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VS下級吸血鬼

 バダックとハンクがにらみ合っている先で下級吸血鬼レッサーヴァンパイアの4体が影の中を移動している。彼らの持つスキル影移動は影に潜んでそのまま影の中を移動することが可能というもの。しかも影の中限定ではあるがその移動速度は時速100kmに迫る。ただし、影が途切れている先へ進むためには一旦実体化して移動し先にある別の影に潜むか、影の間を別の影でつなぐ必要がある。


 しかし薄暗くなってきた周囲には影などいくらでもある。


 影の中を高速で移動する下級吸血鬼たちはこれからのことを思うと心が弾み自然と笑みが出るようだ。



「(グフフフ。ミルトアの街まではもうすぐだ!)」

「(あぁ、このままなら後20分もかかるまい。どうだ、戻る前に俺達でエリスの味見をしないか?)」

「(くくく、それは良い!いつも偉そうなハンクなどに態々一番を譲ってやる必要もあるまい!)」



 下卑た会話をしているのは下級吸血鬼達。もうすぐ到着するミルトアの街を前に早くも気が急いているようだ。





 あとほんの少しでミルトアが見えてくる、そんな距離にまで来た時彼らは街の外にいる人影を見つけた。


 


 不運としか言いようがない。




「(おいっ、あれは・・・)」

「(うむ。間違いない!)」



 そこにいたのは誰あろうエリス本人であった。どうやら外に出かける友人達に連れられて一緒に出掛けて来たようだ。下級吸血鬼達は態々街の中まで入り込んで人目を避けながら攫う必要が無くなったとほくそ笑みながら距離を詰めていく。


 エリスに数mにまで近づいた時、下級吸血鬼の1人が声を掛けた。



「ふふふ、見つけたぞ!バダックの妻エリスだな!?」



 急に聞こえるその声に身体を強張らせるエリス。



「誰っ!?」



 エリスの声に反応するかのように影から滲み出てくるのは4体の下級吸血鬼であった。



「きゃぁーっ!」

「な、何じゃお前達はっ!」



 そしてその横にいたのはエリスを連れだした友人達。タニアとマーサ婆さんである。彼女たちはクラウドに言われていた日課のトレーニングを行うためルークが街の外へと出て行くのについて来たのであった。ミルトアの周囲には強い魔物が出ない事、特に街の近辺では魔物そのものが居ないために3人で見物に来ていたようだ。



「皆さん逃げて下さい!!」



 大声を振り絞るエリス。その顔には汗が噴き出している。非常事態であることを瞬時に察知した理由は話し掛けて来た相手の顔に覚えがあったからである。


 忘れる筈が無い。かつて自分にバダックと別れるように迫り、あまつさえ自身に妾となるよう脅してきた男達の顔を。



 しかし仮にもこの地を治める領主の妻が民より先い逃げる訳にはいかない。


 商家の出でありながらも夫の行いを見て来たエリスである。その心がけはその地を治める立場の貴族として非常に好ましいものであった。



「はっ、一人も逃がす訳ないだろう!」



 しかし周囲は既に4体の下級吸血鬼により囲まれている。剣術も魔法も使えない彼女たちが突破出来る状態では無い。そんな時である。



「あっ、あれっ、何これっ。」



 街の周囲を走り込んでいたルークが姿を見せた。当初はマーサ達に誰かが話し掛けているのか程度の認識であったが、近づいてみればそこに居たのは人間では無かった。一瞬呆気に取られたようだ。


 しかし、下級吸血鬼はそんなルークを冷めた目で見ていた。



「ふん、女で無ければ用は無いわ。」


「今すぐ始末してくれる。」



 そう言いだした下級吸血鬼達。戦闘態勢に入ると身体が魔力を帯び始めた。



「う、うわわわわっ!」



 これまで感じたことも無いほどのプレッシャーがその場にいるルーク達を襲った。


 本来吸血鬼は非常に強力な力やスキルを持ち、魔法を操ることもある。現在では未知種となってしまいその強さはランク分けされていないが、現在の魔物ランクで分類すると下級吸血鬼はC+ランク。上級の冒険者パーティですら戦闘を避ける程の強さを持っている。とてもでは無いがこの場にいる者で太刀打ち出来るものでは無い。



「さてと、ガキとババァはさっさと殺して女を攫うかぁ。」



 仲間内でそう言いながら一人の下級吸血鬼がルークへと手を伸ばす。



「う、うわわぁっ!」



 ルークの悲鳴に近い声が上がった。







 その時であった。



『我の友人にそのような真似は許さんのである。』



 聞こえて来たのは低い声。ルークに近づいて来た下級吸血鬼、その足元の地面からはいつの間にか巨大な蛇の身体が這い出していた。その巨体は優に8mに及ぶ程。それに巻き付かれた吸血鬼がわめき散らしている。



「なっ!一体いつの間に!うぐぐ、な、なんという力かっ!離せぇーっ!」



 凄まじい力で締め上げられて動きを封じられた下級吸血鬼が驚きにその顔を染めている。



『そう簡単には逃がさんのである。』



 蛇の下半身に続いて地面からゆっくりと出て来た上半身は壮年の人間男性であった。



「ナーガのおじさんっ!」



『ふふふ。また会ったのである、少年。』



 グチャアッ!


「きゃあっ!」



 ナーガの出現と同時に突如としてタニアの視界からは敵が消えていた。タニアを捕まえるためにと手を伸ばしていた下級吸血鬼は居なくなりその代わりにタニアの前に居たのは・・・



「ペガサスさんっ!?」



『ご無事か、タニア殿!』

『後はお任せを!』



 ルークとタニアの前に現れた魔物と霊獣。彼らはそれに見覚えがあった。それはクラウドに連れられて彼の家『スカイパレス』へと招待された時のことである。


 ルークの前に現れたのは巨蛇種ナーガ。上半身に壮年の人間男性の上半身を持ち下半身は鱗に覆われた蛇の体躯である。恐怖の対象である筈のナーガに出会い「こんにちは」と気軽に声を掛けたルークを気に入り友人となった魔物であった。

 タニアの前に現れたのは穏やかで優しい心を持つタニアに懐いていた天馬ペガサスが三体。


 ナーガと天馬達はスカイパレスでルーク達と出会ってから彼らの事を気に入った。それを見ていたクラウドがそれぞれ護衛を頼んでいたのだ。そしてナーガは地面に潜みながら、ペガサスはすぐに駆け付ける事が出来る距離の空からずっとルーク達を見守っていたのであった。


 因みにペガサス同様彼女を慕っていたユニコーン達はタニアに見つからずに護衛するのが難しいだろうという理由から護衛を任されなかった。その為、異変に気付いた後でスカイパレスを飛び出し猛スピードで向かって来ているのであるが、肝心な時に間に合わなかったユニコーンは現在涙目である。


 なお、ついさっきまでタニアの前に居た下級吸血鬼はどうなったかというと、上から降って来たペガサスの着地に巻き込まれ頭から踏みつぶされた結果ペガサスの足元で肉塊と化している。



「な、何だ貴様らっ!」



 急に現れた霊獣たちに警戒を強める下級吸血鬼達。



「魔物の分際で我らの邪魔をするかっ!」

「構う事はない!八つ裂きにしてくれるわ!」

「いや、待て待て。見ればなかなかに珍しそうだ。どうあっても我らの牙で手下にするべきだ!」



 好き勝手に喋り出す敵を見てエリスが急いで戻ろうと言い出した。



「よく分かりませんが、後から出て来たのはクラウド様の手配ですね?なら皆さん、今の内に安全なところまで早く逃げましょう!」



「はっ、させると思うのかっ!」



 後ろにいる下級吸血鬼2体がずいっと前に出て来たかと思うと、ナーガに襲いかかりその身体に爪を立てた。



『ぬぅっ!』



 下級とは言え吸血鬼の爪は非常に強靭である。ナーガの鱗を突き破った爪が身に食い込み血が滲みだす。ナーガが身体をくねらせ身体に取りついた吸血鬼を振り払うが、そのために動きを封じていた吸血鬼には抜け出されてしまったようだ。



『ふうむ、思った以上に手ごわいのである。』



「はっ、舐めるなよ魔物ふぜいがっ!我々にかかれば大鬼オーガさえもただの獲物に過ぎなかったのだ!蛇や馬などに負ける筈があるまい!」



 その時であった。



 ドカラッドカラッドカラッ



 空から響く蹄の音。ようやくスカイパレスからユニコーンが到着したようである。



「ユニコーンさんまで来てくれたの!?」



 タニアがまたも顔見知りの登場に驚いているが当のユニコーン達はタニアの危機を自分達が救えなかった事が悔しいようだ。本来敵対する相手には獰猛なユニコーンが口々に言葉を発する。



『タニア殿!遅れてしまい申し訳無い!』

『ペガサス達よ。ここから先は我らに任せてくれっ!!そうでなければ気が済まん!!』



「なんだ!?また馬が増えたか?ふん、下等生物なんぞいくら増えようと結果は変わらんわ!」



 ここにスカイパレス連合とも言うべきナーガ、ペガサス、ユニコーンvs下級吸血鬼の火蓋が切っておとされることになるのであった。





□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 その頃、ユーテリア王国の王城ではクラウドと吸血鬼がアンドリューの私室で面談し話し込んでいた。



「しかし、クラウド殿は流石ですな。」



 クラウドの手際を褒めているのはアンドリューである。クラウドはアンドリューに吸血鬼に攫われた者達の解放を約束しており、全ての者達を吸血鬼のスキル『血の隷属』から解放し終えたクラウドがその報告にやって来ているところであった。

 その際、アンドリューはどうしても気になったことをクラウドへと尋ねた。それは、



「クラウド殿。しつこいようじゃがどうしても気になる。教えてはくれんか?」



 アンドリューはクラウドが自分の家族を守る為に手を打ったと知り、それが一体どのような方法なのかが気になっていた。もしかしたら自分達の警備にも使えるかもしれないと考えたのだ。しかしそれはクラウドの言葉で吹き飛ぶ。



「いや別に特別な事はしてないよ。ただ護衛を付けただけさ。ルーク達を慕ってくれてる奴らがいたからね。」



「ほう、ルーク殿たちを慕う護衛と?」



「ああ、最も人間じゃあないけどね。ナーガとペガサス、ユニコーンだよ。」



 相も変わらずぶっ飛んだ話しであるが、アンドリューはそれを聞いて「なるほどな」と笑っていた。クラウドのする事で驚いていては身体が持たないとエリックにしつこく言われていたために耐性が出来ているようである。


 しかし、同席していた吸血鬼の発言がその笑いを止める事になるのであった。









「失礼ながら。下級とは言え私の眷属となった者達がナーガやペガサス、ユニコーン程度に負ける事などあり得ませんが・・・」




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