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バダックへの忠義

クラウドが出発した後、バダックの屋敷の応接室ではコーランと家宰であるバート、メイド長のドミニカの3人が集まっていた。


「な、なんだとっ!それじゃあやっぱりエリス様が臥せっていたのは!」


「あぁ、まず間違いなくベリティス家の仕業だ。クラウド様の診察通りに薬で治療出来たことが毒だった証だ。」




ハンク・ベリティス子爵


以前バダックがエリスと結婚する際に横やりを入れて来た貴族の名である。

平民生まれの男が貴族になるばかりか、自分と同じ爵位になることなど許せなかったハンク。ことあるごとに邪魔をしようとするが、スタドール家が王族からの支援を受けていたことで表立って対立する訳にはいかなかった。


そこで同じ考えを持つ貴族達と考えたのが結婚の一件である。


ベリティス家の息のかかった家から娘を嫁に出す。


そうすればスタドール家の内情は丸裸になるだろう。今後バダックを陥れる為の情報など集め放題になるし、バダックも平民の妻を娶らずに済む。

さらにバダックが惚れていたエリスを自分達で囲って嬲ればバダックへの意趣返しにもなる上、自分達も上手くいけばバダックの身内として王族の覚えが良くなり甘い蜜にありつける可能性さえある。



まさに一石四鳥の妙案であったが、バダック自身がそれを拒否したことで妙案は露と消える。


しかし、一度は王族との伝手が出来るかもと夢見ていたハンク達貴族がそれに激怒。


表立って対立出来ない貴族達は怒りの矛先をエリスへと向けた。


「あの女さえ出しゃばらなければ。」


結果、参加していた貴族の1人が違う国から来た流れの商人に聞いた話をその場でしたことでバダック達の悪夢が始まったのである。


商人曰く、「遠く離れた国で長く不治の病とされてきた病気がある。その地で薬草として飲まれてきた植物とほとんど同じ見た目の毒草が原因だとつい最近分かった。」というものであった。






事件の真相までは知らなくとも、エリスを恨む者など他に居ないことからコーラン達は犯人がベリティス家とほぼ確信していた。


家宰のバートはコーランと同郷である。


つまりバートにとってもバダックは故郷を救ってくれた恩人であった。コーランが何としてもバダック様のお役に立つと息巻いて村を出ると聞き、バダックへの恩義で負けてたまるかと一念発起。

先に行ったコーランが執事として仕えていると聞いたバートは「自分は仕事の手伝いがしたい」と読み書き計算を独学で猛勉強しスタドール家の門を叩いた苦労人である。


平民の出自であるバダックは貴族に伝手も無く、仕事を任せられる人材を探していたことに加え、真面目な仕事振りを評価されたバートは数年後にはスタドール家の財政管理を担う程にバダックから信用されている。


「許さん、絶対に許さんぞ、くそったれが!」


日頃の勉強の甲斐もあり礼儀作法も無難にこなすバートであるが、怒りのあまり地がでている。


その横で1人無言でなみだを流すのはメイド長のドミニカである。


「おい、ドミニカ?」


コーランからの呼びかけに反応すら出来ない彼女もまた、バダックへ厚い信頼を寄せる1人である。


他の貴族達が見向きもしない中で平民だろうと気さくに話しかけてくれるバダック。騎士時代も民達の為に街や村を回っては魔物に襲われないよう守りを固めてくれていた。

そんな中でドミニカの父は村の外へと出た時に魔物に襲われ命を落とす。それを知ったバダックは村に来る度にドミニカのことを気にかけてくれていた。


心の中で第2の父と慕うバダック。


そのバダックに任されたのは自身の大事な伴侶エリスの世話である。

任された仕事を全うするどころか、その妻に毒を盛っていたのが自分達給仕係のメイドの可能性が高いこと。更には料理人までがこの悪事に加担しているなら自分が運んだ料理にすら毒が入っていた可能性がある。


自分がエリスに毒入りの食事を食べさせたかも


あまりの悔しさに涙が止まらない。歯を食いしばる余り歯がギリギリと音を立てつつある。



「ち、ちくしょう・・・」



普段は温和な彼女から自身が今まで使った事もない言葉が吐かれた。


怒りに狂う2人をコーランがなだめる。



「いい加減にしろ!エリス様を守れなかった事実はもう変えようがないんだ。今はこれまでのことよりも、エリス様をこれからどう守るかを考えなければいけないだろう!」



その言葉を聞き2人の目に力強さが戻ってくる。



「ああ、そのとおりだ!ドミニカ!

金輪際エリス様の食事に毒を入れさすな!」


「あったり前じゃない!これからは調理から配膳まで全て私が1人でやるわ!」


「任せたぞ!なら私とバートは屋敷の者達を洗おう。裏切者をあぶり出す!」


「任せろ。屋敷の使用人やメイドは全て紹介状から調べ直す。見つけるまでは一睡たりともせん!」


3人がそれぞれに仕事に向かおうと廊下を歩いていた時、扉が開いてクラウドが帰って来た。



「クラウド様!」



直ぐに気づいたコーランが駆け出しクラウドに首尾を尋ねた。



「バッチリだ。全員捕まえてある。ギリギリ死んでないから大丈夫だろ、そっちは?」



そう聞き返されたコーランがこれからの方針を手早く説明、その場にいるバートとドミニカを信用出来る者達と紹介した。



「クラウド様!この度は貴方のおかげでエリス様がご回復なされたと聞いております、ありがとうございました!」

「ありがとうございました!!」



バートからの感謝を受け、同じように頭を下げていたドミニカにも気にするなと伝える。



「それより例の毒草は一見すれば雑草と変わらないような見た目だ。そんな物を持ち込んで他の料理人が気づかない筈がない。挙句に揮発性が高いから煎じた後はなるべく早く飲ます必要があったはず・・・」


「ならば外で煎じて持ち込むことは無理ですね。調理室で毒草を煎じた可能性も少ないのでは・・?」


「ああ。おそらく給仕係のメイドが本命だと思うんだ。そこで・・・」




4人での話し合いが終わりコーランとバートが執務室に向かった後、ドミニカはメイド達を集めてこれからの仕事について説明していた。


何故かは分からないが、今後はエリスに関する食事を全て1人で取り仕切ると告げられた他のメイドは首を傾げていた。


そんな中、どうしても自分も手伝うと言って聞かないメイドがいた。数年前に他の貴族の紹介状を持ちスタドール家にやって来た女ジェーンである。


ドミニカは彼女のみを残し他のメイド達を仕事に戻らせる。


そしてドミニカは彼女にクラウドに教えられた通りの言葉を喋る。



「もしかして貴方も飲ませているの?」



それを聞いたそのメイドは少し驚いた風であったが、直ぐに笑みを浮かべた。



「貴女もなの?確かに私も1人だけじゃなかなか上手く出来ないって言ってたのよ。人手が欲しいってお願いを聞いてくれてたのね?

何せ誰も見てない所でサッサと草の根を煎じて入れなきゃいけないじゃない?あれ割と難しくない?」



あっけらかんと笑うその女を見てドミニカの理性が切れた。



拳を握り襲いかかるが、いきなり何すんのよ!と反撃を食らう。どうやらジェーンには武道の心得があるようだ。だが、自身のダメージも顧みず怒りのままにしがみつくドミニカを見て、ジェーンも事情を察知した。



『自分がしていた事がバレている?』



まずいと思うがドミニカが離さない。そこへコーランとバートが何の騒ぎかとやって来た。



「あっ、調度いいところにコーラン様、バート様。いきなりドミニカ様が暴れ出してまして!」



事情がバレたにしては屋敷の中は静かなものである。気づいたのはドミニカだけだろうと考えたジェーンが通りすがりの2人に助けを求めた。

2人がドミニカを抑えている間に逃げようとしたのだが・・・



ドミニカが理性を無くす程に怒り狂って飛びかかる相手。



それが何を意味するか。それに瞬時に気づいた2人は声を揃えた。



「「貴様かぁーーーっ!!!」」



あっという間に3対1になったジェーンは訳も分からずボコボコにされていく。


クラウドとの話では、ドミニカが話を切り出した後で手伝いを申し出るメイドがいたら自分も仲間だとカマをかけ、クロならコーランに報告。そこから他の裏切者に繋がるかを調査するはずであった。


しかし、3人に理性が戻ったのは殴りかかっているジェーンの意識が無くなった後である。





恥ずかしそうに俯きながら顔中を腫らしたジェーンを引きずって来た3人を見たクラウドがため息とともに天井を見上げ顔を手で覆ったのも仕方がないことであっただろう。

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