手に入れた拠点
「こりゃまいったぜ。」
冒険者ギルドに併設された飲食スペースでジンがそう呟いている。彼はここ数日の間に起きた出来事を思い出していた。新しくパーティを組んだルークとケイトと共に何度か依頼をこなしに出かけた時のことを。
最初は連携の確認や互いの実力を理解するためにゴブリン等を相手に戦っていた。しかし危なげなく倒せるために相手を少しづつ変えていたのであるが、
「確かに俺やルークがいるから大丈夫だとは言ったが…」
当初はゴブリン相手であった戦闘も人型の魔物であるコボルトや中型の鹿型の魔物であるビッグディアといったDランクの魔物へと相手が変わっていった。次いで相手に選んだのは中堅冒険者の壁となるオークであった。肉厚の身体はなかなかに厄介で剣の一撃で致命傷を与えにくい。しかも分厚い脂肪で炎などの魔法もある程度耐えることが出来るため決め手に欠ける冒険者パーティでは倒すのが難しいのだ。
しかし、ジンが持つ魔剣はいとも簡単にオークを斬り裂き、ルークの放つ魔法は一撃でオークを絶命させる。挙句にケイトが持つ短剣などは離れた所からでも振るった時に発生する風の刃がオークを真っ二つに引き裂いた。
加えてケイトはパーティを組む2人よりも実力が劣るためにクラウドからそれを補うための魔導具を渡されており、その戦闘力は既にジンとルークに後れを取らないものになっている。
もっとも、その扱いには四苦八苦しているようだが。
なんせ今までに見た事も無い魔導具のため、どう扱えば使いこなせるのかがジンでさえまだ分かっていないのだ。現在ケイトの腰には小さなポーチがあり其処には長さ15cm程、太さ1cm程で細かな幾何学模様が浮かび上がった釘針のようなものが数十本入っている。手に取る側の頭は円型であり指を引っかけて取り出しやすくなっているそのアイテムは名を『風水針』といい、手に取って微量の魔力を流した後で何処かに投げつければ突き刺さった先によって効果が変わる魔導具である。
その強みは使った場所ごとに得られる効果が違う事であり、多様な効果を引き出せるこの魔導具はあらゆる局面で活躍させる事が出来る。
但し、使いこなせればであるが。
順調にオークを討伐していくパーティであるが戦闘毎にケイトの怪我が増えている。ジンは当初、自分達がカバーするならケイトが大きな怪我を負う事は無いと考えていた。しかしケイトは現実としてボロボロになっている。
ある時は地面に突き立てた風水針の効果で起きた地殻変動により足場が無くなり魔物共々10m近く落下したし、またある時は樹に突き立てた風水針から蔓が伸び魔物共々縛り上げられた。
後衛用のこの魔導具は遠距離でもケイトが攻撃出来るようにと渡されたものであるが、基本的にある程度離れた場所で使わないと危険であるにも関わらずケイトの投擲距離では巻き込まれるかどうかがギリギリなのである。
そもそもの話し、身体強化魔法をまるで呼吸するかのように自在に使いこなすクラウドにとって投擲距離の心配など思いの外なのであるが。
ケイトは現在身体を張りながら風水針の効果を確かめつつ使い方を模索している。
ジンが座る向かいで机に突っ伏しているケイトを見る。
「落ち込むなよ、ケイト。これから実戦で慣れていけば良いんだ。」
「うぅっ、はい…」
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「ここが新しい家なの…?」
タニアはその家を見て戸惑っていた。それは今まで住んでいた家とは比較にならない程に大きな屋敷。
まるで身の丈に合わないとでも言わんばかりに家にさえ入ろうとしないタニアであったが、それを見たメイソンが苦笑いを浮かべながら答えた。
「ははは、そうは言いますがクラウド殿が買われた以上、ここはもうクラウド殿のもの。つまりはタニア殿の家でもあるのですがね。」
商業区に近く治安も良いと言う好立地にあるこの屋敷はかつてグラスフォードで大きな力を持っていた商会の会頭が住んでいた。
しかし貴族と癒着し客を食い物にしていたこの商会はその貴族の没落と同時に力を失った。他人を蹴落とそうとする商会に力を貸そうとする同業者もおらず、その商会は今は屋敷も手放し細々と商いを続けているようだ。
当初この屋敷を管理する商業ギルドに話をつけて借りようとしていたメイソン。しかしクラウドの「気に入ったから買うよ」の一言を聞き固まった。
クラウドからしてみればタニアが住む場所として問題無さそうというだけの理由であったが、その屋敷の価格は軽く金貨200枚を超える。
無論多少の援助はメイソンも考えていたが流石に自分のポケットマネーでカバーするには高額すぎる。商会の儲けは大きいが、利益を必要以上に自分の懐に入れず仕入や設備の投資へと回すメイソンにとって簡単に用意できる金額では無かった。
ちょっと待ってほしいと取り乱すメイソンの横で200枚くらいならあると思うよと言いながらクラウドは金貨袋をアイテムリングから取り出した。
ガチャリと音を立てて机に置かれた大きな金貨袋は確かに傍目に見ても軽く数百枚は入っていそうな大きさだ。
それを見て固まるメイソンを横目に商業ギルドの受付嬢は袋に手を伸ばした。彼女からしてみれば屋敷を買いたいと言う人物がその代金を持っていても驚く事では無い。
しかしその袋の中を見て彼女もまた固まった。
その中に入っていたのは金貨では無くほとんどが白金貨。屋敷の代金である金貨200枚は白金貨で払うならたった2枚で事足りる。しかもその中には白金貨100枚に値する王金貨までもが数枚入っていた。
王金貨はその金額上市場に流通するのは非常に珍しい。どれほど大きな買い物でも大体が白金貨で払えてしまうからである。
更に、白金貨以下の貨幣は王都に居る専属の鍛治師が王城からの指示で作るが王金貨は文字通り発行するのが王族だけ(使われるのも王族からの褒賞としてがほとんど)であることから王金貨は貨幣としてよりもある種の身分証としての意味合いすら持っている。
つまり王金貨を持つ者は王族から高い信頼を得ている相手という事になる。
それに気付いた受付嬢が慌てて商業ギルドのギルドマスターを呼び、本来ならば何日かかかるであろう手続きをその日の内に終わらせたことで屋敷の名義はあっという間にクラウドのものとなったのであった。
「それじゃあ次は必要な家具や食料かな?メイソンさん頼んで良いかい?」
勿論ですよと笑顔で返すメイソンは支払いはどうするかや何人分が必要かなどとは聞き返さない。どういった経緯で稼いだ金かは分からないが、あのお人好しのクラウドがまさか罪を犯して金を稼ぐ筈も無い。支払いに何の心配も無い以上、加えてクラウドから指示が無い以上は全てを自分に任されたということ。
メイソンもルークが家を出たと聞いてはいるが、あの家族大好きなクラウドが家の中にルークの部屋を用意しない筈が無い。
他にいる人達はいまいち関係が良く分からんが、最低でもクラウド達3人の家具、来客があった時用の客室等と必要なものを頭であっという間に考えていく。
「では私は一旦これで。クラウド殿、ご注文の品は5日以内でご用意します。ですが、もし気に入らない家具などがあればいつでも言って下さい。オーダーメイドでの作成も可能ですからね。」
「ああ、ありがとうメイソンさん。もし時間があればアイリスちゃんにもいつでも遊びに来るよう言っといてくれよな。
「ははは、それはアイリスが喜びますよ!ではまた!」
そう言って笑顔で帰るメイソン。彼の顔が凍り付くのは僅か5日後のことであった…




