手に入れたもの②
「はーっはっはっ!凄い、これは凄いぞ!よくぞここまで成し遂げた!」
高らかに大声をあげているのは聖十字国の法王ユリウスである。数か月前に発見された古代の研究所から発掘した魔導具は聖十字国により回収され研究者たちの手によりあらゆる手段で研究されることとなっていた。
聞いた事も無い理論や考えたことも無い発想に基づき作られていたその魔導具の効果は『想像を絶する』の一言であった。
何故そうなるか?それは分からなくても完成された現物があるのだ。作り手がその理論を理解する必要は無い。構造をそのまま真似ればその効果が得られるのだ。その結果、聖十字国が複製した魔導具は現時点で10種類を超える。更にはそれぞれを数百個ずつ複製したことで彼らは凄まじい力を手に入れていた。
今、その内の一つの魔導具がお披露目されている。
旧レムリア皇国との国境近くにある拓けた場所には魔導具開発を担当しているナザック枢機卿に招かれてユリウスと残り4人の枢機卿が集まっていた。聖十字国の北部に大きな勢力を持つ実力者スレイ枢機卿、南部を束ねるバルド枢機卿、聖十字国の財政を担うバーナード枢機卿、軍務を担うフェロー枢機卿である。
彼らの前にいるのはシャドーウルフ、ゴブリン、ホブゴブリン、コボルト、オークといった魔物の混成軍である。その数は優に1万を超えている。
「魔物を使役するなどと言いだした時は正気を疑ったが、まさかこれほどの軍勢を揃えるとは・・・」
「ふふふ、その程度で驚かれては困りますな。」
「な、何っ!?これ以外にもまだ居ると言うのか?」
ナザックの言葉に驚いているのはスレイ枢機卿。そんな彼の言葉を愉快そうに聞きながら、ナザックはパンパンと手を叩いた。
「うぉぉっ!?」
ユリウスが声を上げた。いきなり目の前に出てきたのは魔物の中でも強い力を持つ魔物達であった。魔物もまた危険度に伴いランクが付けられているが、それはあくまで魔法を使うオークメイジ、戦闘能力が高いオークジェネラルといったオークの上位個体1000体にオーガ300体。さらに奥にはキングウルフよく見るとワイバーンまで居るようだ。見たこともない魔物達までが控えている。
それらの魔物が何も無いところからいきなり現れたのだ。
「こ、これは一体・・・?」
「ふふふふ・・・はーはっはっはっ!」
「ナザック殿、笑ってばかりおらず説明を。」
きつい口調で眉を顰めながらバルド枢機卿が説明を求めてきた。そこでナザックがした説明はその場にいる全員の度肝を抜いた。
古代の研究所から見つかったものの中に使用者の姿を消す魔導具や魔物を使役出来る魔導具があり、今回はそれを実用化したというのだ。それはとてもでは無いが外に出せないものばかり。
敵国が手に入れればどれ程の脅威となったか。
説明を聞きながらその場にいる全員がそれらの魔導具を自国が入手出来たことに安堵するのであった。しかしながら、これをただ見ているだけでは済ませられない者がいる。
「ところでナザック卿。もちろんこれらの神具は私の預かりとなるのであろうな?」
聖十字国の軍事関係を担当するフェロー枢機卿である。目の前に広がるのは圧倒的な戦力。聖十字国の軍は神聖魔術団と呼ばれ、その中核はもちろん魔術師達である。いくらかは前衛を務める衛士と呼ばれる騎士職の者達もいるが敵を食い止めるには数が圧倒的に不足していた。そのため前線維持を可能とするこれらの戦力の有効性は言うまでもない。
なお、神に仕えるという考えが強い聖十字国では魔法を操る魔術師に人気が偏る。それは長年神に信仰を捧げることで神からの加護を得て契約の代わりとすることで使用可能となる神聖魔法が原因である。
精霊魔法は神聖魔法では無いが魔法という意味では同じ。結果、魔法を使うことを好む国民性が出来上がったのである。精霊と契約出来た者達が魔法を使えるようになるための学校ともいえる施設「魔法師事教会」などもあり国の施策として魔術師が優遇されている。
どこの国でも同じであるが、軍を動かせる権限を持つ者は非常に強い権力を持つ。国に仕える強力な魔術師を管理するフェローにとって、魔術師が魔法を使う時間を稼げる前衛戦力は喉から手が出る程に欲しい代物である。
「何を仰られますか。これらは私が研究した魔導具の効果によるものです。ならば管理も私がすることになるのは当然でしょう。」
今までに大きな成果も無く主に既存の神具、魔導具のメンテナンスばかりであったナザックは今回の手柄を誰にも渡す気はないようである。最も、貴重な魔導具のメンテナンスも非常に重要な仕事であるが、目に見える成果が無かったことで他の枢機卿や司教たちからは大した役には立ってないというレッテルを張られていた。ようやく見返す機会を得たナザックが得意げにそう告げた。
「何だと、貴様・・・」
「そこまでにせい。これ程の戦力を手に入れた目出度い日に諍いなどするでない。以後のことは指示を出す、それに全員従うように。」
「「はっ。かしこまりました猊下。」」
ユリウスの鶴の一声によりその場は収まったが、当人たちは決して納得している様子はない。
その中で一言も声を出さなかったバーナードと終始眉を顰めていたバルドの2人は不満そうである。神に仕える自分達が魔物を使役するということに抵抗があるのだ。信仰を捧げる国とは言え、近年では信仰だけではなく財力にものを言わせたマネーゲームによる圧力や軍事力を背景にした発言力等国としての側面も持つ以上ある程度は仕方ないと言えるのであるが、信仰心が薄い者達も増えてきている。それが魔導具開発を担当するナザックや軍事を預かるフェローが最たる例である。
「これで少しは例の一件も片付けばいいが・・・」
権力の奪い合いが始まろうとしている中、人知れず呟くユリウスの言葉は誰にも聞こえず消えていくのであった。




