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森での仕事

 クラウドはトント村の東にある森に来ている。


 今までに出入りしたのはわずか2日のみ。今日で3日目である。


 しかし既にクラウドは大量の薬草を手に入れている。村で使う分としては、しばらくは問題ない量だ。


「まぁ、念のため今日も少し集めておくか。」


 そういうとクラウドは胸元から一枚のカードを取り出す。横7cm、縦12cm程のカードは真っ黒でその中央には薄く輝く白銀のような色合いで魔法陣が書いてある。


 それを指で弾き前方に飛ばす。


「おいでブラウニー達。」


 クラウドがそう言うと輝きだした魔法陣がカードからそのまま空中に浮かび上がる。ふわぁと蒸気のようなものが吹き出したかと思うと、その場には無数の小人達がいた。

 彼らはクラウドがブラウニーと呼ぶ人足。仕事の手伝いをしてくれる。


 が、通常そのような生物は存在していない。採取するのに人手が欲しいと思ったクラウドが作り出した魔法生命体マジッククリーチャーである。

通常の召喚魔法と違いカードに刻んだ魔法陣の効力で発動するため、一度発動すれば術者が魔力操作をし続ける必要が無いという利点がある。

 ただし行動に融通が利かないこと(別の働きを要求する場合にいちいち指示がいる)と、発動魔力が切れれば消えてしまい再度使用するためには魔力の充填が必要となる等のデメリットもあった。

 しかし、採取などの単純作業には非常に向いてるだろう。


 ちなみに、クラウドが込めた魔力は50体のブラウニーを優に5時間は顕在させる。


「それじゃあ皆んな、森に散って薬草を集めて来てくれ。」


 クラウドはそう言うと4種類の薬草を見せる。一般的によく使う傷薬、解熱剤、解毒剤、栄養剤の素となる薬草であった。


「これが集めて欲しい薬草だ。


 行けっ!」


 その言葉を合図にワラワラとブラウニー達が森の中に散っていく。


「さてと、それじゃ俺も行くか。」


 そう言うとクラウドは自分も歩き出す。


 向かうは森の南側だ。

 ガストンは言っていた。「北側は獲物がよく獲れる。危ないから北には行くな」と。




 つまり自分が行く必要があるのは南側だ。


 南側は獣が出ない。なら北側ばかりで猟をし続ければどうなる?やがて北側でも獲物が減っるだろう。


 偏った猟場は近い将来必ず獲物の数のバランスを崩す。トント村の食糧事情を考えると、早めに改善しておかねばならない。


 そう考えたクラウドは森の調査に来たのだった。


 しばらく歩いても、ガストンから聞いていた通り獣を見かけない。


 ズンズンと奥まで進む。


 すると中層部程にまで来てようやく兎や猪を見かけだした。


「(この辺りはもう魔物達のナワバリのはずだ。


  ・・・やっぱりか。)」


 本来なら湧くほどにいるはずのゴブリンやコボルトなどの魔物の姿が見えない。それらは雑食のため何でも食べるが比較的肉を好むため森には木の実や新芽が多く、捕食者の脅威が無くなった中層部に獣が入り込んでいた。


「となると・・・」


 そう呟くと更に奥まで入っていった。




 30分ほどで中層部の中程まで来ただろうか、突然大きな声が聞こえた。


「ウガオォオォォオォォ!!」


 けたたましい魔物の叫び声だ。


「・・・あっちか。」


 そう言うと声のした方へ向かうクラウド。するとそこには大熊の魔物がいた。足元にはコボルトの死体が散乱している。ぐちゃぐちゃと音を立てコボルトを咀嚼していた魔物はクラウドを見つけると一際大きい声で吠えた。


「オォオオォォッ!!」


 体勢を直し、前に立つクラウドの正面に向き直った。


 周囲に冒険者ギルドがない環境のためクラウドは知りようもないが、周囲の空気を震えさせるような声を出すその大熊はブラッドベアと呼ばれる魔物である。

 4mはある巨躯に丸太のような足は凄まじい膂力を誇り、その先にある爪はゴブリンやコボルトなど紙切れ同然に引き裂く。赤みがかった体毛は並みの剣など刃も通さない強度を持つ。

 また獲物の血を好んで飲む習性があり、倒れた者は例外なく首にその牙を突き立てられるため運良く助かるということが殆どない。縄張りを示す行為として獲物の血に塗れたままの牙を縄張り内の樹木へ突き立てる、それほどに彼らにとっては自身の牙は力の象徴なのであった。


 それがブラッドベアの名の由来であり、熟練した冒険者パーティでも挑む者はまず居ない。それほどの強敵である。


 鋭い眼光のままで前足を少しひろげ下げている頭は、これまで一噛みで敵対するものの命を奪ってきたのだろう。強靭な力としなやかなバネの二つを兼ね備えていることが見て取れる巨躯、それをしならせて身構えている。地面に頭がつきそうなほどの低姿勢は肉食の動物が飛び掛る寸前の体勢に見える。








 が、ブラッドベアはその体勢のまま動かない。


 いや、動けない。


 野生の魔物が持つ直感とでもいうのであろうか。


 相対しただけで瞬時に理解した。目の前にいるのが絶対的な捕食者であると。



 ブラッドベアは今、生まれて初めて恐怖に震えている。自身の力の象徴である頭部を相手より下の位置へと置くのは敗者としての礼であった。




 討伐して村に帰ればトント村はお祭り騒ぎになるだろう。


 しかしクラウドは狩猟は自分の仕事ではないと考えている。


 村にはきちんと猟師がいるのだ。他人が担うべき本分に横やりを入れれば要らぬ不況をかうだろう。


 食糧事情の改善は小さな村では必須問題である。生息圏を整理して外縁部全体でバランス良く獲物が獲れる猟場さえ作ることが出来れば、後は猟師達が獲物を捕ってくるだろう。猟師達も家族に自身の成果を誇れるだろう。



「もういい。


 さっさと奥へと帰れ。」


 この縄張りは更なる強者によって奪われた。それを理解するブラッドベアが森の中層部へ出てくることはもうないだろう。捕食者がいなくなればすぐにゴブリンなども繁殖する。そうなれば森の外縁部の南にも獣達が帰ってくるはずだ。


「少しずつでいいんだ。


 村にいる皆が笑って暮らせるようになっていけたらいいなぁ。」


 そう呟くクラウドの足元にはブラウニー達が少しずつ帰ってきている。皆が手にたくさんの薬草を持っていた。




「ふふっ。今日も大漁だな。」


 足元にいるブラウニー達へと声をかける。


 クラウドは今日も平常運転であった。



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