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両者の違い

『ぐぅぅっ!』



「大丈夫?ナーガさんっ!?」



 声を掛けられているナーガは下級吸血鬼の攻撃を受け既に身体中から何ヶ所も出血している。戦況は決して芳しくは無い。それは他方も同様であった。



『おのれっ!ここまで手こずるとはっ!』

『油断するなっ!距離を取れっ!』



「はーっはっはっ!蠅の如く飛び回るしか能が無いようだな!」

「ふんっ!不意打ちでも喰らわない限り貴様らなんぞには負けようがないわっ!」



 下級吸血鬼としては異常といえる程の強さを誇っている理由は彼らを眷属化した存在にある。吸血鬼の中でも最上位である真祖の吸血鬼ヴァンパイアロードが直々に眷属化したことにより通常の下級吸血鬼では考えられない程の強さになっているようだ。

 3体いる下級吸血鬼は1体がナーガと、もう2体がペガサス、ユニコーン計5体と戦っている。もともと強靭な鱗を持つナーガはともかくとして、ペガサスやユニコーンは一度でも攻撃を受ければそれが致命傷になりかねない。素早さで翻弄しながら攻撃しようとしているが相手の動きも決して遅い訳では無い。殆ど同レベルの動きを見せる吸血鬼相手にペガサス達も攻めあぐねていた。

 そしてナーガも同様に苦戦している。自慢の鱗を易々と裂く相手では分が悪いようだ。


 劣勢に立っているナーガ、ペガサス、ユニコーン。刻々と時間が過ぎていく中、戦闘状況は一向に好転する様相を見せない。



『ぬおおぉぉおぉ!』

「はっ、甘いんだよっ!」

『ぐはっ!』



 前にいるペガサスが牽制しているうちに背後に回り込んで襲い掛かったユニコーンであったが敵に察知された結果その腹部に吸血鬼の膝がめり込んだ。

 苦しそうな声で地面を転がるユニコーン。それを見て吸血鬼達は自分達の優位に気を良くしている。



「ふふふ、どうやらこちらの勝ちのようだな。」



「ははっ当然だろう。我らが下等生物などに負けるものかっ!」



 拮抗していた戦況はユニコーン1体の戦線離脱によりあっという間に下級吸血鬼へと傾き始める。戦闘の手ごたえから勝利を確信している彼らは自身の主とも言うべき強大な力を持つ吸血鬼の言葉を思い出していた。



 力こそが全て



 それは決して強者は何をしても良いという意味では無いが、この場にいる彼らはそう受け取っているようだ。



「おい、こいつらは全て我々だけの獲物だよな?」



「ふふふ。勿論だ。態々戦っていない奴の分まで考えてやる必要はあるまいよ。」



「そうだそうだ。苦労したのは我々だけなのだからな。それにこいつらは今まで相手にしてきたゴブリンやオーク共とは違い良い手駒になりそうだ。」



 既に勝利した後のことまで考えだしている下級吸血鬼を見てナーガが声を上げた。



『ぬぅぅっ、舐めるでないわ!少年は何があろうと守るのである!!』



 満身創痍になりつつあるナーガであるが、未だ気持ちは落ちていない。自らを、そして共に戦う戦友達を鼓舞するかのように気合を入れなおした。



『それはこちらも同じことよ!』

『そのとおり!タニア殿は何があろうと守る!』


『ぬうぅ、ペガサスに後れは取るまいぞ!』

『当然だ。タニア殿を守るのは我らユニコーンよ!』



 ペガサスとユニコーンも決して諦めてはおらず、その士気は非常に高い。


 しかし、如何せん気持ちに実力がついて来ていないのである。元々ランクで言っても分は悪い。下級吸血鬼がC+ランクであるのに対してナーガはD+ランク、ユニコーンとペガサスがC-ランクである。しかもユニコーンとペガサスのランクはこの霊獣達が見つけにくいことによる補正が掛かっている。発見が遅れれば遅れる程魔物の領域での活動時間が伸びる、つまり討伐の難易度は上がるのだ。


 更にはこの場に居る下級吸血鬼は通常よりも強力な力を持つのだ。押されるのも仕方が無いことである。


 そんな中で今まで戦況が釣り合っていた理由は下級吸血鬼の戦闘経験の不足によるものが大きい。


 ユーテリア王国の王都で貴族として暮らしていた時はたまに訓練をする事はあっても戦争に参加したことなど無いし、国外追放されてからも商人を襲うだけだったのである。そんな彼らの戦いとは精々低ランクの冒険者に不意打ちで襲い掛かる程度であった。


 つまり本格的な戦闘の経験が無かったことでC、Dランクの混成軍である相手に決定的な勝機を見つけることが出来なかったのである。


 しかしそれはナーガ達も同じことであった。彼らもまた長い時間をスカイパレスという天敵など皆無な楽園で過ごして来たのだ。戦闘経験が無いのは同じことである。ただし、魔物や霊獣は人間と比べてもその野性の本能とでも言うべき直感力が強い。今まで戦況が拮抗していた理由の一つであろう。


 

「うらぁっ!」



『ぐわぁあぁっ!』



 しかし頭数が減らされた今、どれだけ士気が高くとも戦況をひっくり返すのは難しいと言える。戦いにおいて数とはそれほどの力を持つのだ。遂にはペガサスの身体にも爪が突き立ちその純白の身体を赤く染めていく。



「はっはっは!もう諦めたらどうだ。私達とてこれから我らのしもべとなる貴様らを意味も無く甚振いたぶるのは本意では無いぞ?」



『ぐっ・・・』



 相棒が膝を付き苦痛に顔を歪めるのを見て、残ったペガサスの声が漏れている。




 その時であった。





『だ、黙れ黙れ黙れ黙れぇっ!!』



 狂ったかのように叫び声をあげたのはナーガである。



『何があろうと守るのである!何があろうと!』



 足が止まった霊獣たちを余所に一人果敢に立ち向かう。出血が続く身体をくねらせ敵を締め上げようと襲い掛かった。


 しかし何ヶ所も穿たれた傷跡から血が噴き出す。思いとは裏腹に動きは鋭さを無くし精彩を欠いていた。



「ふんっ、この程度の動きで我らを捉えられると思うたか!」



 バキィッ!!



 巻き付こうとしたナーガであったがその身体を蹴り上げられる。



『がっふっ・・・』



 地面を転がりその身体が大地に横たわった。しかし、



『は・・はっ・・はっ・・・ま・・ま・・』



「ひぃ~ひっひっ!!」

「ママだとよっ!」

「や、止めんかっ腹が痛いわっ!」



 吸血鬼達がナーガの言葉を聞いてゲラゲラと笑っている。ひとしきり笑い終わったところで漸く吸血鬼達も戦いを終わらすことにしたようだ。遂に牙に魔力を込めだした。後はそれを相手の身体に突き立てれば戦いは終わるのだ。ゆっくりと歩いて近づこうとした時、それは起こった。






『は、はっ、初めて出来た友達なのである!!ま、ま、守るのである!自分が守るのであるー!』



 身体を起こすことも出来ないままに叫び声を上げたナーガ。その身体が薄く光り出していることには誰一人として気づいていないのであった・・・






□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ 


 一方王城ではクラウドが護衛に付けたペガサス達が負ける、そう言い放った吸血鬼の言葉を聞きアンドリューが狼狽えていた。



「ク、クラウド殿?一体どういう事ですかな?」



 クラウドが手を打っているなら安心だと考えていたアンドリューであったが、こうもはっきりと負けると言い切られれば不安になるのも仕方が無い。何せ自分達は下級吸血鬼やナーガ、ペガサス、ユニコーンの力など知らないのだ。自分で判断のしようが無い。


 しかしそれでもクラウドが負ける護衛を付ける筈がないという一縷の望みを持って問いかけたアンドリューであったがクラウドの言葉に絶句する。



「はははっ、バレたか・・・。確かにあいつらじゃあ下級とはいえ吸血鬼の相手はキツいだろうね。」



「な、な、な、何をっ・・・」



 何を言っているのか?その言葉さえ口から出す事が出来なかった。彼がこれ程狼狽するのはタニアやルークが傷つけられた時のクラウドの怒りが何処に向くか分からないためである。



「そもそも相手は吸血鬼だなんて思ってもいなかったからなぁ・・・」



 申し訳なさそうにポリポリと頭をかくクラウドを見て更に混乱しそうになるアンドリューであったがここで不思議な事に気づく。


 今の会話が本当ならクラウドの家族の命が危ない一大事である。しかし当のクラウドは何故か落ち着きはらっていた。



「・・・クラウド殿?何故そこまで落ち着いていられるのですかな?」



 その言葉に対する返事。それは・・・



「そりゃあ負けないからだよ。あいつらはね。話しを聞いたところじゃお互いに戦闘経験の無いもの同士。個体としては吸血鬼が強いだろうが数はペガサス達が上。結局は似たようなもんだ。でもね、あいつらと吸血鬼とじゃ違いがある。決定的な違いがね。」



「「決定的な違い・・・?」」



 王の私室ではアンドリューと吸血鬼が不思議そうに首を傾けていた。



「分からないか?特に吸血鬼、お前も出来ることだぞ?」



「むぅ・・?私がですと?・・・申し訳ありません。考えが至りませんで・・・」



「勿体ぶらずに教えてくれぬかクラウド殿?一体決定的な違いとは何なのだ?」



「何だい国王さん、降参かい?仕方ないなぁ、答えはね・・・」



□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ 


 王都でそんな話しがされている頃、ミルトアの近郊で起こった戦いは遂に終わりを告げようとしていた。無慈悲な程に一方的に。




 倒れたナーガへと近づいていく吸血鬼達。誰がこの蛇を下僕にするかなどを言い争っているようだ。それぞれが自分の与えたダメージが大きかったと主張している。


 一歩一歩と近づいてくる敵の気配を感じながらナーガは無念で堪らなかった。





 それは100年程前の話し。地上で暮らしている時は自分に恐怖し近づくものなど誰も居なかった。同種の魔物にも出会うことが無かったこのナーガは常に孤独の中でいたのだ。何度も住処を変え、餌場を変えていくが自分の周りに誰かが居たことなど唯の一度もなかった。

 周囲に碌に餌も無くなりまた住処を変えるかと考えていた時それは起こった。空から大地が降って来たのだ。驚くなどというものでは無い。世界が壊れたのかと思う程の衝撃であった。


 しかし、何とか落ち着いて回りを見てみるとそこには信じられないものが見えた。


 今の世界では考えられない程の魔素に包まれた楽園である。その大地からは信じられない程に魔力に満ちた波動を感じる。土に生きる巨蛇種のナーガにとってそれがどれ程の天国であるか。一も二も無くその大地に潜り込んで確信する。ここが自分の生涯の住処になると。

 なんとその大地は潜り込むだけで食事を取らなくても力が漲ってくる。大地に含まれている生命力は尋常のものでは無かったのだ。


 しかしその大地に移ってもナーガの暮らしは変わらない。いや、食事に困らなくなったのは有難いことであるが。偶に地面から出て来ては気まぐれに木になっている果実を齧る。腹が膨れれば大地に包まれて休眠状態になって長時間休むだけ。


 そんな暮らしでは知り合いなど出来る筈も無かった。・・・あの時までは。






 大地にいきなり力強さが満ちた時、驚いて土から飛び出した。興味本分で見に行った時、人生で初めて声を掛けられる「はじめまして、こんにちは」と。


 気持ちが高ぶって遂には勝手に友人だなどと言い出す始末。しかし彼はそれを受け入れてくれた。自分が生きて来た中で初めて出来た友人。それを助けることもできずに死ぬのか・・・



『む、無念である・・・』



 そうナーガが呟いた時であった。輝き始めていたナーガの身体が強烈な光に包まれる。近くまで来ていた吸血鬼達がその光に驚き目を瞑った。その後で彼らが見たものとは・・・




 2足歩行で立つ体長10m程の魔物。強靭な鱗は輝くような美しさを持ち身体を覆っている。ナーガの鱗など比にもならない強度を持つのが見てとれた。体幹は凡そ20mはあるだろうか、まるで巨木のような胴体の上には8つもの蛇の頭が伸びていた。


 分頭巨竜種


 通称ヒュドラ、それは伝説上のみに語り継がれる国落としと呼ばれるS+ランクの魔物であった。



ちなみに落ちて来たスカイパレスですが事故ではありません。もう少し後で話しに出るので何故か落ちて来た程度と思っていて下さい。

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