犠牲者
「あれ、みんなもう休憩室にいるの?」
いつもならまだ村人達を診ているはずのクラウドとマーサが休憩室にいることを不思議に思いながらタニアが部屋に入って来た。
「あ、ああ、そうなんだよ。
いつもお弁当ありがとうタニアちゃん。
すぐいただくからよ。」
タニアが持参した弁当をすぐ食べようと言い出すクラウド。
その言動に違和感を感じたマーサとロデリック。
が、瞬時にその意味を察した。
ロデリックは長年村長として積んだ人生経験から
マーサはタニアとルークを育てた大人として、また、ロデリックよりも更に長い人生経験で。
2人が今クラウドから受けた印象はズバリ「急いで話を逸らす子供のよう」である。
そこからほぼ正確にクラウドが何を恐れたかを察したロデリックは、してやったり!という笑みを浮かべていた。
ロデリックが怪しく笑うのを見て、後手へと回ったことを理解するクラウド。
せめて傷口を浅くしねぇとっ!
そう思い、話し出そうとするクラウドより一瞬早くロデリックが口を開いた。
「やぁ、お邪魔してるよ。
いつも頑張ってるねタニア。
実は今、クラウドの腕の良さを聞いて自分も診てもらいたいと街から連絡が来たことをクラウドに伝えたんだが、自分は行けないと断られてねぇ。」
ぶち込まれたのは先制の一撃。ここからの応酬は一手間違うと致命傷になる。
「いや、行きたいのはやまやまだけど。
村の人達の診察もあるし、いきなり呼ばれても難しいよ。」
「そうなの?
でも、こんな村の評判まで頼ってくるんだから、よっぽど困ってるんじゃないの?」
「そうかも知れないけど、俺だって村の人達のことが心配なんだよ。
街には治療師が何人かいるだろうけど、この村は薬師の俺が1人居るだけだろう?」
「う〜ん、そうかあ〜。」
そう言いながら首をかしげるタニアを横目にクラウドはマーサ婆さんに目を向ける。
そろそろ援護があってもいいはず
そう期待するクラウドであったが、マーサ婆さんは動かない。
ロデリックの話を聞いて、貴族の依頼と思ったマーサ。それが個人的な恩人と思いきや、村にとっても恩人であった。それを知ったマーサはクラウドへの味方をやめ、中立でいることを決めたようだ。
この一件、決着は早い。
鍵となるセリフ。
それを言われるまでにクラウドが話をまとめれるかどうか。
そう思うクラウドをよそにロデリックが王手を放つ。
「しかし村でのケガ人なんぞ、そう大したこともないだろう?
連絡して来た人はもう随分と寝たきりでな。
クラウドにどうしてもと言っておるんだよ。
村の外まで出て診に行くのが面倒なのは分かるが、何とか出向いてくれんか?」
それを聞いたタニアが一際低い声を出す。
「・・・面倒?
クラウド?
困ってる人が居るのに何を言ってるの?」
家族の為なら自分の身を犠牲にすることさえ厭わないタニア。まるで菩薩のような彼女だが、だてにマーサ婆さんの血を引いてる訳ではない。
一度怒ると烈火の如し。
クラウドは村に来てから一度だけその現場を目撃している。被害者ルークは言っていた。「これだから、タニアお姉ちゃんだけは怒らしちゃいけない」と。
人の道を外れるような事を心底嫌うタニアが
『貴族だからといって態々診に行くのが面倒』
このセリフをクラウドが言ったことを知ればどうなるか。
「ま、待て、待つんだタニアちゃん!
俺が間違っていた!
今すぐ街まで行って診てく「クラウドーっ!!!」」
「ひっ、ひぃ〜〜っ!た、助けて・・
あ、あれっ?
マーサさん?村長?」
老獪な2人は既に部屋から姿を消している。
「そ、そんな・・・」
「クラウドーッ!困っている人を何だと思っているの!それを見ている家族の思いはっ!?誰かにすがりたくてもすがれない、そんな人がようやく腕の良い薬師の評判を聞いてどう思ったと思うっ!せっかくクラウドを見込んでくれ「わ、分かった!分かったからっ。一端落ち着こうタニアちゃん!・・・」」
「私は落ち着いてるわよ、そもそもクラウドは〇▽◆□・・・」
「うぅっ、何でここまで言われなきゃならないんだよ・・・
助けてくれ、ルークゥゥ〜っ!」
陽だまりと称されたトント村に会心の叫びがこだましたという。




