兄たるものは
次の日の朝、クラウドとルークが出発の準備をしていると声をかけられた。
「おはようお兄ちゃん達!」
すっかり元気になったアイリスである。周りは昨日の治療のおかげと信じているが、昨日は傷を治しはしたが体力までは戻っていなかった。途中で酒が入りみんなの意識があやふやになってきたのを見たクラウドが水分補給と偽ってフルポーションを一気飲みさせたのであるが、それを知るものはいない。
ルークより2歳年下のアイリスは一人っ子ということもあり、仲の良い兄弟に憧れていたらしい。昨日はルークもまた自分も姉しかいなかった為に仲の良い男の兄弟が欲しかったこと、今は仲良くしてくれるクラウドを兄のように慕っていること等の話題で話しが盛り上がったこともあり随分と打ち解けている。
昨日ルークとアイリスがそんな話しをしているのを聞いたクラウドは口元が緩みきって上機嫌であった。結果、調子に乗ったクラウドは一人で寂しいというアイリスに自分とルークを兄と思えば良いと言い出し、それを聞いたアイリスは心の底から喜んだ。メイソンもまた「命の恩人の2人がそう言ってくれるなら喜んで」と賛成したことで2人には急遽新しく妹が出来たのであった。
普段ならそれを調子に乗るなと止めるタニアとマーサはここには居なかったために・・・
その後、クラウドとルークにとってもまた初めて出来た妹ということで更に話しは盛り上がっていた。
曰く「簡単に嫁にやらない」
曰く「いじめる奴は許さない」
曰く「何かあったら自分達が守る」
曰く「頼りがいがある兄になる」
兄馬鹿全開であった。
出発するにあたり、旅は道ずれということでミルトアに向かっていたメイソン一行と一緒に馬車は走り出したわけであるが、なぜかアイリスはクラウドとルークが乗る馬車に乗って楽しく話しをしている。
そのためもう一台の馬車からは中年男性のものと思われる声が止まない。
「なんでだーアイリスーッ!
お父さんだってお前が大好きなんだぞー!!」
「もう、あればっかりなんだから・・・」
少女が顔を真っ赤にしていた。
その後は特に問題もなく旅は順調であった。二日目の夜はクラウドも警戒してテントで起きていたがオーク等の襲撃は無かった。なお、兄弟なら一緒に寝るもんだというアイリスの訴えは、父親のメイソンが丸一日放置プレイをくらったため断固拒否。
次の日の馬車もクラウドとルークと一緒に乗ることを条件に出されたものの、見事自分のテントへと引っ張っていった。
3日目、出発してから昼頃にはミルトアの街が遠くに見えるまでに近づいていた。
「ようやく着いたか・・・」
メイソンが呟く。
「あ~あ、もうちょっと遠くても良かったのにー。」
旅が終わってしまったことがアイリスは残念のようだ。ちなみに今日は朝からメイソンも同じ馬車に乗っている。昨日許可したのはアイリスがクラウド達と同じ馬車に乗ることだけ。あまりに寂しそうなメイソンの背中を見たクラウドが「ならメイソンさんも一緒に乗れば?それでも昨日の約束を破ることにはならないだろ?」と助け船を出したのであった。
「あなた達に会えて良かったですよ。」
そう笑うメイソンにクラウドは気になっていたことを尋ねた。
「メイソンさん、あんた商人だろ?
いつ聞いてくるかなと思ってたけど、未だにその気配がない。
アイリスちゃんを助けた薬を買いたいとは言わないのか?」
「ふふふっ。言えませんよ、それだけは。
これほどの薬を持つあなた方は十中八九どこかの貴族の家に出入りしているでしょう?
貴族達に売るはずの薬をただの一商人に無断で売ったなどと知れればクラウドさん達にとっては信用問題になる。
確かに薬は仕入れたいというのが本音ですが、恩人の迷惑になると分かっていることを頼むような阿呆じゃないですよ。」
あっはっはっはと豪快に笑うメイソンを見てクラウドも笑った。
「(こんな気持ちの良い男も居るんだな)」
嬉しくなったクラウドは鞄から腕輪を一つ取って投げる。
「これあげるよ、メイソンさん。
知り合った記念だ。」
「何ですか、これは?」
「アイテムリ・・・
・・・マジックポーチだ。」
「はぁっ!?」
そんな高価なもの等貰えるはずが無いと断るメイソン。
あれほどロデリックに止められていたにも関わらず、やらかしてしまうクラウド。
しかし、どれ程周りから貴重だと言われても、本人にその自覚がなければ話しにならない。なんせクラウドにとってアイテムリングとは現代の人たちが持つ鞄と同じ。一家には必ず家族の数だけ置いてあり、旅や森・ダンジョン等の攻略に無くてはならないもの
ではなく、あって当たり前のものである。
後は渡す人物が信用出来るかどうかという話しになる。クラウドはメイソンの行動を見ていた結果、信用してもいいかと考えた。
『緊急時でも頭は冷静でいることが出来、自身の都合だけでなく相手のことを考えることが出来る』
と以外に好評価であった。
「いいんだ、メイソンさん。それは俺があんたを信用したという証にしたい。」
そう言うクラウドを見てメイソンは答えた。
「・・・ありがとうございます、クラウドさん。
商人にとってこんなにありがたいアイテムはありません。
ですが、あなたがこれを渡してくれたのが信用に足る証というなら
私はこれを使わないことであなたへの信用に答えたい。」
つまり魔導具の出所を探られることでクラウドに迷惑をかけたくないと言っているのだ。
「(全く、本当に気持ちの良い男だな・・・)」
「ふふっ、好きにするさ。」
クラウドは笑いながら思う。
「(本当に外に出て良かった。
荒んでいた心が嘘のようだな)」
~しばらく経って~
街に着く手前まで来て、メイソンはクラウドに「そういえば」と前置きして尋ねた。
「クラウドさん達は一体どうしてこの街へ?」
これだけ一緒に居たのに自分達の身の上話や他愛も無い会話を楽しんでいた4人は、そもそもの旅の目的について話しをしていなかったようである。
「俺たちもよく分かってないんだけど、病人を診てくれって呼ばれたのさ。」
「よく分かっていない・・・?
・・・情報を伏せてる?
それでいて薬師を呼ぶ必要がある人物と言えば・・・」
メイソンが何かを考え出した。
「何か思い当たることがあるのかい、メイソンさん?」
「・・・まだはっきりとは分かりませんが。
実はこの街の領主バダック・スタドール子爵には病弱な妻が居るんです。私も噂でしか聞いたことがありませんが・・・」
そう言うとメイソンはミルトアの街で一時期広まったある噂について教えてくれた。
ミルトアの街を治めるスタドール子爵は今の妻を娶る際に上級貴族からの横槍を受け別の貴族令嬢を正妻とするように圧力をかけられた。結果それを突っぱねたスタドール子爵は、加えて第二妻や妾も不要と言った(お前らの送ってくる女などいらないという意思表示をした)ことで上級貴族から目をつけられていた。
いつか必ず報復される
そう言われ続けたものの実際にその上級貴族からは何の連絡もなかったという。だが、妻を娶ってからわずか3年で妻が原因不明の病魔に侵されてしまった。どんな病気かは発表されなかったので市民たちでは病状は分からないが、どんな治療師も薬師も匙を投げるほどの難病だったらしい。
そして発表と同時に上級貴族が報復に動いたのではないかという噂が広まったがというものであった。しかし誰にも治せない病など、どうやれば特定の人間に意図してならせると言うのか、結局は意地悪な憶測でしかないということで噂は収束したらしい。
あくまで噂ですけど・・
そう言いながらメイソンは心配そうである。
「この噂がもし本当なら治療に来たクラウドさん達が目をつけられる可能性もあります。
もしそれを防ぐために情報を隠しているとしたら・・・。」
深刻そうに話すメイソンを見てアイリスも心配になってきたようだ。
「大丈夫かなお兄ちゃん達・・・」
心配してくれるアイリスを見てクラウドは言う。
「大丈夫さ。
知らなかったのか?」
そう言うクラウドを見ながらアイリスが首をかしげた。
「知らない?
何のことお兄ちゃん?」
「そういえば一人っ子だったもんな。知りようがないか。
いいか、よく覚えとけよアイリス!
お前のお兄ちゃんっていうのはな・・・・」
「私のお兄ちゃんは・・・?」
「「頼りがいがある男なのさ!」」
肩を組んで笑みを向けるクラウドとルークを見てアイリスも嬉しそうに笑っていた。
私も妹が欲しいーーっ
という妄想から今回の話になりました!なかなかに痛々しいですね(笑)




