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トント村は大騒ぎ

 ミルトアの街からクラウドとルークが帰ってきて2週間が過ぎた。今日も朝から診療所には怪我をした猟師や身体を痛めた老人が集まっている。


「よし、そんなに酷くないな。それじゃ、これね。」


「助かったぜ、クラウド!これでまた狩りに出られる。やっぱり居てくれねぇとなぁ。」


 お馴染みとなった処方箋代わりの板切れを患者に渡しながらクラウドは頭をかく。


「ははは、皆には迷惑かけたね。」




 クラウドがミルトアの街に旅立ってからの話しであるが、マーサ婆さんは余程の怪我でないと薬を出さなかったらしい。クラウドが診察に行ったのは不治の病として知られるエリスのもとである。治療が長期化してクラウドが帰ってこれない場合、トント村に備蓄してある薬が切れることを心配したのであった。



「ふふふ、マーサさんらしいけどな。」



 クラウド達が戻ってからトント村にはいつも通りの日常が戻ってきていた。特に変わったことと言えばコーランがやって来たことぐらいである。

クラウド達に遅れること3日、いきなりやって来てロデリックに挨拶をした後マーサさんを訪ねてきたのであった。

 目的はタニアとの面談であり、彼はクラウドをミルトアへと送り出してくれたタニアにスタドール家を代表してお礼を言いに来たと告げた。土産だと言い沢山の食べ物を置いていった訳であるが、その際にクラウドへの治療費をマーサ婆さんとタニアに受け取ってもらえないかと申し出る。しかし、マーサ婆さんとタニアが「クラウドが受け取らなかったものを自分達が貰う訳にはいかない」と固辞。


 さすがはルーク殿のご家族であるとコーランを唸らせたのであった。





「クラウドー。」


「おっ、お昼か?タニアちゃん。」


「はい、お弁当。」



 タニアが今日もお昼の弁当を持ってきてくれている。



「いつもありがとうタニアちゃん。こいつが何よりの楽しみだよ。」


 そう言うと待っている皆に昼休憩を伝える。今までは休憩となれば待っていた村人達はいったん家に帰っていたのだが、最近では待合室でそのまま待ち続ける患者もいるようだ。


 マーサ婆さんにも昼食だと伝えに行こうとした時、ルークがやって来た。


「クラウドいるー?」


「ルークか?ここに来るなんて珍しいな。どうしたんだ?」


 診療所は怪我をした村人が来る場所。いくら親しい人がしているといっても軽々しく遊びに来てはいけない。診察の邪魔になるのだから。


 そうマーサ婆さんから言われていたルークは極力診療所にはやってこない。


「いや、それがね・・・、バートさんが来たんだよ。」



「何?」

「は?」

「え?」



 トント村が所属するミルトアの街の領主バダック・スタドール子爵。そのスタドール家に仕える家宰のバートがやって来たというルーク。しかし、そもそもスタドール家から帰って来てまだ2週間しか経っていない。


「この前わざわざコーランさんが来てたってのに、何かあったのか?すぐにエリスさんの容態が悪化するはずもないし・・・」


 訳も分からず促されるままに村長ロデリックの家に向かうとそこには椅子に腰かけているバートがいたのであった。


「クラウド様!仕事中申し訳ありません。」


「今は昼休みだから別に構わないさ。それよりどうしたんだ?」


「はい、それが実は・・・」



 バートによると、あの一件の後でアンドリュー国王の3女リリー・ランカスター殿下がやって来たそうだ。もともとリリーはバダックを命の恩人と慕っておりこれまでも何度もスタドール家が統治するミルトアの街に遊びに来ているのだが、今回到着したリリーを特に喜ばせる一件があったという。


 もちろんバダックの妻エリスの快癒である。リリーもバダックからエリスの紹介を受け、結婚してから病に臥せるまでの間はまるで歳の離れた姉妹のように仲が良かった。到着した日はあまりの嬉しさからエリスに抱き着き、その夜はエリスのベッドで一緒に寝たほどらしい。



「仲が良いんだな。それで、それとバートさんがトント村に来るのと何の関係があるんだい?」


「それがリリー殿下がどうしてもクラウド様とルーク様にお礼が言いたいと仰られまして。」


「げっ。もしかしてまたミルトアに来いってことか?もう駄目だぜそれは。そんなに頻繁に村を開けられないよ。」


「違うのです。実はもうトント村に向かっているんですよ。私はその先触れなのです。」



 なんと王族であるリリー殿下がこんな田舎村までわざわざ来ると言う。



「なるほど。さっきから村長さんの顔色が悪いのはそれか。」


「・・・まるで他人事のように言っておるがリリー殿下が会いに来るのはお前だぞクラウド?」


「悪いけど俺は一介の薬師だからな。礼を言いたいってことなら聞きはするが、それ以外は知らんよ。後の事は村長さんがやってくれるんだろ?」



 ロデリックが頭を抱えているのはまさにそれが原因であった。リリー殿下が村までくれば世話は当然村長がしなければならない。しかし王族などに縁の無かったロデリックはどうすれば良いのかが分からないのであった。



「やはりそうなるか・・・」



 困った顔をしているロデリックを見てバートが安心して欲しいと伝えた。


「大丈夫ですよロデリック殿。リリー殿下が会いに来るに当たって、スタドール家からは執事のコーランやメイド長のドミニカも同行しておりますから。」



 その言葉を聞き、ようやくロデリックは胸を撫で下ろしたのであった。







 翌日、トント村に3台の馬車がやって来る。


 村が騒ぎにならないようにとある程度情報はふせられたため騒ぎにはならずにすんだが、耳に入った数人は王族など初めて見る村の人達は興味津々で集まってきている。


「これこれ、皆集まるのでは無い。」


 ロデリックに追い払われはしたものの、遠巻きから見ているもの達がまだいるようだ。


 当日は診療所を休みにし、診療所の待合室で待っていたクラウドとルークのもとにロデリックの息子エドが駆け込んで来た。


「た、たった今リリー殿下がお着きになりました。クラウドさん早くっ!」


 あたふたとしているエドにマーサ婆さんが声をかける。

 

「そんなに慌ててどうするさね。ちょっとは落ち着きな。ロディの家など目と鼻の先、今さら慌てたところでそう変わりゃしないさね。」


 年の功とでも言うべきか、落ち着き払ったマーサ婆さんであったがクラウドの一言でマーサ婆さんを含めその場の全員が慌てふためくのであった。



「そうそう、マーサさんの言う通りさ。それじゃあ、心の準備が出来たなら慌てずに皆で行こう。」



「・・・え、え?私は行かないよねクラウド?」



 タニアがまさかと思いながらクラウドに尋ねる。



「行くよ。」



「な、あたしも行くのかいクラウド?」



「行きます。」



 マーサ婆さんも先程とは打って変わって焦っているようだ。


 何故と詰めよる2人に対しクラウドは平然と答える。


「そりゃ、俺が皆を紹介するからさ。」


 クラウドがミルトアでバダック達と話しをしていた時、いつか自分の家族を紹介すると話した事があったらしい。バダックやエリスが揃ってトント村に来た事で良いタイミングだと思ったのである。


「だからって何も王女様がいる時にしなくても・・・」



「駄目駄目。ほら皆立った立った。」


 タニアが何とか逃げようとするが、クラウドは皆を強引に連れて行くのであった。



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