二つ名持ち
<ライザーside>
「クソがっ!」
もう少しでブルームとバジルが一級品の魔導具を持って帰るっていうのに、こともあろうに届けられた報告はアガラとエディアールの敗北ときやがった。
「あと少しだっていうのに持ち堪える事も出来なかったのか雑魚がぁ!」
苛立ちから声が出るがそれは当然というものだろう。既に報告に来ていた奴は部屋から出て行った。八つ当たりする相手が居ないことで更に機嫌が悪くなるってもんだ。
そんな不機嫌の真っただ中のことだった。いきなり声が聞こえたのは。
「失礼。貴殿がライザー殿か?」
不覚にも体がビクリと跳ねた。だがそれも当然だろ。此処を何処だと思ってやがる。此処は裏ギルド黒天の本部アジト、その最奥にある俺の部屋だぞ?何でいきなり見た事も無い奴らが入ってくるんだ?
声に反応して振り返った俺の目の前には2人の男の姿がある。
「な、何だ貴様ら。何処から入った…?」
思わず言わずにはいられなかった。この男達が入って来るまでには争っている音も侵入者がいるという報告も無かったんだ。
「何処からも何も、見たままだろ?この扉から入ってるんだけど…」
返答に困ったとでもいうような表情で苦笑いを浮かべつつ部屋へと入って来る2人。
「ふぅ。ひとまずは助かったのである。」
後ろに立っている筋骨隆々とした男が額の汗を拭うような動作で溜息をついた。
「まーったくだ。タニアちゃんも短気だよな?あんなに怒らなくてもいいと思わないか?」
「その通りである。我は少年を侮辱した愚か者を罰しただけ。むしろ褒められるべきである!」
「まぁ怒ったものは仕方無い。取りあえずは責任者を問い詰めてくるという理由で外へ逃げる事には成功したんだ。後は帰った時に落ち着いてくれている事を祈ろうぜ。」
「む、その通りである!少年でも頭が上がらぬあのご婦人には我も頭が上がらぬゆえ。何とか落ち着いて貰いたいものであるな…」
「(何なんだこいつらは?まるで俺のことなんか気にもしていないように…?)お、おい!聞こえているのか!あんまりふざけているようならこの場で殺すぞ!?」
剣を手に取り身体に魔力を流す。
ブウゥン…
虫の羽音のような高い振動音が耳に入った。いつもの事だ。
スキルによる肉体強化で身体中の筋力と敏捷性を大きく引き上げる事で、本来なら両手で扱う両手剣を片手ずつで扱う変則の剣術スタイル。それこそが俺の必殺の戦闘術だ。
こいつで今まで敵対する奴らは悉く斬り刻んできた。片手剣の手数とスピードで繰り出される両手剣の威力の斬撃。とてもじゃないが剣で受けきれるものでも無いし避けきれるものでも無い。
「…ふぅ」
肉体強化に入る前に一瞬の溜めが要る事から敵が先手必勝と突っ込んできた場合は後手を踏むことがあるが、一旦このスタイルになってしまえば負けなしなんだぜ?
今になってようやく落ち着いて来た。必勝パターンになってから落ち着くなんざ間抜けもいいとこだ、クソ!しかし、よくよく考えれば俺はユーテリア王国でも名の知れた二つ名持ちだ。見た事も聞いた事も無い新顔相手に何を焦ってたんだと恥ずかしくなる。
どうやら自分で思っていた以上に気を張っていたようだな。
「ふぅ、さーて貴様らの目的を吐いて貰おうか!」
片手に構えた剣を向けそう宣言した時、俺の目の前では信じられない光景が展開されていた。
「だから、お前はもう暴れただろうが?次は俺に決まってるだろ?」
「何を言うであるか!少年を侮辱した者への罰は我が下すと言った筈である!」
何故だかやって来た2人で口喧嘩が始まっていた。どうやらどちらが俺の相手をするかを言い合っているらしい。
「ふ、ふざけ───」
ぶっ殺してやる
そう思って前に進もうとした時だった。
ギイィィン!
ドォン!
前に立っていた男が筋骨隆々とした男を殴り飛ばした。
「ごぁっ!?」
吹き飛んでいくかと思う程の衝撃で身体が弾け飛んだかのように見えたが、両足を踏ん張りながら床を滑ること5m程。片膝をつき両手で床に指を突き立てた態勢で顔を歪めている。
それだけで理解してしまった。
いや、せざるを得なかった。
何故ならそれは自分が辿り着きたかった境地。
「ぐぅう!?い、いきなり何をするであるかっ!」
「喧しいぞ。ここは俺に譲れ。そうしなければお前こいつを殺すだろう?」
「当たり前である!生かす理由など無いのである!」
再度始まる口喧嘩などもはや耳に入らなかった。俺が見た光景、それは何度も何度も夢に見ていた理想形。
俺の戦闘スタイルは肉体強化こそその要。一瞬で身体を強化しきるために四苦八苦して今の形に仕上げたんだ。
それをあいつは…
信じられない。
信じられないが確かに見た。
あいつは拳を繰り出しながら肉体強化を発動していた。繰り出した攻撃が相手に届くまでの一瞬で強化を終えていた。そこには溜めもなければ揺らぎも無い。何というスムーズさ。肉体強化を繰り返し修練してきた俺だからこそ気付けたといえる、俺が夢に見た肉体強化の理想形と確信出来た。
あれが出来れば俺にはもう怖いものは無え。
一瞬の隙を突かれることも無い。死角が無くなる。
しかし、それほどの使い手だからこそ俺が勝てる術が無いのもまた事実だ。しかもあいつが使った肉体強化の効力は俺が使うやつの優に数倍はあった。肉体強化というスキルは確かに使い手によってその効力に差異がある。しかし、今まで俺以上の使い手など見た事も無かった。俺がこのスキルの使い手としてトップクラスである事は間違い無い、にも関わらずここまでの差が何で出るかが分からねえ。
「お、おい、あんた──」
「確かにそれも正論ではある。しかしこいつは今回の首謀者としてルークが捕まえる必要がある。その前に死なせる訳にはいかない。頭に血がのぼっているお前じゃあ手加減は出来ないだろうが。だからここは俺に任せろって言ってんだ。それにコイツには借りもある。」
「借り…であるか?そんなものが──」
「何言ってる。コイツのおかげでタニアちゃんから逃げられただろう?」
「む、それは確かに…」
全く何て奴らだ。俺を無視して話しを続ける奴らなんざ見た事無えぞ?
「おいっ!聞いているのかっ!」
「…と、言う訳でお前はしばらく寝ていろ。」
そう言うやいなや男の姿が消えた。そして、
ズドォン!
体に凄まじい衝撃が奔る。意識を手放しながらも見えたもの、それは何ら力むこともなく平然とした表情で俺の腹に拳をめり込ませている男の姿。俺の記憶はそこで途切れたんだ………
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「こっちだルーク!」
「はいジンさん!」
主戦力であるアガラとエディアールをジンとルークが倒したことで黒天との決戦は既にその大勢を決していた。現在は敵の残存兵力を今回の決戦に参加してくれた冒険者達に任せ冒険者ギルド側の主戦力であるジンとルークで敵本部と思われるアジトを探索している。
「しかしおかしいですね…」
「確かにな。本来なら絶対に居る筈のブルームとバジルが見当たらねえ。指揮者がまだ控えてるってんだ、まだ何か罠の可能性もあるがここまで本部に入り込ませる理由なんざ無い筈だ。何か別行動をしているってのが妥当な線だが、どちらにしろ此処には『羅刹』のライザーは居る筈だ。油断するなよルーク!」
「はい!」
流石にベテランの冒険者である。ジンは自分達が優位な状況に胡坐をかく事無く常に警戒を怠らない。
「それにしても今回の一件でルークには間違いなく二つ名が付くと思うぜ。どんなのが良いか今から考えておけよ?そうだな『魔剣士』とか良いんじゃないか?」
「もう、ジンさん揶揄わないで下さいよ!」
緊張しているルークをリラックスさせるためであろうか、パチリとウインクをしながら話しかけてくるあたりが潜って来た修羅場の数を連想させる。
その後、しばらく出てくるのは雑魚とも言える者達ばかりであった。いつの間にか二人は建物の最奥の部屋にまで到達していた。扉のドアノブへと手を伸ばすジン。
「…ここだな。何度も煮え湯を飲まされた相手を追い詰めたんだ。流石に俺も緊張するぜ…。しかし趣味の悪い扉だな。」
そう言いながら目の前にある扉に目をやるジン。その扉は厳めしいような重厚さを持つ扉であった。普段はアジトとして使っている場所である。それほど目立つ外観をしている訳では無いが、ライザーが居ると思われるその扉だけは随分と豪華であった。細かな細工が施された扉、金で作られたと思われる豪華なドアノブ、何より目を引くのは右扉の中心に飾られた男の厳めしい顔のオブジェ。
「よし、入るぜ!」
ジンがそう言って掴んでいたドアノブへと力を入れる、その時であった。
「!ジンさん、待って!」
「!?どうしたんだルーク?」
柄にもなく緊張していたジンは気づかなかったようだがルークはそれに気付くことが出来た。
それは、
1つ。扉の奥から聞こえてくる小さな話し声に聞き覚えがあった事。重厚な扉は防音性能も良いようで中の話しを外へと聞きづらくするものであるが、自分がその人の声を聞き間違える筈だけは無い。
2つ。扉の前に僅かに滴る血痕があった事。それに気付いて良く見てみれば扉の中央に飾られている男の顔のオブジェから血が流れている。更に言うなら観音開きのその扉の右にしかオブジェが無いなどあるだろうか?普通こういう意匠は左右同じように作られる筈なのに。
3つ。以上の事からこの部屋へ入るのは危険だという事。それは今までの人生の中で学んできた事であり絶対に間違っていないと確信が持てた。
「ジンさん、中に入るのは待って下さい!」
「ルーク、緊張しているのは分かるがここまで来てそれはいけないぜ。俺達が覚悟を決めて羅刹を討ち取らねえと表で頑張ってくれてる奴らに顔向け出来ないだろ?何、思ったよりダメージは少なかったからな、羅刹は俺がやるから安心しなって。」
ニコリと笑ってルークを元気付けるように声を掛けるとジンは扉を勢いよく開いた。
「さ~て羅刹さんよ、相手をして貰おうかい!」
そしてそこに広がっていた光景を見てジンとルークが固まった。
そこには───
「だからごめんってタニアちゃん!決して逃げた訳じゃなくてだな…」
「そうである!我らはあくまで少年の誇りを守るためにであるな、」
「もう!大の大人が何度も何度も言い訳しない!どんな理由があろうと話しの途中で姿を消しておいてどう言い訳出来るつもりなの!?大体クラウドは最近私に対する態度が酷いわよ!何かって言うとやれ危ないだやれ見なくていいから下がってろだ、私だって子供じゃ無いのよ!!」
「そ、そんな事は分かってるよ!俺は別にタニアちゃんを子供扱いしてる訳じゃ無いんだってば!」
「嘘!嘘ばっかり!それじゃあ今日の昼に来た人達の事はどうなのよ?何にも教えてくれないじゃない!」
「タ、タニア殿、少し落ち着いて下され!こら、貴様ももう少し考えて行動するである!」
「ふん、何と言う暴言を吐くか。我は敬愛するタニア殿に頼まれたからこそタニア殿をここまでお連れしたのだぞ。考え無しは貴様のほうよ。」
「な、何だと!少年が受けた侮辱を罰した我を考え無しというか、この駄馬が!いつぞやの決着をつけるであるか!」
・
・
・
・
「(やっぱりお姉ちゃんが激おこモードだ。入りたくなかった…)」
肩を落とすルークの隣でジンが固まっていた。
「…な、なんだこりゃ?」
ようやくフリーズから回復したジンが声を出す。しかし何が起こっているかは分かる筈も無かった。そうしているうちに5人の冒険者達がやって来た。どうやら先行していたジンとルークをサポートするためにチームを組んでアジトの中へと乗り込んで来たらしい。
「ジ、ジンさん!?羅刹の野郎は一体どうしたんですか?」
「いや、俺にも分からない。この部屋の中に居たのはこの人達だが、どうも裏ギルドって感じじゃ無い…よな?」
まるで狐につままれたようなジンへ向かってルークが告げた。
「あの、ジンさん。多分これが羅刹って人じゃないですか?」
「何…おわぁ!?」
ルークが指を指している方向を見たジンが声を上げた。
そこには扉からにょっきりと生えた下半身がある。
それはさっき部屋へと入る前にルークが気づいたこと。ジンがオブジェと思っていた男の顔、それは部屋の中から吹き飛ばされた男が分厚い扉を突き破って頭を出していた結果である。扉の下にあった血痕はその男の顔から滴っていたのだ。
そしてライザーが刺さった扉のすぐ近くで腰が抜けて立てない男がガクガクと震えていた。どうやらライザーの世話をしていた黒天のメンバーのようだが恐慌状態に陥っているその男は逃げる事も出来ない。
「ば、ば、ば、ば、化け物…。」
「ライザーの方は完全に意識が無いな…。一体どうなってんだこりゃあ…」
「多分、というかまず間違い無くクラウドがやったんでしょうね。」
はぁと溜息をつきながら言い合っている一団へと向けて歩いていくルーク。
「な、危険だルーク!戻れー!」
ジンを始め応援に来た冒険者達の静止も聞かずにルークは歩を進める。
それに最初に気付いたのはクラウドであった。
「あっ、ルークじゃないか!ちょうど良かった、お前もタニアちゃんにちょっと言ってやってくれよ!」
「何を言うってのよ!ちょっとクラウド!逃がさないんだからね!」
「もー、いい加減にしてよ皆!一体何があってこうなったのさ!流石に僕だって怒ってるんだからね!冒険者の皆で頑張ってたのに最後の最後に台無しにして!!」
クラウド達の口喧嘩をよそにジン達が黒天のメンバーを捕らえて話しを聞いたところによると、いきなり男が二人やって来て凄まじい強さでライザーをぶちのめしたという。戦闘にすらならず戦いが始まると思った時にはライザーは扉に刺さっていたらしい。そして次いでやって来た女と少年がいきなり先に来た男達に怒りだしたらしい。
「お前ら一体なにもんだ?ちょっと話しを聞かせてもらうぞ!」
サポートとしてやって来た冒険者の1人が跪いている男の手を取り締め上げようとした。しかし、
「ぬううっ、何をするであるか!」
恐らくは振りほどこうとしただけであろうが、手を取っていた冒険者は水平に回転しながらライザー同様に壁へと刺さった。
「こらヒュウガ!止めてって言ってるじゃないか!」
「ち、違うのである!誤解である!」
その後、数十分にも及ぶ話し合いの結果、(途中冒険者が追加で2人部屋に突き刺さる事態となるも)クラウドとヒュウガがルークとタニアに土下座する事でその場は一応収まりを見せた。
それから数日後、グラスフォードの街に新しい二つ名持ち冒険者のニュースが流れる。黒天との闘いで目を見張るほどの活躍を見せたというその若き冒険者達。
人呼んで『神の調教師』のルーク姉弟。
羅刹のライザーを瞬殺する程の使い手が頭が上がらない様から付けられたその二つ名の意味を理解しているものは僅か数人の冒険者のみであったという。




