さよならトント村
王都よりの使者カチュアは困っていた。
ミルトアの街に行くよう国王から命を受けたのだが、肝心の領主が居ないのである。帰りはそう遅くならないと伝言を残して出かけたとのことであり待たせてもらったところ、帰ってきたのは家宰のバートだけであった。
「一体いつになったらバダック殿は戻られるのか!?」
「申し訳ありません、なにぶん病み上がりのエリス様も同道しておりますので時間がかかっているのやも。」
結局国王アンドリューはリリーを心配するあまり人手を割いたのであるが人手が足りなかったのは本当である。本来なら正式な使者としてしか使わない騎士爵の中で非番の者を探した結果カチュアにお鉢が回ってきたのであった。
イレギュラーな話しであったためカチュア本人にも別途手当てが出ることになり最下級の爵位であるカチュアにはありがたい話しとなった。
しかし当初はリリーがクラウドに礼を言いたいからという理由でトント村を訪ねただけであったが、リリー本人がトント村を非常に気に入ったためそれに付き添っているバダックもまたミルトアの街を空けている。最もバダックは仕事のほとんどを元々バートに任せていたので街を空けても特に問題ないのであるが。
しかしトント村にリリーを知る者が来れば誰もがその光景に驚くだろう。
「リリーッ。」
「む!またやる・・・気?」
「おう!男が負けたままで終われるかぁっ!」
以前のかけっこ競争以来リリーに負けた村の子供達がリベンジに燃えている。トント村には空前のかけっこブーム(ただし子供達限定)が巻き起こっているのだ。
屈託もなく笑いあう子供達を見てバダックは今日も目を潤ませている。
「全くこんな日が来るとはなぁ・・・」
本来王族として生まれたリリーが平民の子供達と遊ぶなどありえない話しである。しかし、この場にいる人間は誰もそれを止めなかった。バダックとエリスは人見知りで友達も居なかったリリーが楽しく遊ぶ光景に目を潤ませているし元々貴族や王族を敬う気持ちがほぼ無いクラウドがそれを咎める訳も無い。バダックが黙認している以上ロデリック村長も口を挟めず、マーサ婆さんにいたっては次々に別の子供をかけっこ勝負に誘う始末であった。
そんな日々が続く中スタドール家から使いが来る。
「あなた、どうしたんですか?」
「ああ、家で何かあったらしい。どれ・・・」
届けられた手紙には王都から使いの騎士が来ていることと、国王アンドリューがリリー殿下がいつ帰ってくるのかと心配しているようだと書いてあった。
「ちっ、そろそろ来るかと思ってたけどなぁ・・・」
薄々ながら国王がリリー殿下が戻らないことに焦れているだろうと気づいていたバダックはついに来たかと頭をかく。
「せっかくあんなに楽しそうなのに、リリー殿下もお可哀想に。」
しかしエリスの心配をよそに、その後事情を伝えてもリリーは帰ろうとはしなかった。
「むぅ!まだここにいるもん!」
「ですが国王も随分と心配しているようです。」
「お父様は手紙を送るなら構わないって言ってくれたもん!」
初めて出来た友達から離れたがらないリリーであるが、2日にわたるバダックの必死の説得にようやくミルトアの街へ戻ることを了承してくれた。
「うぅっ、絶対また来るから!」
そう声を震わせるリリーだが見送る村人達はポカンとしている。
何故ならば、バダックを初め事情を知る大人達は誰一人としてリリーが誰かを教えていない。村人達からすればリリーは近くに住んでいる村娘程度の認識であり、『またいつでも遊びに来れば良い』というだけの話しなのだ。
結局リリーを見送ったのはマーサ婆さんを含むクラウド達4人とロデリック村長のみである。
4日かけてミルトアに帰ったリリー達はバダックの屋敷でようやく使者のカチュアと会っていた。
「・・・ということで王はリリー殿下が戻られないことで御心を痛めておいでです。」
「・・・」
言われる事は察しがついていたリリー。
しかし頷かない。
何とかトント村に帰れないかと考えている。何せバダックとの約束はミルトアに戻り使者に会うことまでであり王都に帰るとは一言も言ってない。
しかし、結局はいつもより長く滞在していた事やバダックとエリスの口添えもあり一度王都へ帰ることとなった。
「うぅぅ〜・・・」
「さぁ、殿下。馬車の準備も終わりましたから。」
バダックに馬車に乗るように促されるが中々足が動かないリリー。見かねたバダックが王都近くのグラスフォードまで見送りについて行くと申し出たことでようやく乗り込んだのであった。
「エリス、すまんがそういう訳だ。しばらく留守にするぞ。」
「こちらの事は気になさらずに殿下の護衛に集中下さいませ。」
「ははは、その通りだな。では行ってくるぞ。」
〜出発から5日後〜
ミルトアの街から南部の統括都市グラスフォードまでは約10日の行程であり、ようやく半分程まで差し掛かった。
日も暮れて来たため馬車を止め野営の準備に入っている一行。バダックとリリーを中心に20名の騎士が円になって周囲を囲むように腰を下ろし夕食を食べていた時にそれは起こった。
「んっ?」
「どうしたのバダック?」
バダックが何やら違和感を感じて周囲を見渡すも特に異常は無い。
「いや、どうやら気のせいのようで・・・」
そこまで喋ったバダックがいきなり立ち上がり声を張り上げた。
「全員抜剣!敵に備えろ!!」
いきなりの出来事に周囲の騎士は戸惑いながらも剣を抜く。
「バ、バダック殿、一体何処に敵がいるのですか?」
リリー専任の護衛騎士ラインが尋ねながらリリーを囲むように陣形を整える。
「それは・・・」
「まだ分からない」そうバダックが答えるより先に声が聞こえる。
「・・・本当だぜ。どうして気づいたんだ?」
声がする方に皆が一斉に視線を向けた。するとそこには誰も居なかったはずの空間からゆっくりと姿を現わす3人組が居た。まるで透明人間にゆっくりと色が付いていくような不思議な光景であった。
「今までは誰にも気づかれ無かったんだがなぁ。」




