を切り替える。
『敵を討ち国王への報告を負えれば天国で待つ家族の下へ詫びに行く』バダックがそんな悲壮な決意に顔を歪める。
救いがあるとするならば、それは敵の狙いが自分とエリスだけであることだとバダックは考えていた。
自分が治める領地の住民や家に招いているルーク達に今にも危険が迫っているという訳では無い。勿論この目の前にいる仇敵がエリスを治した薬師を敵視し後からその家族であるルーク達を狙う可能性は十分ある。しかし、まもなく自分の友人が王都から帰ってくる筈であり、その男はどんな敵からであろうともルーク達を必ず守りきるという確信をバダックは持っていた。
そしてバダックが心で家族に別れを告げた時である。背後から自分達に近づいてくる人影にバダックが気づく。
「あれは?」
「うん?」
バダックと同時にハンクも気づいた。その上でハンクが不思議なものでも見るように声を出した理由は相手の風貌にあった。
日が傾き周囲もうっすらと暗くなってくる頃とはいえ、日中はまだ暑さの残る時期である。にもかかわらず、草原の中を走っている相手は全身フルプレートという恰好である。そんな恰好をしていれば熱中症にでもなりそうな場違いな姿。どうみても屋内で務める仕事についていることが容易に想像がつく。そんな人物が外を鎧のままの姿で走っている理由とは?
「何故ここに・・・・?」
バダックがそう言った相手は何も答えない。簡単な会話なら可能な筈であるが、それはあくまでも召喚主相手ならという条件がつくのだから。やって来たのはバダックが知る人物(?)、魔法生命体の守護騎士であった。
「な、何だこいつはっ!?」
さわぐハンクを余所に守護騎士はすっと手を差し出した。その手には一枚の紙きれが握られている。
「こいつを読めってことか・・・?」
そう言いながらメモのような紙を手に取り目を向けた。そこに書かれていたことを読みバダックは声を上げて笑う。
「はっはっはっ!ふぅ~、全く困ったものだな。」
おそらくは今まで字を学んだことなど無かったのだろう。そのメモはたどたどしい字で書かれていた。
”バダックさんへ
エリスさんは大丈夫です。
下手くそな字でごめんなさい。クラウドに教えてもらい始めたんだけどなかなか上手にならなくて
ルークより”
「なっ、何を笑っている!聞こえているのかっ!剣を捨てろと言っているのだ!」
大事な友人が届けてくれたメモを見てバダックは考えていた。おそらくはエリスが襲われた時に近くにルークもしくはその家族の誰かが居たのだろう。思い当たるのは一人の男。過保護なその男が自分の家族を守る為に用意していた守護騎士のおかげでエリスもまた難を逃れたのだと察する。
「(ありがたい。本当にありがたい。全く、そろそろルーク殿にも頭が上がらなくなりそうだな)」
一筋の涙がバダックの頬を伝っていく。最も、助かったことは確かだが実際は見た事も無い竜種と神獣の喧嘩に危うく巻き込まれかけ、可愛い息子は泣きわめき妻は必死に逃げ惑う羽目に陥っている訳であるがバダックがそれを知る術は無い。
「しかしルーク殿は守護騎士をもう一体持っているのか?私への報せに使うなら騎士のクリーチャーカードでも良い筈だが・・・」
例え目の前の下級吸血鬼を倒しても他に敵が隠れている可能性もある。それを危惧したバダックはルークやエリスを心配している。
「きっ、貴様!いい加減にっ・・・」
さっきから相手にされていないハンクがもう我慢出来ないと声をあげる。しかし、
「黙れ。もう貴様は何も喋る必要は無い!」
人質が居ないと分かったバダックに迷いは無い。剣を構えたバダックにハンクも身構える。届けられた何かに自分に不利となることが書かれていたことは間違いないと理解した。
咄嗟にハンクが距離を詰める。
「ふんっ!そんな剣に頼って手柄を立てていたとはなっ!そのような奴に後れは取らん!」
距離を詰めればさっきのように足を止めて雷を振らせることは出来ないだろうと考えたハンクが接近戦を挑んできた。今までの武勇伝も魔剣の力を使ったからと勘違いしている。
しかしそもそも騎士であるバダックにとって近接戦闘こそ最も得意とするところである。
近づいてきたハンクの首を刎ねようとバダックは剣を水平に薙ぎ払う。
「ふん、そんなも・・・」
爪を立てて剣を防ごうとしたハンク。そんな攻撃が通じるかと吐き捨てようとしていたのだがそれは叶わなかった。
ゴトリ
首から落ちた頭が地面へと落下する。ライトニングソードは確かに強力な雷を操るがその本分は剣である。それを理解するクラウドが切れ味や強度を軽視する筈が無い。上位の魔物は勿論のこと竜の鱗さえ簡単に切り裂くその切れ味は防ごうとした爪ごと真っ二つにして戦いをあっという間に終わらせたのであった。
「ふぅ、しかし何度振るってもこいつの性能には驚かされるな。もっと腕を磨いてこの剣に相応しい実力を必ず手に入れてみせるぞ。」
人質さえ取られなければ魔物30体に加え下級吸血鬼をも相手にして危なげなく勝ちを手にする。それがバダックの今の戦闘力であった。そしてだからこそバダックは警戒している。周囲の者達が難敵と考える下級吸血鬼相手に圧勝する自分が自身の力に溺れないようにと。そんな事になっては自分にこの魔剣を譲ってくれた友人に顔向けできないと考えているのである。
しかしその警戒は杞憂に終わることになる。
駆けつけてくれた守護騎士と一緒にミルトアへ帰ったバダックが見たもの。それは地形ごと変えるような力で行われた戦闘の跡。地面にできたいくつもの窪みは数十mは優にある。そのせいでうねるように歪んだ地面を越えた先に見えるのルークとタニアの前でペコペコと必死に頭を下げるヒュドラと麒麟であった。とても自分では敵いそうも無い相手の存在に顔が引きつるバダック。
「やれやれ・・・。一体ここで何が起こったんだか・・・」
困ったように笑いながら事情を聞くためルーク達に近づくバダック。そんな彼に気づいたようで笑顔のエリスが走ってこようとしている。
「・・・本当にありがとうルーク殿。」
失わずにすんだ家族が視界に入ったバダックの呟きは誰にも聞こえることなく空へと消えていくのであった。




