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仕方がないよね、言い出したのは相手です

 ドラン連邦国の王都サン・ミゲルには王城に隣接するような形でもう一つ別の建物がある。それは異世界より召喚された者達が住む居住区となっている館であった。



「ん?おい、あれまさか・・・」


 その館の入口前で剣の素振りを行っていたのは穏健派の一人ケイスケとナツミである。彼らの方向へ向かってやって来る男、その男が手に持っているのはこともあろうに仲間のタケヒコであった。



「おいっ、一体何があった!?」



 駆け寄ってくる異世界人を見ながらクラウドは事情を説明する。



「すまん、少し眠らせてある。それより出来るだけメンバーを集めてくれないか?手紙を持ってきた。」



「手紙・・・?」



「ナオキ達からの頼まれ物だ。」



「!!本当かっ!ちょっと待っててくれ。今日はあまり魔物も湧かなかったから結構残っていたはずだ。」



 安否を気にしていた仲間からの手紙とあって反応は早かった。すぐさま声をかけ皆を集めていく。




 それから集まったのは参戦派9人、穏健派6人の15人であった。彼らの前に置かれた手紙を読んだ後、彼らは信じられないとでもいう思いから自然に口数が減り、今や全員が黙ってしまっている。手紙に書いてあったことは簡単な文章であった。『俺達は真正面から戦って負けた。敵対するな、まず勝てない。人質を返して謝ってくれ。そうしないと俺達は帰れないしお前達の命も危ない。』小さな手紙にはこれだけの文章しか書いてない。

 少し仲間で話しあいたいと言われ待たされているクラウドを余所に、場所を変えた勇者達は今混乱している。なんせ手紙に書かれていたのは彼らの母国語である。仲間以外では読むことはおろか書くことも出来ない文字であることが手紙の信ぴょう性を高めていた。


 なんせ脅されて書いたのなら「言われたとおり書いた」と嘘をつけば、それを見破ることは不可能である。文字が読めないということは検証が出来ないということなのだから。つまりこの手紙はまず間違いなくナオキ達の意思で書かれたもの。ならば次の問題は・・・


 と、なるはずなのだが今回に限っては『次の問題』は無い。なぜなら彼らは初めから交渉に関するカードは一枚しか持っていないのだ。


 言わずと知れた異世界勇者達である。


 しかし、それが敵わないならば次に打つ手はない。例え王子や王女を攫ったとしても、力で取り戻されておしまいである。なんせ想定外にもほどがある。王子達を逃がす時間も無い、彼らは今王城の地下に軟禁されているのだ。


 しばらくしてクラウドの前に勇者達が出て来た。



「結論は出たのか?」



「ああ。でもその前にいくつか話しがあるんだが。」



「・・・聞くだけ聞いてやるよ。言ってみろ。」



 そう返答しながらクラウドには検討が付いている。



「まず、ナオキ達が真正面から戦って負けたというのが信じられないという意見が出た。すまないが立ち会ってくれ。それであんたが勝てば仲間達も信用するだろう。」



「ルールはどうするんだ?」



 クラウドがそう聞いた時、ひと際大きな声が響いた。



「どっちかが死ぬまでに決まってんだろっ!」



 それは参戦派の一人オサムの声であった。彼はどうやら仲間が負けたことが信じられないようだ。提案したルールは自身が負けた時のことを想定出来ていない。



「こちらはそれでもいいぞ?なら後2人選べ。」



「あん?どういう意味だ?」


「ん?さっきの奴が言ってただろ、俺がナオキ達3人を倒したことが信じられないと。それを証明するために戦うんだろ?なら条件は1対3じゃないとおかしいだろう?」



 いとも簡単に自分が不利となる条件を出すクラウド。しかし、興奮したオサムは大笑いし始める。



「はっはっはっ!なるほど、その通りだ!よし、後2人誰か来てくれ。」



「俺だっ!!」



 最初に勢いよく手を上げたのは先程意識が戻ったタケヒコである。彼は何が起こったか分からない内に昏倒したことが信じられず何か卑怯な手を使ったのでは無いかと勘繰っている。後一人は対人戦に慣れているという理由から参戦派のジュンという男に決まった。



「それじゃあ、始めるか、なっ!」



 一風変わったアクセントであるが、彼らの仲間達はそれが何を意味するか知っている。勇者達は今まで続けてきた訓練のおかげで遂にスキルの発動にスキル名の発声を必要としなくなった。ジュンが発動したのは鑑定スキルである。そしてジュンは共通認識のスキルも持っていることで鑑定結果を仲間うちで共有出来るという非常に便利な男であった。勇者達だけにしか見えないそのステータスボードに出て来た文字、それは・・・


『ナ マ エ :クラウド

 ショクギョウ:マホウツカイ

 ラ ン ク :E<ボウケンシャランク>

 フ タ ツ ナ :ニテン

 ソ ノ タ :タシュノマホウヲアヤツル。ショウサイフメイ』


 彼らのこの世界のステータスボードに表示されるのは『カタカナ』と呼ばれる勇者達の母国語の一つである。文字形態の違いから、表示文字は一種類しか選択出来なかったようだ。



「ぷはっ、おいおい赤点じゃねぇかよ!」



 二つ名の項目を見ていた数人が大笑いし始めた。ランクの低さも相まって彼らの雰囲気は非常に軽い。



「おいおい、何点満点だ?頼むから5点満点と言ってくれよ~。」

「いやいやっ、さすがに100点満点はないっしょ!?」


 周りの勇者達が笑い転げる中、クラウドは意味が分からない。なぜならこの二つ名はクラウドが知らないところで付けられたために自覚が無いからであった。そんな情報すら読み取る勇者の鑑定スキルは非常に優秀であるといえる。

 結局待ちきれなくなって「さっさと始めるぞ」とタケヒコが言い出し、急きょ戦闘が始まることになる。



「馬鹿馬鹿しいっ、さっさとぶっ殺しておわらそうぜ!」



 タケヒコが息巻く中、試合開始の声が響いた。


 最初に仕掛けたのはオサムである。魔力を身体に纏わせ身体能力を跳ね上げたその早さは凄まじいの一言である。あっという間にクラウドとの間合いを詰めた。


「うらぁっ!!」


 繰り出された右拳が唸りをあげてクラウドの顔面を捉える。


 バキィッ!


 音と同時に後ろに弾かれたように飛ばされるクラウド。



「おいおい、一発で終わりかよ~。」



 外野からそんな声が聞こえた途端・・・


 一瞬で全員がその異常さに目を奪われた。



 むくりと起き上がるクラウド。



「一体どうなってるんだお前ら。戦闘が始まったというのに正気の沙汰とは思えないな。」



 その言葉が意味することは、おそらくオサムが攻撃した後にいきなり倒れたタケヒコとジュンであろう。



「何しやがったっ!!」



 試合を見ていた1人が声を張り上げる。



「・・・ふ~、まあ戦っている本人じゃないしギリギリセーフにしてやるか。」



 分からなかった攻撃手段を戦っている相手に尋ねるという暴挙に呆れながらクラウドは解説してやる。それは今までもよく使っていたクラウドが多用する魔法の一つである。



「エアバレットの魔法だよ。固めた空気の弾を飛ばして当てたんだ。」



 人を気絶させる時にはおおよそ20㎥程の大気を拳大の大きさに圧縮して鳩尾に打ち込むのだが、今回は違った。同量の大気を指先程の大きさに圧縮、それを倍の速さで喉に打ち込んだのである。結果、声も出せず倒れた2人は勿論すでに絶命している。

 クラウドはオサムが向かって来た時、オサムの肩越しに見える2人が明らかに油断しているのを見て彼らの命を摘みとることにした。戦闘を申し込み、開始が宣言されてなお、相手が近寄らないと警戒も出来ない。そんな相手ならさっさと終わらそうと考えたのだ。



「ひっ、ひぃぃ!」



 自分と拮抗する使い手があっという間に死んだことで同様するが・・・



「あ」



 その一言の後、オサムの頭部は胴から離れる。2回目の試技でクラウドは確信する。



「(こいつら魔法の発動タイミングを視力に頼っているのか・・・)」



 オサムの頭部を刎ねたのはウィンドカッターの魔法であるが、クラウドが操るソレは魔力操作によって限りなく薄い空気の層になっている。結果、目で見ることは難しい(というかほぼ不可能)のであるが、魔力の動きは良く分かる。

 殴られようとする時は振りかぶった相手の拳を警戒するように、魔法使いは操作している魔力に注意を払うのは当たり前。しかし、彼ら勇者達は魔法が発動した後の事象にしか注意を払えないらしい。





 なお、彼らが見た二つ名は『2点』では無く『二天』が正しい。かつて高度魔法文明期においてさえ、その実力は高く評価されていたクラウド。姿を消した後、行っていた研究が認められたクラウドは「遥かな高みで輝くものは太陽の他にもう一つある」と褒め称えられることとなるが、亜空間結界に引きこもっていた本人はそんな二つ名など知る由もない。






「「「・・・」」」



 誰も喋ることが出来ない状態の勇者達にクラウドは尋ねた。



「おい、王子達はどこに居る?さっさと連れてこい。」



 びくっとした数人が急いで走って行く。どうやら今いる屋敷では無く王城の方に居るようだ。数人が意識を取り戻す中、一人の女がクラウドに近づいてきた。



「どうして殺したの!?貴方なら殺さなくても勝てたでしょう!!」



「随分怒っているが、それはもう少し早く言うべきだったな。殺した方が勝ちというルールで試合が始まった、その時点でお前達は俺を殺すつもりだったろう?勝てば殺すけど負けたら殺さないでなんて話しが通じるとでも思っているのか?」



「それはっ、でもっ・・・」



「あげくに他国の王子達を誘拐し、さらには魔物を送り込んで何人もの人を殺させる。そして自分達の旗色が悪くなれば被害者を装う。お前らはたちが悪い、悪すぎるんだよ。金輪際俺に関わるんじゃあ無いぞ。次に見かけた時は問答すらせず終わらせるからな、よく覚えておけ、この言葉をな。」



 それだけ言うと帰って行くクラウド。歩いている途中でさっき走っていった勇者達に会う。



「後ろの人達がそうか?」



「は、はい!」



「俺が連れて行く。もう戻っていいぞ。そして仲間達から聞いておけ、俺が何を言ったのかをな。」



 そう言うと走っていく勇者の一人。その後ろ姿を見ながらクラウドは自分の行動を思い返していた。




 〇万が一の可能性を考えてリリーちゃんの護衛も準備した


 〇相手を怒りのままに殺さなかった(但し3人の勇者が命を落としているがこれは正式な決闘の結果である)


 〇王子・王女は助かった


 〇エリックを始め、同行していた奴らも助かったはず(魔石の収入と危機での手助け)


 〇今後、異世界人達が表立ってユーテリアに攻めてくることはないと思う



「ようやくこれくらいで及第点かな。これでやっとトント村に帰れるぞ!」



 事情も分からず付いてくるエドワード達3兄弟に「詳しい事はエリックさんに聞いてくれ」と丸投げしたクラウド。部屋へと戻った時、ドランに都合の良い条件を飲まそうと頑張っていたアルバとロンガから汗が吹き出すこととなる。

「どうやって?」と問う2人に「死んだら負けって決まりで勝負したら返してくれた」と返答したクラウド。その際、「3人死んじゃった、ごめんね」と謝る。パニクるアルバ達を余所に、出された水を飲んでいるエリック達は一見すると落ち着いたものである。




 しかし、彼らもまた心の底から安堵していた。




 それは馬車の中の話し、トント村に魔物を送り込んできた奴を見つけたら許さないと言っていたクラウド。交渉は言わば勇者達を懲らしめるまでの時間稼ぎであったのだが(切り札と思っている勇者達が勝てない相手がいると分かった時点で相手は交渉カードを無くす)、エリック達は激怒したクラウドが今度はドランの王都をサンドイッチで潰してしまわないか心配していたのだ。



「良かったですねエリック様・・・」


「全くだ・・・。クラウド殿の魔法はまるで災害級じゃ。一度使えば巻き込まれるは必至。これ程心臓に悪い交渉は無かったぞ。」



 お互いの無事を喜ぶ2人の目には涙さえ潤んでいる。それを見ながら未だに理解が追いつかないエドワード達はただただ立ち尽くすのみであった・・・





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