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幕間-2 ジェフリーの受難

 ユーテリア王国の王都レインフォードにある王城で国王アンドリューは頭を抱えている。


 自身にいる3人の妃。その第3妃であるアイーダは他の2人のように男子を産めなかった。子供は末妹のリリーのみであるがそれ故に彼女はリリーを溺愛する。

アンドリューもまた他の兄弟と年の離れたリリーを溺愛していたのだが、ある時リリーは事件に巻き込まれる事になる。


 ある小国の外交に行ける王族が居なかった為、当時3歳であったリリーに白羽の矢が立った。勿論補佐は付いているものの、子供のリリーにとってその負担は大きいものであった。

 更に、遊説中にアンドリューが溺愛するリリーを人質に取って交渉を有利に進めようとした者達の陰謀の為、あわやリリーは誘拐の危機に陥る。


 護衛を遠ざけられ、僅かの供しかいなくなったリリーに迫る誘拐の魔の手。それを1人で防ぎ続けたある腕利きの騎士の活躍でリリーは虎口を脱することが出来た。






 が、その一件がリリーを変える。



 今までは人を疑う事も無くまさに純真そのものだったリリー。しかし外交から帰った後の彼女は心を閉ざし他人を恐れた。


 心を許すのはほんの僅か。


 赤子の頃から一緒にいるメイド数人と父親のアンドリュー、母親のアイーダと自身を守り続けてくれた騎士バダックとスタドール家の者数人である。しかしアンドリューに心を許すと言っても「話をする」だけであり、以前のような笑顔を見せてはくれなかった。



 そんなリリーが笑顔を見せるのはバダックと会った時のみである。自分を守り続けた彼はリリーにとってまさにただ1人のヒーローであった。



 幼いながらに恋心までも抱きバダックとの結婚さえ夢見ていた。


 しかし、それを知って焦ったのはアンドリュー達王族である。

 

 その時彼らはバダックが子爵でありながら平民の妻を娶るのを他の貴族に妨害されている事を知る。


 バダックが想いを寄せる相手が居ることを知り、これ幸いと婚姻を了承。王家の許しを得てバダックはエリスとの結婚を認められることになるが、その経緯をバダックは知らない。


 妻の座は断たれたものの、それでもバダックへ信頼を寄せるリリーは年に数回発作のようにミルトアに行きたいと駄々をこねるのであるが、今回のソレは一際厄介であった。



「頼むからもう少し時間をくれんかリリーよ。今は周りの国の動向が何やらきな臭いのだ。情報を集めておるからそれまで待ってくれんか?」


「ん、もう十分待った。」


「十分と言っても言い出したのは先週であろう?あれからまだ僅か数日ぞ?」


「違うもん。前に行きたいって言ったのに駄目って言われた。あれからもう6ヶ月経つもん。」


「あ、あの時はお前にいつもつけている護衛が別の任務で居なかったのを、別の護衛は嫌とお前が断ったのであろう?」


「今は帰ってきてるの知ってる。」


 どうやら前回の発作の時にミルトアに行けなかったリリーは今回は譲る気が無いようだ。


「(参ったのう。)」


 アンドリューは折れてくれそうに無いリリーを見て頭を抱えている。


 しかし今は時期が悪い。


 虎視眈々とユーテリア王国を狙う国々。アンドリューもまた他国同様に周囲の国に多数の諜報員を潜伏させている。その諜報員の1人で隣接するレムリア皇国で情報収集している者から上がってきた報告は無視出来ないものであった。


『レムリア皇国に軍備強化の動きあり。戦争を視野に入れた規模と推察。』


 ユーテリア王国の真東に隣接する三大国の一つレムリア皇国。そのレムリア皇国が国を挙げて軍備を整えるというなら、その相手はまず間違いなく同じ三大国である。

その中でも最も戦争相手として有力なのがユーテリア王国なのであった。


 戦力として魔術師を持たないレムリアは魔術師を多く抱える聖十字国と戦えば、得意の近接戦闘に持ち込む前に遠距離から一方的に蹂躙される恐れがある。その為、レムリアはある程度の魔術師を抱えるユーテリア王国打倒を優先させてきた過去がある。


 ユーテリアの魔術師団をとりこんでから聖十字国との決戦。それがレムリア皇国の方針であった。


 しかし娘の我儘を説得する為などに一国の大事を話せる訳もないアンドリューはリリーの説得に苦慮していた。



「(しかし他の兄弟達の様な望みを何一つ言わぬリリーのこと。何とかしてやりたいのも本音よのぉ。)」



兄や姉達が武器が欲しい、防具が欲しい、直属の部下が欲しい、領土が欲しいと好き放題言う中でリリーの我儘はいつだって一つだけ。


「バダックに会いたい」


 これのみである。考えに考えた挙句、折れたのはアンドリューであった。その理由は、


 仮に戦争を仕掛けられた場合でも敵の進行はユーテリア王国東側から中央にある王都レインフォードに向けられるため南に行くリリーに危険が少ないこと。(場合によっては戦禍から離れられることにもなる。)


 リリーが身を寄せるのは王国屈指の実力者バダックのもとであること。


 リリーにつける護衛が国王直属の近衛兵の中でも指折りの実力者であること。



「はぁ・・・、仕方ないのぉ。」



 その言葉を聞き、ピクンと体が反応したリリー。



「その代わりなるべく早くもどるのじゃぞ。それとミルトアに向かうに当たっていくつか約束してもらうぞ。」



 アンドリューとの約束は、ミルトアに行く途中でグラスフォードに立ち寄って弟のジェフリーに手紙を届けることとミルトアに向かう間、または滞在する間は手紙で近況を知らせることであった。


「ん、やる。」


 コクコクと頷くリリーを見て父親アンドリューはリリーがミルトアへ向かうことを了承したのであった。




~それから数日後~


 ユーテリア王国の南部を統括する都市グラスフォードの領主ジェフリー・ウェッジウッド公爵がかつてない難題に頭を抱えていた。




 ジェフリーは王族の生まれでありながら兄アンドリューがランカスター家を継いだのを機に後継者争いを起こしたくないという理由から自分が持つ王位継承権を放棄している。アンドリューには嫡子がいた事で認められることにはなったが、その際に王家の為を考えての行動に対して王族から褒美が出た。

 それが新しい公爵家の襲名である。ユーテリア王国の歴史の中で後継に恵まれず家名を残せなかった公爵家の中でも王家への貢献度が非常に高かった名家「ウェッジウッド」の名を復活させジェフリーに継がせた上で南部の統括都市グラスフォードの領主としたのであった。


 聡明と言われ現王族からの信頼も厚いジェフリーが何に困っているのか?それは1時間ほど前に遡る。




 一時間前、ジェフリーは普段通りに仕事をこなしていた。


「いつも通りの日常」であったが、その日常は1人の先触れにより破られた。屋敷にやって来たその先触れは南部の街ミルトアの兵士でありバダックからの書簡を持っていた。その書簡にはこれから輸送してくる人物がバダックの妻エリスに長年に渡り毒を飲ませていた実行犯であると書かれている。また、その実行犯の他に外部貴族と連絡を取り合っていた連絡員も連れているという。


 事実なら一大事である。


 同じ国に仕える貴族でありながら、なんという酷い醜聞であることか。しかも毒を飲まされていたのは王族であるリリー殿下の命の恩人とも言える男、バダック・スタドールの妻であった。飲ませていたのはそのバダックと婚姻のイザコザを起こしたベリティス子爵と書いてある。


 ベリティス子爵は領土を持たず王都に居を構える貴族の一人である。王都に所属する貴族は一年に一度決まった金額の交付金を貰う以外は収入が無いため、他の収入が欲しければ自身の才覚で儲けなければならない。にもかかわらず、生活から始まって何をするにも金がかかる貴族は金に困っている者の方が圧倒的に多い。ベリティス家もそんな貴族のひとつである。


 ベリティス家が王族との伝手を欲してバダックとつながりを持とうとしたのは間違いない。それが失敗してバダックを恨んだ可能性は十分ある。なんにせよ実行犯まで捕らえているのなら事実の解明は時間の問題だろう。


 そんな事を考えているジェフリーのもとに2つの知らせがやって来る。一つは先ほど先触れで知らせてきた通りスタドール家の者が到着したというもの。聞いていた通りであり何の問題も無いはずであった・・・





 もう一つの知らせを聞くまでは。




 もう一つの知らせ、それがもうすぐリリー殿下がやって来るという先触れであった。


『このままではジェフリーの屋敷でリリー殿下とスタドール家の者達が鉢合わせする』


 王族のリリー殿下が来るならばジェフリーはウェッジウッド公爵として礼を尽くさなければならない。 少なくとも、リリーが来た時に屋敷に紹介も出来ぬ者が居ていいはずがないのだ。どこの馬の骨とも分からぬ者が居る屋敷などにリリーを迎え入れて良い筈がない。護衛する者が聞けば怒り狂うだろう。


 自身が元王族であるだけに失脚を願うやからは多い。王族に叛意があると取られれば格好の的にされるだろう。


 だが、その一方で事実をリリーに語る事も出来ない。バダックの妻に毒を盛っていた犯人と説明すればリリー殿下が一体どんな反応をするのか?少なくとも揉めることは間違いない。バダックがベリティス家に気付かれない為にと静かに素早く行動したことが水の泡になるだろう。その挙句王都でベリティス家の連中が騒ぎ出すのは間違いない。


「何てタイミングで来るんだ全く・・・。来たのがリリー殿下でさえ無ければどうとでもなったというのに!」


 悪態をつく主にウェッジウッド家の家宰を務めるアベルが告げる。


「ジェフリー様、今はともかく一刻も早く動くべきかと。」



「・・・そうだな。すまん、少々苛立っていたようだ。それでスタドール家の者達は?」


「先ほど到着の知らせが来た時点で屋敷の門の手前に馬車が見えておりました。今頃は馬車から降りて屋敷に向かっている頃かと。」


「リリー殿下は?」


「先触れによりますと1時間以内で到着するのは間違いないかと。」


「助かった!同着はしなかったか!よし、まずはスタドール家の者に会いに行く。兵士に連絡し屋敷に入れず入り口で停めるように伝えよ。休ませてやれないのは可哀相だがすぐさま出発してもらう。」


「かしこまりました。」


 この後、屋敷にさえ入れてもらえずに入り口で止められていた者達から事情の説明を求められたジェフリー。リリー殿下がここに向かっていることを伝えたところ全員がその意味を理解した。


 誰一人として文句の一つも言わず、すぐさま出発した一行がグラスフォードの入り口で王族の紋章が入った馬車とすれ違い全員が胸を撫で下ろした。



 しかし、本当に胸を撫で下ろしたのはスタドール家の者たちが出立してわずか30分後にやって来たリリー殿下を迎えているジェフリーであった事は間違いがないだろう。






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