狩場
すいません、少々文を修正してあります。大凡の話に変更はありません。
「すいませんマーサさん。」
クラウドは何度もトント村を空けることをマーサに詫びていた。
「何を言っとる、構いやせんさね。頼ってくれたんじゃろう?それなら頑張ってくりゃあええ。」
「だけど・・・。」
「・・・あんたが何を気にしてるかは分かっておるさね。まぁ大丈夫じゃろ。」
「すいません。なるべく早く帰りますので。」
「ふっふっふっ。分かった分かった。それじゃあ行っておいで。」
まるで子供に言い聞かせるようにマーサ婆さんが話す。了承を得たクラウドはルークとタニアにも話して説明を終えるとすぐさま出発すると告げた。
「僕は行っちゃあ駄目なの?」
今回もついて行けるかもと思っていたルークが聞いてくる。タニアも少し期待していたようでその表情が残念だと語っていた。
「悪いなぁルーク、タニアちゃんも。今回はどんな話しかも分からないから遊ぶのも難しそうだ。2人が事件に巻き込まれでもしたら俺がマ-サさんに殺されちまう。もし王都を観光したいなら改めて連れて行くからさ。」
何とか2人にも納得して貰ったクラウドは家の外に出る。と同時にふわりと宙に身体が浮いた。
「それじゃあ行ってくるよ。」
「ああ、しっかりやっといで。」
「いってらっしゃいクラウド。」
「いってらっしゃい。次は絶対僕も連れていってね!」
3人からの言葉を聞いてニコリと笑ったクラウド。するすると身体が高く浮き上がっていくかと思えば、高さ50m程に上がった時に弾けるように飛び出しあっという間に視界から消える。
「相も変わらずデタラメな奴さね・・・」
「すっご~い・・・」
「僕一緒じゃなくて良かった・・・」
後に残った3人の言葉を聞くことも無く、クラウドは王都へと向かうのであった。以前とは違い途中を見回る必要は無い。やや上空へと向かいながら速度を上げていく。音速に達しようかという辺りで速度は安定したようだ。
「さてと、このままいけば昼前には着くだろう。」
半月ほどの行程を2時間程で走破するつもりのようである。
「今日も何とか無事であったか・・・」
王城の私室にいるエリックがふぅとため息をついた。手がかりが掴めぬままもう10日近くが経つ。最初に王城で行方不明者が出てからすでに5人が行方不明となってしまった。ある者は王城で、ある者は街中で。
自分はともかく、いつ自身が仕える主君に被害が及ぶかと考えると気が気で無い。ここ数日碌に寝ることさえ出来ずエリックの疲れは限界に近づいていた。
ようやく仕事もひと段落し食事を取ろうと歩いていると一人の騎士が近寄ってきた。
「エリック様、ここにおられましたか。」
「どうしたのだ騒々しい。」
疲れが溜まっているエリックが眉を顰めながら聞き返す。
「それが城門にエリック様の知り合いだから取り次いで欲しいと言っている者がおりまして・・・」
「!何っ!どのような者であった!?」
もしやこちらの願いを聞いてすぐさま来てくれたのでは?
しかしそれにしては早すぎるかと一瞬考えたが『もとより常識が通じる相手では無かったな』などと考えていると目の前の騎士から返事があった。
「はっ!来ているのは男らしいです。それがどうやら普段着のような恰好をした村人であったと門兵が・・・」
「私の私室へ通してくれ!くれぐれも失礼の無いよう最上の礼を尽くせと案内の者に伝えよ!」
騎士の話しを最後まで聞くことも無くエリックは駆け出していくのであった。
それから数分後、息を切らせて部屋へと戻ったエリックの下にクラウドが通されてきた。
「クラウド殿!この度はお呼びたてしてしまい申し訳ありませんでしたな・・・」
笑顔で話し掛けたエリックであったが、クラウドの顔は真面目そのもの。寧ろ怒っているような印象を受ける。とっさに『やはり呼び出すのはまずかったか!』と心の中で舌打ちする。しかしエリックは今回だけは何を言われようとこのまま押し通す気でいた。実際自分がトント村へ向かって交渉をする時間など無かったし、そんなことをしている間に国王の身に万が一のことがあればたまったものでは無い。
どんな謝罪でも礼でもクラウドの気の済むままにする、その代わり国王が命の危機に晒されているこの状況を何とかして欲しい。
それがエリックの偽らざる本音であった。
「クラウド殿!私の無礼は必ず詫びます!何なら今すぐ土下座でも何でもいたしましょう!ですが、何とか助力をお願いいたします!」
そう言って椅子から立ち上がり床に膝をついた。
頭を下げようとしたところでクラウドから声が掛かる。
「そんなことはしなくて良いよエリックさん。それよりもこれはどういう事だ?一体何があったんだ?」
真剣な顔でそう言うクラウドに向けエリックは慌てて説明を始める。最初は王城で同僚の目の前から王選魔術師が消えたこと。その後街中で3人が消え、昨日はまた王城で文官が消えたこと。それらの状況説明も合わせて話したあたりでクラウドからストップがかかった。
「その辺りは手紙で見たよ。もしかして原因がまだ特定出来ていないのか?」
確かに起こった出来事は全て手紙に書いていた。では一体何の説明を求められたのか?
それをエリックは『手紙を出してから今に至るまでの時間で自分達が原因を突き止めている』とクラウドが考えていると解釈した。だからこそ「もしかして原因がまだ特定出来ていないのか」と言われたのだろうと。
「お恥ずかしいがその通りです。未だに分かっていることは何もありませ「この馬鹿野郎!」」
部屋にクラウドの叱責が響いた。少なくとも王国No2である宰相へ対しての態度では無い。扉の外で見慣れぬ村人を警戒していた騎士から声が掛かった。
「エリック様!如何されましたか!」
「な、何でも無い!お前達、ここはもう良いから各自の仕事に戻れ!」
人払いを済ませたエリックが改めてクラウドへ向き直った時、クラウドが告げた内容にエリックは青ざめることになる。
「エリックさん。この城は、いやこの都市か。妖魔の狩場にされてるよ。」
ついさっきクラウドがエリックへと向けた言葉『これはどういう事だ?一体何があったんだ?』
その言葉の意図は『一体なぜそれを許したのか?防ぐ事が出来ない特殊な事情があったのか?』という意味である。
主君が住まう都市を危機に陥らせた(加えてそれは自分の友人リリーの命も危機に晒していることになる)。クラウドが声を荒げるには十分な理由であった。
「よ、妖魔・・・?一体それは・・・?」
聞きなれない言葉に首をかしげるエリックを見てクラウドは全てを悟る。魔物との接触を避けて来た弊害が出ていると。事実、今のこの世界で未知種と呼ばれる魔物への対応策を持つ者などいるはずが無い。
クラウドはエリックへと説明を続ける。王都へと着いた時、違和感を感じたと。魔力の力場とでも言うべきフィールドが街全体を覆っていた。それは言わば餌場の主張。他の種族へ手出し無用と告げると同時に餌を狩りやすくするための下準備となる。
「転移系の魔法かスキルが使える奴だろう。都市ごと自分の魔力で覆うことでその中なら魔法術式をその都度発動させなくても転移が可能になる。魔法陣すら浮かび上がることも無く転移してるんだ、そう簡単には気づけないさ。」
「な、な・・・」
「しかしこれ程の規模をまるごと覆うなんてそんじょそこらの奴じゃまず無理だ。おそらくは上位の存在。下手すりゃあ不死王かもしれないぞ。」
「の、不死王・・?それは一体・・・?」
「エリックさんも見た事は無くても物語で聞いたことぐらいあるだろう?夜を統べる一族、吸血鬼だよ。」
そもそも魔物にはいくつか種族がある。一般的に魔物といえばそれは魔物全般を指す。しかし、その中でより強い獣型は魔獣と呼ばれる。他に魔族といった人型で知性を持つものもいる。彼らは自分達が魔物と呼ばれることを嫌う(見下されていると考えている為)。
そして魔獣でも魔人でもない異質な存在。それが妖魔と呼ばれる存在である。それぞれ魔人と妖魔に仲間意識など無く、一緒に魔物などと呼んでいるのがばれれば襲われるだろうが。吸血鬼やサキュバス等が有名であるが、下位の存在となればその区切りはそれほど明確では無い(例としてはグールやスケルトンなども妖魔に入るがアンデッドという種族分けもされている)。
そんな妖魔の中でも一線を画す強者、それが吸血鬼という種族である。吸血鬼の中もピンキリではあるが、真祖ともなればその実力は上位ドラゴンさえ単騎で討伐するほどだとクラウドは言う。
「し、真祖とは一体何なのですか?」
「真祖とは自身が望んで吸血鬼となった者のことだよ。堕転という禁術魔法で種族を強制的に変えるんだ。生命力を全て魔力へと変換するため死んじゃうんだけど、その分生きている時よりも魔力の増加は尋常じゃないよ。死んだと聞けばアンデッドのように思うかもしれないけど、正確には違うんだ。しかも魔力生命体とも言うべき身体になったせいで魔力操作の技術が格段に跳ね上がる。あいつらが魔力を操るということは俺達で言えば身体を動かすってことと同じなのさ。厄介なんてもんじゃないぜ?」
「・・・」
説明を聞きながらエリックはゴクリと唾を飲み込んだ。
俄かには信じられない
しかし、話しているのは他の誰でも無い。自分が知りうる限り、最高の魔術師である。
「ど、どうすれば良いのですか・・・?」
それを聞こうとした時、部屋の扉が勢いよく開いた。
「ク、クラウド来てるの!?」
騎士達が話しているのを偶然聞いたリリーが部屋へと飛び込んできたのであった。
魔物の種類は3つとしてみました。弱い魔物の他は魔獣、魔族、妖魔(アンデッド等を含むその他)とさせていただきます。




