然るべき報い
ガストンは精霊使いを雇って調べた結果、使える水源がなく井戸を断念した過去をクラウドに説明した。
「(出来すぎてる。領主の館がある敷地にだけ水源があるなんて)」
疑問に思うところはあるが、それをガストンに告げるのは酷だろう。
”試しに掘っても良かったんじゃ?ダメで元々と割り切ってさ”
そんな言葉がクラウドの口をついて出ようとするが、その言葉が示す意味に気づき慌てて口を閉じた。そう気軽に試すことが出来ればどれほど楽だろうか。
・・・だが、もし水が出なければ?
井戸堀りには結構な労力がかかる。人手となる男達は工事の間は他の仕事が出来ず稼ぎがなくなるだろう。井戸堀りの為の道具も村人のお金で揃える必要がある。
おそらく村の住人たちの中には蓄えが底を尽き、厳しい冬を越すことが出来なかった者も居ただろう。
誰が言えるだろうか。彼らに向けて
「ダメ元で悪いけど。水が出なかったら飢えて死んでね。」などと。
話しながら次第に顔が下がっていくガストンを横目に見ながら、クラウドは右足のつま先を上げ地面をトントンと軽く2度踏んだ。すぐに地面から薄っすらと黄色に光る土の精霊が姿を現す。
「・・・そいつは大変だったな。まぁ、そりゃ皆だって村に井戸を作ろうとぐらいするか。」
落ち込むガストンに声をかけながら、出てきた土の精霊たちにクイクイッと指を動かし地面の様子を見てくるよう支持を出す。
「俺達だって何も好きでルークを無役と嫌ってる訳じゃねぇ・・・。」
「つまり、そうしなければガストンさん達が水に困るってことなんだな・・?」
ガストンの話を聞きながら、次は左足でトントンと地面を叩いた。すると今度は青く光る水の精霊が現れた。顎をクイッと動かし仕事を頼むと水の精霊はあっという間に地面へと消えた。
「つまり、ルーク達を目のかたきにしているのは領主ってことか?」
「いや、そうじゃねぇ。今この村の領主の館に居るのは村役人達だ。」
このユーテリア王国では国王が国を治め、上級貴族が各領地を治める。街は町長が、小さな村は村長が代表となって住民を束ねる。
これが原則であるが、決められた税金を納めることが出来なかった場合は村や街には王都から村役人・街役人に任命された貴族が派遣される。村民や村長の仕事ぶりを監視し、駄目ならば王都に報告する監視役だ。
彼らは正規の税金が滞りなく納められるように監視するのが仕事である。
トント村は数年前、冷害の影響で農作物が軒並み不作となり税金が払えなかったことがあるらしい。
王都より3人の村役人が派遣されることとなったが、問題は派遣されてきた貴族達であった。今までろくに職にも就けずにいた王都の下級貴族の次男や三男が見繕われ、村人の見張り役として派遣されて来た。
その結果、賄賂を平然と求めたり、気に入った女に無理やり手を出したりなど好き放題となった。
トント村の住人はただでさえ税金が払えなかったという負い目がある。住民の怠惰が原因で納税できなかったなどと報告されてしまえば村全体がどんな罰を受けるか分からない。村役人達に強く出られなかったところに、トドメとなったのが井戸の一件だったとガストンは言う。
「聞いてるだけで頭が痛くなるな・・・」
クラウドはそう言うと、手で顔を覆った。
「ムキィ・・・キィキィ・・・」
ふとクラウドの耳元で土の精霊が囁く。
「(ふむ、それ程固そうな地盤はなさそうだな)」
「キュウウ・・・キュウキュウ・・・」
続いて水の精霊も帰ってきたようだ。
「(おう、そうか。地下水を含む地層も十分あるな)」
精霊達から報告を聞きながらクラウドはガストンに最後の確認を行う。
「つまりこの村に来た監視役の不興を買ったのがルークの家ってことだな?大方タニアちゃんがそいつらの言いなりにならなかったってとこか?マーサさんが許すはずないぜ。賄賂を渡すことも出来ず、女も言うことを聞かない。無役であることにかこつけて・・・自分達に逆らえばどうなるか、ルーク達は体のいい見せしめってわけか。」
「あぁ、そうだ・・・」
ガストンは力なく頷いた。
「最後に一つ・・・知っていたらでいい、教えてくれ。そんな状態でルーク達はどうやって水を買ってる?代わりに買いにいってくれる人もなく、払える金もないはずだ。」
「・・・背に腹は変えられんだろ・・・。タニアちゃんが折れたんだ。マーサさんに内緒で自分を好きにして良いと。だが、あいつらは自分達の誘いを一度断ったタニアちゃんが許せなかったんだろう。家族に無役がいる女なんて汚くてさわれるかと・・・。
俺ん家はタニアちゃんとこの隣だ。うちの家内が水を買うのはタニアちゃんの次なんだ。順番待ちをしているときに見たと言ってた。
虐めの標的にされてると。
・・・聞くに堪えない言葉で罵倒されたり、ひどいときは3人の村役人に囲まれてボコボコにされて。家族にバレたくなかったんだろう。
顔だけはやめてくれと必死に頼んでいたらしい。それを知っていたのに・・・
おれは・・おれは・・・っ」
ガストンは手を強く握りしめ、ブルブルと震えている。
「ガストンさん。もういいよ。
話す方も嫌だったろう?もういいから今日俺に話したことは全て忘れてくれ。」
「な、何っ?」
「俺もやらなきゃいけない家事があるし、時間がないからもう行くよ。」
軽い調子でそう言ってクラウドはさっさと帰っていく。
ガストンは悔恨の念に襲われた。
所詮はよそ者だった
自分も奴らに睨まれる可能性がある。それでも腹を割って話したのに。
よそ者の心には届かなかった。
自分も家族は大事だ。何より大切だ。
自分が反抗するとこで家族が飢えて死ぬかもしれない。干乾びて死ぬかもしれない。そう思っただけで情けないが体が竦んで動かなかった。
「す、すまねぇ・・・。
マーサさん、タニアちゃん、ルークよぅ・・・」
ガストンが声にならないような呻き声を上げている頃。クラウドは領主の館に足を向けていた。かつてない怒りに身を染めながら。
やがて領主の館が見えてくると抑えていた怒りが一気に吹き出した。あまりに感情が高ぶって分けも分からず身体が震えた。
クラウドは扉の前に立つと周りに人がいないことを確認し蹴り開ける。
何の騒ぎかと出てきた村役人達を視界に収め、クラウドは口を開く。
「さあ受けて貰おうか。
然るべき報いってやつを。」
イジメとかの話はほんとに難しいですね。あまり読み手の気分が悪くならないようにはしたいのですが…。