家族団欒
「おおーし!綺麗になりましたよ!」
力強く新しい世界に足を踏み出した魔法使いが今何をしているかというと
「ふん、ぞうきんで拭けば綺麗になるのは当たり前さね。それが終わったらこっちもだよ!」
「ちぇっ、厳しいなぁマーサさんは・・・」
マーサ婆さんに顎で使われながら一生懸命に床を拭いていた。
ルークと共に一緒になって頼み込んでようやく寝床を借りる了承は貰えたものの、交換条件として家事の手伝いを言いつけられた。更に、生活は自分でと申し出たが、これもまたマーサによって一蹴された。
「同じ屋根の下で暮らすもんが、なんで別々に暮らさにゃならん?馬鹿なこと言うとらんでさっさと掃除の準備でもせんかっ。」
この発言をもって、冒頭に至る訳であるが、姉のタニアはまだ納得していない様子である。
「んもうっ、お婆ちゃんったらっ!もっとちゃんと話しを聞いて考えてよっ!今の家には人様を養う余裕なんてないんだからっ!」
苦笑いを浮かべるクラウドを見ながらタニアは困ったような顔をしている。
ルークに聞いたところによると、タニアが怒った口調で困った表情をする時は、大体マーサ婆さんが勢いで押し通してしまうので問題ないそうだ。
「は・・はは・・・ごめんね、タニアちゃん。」
「もうっ!」
一応は申し訳なさそうに謝ってみるが朝から事態はなかなか好転しない。
「そろそろご飯にしようかね。皆、掃除はもう終いじゃ。」
マーサ婆さんの一声で皆は掃除の手を止めた。
「それじゃルークとクラウドは裏から薪を運んでおくれ。タニアは私と台所だよ。」
マーサ婆さんのお言葉に従って男二人は外に出て行く。
「ふふふ、しかしマーサさんってすごいな。何でもかんでも仕切っちまうし。」
「まったくだよ。あれがいつもの光景さ。」
やれやれとでもいう仕草で笑うルークを見て、クラウドも笑顔を見せる。
「しかし、タニアちゃんって可愛いんだな。びっくりしたぜ。」
整った顔立ちは可愛いというよりは美人という方がしっくりくる。少し赤みがかったブラウンの髪はポニーテールの様に後ろでまとめられており髪結紐で縛った髪は背中の半ばあたりまで真っ直ぐ伸びている。
細身でよく働くその姿は健康美という言葉がぴったりと合うような美少女であった。
「・・・うん。何年か前まではずいぶんとモテてたみたいなんだけどね・・・。」
ルークは「何年か前」などと言葉を濁すが、それがルークが無役と呼ばれた時のことであることはすぐに察しがついた。
パシンッ!
「イタッ!?何すんのさ~。」
いきなり後頭部を叩かれルークが冷たい目でクラウドを見る。
「馬鹿なこと気にしてんじゃねぇ。ほらさっさと薪を運ぶぞ。マーサさんにこれ以上叱られるのはごめんだからな。」
「・・うん、そうだね。」
およそ2年振りにもなるルークの楽し気な会話の様子が台所の二人に聞こえていた。
「・・・久しぶりだねぇ、あの子があんなに喋ってるのは。」
マーサ婆さんはしみじみとしているようだが、久しぶりに他人から美人と褒められたタニアは赤くなりながら俯いている。
どうやらマーサ婆さんの声は聞こえてはないようだ。
小さな民家では裏口近くでの話し声などほとんど筒抜けであった。
始めての家で勝手が分からないクラウド
家族に聞かれて困る話しなどしたことも無いルーク
誰に聞かれるかなど気にする様子もない二人の無防備な会話にマーサとタニアも久しぶりに頬が緩んでいる。
この日の朝食は新しく家族の一員として迎えられたクラウドを加えた四人で食べることになった。
食後に部屋に向かう途中、こんな家族団欒を楽しめるとは思わなかったよと言いながら、隠れて涙を拭くクラウドにマーサ婆さんだけが気づいていた。