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魔法使いはお家に帰りたい

 レムリア皇国領土を行く一行はユーテリア王国の宰相を始めとするメンバーである。現在、その一行の中では熾烈な争いが起きていた。



「い~や!今度は絶対に俺だ!」



「ふざっけるなっ!俺に決まってるだろうが!」



 一行の前を塞ぐアンデッドの大群。今までは魔術師団の魔法頼りであったが、クラウドの魔法付加を使っての騎士団による討伐は魔術師団の戦闘のおよそ1/5の時間でアンデッドを片付けていく。散々役立たずと罵られていた騎士達はここぞとばかりに剣を振るっていたのだが、如何せん一度に現れるのは多くて400体程度である。騎士団から戦闘に加われるのも一度に多くて100人となれば誰が行くかが問題となる。フラストレーションが溜まった1000人の騎士達は出番を求めて争いだしたのであった。



「お前らなあ・・・」



 ついこの前まで意気消沈していた部下達の豹変ぶりに呆れるやら嬉しいやらと複雑なファンクの横でクラウドが心配無いよと付け加える。



「どうせここから先は数が膨れ上がるだろうから。多分皆でやらなきゃ手が足りなくなるさ。」



「どういうことだクラウド殿?」



「うん?だって(ナオキに)聞いた話しじゃ一番激しい戦闘はレムリアとドランの国境沿いだったんだろ?なら死体が多いのもそこだ。つまりアンデッドが多いのもそこさ。」



「なるほど!確かにその通りだ。おそらくレムリアは数万単位で戦力を用意したはず。よし、皆に力を温存しておく様に言っておこう。」



 ファンクが騎士団団長として部下をまとめ上げに行った後、エリックが声をかけてきた。



「しかしクラウド殿の魔法は凄まじいな。まさか200体のアンデッド相手に騎士50人で圧勝出来るとは。」



 エリックの賞賛の横でランドルフは無言である。何せクラウドから「こちらが頼むまでは戦線に出てこなくていい」と言われ、自分がそれを了承したのである。今更自分から魔術師団も戦闘に加わらせてくれとはとても言えたものではない。

 どうせ一度の戦闘ももたずに助けを求めてくるだろうとたかをくくっていたのであるが、蓋を開ければ魔術師の出番は何処へやら。既にレムリア皇国領土も2/3以上を横断しドラン連邦国は目の前にまで近づいているにもかかわらず、未だに声が掛かる様子は無かった。



「エリック様、また敵襲です。今回は数が・・・」



 そこまで告げた騎士を余所にエリックは言葉に詰まった。



「な、なんだというのだこの数は・・・」



 遠目ではあるが報告さえ不要な程に目の前を埋め尽くすアンデッドの群れ。恐らくは1万体を優に超えるだろうことが容易に想像できる。



「そろそろ終点が近いんだろうね。こっちも時間が惜しいんだ、早速戦闘準備といこう。」



 クラウドの言葉にドラン連邦国とレムリア皇国との戦争の激戦区が近づいてきたことを実感したファンクとエリック。



「ク、クラウド殿!今回は流石に全員で向かいたいのですが・・・」



 ファンクが途中で言葉を詰まらす。それは1000人の騎士に魔法付加を行うことを意味する。クラウドの魔力を心配したファンクであったが、それは無用な気遣いというものであった。


 魔法使いであるクラウドが自身の魔力を管理せず戦場に身を置くことは無い。彼が魔法を使う時は必ず二つの魔法術式が発動する。一つは実際に使う魔法のもの、もう一つは周囲から魔力を補填するもの。


 本来世界には魔素粒子と言われる魔力の素とも言えるものが溢れており、大地には土の、水には水の、火には火の、風には風の魔素粒子が宿っている。クラウドは魔法を使う時、周囲にある魔素粒子を取り込み自身の魔法を補填するよう魔法術式を組んでいる。その為、クラウドの魔法は消費魔力が極めて低い。クラウドからしてみれば無理矢理魔力を込めて威力を引き上げる異世界勇者の魔法など邪道である。最低限の魔力でより高い効果を出す、それが古代の魔法使い達が追い求めた理想であった。


最も上級のエーテルポーションさえ完備するクラウドのアイテムリングが有れば魔力が切れようと問題も無いが。



「大丈夫だ。それじゃ準備してくれ。」



 その一言で騎士達が並び剣を掲げていく。聖なる刃は一定の範囲に居る味方にしか掛からないため、何度かに分けて魔法付加が行われたが最後に使ったのは別物であった。



「【燃えさかる刃バーニングエッジ】 」



「クラウド殿?」



「ファンクさん、今回はアンデッドの群れに魔物が混ざった混成軍だ。炎ならアンデッドにも十分効くし魔物にも対応できる。最後の200人は出来るだけ魔物の討伐に力を入れる様言ってくれ。」



「なるほど、心得た!」



 万の数にのぼる敵を前に戦意は未だ落ちていないようだ。これまでの戦いでアンデッドへの恐怖は大分薄れている。



「ちょっと緊張感が足らないな。予想以上の時間のロスは避けたい。ヘマしなきゃいいけど・・・」



 心配するクラウドを余所に討伐は順調に進んでいく。戦いが始まっておよそ1時間で半数と思われる数がその姿を消していた。しかし、攻め寄せていた騎士達の左軍の動きが止まる。



「どうしたんだ!?」



 エリックの声が響く中、周囲に気を配っていたクラウドは何が起きたのかを理解していた。



「どうやら今までとは違う敵が居たみたいだ。・・・よし俺が行くよ。」



 そう言って動き出そうとしたクラウドであったがファンクが止める。



「待ってくれ。クラウド殿には今まで十分な程助力して貰った。左軍の助けには俺が行こう!」



 そう言うファンクであったがクラウドが事情を説明する。



「いや、待ってくれ。見ていたがどうやら居るのは精神異常を引き起こすダークウィスプのようだ。魔法使いの俺の方が良いだろう。」



「「ダークウィスプ!?」」



 2人が声を揃えて驚いている。


 それもそのはずである。ダークウィスプはCランクのモンスター。通常なら避けるべき難敵であり、相性からいっても騎士が敵う相手では無い。

 空を漂うダークウィスプは剣や槍の射程の外にいることが多い。いくら浄化の力を宿した剣でも届かなければ意味は無いのだから。更には離れた位置からダークウィスプが使う精神異常のスキルが騎士達には防げないことで戦線が崩れてきているのである。


 闘うならば離れた位置からの魔法攻撃が最上手なのは明らか。ランドルフが声を荒げる。



「いい加減にしてもらいたい!今回の一件は国王直々の命!貴様のくだらん意地で出番も無いまま全滅などしてたまるか!」



 国王がその場に居たら笑い出したであろう。自身を正当化するためなら普段は魔法も使えないくせにと侮る国王すら理由に使う。もう約束など関係無いとランドルフが魔術師団に出撃命令を出そうとした時、さっきまで居たはずの場所にクラウドが見当たらない。



「何という恥知らずな!」



 おそらくは致命的な失策により一行を危機に陥れた事に耐え切れずその場から逃げ出したのだろう、そう判断したランドルフはエリックとファンクの顔が揃って上を向いていることに気づく。



「?」



 同じ様に上を見上げたランドルフがそこに見たものは、宙に浮くクラウドの姿であった。


 クラウドが使っているのは飛翔魔法と呼ばれる空を飛ぶための魔法である。風を吹き上げて浮かぶ訳でもなければ、重力を操作して地面から斥力を生み弾かれて浮かんでいる訳でもない。空中に浮かぶクラウドは今、髪の毛一本すら揺れる事が無い。それはまさに緻密とも言える魔力操作の技術が為す技であった。



「な、何だと!?ひ、人が空中に浮くなどと・・・」



ランドルフの言葉が終わるより早くクラウドがファンクとエリックに指示を飛ばした。



「すまないがもう時間切れだ。エリックさん、ファンクさん騎士達に退却の指示を出してくれ。」



「な、何を!?今一斉に退却などしたらあっという間にアンデッドに囲まれてしまうぞ!」



 ファンクが余りに危険だと告げる。そこでクラウドはファンクとの話しが噛み合っていないことにようやく気付くのであった。



「もしかして何か勘違いしてないかい?」



「勘違い?」



 未だに理解が出来ていないファンクであるが、それも当然である。



「さっき言ったろう?俺が行くって。だから全員下がらせてくれって。」



 クラウドが言った「自分が行く」という言葉。それが自分一人で闘うという意味だと気付いた者はこの場には誰もいなかった。時間切れと言ったのは二つの意味がある。これ以上タイミングを延ばすと戦線が崩壊する為に退却にすら多大な被害が出ると判断してのことに加えて、トント村に帰るのがこれ以上遅くなる事に我慢出来なかった為である。



「な、何を言って・・・」



「気でも狂ったのか」ランドルフだけでは無い。エリックやファンクですらがそう感じた。しかし、



「下がらないなら勝手に始めるぞ?リリーちゃんの顔は潰したく無かったがこれ以上の足止めはゴメンだ!出てこいお前らっ!」



 スムーズに連携が取れない相手に苛立ちを感じたクラウドの口調が若干荒くなる中、クラウド達の前方には大きな空間の歪みが現れ出した。僅か数万体のアンデッド如きを相手に1時間以上も戦い続けた挙句終わりが見えない戦闘にクラウドが痺れをきらしたようである。



「な、何だあれはっ!?」

「い、一体何が起こっているんだ!?」

「わ、分からん・・・、理解すらが・・及ばん・・」



 エリック達が驚きに染まる。


 歪んだ空間はある場所へと繋がっていた。もしここにルークが居たならばその場所に見覚えがあっただろう。そこはクラウドが引きこもっていた亜空間結界に作られた研究所の一画であった。

 ルークと出会ってトント村に行くまでの間に整理するはずだった研究所であったが時間の都合で先にマーサ婆さんに会いに行ったこと、自分の周りが落ち着くまで後回しにしたこと、ロデリックを始めこれから自分の出自を人に証明する時に使えそうだったことでそのままになっていたのであった。


 クラウドが1000年引きこもったその研究所から出てきたものは体長50mを超える特大サイズのストーンゴーレムである。何の飾りっ気も無い石の巨人、だがその腕や足は巨木のように太い。足の裏に至っては15m四方の広さを持っている。クラウドが魔力を込めて作ったこのゴーレムは全身の強度と身体能力を強化してある。素材は石とはいえその強度はすでに金剛石をも凌駕するほどになっている。しかもそれが100体に迫ろうかという数であった。



「最後の忠告だ、騎士達を下げろ。ゴーレムの蹂躙に巻き込まれるぞ。」



 それを聞いたエリックが慌ててファンクに指示を飛ばした。



「急げファンク!大至急騎士達を下げるのだ!」

「わ、分かりました、一時撤退の指示を出します!」



 練度の高い騎士団だけのことはあり素早く一時撤退の指示が伝わっていく。前線で味方が崩壊していくのを感じていた騎士達は一旦引いて体勢を立て直すつもりだと思っていた。しかし退却する彼らがその目にしたものは・・・



「な、何だあれはっ!」

「ば、化け物かっ!?」

「そ、それにしては味方が襲われていない?どういうことだ?」



 後退する騎士達がストーンゴーレムを見て狼狽する中、自軍方向よりファンクが近づいて来た。



「お前達っ、今すぐ左右に分かれて道を開けろっ!」



 理解も出来ないまま言われるままに道を開ける騎士達。開いたスペースはアンデッドの群れへの最短コース。そこを石の巨人達が我先にと駆け出して行った。





 その後の光景はまるで現実味の無いものであった。エリック達の目の前ではさながら100体のストーンゴーレム達による運動会の様相を見せる中、走り回るストーンゴーレムの足元でスケルトンやグール達がカケラも残らず粉々に踏み潰されて行く。20分近くかけて退却してきた騎士達をよそに、走り出してから僅かに10分程で6000体近く残っていたアンデッドの群れは残り1000体程に激減している。


 開いた口が塞がらないエリック達など気にもせず宙に浮くクラウドは呟いた。



「ちっ、なかなか減らないな。」



「「はぁっ?」」



 何かの聞き間違いかとエリックとファンクが同時に上を向き聞き返すが反応すらしないクラウド。



「ええいっ、まどろっこしい!」



 その言葉を最後についにクラウドは前線へと凄まじい早さで飛んで行く。



「うぉおっ?空まで飛んで行った?」



 ファンクが驚く中、エリックはついに諦めたような表情を浮かべる。



「ファンクよ、もうクラウド殿の事で驚くのはやめよう。こちらの身がもたん。」



「間違いない」と同意しながらファンクはしみじみと感じていた。



「そ、そうですね。しかし、国王はクラウド殿の力をご存知だったのでしょうか?あれ程強く協力を要請していたのですから・・・」



「いいや、国王はクラウド殿の実力など知らなかったはずだ。」



 エリックは自身が仕える主を思い出しながらそれと同時にその先見の明に感心するばかりである。



「なんと・・・。しかしそれならば尚更『何としてでも協力を仰げ』と言った国王は流石ですな。」



 それはどうやらファンクも同感のようである。エリック達はお互いに仕える主が名君で良かったと胸を撫で下ろすのであった。


 一方、最前線まで移動したクラウドはと言うと、



「お前達もういいぞ、全員戻れ!」



 走り回るストーンゴーレムを呼び寄せ再び研究所へと帰らせたクラウド。離れた場所で見ていたエリック達は圧倒的に優勢であったのに何故?と不思議がった。だが、ストーンゴーレムの足の裏により踏み潰されたアンデッド達の中には僅かな隙間のお陰で粉微塵を免れた個体も多い。それが残った1000体のアンデッドである。


広範囲に点在するアンデッドを態々潰して回るのは非効率だというクラウドの判断からであるが・・・






 その後に見たもの、それは想像を絶する光景であった。後日、ユーテリア王国に戻ったエリックは国王アンドリューへの報告の中で『今後クラウドと同行する者は外が見えない特製の馬車を用意する必要がある』と言いながら同情と共にある男を見ることとなる。






「【吸い寄せる縛めアトラクトバインド】」



 クラウドの目の前から夥しい光りの触手が蠢き出した。凄まじい早さで遠距離のアンデッドを縛りあげたかと思うと瞬く間に元の位置へとアンデッドを引きずってきている。











 そして、引き寄せているアンデッド全てがクラウドの前方1kmの範囲に入った時、それは起こった。



「【聖なる刃ホーリーエッジ】!」



「なっ、魔法を地面にかけたのかっ!」



 驚くエリックであったが次に起こる光景を目の前にして固まってしまう。それは、




「【大地の慟哭アースクライ】!」



 その瞬間、地面が揺れる。するとクラウドの目の前を谷の中心にして5m程の厚みをもった地面がめくれ上がってきた。左右に500mずつ、奥に1kmはある巨大とも言える広範囲である。浄化の力を纏いながら凄まじい早さでめくれ上がってくる左右の地面は微塵もたわむ事無く起き上がり激しい音を出し衝突する。



ズカアァアァァアアン!



 それはさながら手に持つ本をパタンと閉じた時のよう。


 今エリック達の目の前には厚み10m、高さ500m、奥に1kmはある巨大な土の板が屹立している。聖なる刃の力を纏った地面によるサンドイッチが出来上がった。



 すでに騎士達全員を含めその場で喋れる者はいない。皆が例外無く固まる中、閉じていた地面がゆっくり開いていく。



 ズドォォオォオン!!



 けたたましい音をあげてめくれた地面が元に戻った時、その場で稼働するアンデッドは一体も居なかった。




 後に残ったもの。




 それは固まったまま動けないエリック、ファンク、騎士団と魔術師団の面々。それといつの間にか失禁して気を失っていた王選魔術師団団長ランドルフだけ。


 片やいつも誰かと揉め事を起こし諍いが絶えない問題の多い人物、片や普段から無能だ役立たずだと罵られる憎い相手。にもかかわらずエリック、ファンクの両名が彼へ向ける視線はそれはそれは優しかったという・・・



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