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現われた者

 ユーテリア王国の国王アンドリューの私室、その床に伸びた調度品の影からゆったりとした動きで一人の男が姿を現した。まるで影から滲みだすかのように部屋へと姿を見せるその男はうすら寒い笑みを浮かべて部屋にいる者達を眺めている。



「き、貴様っ、一体ここを何処だと思っている!」



 大声で咎めたのはエリック。しかし咎められた方は気にした様子が無い。



「・・・先ほどの話し興味があるぞ・・・」



 いきなりの発言に焦る一同であるが、その言葉を受けアンドリューが答えた。



「きょ、興味とはどういう意味だ・・・?」



 本来一国の王の前に正体不明の魔物がいるなどあってはならないことである。しかし彼が纏う圧力は尋常では無い。部屋にいる者達は離れたところから見ているだけにも関わらず身体が小刻みに震えだしている。

 おそらくは、いや、まず間違いなく話しに出て来たくだんの妖魔であろう。その時、エリックの声を聞きつけ部屋の前で待機していた騎士達が部屋へとなだれ込んできた。



「国王様!ご無事ですか!?」

「火急につき承諾を得ず部屋へと入ったことお許し下さい!」


 やって来た騎士達全員は正体不明の侵入者を確認すると国王達の前を塞ぐように並び剣を抜いて対峙した。



「お前達、危険な相手だ!気を抜くな!」



 注意を促したのはエドワード。この状態で気を抜く者などいるはずも無い。彼はこの異常事態への緊張から声をあげずにはいられなかったようだ。



「・・・無聊をかこつ日々から抜け出してみれば会うのは雑魚にも劣る屑ばかり。いい加減にしてもらいたいものだ。」



 ふぅとため息をつくような仕草で前に並ぶ騎士達を一瞥している。その時クラウドが言葉を発した。



「全員を下げろ。一人も助からないぞ。」



 決して侮辱する気など無い。単純に危険だと考えアンドリューかエリックに進言したつもりであった。しかし、騎士達からすれば聞き捨てならない言葉である。自分の身の安全を優先して国王の守りを外れるなど出来る筈が無い。最もクラウドもそう考えたからこそ直々に国王達から下がるよう指示を出してもらおうとしたのだが。



「か、かかりなさい、ハイドッ、マックスッ!」



 ソフィアに名を呼ばれたのは彼女が騎士団に所属していた時の同僚である。ソフィアと彼らは互いに腕を認め合い切磋琢磨した仲間であった。その2人の腕前は当然王国騎士団でも上位クラス。国王の部屋を守っていたのが自分が腕を認める程の猛者であったことでソフィアには希望の明かりが灯った。自分も帯剣さえしていればと考えながらも信用出来る2人へと攻撃の指示を出す。



「うおおぉぉおおっ!!」



 その言葉が引き金となり二人の騎士が両手剣を構えて突撃していく。距離を詰めていく彼らを見てクラウドは舌打ちした。彼らは国に仕える騎士である。命を懸けて国王を守ることが務めである彼らの忠誠心を思えばその無謀な行動は非難しにくい。


 そんな事を考えている内に彼らは既に壁際に佇む男へと向け剣を振りかぶっている。右の騎士は振り下ろすように、左の騎士は薙ぎ払うように。息のあったコンビネーションで剣を十字に交差させる。振り下ろす剣を左右に躱せば薙ぎ払いを避けることは出来ない。薙ぎ払いを躱すためしゃがみ込めば振り下ろされる剣が頭を襲う。


 壁を背にしているためバックステップの回避は出来ない。本来ならどちらかを躱してもう一方を武器や盾で防ぐしか無いはず。しかし、壁際で佇むその侵入者は手ぶらであった。



「(やりましたわっ!!)」



 見ていたソフィアがその攻撃が確実に相手を仕留めると判断した時、壁際に佇んだままで息の根を止められようとしていた男の右腕が僅かに動いた。


 ガキィンッ!!


 剣戟の音が聞こえてくる。ソフィアが「やはり剣を隠し持っていたか」と考えた時、信じられない光景を目にすることとなる。


 その男は掴んでいたのだ。


 おそらく振り下ろす剣と薙ぎ払う剣が交差する瞬間を狙ったのであろう。無造作に片手で2本の剣を掴んでいる。どう見ても刃が指や手のひらに当たっているように見える。


 阿吽の呼吸でほんの僅かにずらして繰り出された剣が当たる筈が無い。


 それを知るソフィアは今起こった出来事をほぼ正確に掴んでいた。聞こえた剣戟の音、それは一撃目を片手で受け止めたまま二撃目の剣を力任せに掴んだ結果2人の剣がぶつかった音である。



「あ、ありえ・・ない・・・」



 その技量に衝撃を受けるソフィア。その時であった。



「凡庸以下よ。」



 辛らつな言葉を発しながら掴んでいる剣を上へと引っ張った。明暗を分けたのは2人の騎士の考え方である。


 向かって右側のハイドと呼ばれた騎士は咄嗟に危険を感じて剣を離すが、左側のマックスは剣を掴んだまま離さなかった。


 理由は2つ。


 自分達騎士が王城内で持つ武器は今掴まれている剣のみ。これを奪われては反撃が出来ないと考えたことが一つ。もう一つは相手が手で剣を掴んでいる今、力任せに引き抜けば相手の指を切り落とすことが出来ると考えたためである。

 しかし、凄まじい力で引っ張られたためにバランスを崩し前のめりになってしまう。と、



「うぐあぁぁぁあっ!」



 響いた悲鳴の主に視線が集まる。するとそこには剣を掴んだのとは逆の手で鎧ごと肘から先を無造作に引きちぎられて悶絶するマックスの姿があった。

 一方でまるで興味も無いとばかりに千切った腕をひょいと横に投げ捨てている男。


 マックスのかすれる様なうめき声のみが聞こえる部屋の中でガチャリと音がする。それを見た者達は言葉さえ発さない。



 数秒続いた沈黙を破ったのはクラウドであった。



「それで?お前は何に興味を持ったんだ?話しから察するにどうやら展開している結界は中の会話までも拾える代物だったようだが・・・」



「ふむ、お前か。聞く手間が省けた。」



 そういうとゆっくりとクラウドへ向け近づいてくる。アンドリューが後ろから声を掛けた。



「クラウド殿危険です!部屋の事なら気にする必要は無い!攻撃を!」



「お気遣いどうも。しかし、こいつの興味とやらが気になるのでね。」



 放たれるのは圧倒的な威圧感。身体が震えて手出しが出来ない騎士達の横を悠々と横切っていく。お互いの距離が1m程になった時、その男が話し掛けてきた。



「(ふむ、少しはマシな腕のようだな。今のを見てもこの距離まで手は出さずか)」



 自身の膂力を見せたにも関わらず何の警戒もせず自分をここまで近づかせた。多少は自分の腕に自信を持つようだと考えている。



「答えろ。なぜ知っている?」



 外に開放されてから今までに自分が出会ったのは無力で無知な人間ばかり。魔力の強い者や身なりの良い者なども襲った(高い教育がなされているだろうという理由で)が、ただの一人も自分の正体を言い当てる者など居なかった。

 にも関わらず、この部屋で拾った会話は正確に自分の正体を掴んでいた。


 クラウドを見下ろすその男の身長は2m30cmほどであろうか。細身の偉丈夫といった風貌で真っ白な髪はオールバック。病的な程に青白く彫りの深い顔は好き嫌いが分かれるだろうが決して醜くは無い。黒を基調とした礼装に身を包みクラウドを睨みつけている。



「お前の正体のことか?」



 問われていることは事前の話しの流れから考えるとまず間違いはないと考えているクラウド。確認したのは念のためであったのだが、



「問われたことだけに答えよ。」



 そう言いながら手が伸びてくる。おそらくは先程の騎士同様に腕を引きちぎるつもりなのだろう。



「やれやれ。物騒なやつめ。」



 そう呟いた時であった。



 バキィッ!!

「ブハァッ!?」



 いきなりその男の顔が後ろに弾けた。目で捉える事すら出来ない程の速さでクラウドの右拳が左頬に突き刺さったのである。



「き、貴様・・・?」



 たたらを踏んで後ろへ下がったその男が目を見開き問いかける。そして実に1100年振りとなるセリフを耳にすることになるのであった。






「馬鹿が・・・。吸血鬼風情に魔法使いがおくれを取ると思ったのか?なめるのもいい加減にしろよ。」






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