幕間-7 それぞれの日常
<ファンクの場合>
「くそっ、今日こそはっ!」
トント村から王都へ戻って以降、ファンクが自身に課す修練は周囲の者が驚く程であった。ひとえに契約魔法を使いこなすためにとそれだけを考えて作られたメニューであったがその練習量は人間の身でこなすのは不可能と思われる程である。
1日を通しての走り込みから始まり筋トレ等の基礎トレーニングをみっちりと行う。生命力で発動する契約魔法を使いこなすには自分の体力増強が必要不可欠なのだ。
その後は剣術の修行である。尚、騎士団長を務めるファンクは当然ながらユーテリア王国でも最強の剣士である。剣術の腕前を磨くためには同じレベル若しくは更に強い相手と腕を磨き合う事が望ましいのは当然であるが、自身がトップともなればそのような相手は居るはずも無い。
今までは部下の中から強いと思える相手を選び数をこなすことで補ってきたのだが、現在ファンクはその過ちを後悔していた。
「こうまで違うとは思わなかったな、全く!」
そう吐き捨てながら片膝を付いている。ぜぃぜぃと肩で息をしている程に消耗しているファンク。実力が拮抗している相手との修行がこれほどまでに面白く効果的とは思いもしなかったのである。
そのファンクの前に立つのは修行用にとクラウドから借りてきた魔導具のクリーチャーカードから出て来た騎士である。王都に戻って以降彼はこの騎士との剣術修行によりメキメキとその腕を上げている。
ファンクは自分の上司でもあるガルド軍務卿より騎士達全員が行う練兵・訓練の免除許可を得ている。それはクラウドから与えられた契約魔法を使いこなすための修行に特化したいというファンクの願いと、その魔法がどれほどのものなのかを確認したい国王アンドリューの思いが合致した結果である。
最初は掠らせることさえ出来ずにいたが、今では拮抗するまでに腕を上げているファンク。もとより騎士団長にまでなった程の超が付く剣術馬鹿であった彼は騎士との勝負が楽しくて仕方が無いようである。
そして最後に行うのが契約魔法の相手である魔法生命体でもあるウンディーネを使った修行であった。もとより苦境に置かれた時の最後の手段ともなり得る契約魔法であることより、ファンクはそれを最も消耗している状態下で使いこなせるようにと厳しい修行の最後に行う事に決めている。
ハードな特訓のおかげもあって最初の頃は全身を顕在化させることが精一杯であったが、現在は全身を顕在化させた状態で30分程を維持出来るまでになっている。更には自分の消耗を最小限に抑えるため、肘から先の腕のみを出してウンディーネの魔法を操るまでになっていた。
「よしっ、最後の仕上げいくかっ!」
わずか数分の小休止を挟み気合を入れなおしたファンク。最後の訓練はウンディーネを使った戦闘訓練である。剣術の勝負では未だに一度の勝利も敵わない相手、騎士へと向かい合い剣を握った。
「よし、いくぞっ!お前も全力で戦え!」
騎士へと命令が飛んだ。その勝負の行方は・・・
開始と同時に両者が距離を詰めた。繰り出したお互いの一撃がぶつかり合う。
ギィイィィン!
剣戟の音が響くと同時であった。
「来いっ!」
ファンクの声に反応したウンディーネ。一呼吸の間もおかず一瞬で右腕のみを顕在化、更にそれと同時に現れた水の球が五つ。それが槍状になったかと思うと凄まじい速さで前方に突き進んだ。
ガシュゥッ!
とても元が水とは思えないような音を出し騎士の鎧をいとも簡単に削る。クラウドが作った魔法生命体である騎士の鎧はその防御力も推して知るべし。決して普通のフルプレートアーマーなどでは足元にも及ばない程の強度を持つが、ウンディーネの水槍はそんな鎧をも問題にしない。
身体を捻ることで致命傷を避けた騎士も流石であるが、体力強化に取り組み続けたファンクはウンディーネの攻撃を操りながらもまだ余裕を持っている。
身体を捻ったことで崩れたバランスの隙を付き繰り出した一撃が騎士の喉元を引き裂いた。
現在、契約魔法を使っての勝負では既に負けなしである。更にウンディーネの魔法射程は軽く200mを超える。遠距離攻撃の手段を持つ近接剣術のエキスパート、それは既に常人の域を超えるレベルであった。
「まだまだぁっ!もう一丁いくぞっ!」
これ程の向上心に燃えるのはいつ以来だろうか・・・。久々に一介の剣士に戻った彼の特訓は非常に楽しそうであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
<ケンタ・アカネの場合>
ユーテリア王国の西部にある小さな村では数か月前にやって来た旅人達が住みつき新しい村人として迎えられていた。ケンタとアカネと名乗る2人の男女であるが、彼らは実はユーテリア王国の国民では無い。
遠く離れたドラン連邦国が召喚した異世界人である。
彼らは一緒に召喚されたクラスメイト達が戦うことを選ぶ中、最後まで非戦闘にこだわっていた。結局は国に協力しなかったとして認められていた権利をはく奪され農奴に落とされようとしていた時に国を出奔。2人だけで生きていこうと決意を新たに第二の人生を踏み出したのである。
最も、元が規格外の異世界人である。腕力や俊敏性、体力、魔力等が一般人とは比べようもなかった。だからこそかつての友人達はそんな力に目を眩ませて戦争という手段に手を出してしまったのであるが。
「ただいま。」
質素というよりは粗末とさえ言えるあばら家、それが彼ら2人の住む家であった。しかし2人はそれを不満に思ってはいないようだ。帰る家があり待っていてくれる人がいる暮らし、それは荒んだ心を満たしてくれるには十分なものであったようだ。
「あっ、おかえり。ごはん出来てるよ。」
一足先に畑仕事を終え夕食の準備に入っていたアカネがケンタを出迎えた。
殺伐とした政治の世界からすっぱりと足を洗った二人。元々が農家の息子であり時には手伝いもさせられていたケンタはその時の経験を基に農家として生計を立てようと考えた。どうせドラン連邦国でも一度は農奴として生きるのも悪くないかと考えたこともあるのだから。
最も、それを良しとしなかったのは自分を慕ってくれるアカネの為であった。農奴の身分は当然低い。特権を笠に着て無理やり女性を囲うような奴らが大勢いる国が安全な筈が無い。しかもアカネは美人として人気もあったのだ、誰にも狙われないはずが無かった。
「ああ、ありがとう。さっそく頂くよ。」
仕事でへとへと・・・という訳では無い。どれだけ働こうと彼が疲れることは無かった。無尽蔵ともいえるスタミナのおかげであるが、周囲からの目を気にしてあまり目立たないようにと仕事量を周りの人達に合わせているようだ。
「そういえば、この前隣の・・・」
仕事終わりにする何の変哲も無い会話さえが大事な時間となっているようだ。以前は他人と戦うことなんてと思っていたが、現在では彼には既に覚悟が出来ている。
ドランから逃げてきてようやくこの村で平穏を手に入れた2人は今の生活を守るためならばという考えを持っている。
「(せめてこの暮らしだけでも守ってみせる。自分を信じてついて来てくれたあいつのためにも)」
逃げるようにして身体一つで外へと飛び出してから、村に辿り着くまでの間に出来たもう一つの命。身体を労わりながら時折見せる新米ながらも母親としての表情を見る度にケンタの覚悟はより固まっていくのであった。




