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やって来た薬師

 領主の屋敷へと入っていった一台の馬車を見つめる3人の男達がいた。


「性懲りもなくまた誰かを呼んだか?」


「まだ分からん。が、とりあえず知らせを出さねぇと。」


「それならもう出した。


 それより帰りが尾行出来るよう何人か人手を用意しておこう。」


 物陰から領主の屋敷を見張っていた男達は今入っていった馬車に誰が乗っていたのかを突き止めようとしている。


「治療師なら問題ないが、薬師なら・・・」


「面倒だが仕方ないだろう。それが契約だ。」


「全く・・・


 貴族の意地もこうまでひん曲がりゃあ笑えねぇ。」



 そう話していたところへ5人の別の男達が合流した。


「待たせたな。動きはあるか?」


「まだ入ったばかりだ。


 動くとしても数日はかかるはず。時間は十分あるさ。」

   ・

   ・

   ・





 一方、屋敷に入ったクラウド達はというと・・・


 応接室に通された後、コーランからここがミルトアの街の領主の屋敷であること、自分が領主の執事であること、ロデリックと既知であること等について説明を受けていた。


「メイソンさんの言ってた通りになったな。」


 そうこぼすクラウドにコーランが尋ねた。


「メイソン?


 ロズウェル商会の会長でしょうか?」


「ええ、そうです。縁がありまして、この街に一緒に来ました。」


 他愛のない世間話をしているが、コーランには気掛かりなことがある。


「クラウド様。


 一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「ええ、何でしょう?」


 あい変わらずの外面の良さにルークはさっきからクスクスと笑っている。


「何故先程こちらが診てもらいたい人物の病状を聞かれなかったのでしょうか?」


 コーランの説明の中で唯一クラウドが説明を断ったもの、それがこれから診る人物の病状である。


 今まで招待して診てもらってきた治療師や薬師の中には同様に説明を断ってきた者達もいた。その者達は皆同様に「先入観を持たずに患者を診たい」と言ったからだが、コーランはどうもクラウドからは違う印象を受けていた。


 そして返ってきた返事はコーランにとっては予想通り今までの者達とは違う答えであった。



 そしてとびっきり予想外なものでもあった。






「何故も何も。聞く必要が無い。


 見当ならもうついてる。」





「・・・はぁっ!?」



 予想外にも程がある。


 先程まで隙の無い完璧な執事として振る舞っていたコーランから間抜けな声が上がる。


 その時、扉が開いて男が1人入ってきた。


「待たせて申し訳ない。」


 そう告げる男が呆れたような視線をコーランへと向ける。


「・・・聞こえたぞコーラン。


 私が招いた客人の前で何という声を出している。お前らしくも無い。」


「で、ですがバダック様・・・」


 まだ落ち着きを取り戻していないコーランが何とかバダックに経緯を伝えようとしている。


「もう良い、コーラン。


 見苦しいところをお見せした。」


 クラウド達から軽く視線を下げ詫びているが、コーランからの言葉がバダックをも混乱させる。


「それがバダック様、彼らは奥様の病状について見当がついていると・・・」


「な、何っ!?」


 本来ならばそれは最も警戒するべき相手を意味するはず。紹介してさえいない相手が妻の病状を知っている。それはすなわち『妻をこんな目に合わせた張本人』を意味するはずである。そうでなければ説明がつかないのだから。


 だが、今回バダックがすぐさま激昂しなかったのには理由がある。


 かつて自身が治める領地の為に長きに渡って様々な依頼を受けてくれた男。依頼をこなす中で怪我を負い冒険者を辞めることになった。殺伐とした世界から足を洗うことになった男はしばらくは平穏に暮らしたいと友人の冒険者であるコーランにこぼしていた。その結果、田舎の村に村長として赴任した友とも呼べる男、ロデリックから来た手紙にはこう書いてあった。


『うちの村の薬師がミルトアの街へ行くことを了承してくれました。


 この男で駄目ならば、おそらく他のどんな薬師でも手には負えますまい。


 腕前は保証しますが、少し変わった男です。何があろうと驚かず、まずは理由をお尋ね下さい。』


 バダックは手紙の内容を思い出しながらクラウドへ尋ねる。


「・・・もし良ければなぜ妻の病気が分かるのか教えてくれないか?」


 それに対し返ってきた言葉は2人を呆れさせる。


「この屋敷は匂いが強いのですよ。不自然なほど。


 香を焚いていますね?それも一か所や二か所ではなく、いたる所で。


 別の匂いを消すためでしょう。


 香の匂いに混ざってわずかにすえたような臭いがします。臭うものがあるのに、捨てることもできない。臭いの元は件の病人ですね?。 


 人の身体からこの臭いがするなら原因は多分血と内臓でしょう。極度の血行不良と腎臓や肝臓あたりの内臓疾患が疑われます。


 そして田舎の一薬師でしかない私にまで検診の依頼が来るというなら、それまでには数多くの治療師や薬師にも診てもらっているはず。にもかかわらず完治していない。つまり怪我が原因じゃなく、病気や薬・毒薬の知識に詳しい薬師でも分からない。


 そして行っているはずの食事療法などでも治らなかった・・・となれば、残りは生物毒か植物毒くらいでしょう?


 ですが、生物毒とは弱いものが身を守る為のものです。相手を殺したり、麻痺させた間に逃げ出したりという風なものが多い。少なくとも誰にも治せないまま数年間も寝たきりになるようなことは稀ですよ。


 おそらくは植物毒でしょう。暖かい気候のこの国では知られていないかもしれませんが、人が暮らすのも困難な程に暑い地域に群生しているある植物の根を煮詰めて飲めば似たような症状になるんです。


 ということで、これが処方薬ですよ。どうぞ。」


 そういうとクラウドは懐から布袋を取りだした。


 バダックとコーランの2人は固まっている。いくらなんでも診る前から薬が出てくるとは思わなかったのだ。





 ふと、コーランが理屈に合わないと考え尋ねる。


「クラウド様、おかしくありませんか?」


「ん?何がですか?」


「今お聞きした話しの通りなら、貴方は屋敷に入ってから薬を調合したことになる。


 私は入口からここまでずっとお2人の案内を務めておりましたが、そのようなことはしていなかった。


 更に、そのような珍しい植物毒の解毒に使える薬の材料を偶然持ち合わせているなんて都合の良いことがあるものでしょうか?」


 それを聞いたバダックの顔が訝しくなっていく。


 が、当の本人であるクラウドは事も無げに言ったのであった。


「何言ってるの。病状に気づいたのはコーランさんが昨日宿に来たときだよ。


 身体中から香の匂いをさせていたでしょう。


 だから昨日の内に街を回って材料を手に入れたんですよ。薬は宿で作って来たんです。


 薬の材料そのものはそこまで珍しいものが要る訳じゃなかったのでね。」




「な、なんと・・・」


 コーランが呆然としている。


「だ、だがそれが本当なら早く妻に薬を飲ませよう!」


 バダックが早く妻のもとまで行こうと急かす。


「ん?俺たちもいくの?」


 仕事が終わったと思いアイリスの所へ遊びに行く気満々であったため油断していたクラウドが素になって答える。


「あ、当たり前であろう!


 もしこれで治らなかった場合はきちんと診てもらわねばならん!」


 結婚してわずか3年で寝たきりとなり、それ以降4年間もの間苦しい思いをさせてきた妻が治るかもしれない。バダックの気が逸る。


 全員でバダックの妻が寝る寝室まで来ると、やつれきった女性がベッドで横になっていた。顔色は真っ青で血の気が引いている。ストレートのブロンドの髪は本来ならば非常に綺麗であろうが、ベッドで寝ており手入れもしていない為病弱さを際立たせている。やせこけた頬にベッドから見える腕もやせ細っている。非常に知的な美人であろう彼女の風貌は見る影もない。


「大丈夫かエリス。」


「あなた・・・


 いつも迷惑をかけてごめんなさい・・


 でももういいんです、私を家へ帰して・・・」


 最近ではバダックの妻エリスは自分が病気になり跡継ぎが産めなくなったことを気にしており、自分を捨てて子供を産める若い妻をもらうようバダックに勧めていた。


「何を言っているのだ。私がいつ迷惑などと言った。


 何も気にすることはないさ。それより新しく来た薬師がお前の為に薬を作ったのだ。


 これを飲みなさい。」


 そう言って布袋から薬を取り出す。粉を練って丸めたような薬であった。小指の爪程の大きさの薬を一粒持ちエリスへと渡そうとする。


「も・・もういいから・・・」


 おそらくは何度も繰り返してきた光景なのだろう。


『またどうせ・・・』そう思うだけで飲む気にさえならないようである。涙を流し嫌がる妻をなんとか宥めバダックが薬を飲ませている。ようやく落ち着いた後、薬を飲んだエリスは休むと言って眠りについた。


「効いてくれればいいが。」


 そう呟くバダックに向けクラウドが悲しい現実を告げる。


「奥さんはこのままじゃ助からない。」



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